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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中


アーセナル ポルトに快勝し準々決勝進出

欠場でションボリの男前セスクは安堵の溜め息でしょう(アタシも♪)


その大砲チームのお膝元ロンドンは、大英帝国の首都

大英帝国といえば、女王陛下

女王陛下といえばいろいろ浮かびますが、ここはダンナ様にご登場願いましょう…


【3月12日 AFP】英国のエリザベス女王(Queen Elizabeth Ⅱ)の夫、フィリップ殿下(Prince Philip、88)は数々の失言や大胆発言で知られるが、このほど視察に訪れたエクセター(Exeter)の海洋少年団のイベントでも、また余計な一言を口走ってしまったようだ。

 英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)が伝えた、海洋少年団メンバーのエイザベス・レンドル(Elizabeth Rendle)さん(24)の話によると、フィリップ殿下に普段の仕事を尋ねられたレンドルさんが「クラブでバーテンダーをしています」と答えたところ、フィリップ殿下は「何だって?ストリップクラブで働いてるって?」と聞き返したという。

 当然ながらレンドルさんが「違います」と答えると、フィリップ殿下は「そうさな。何にしろ今日はちょっと寒すぎるね」と応じた。レンドルさんはフィリップ殿下のコメントになかば唖然としながらも、ともに大笑いしたという。

「あれは失言ではなくジョークだったと思う。わたしも腹は立たなかったし、フィリップ殿下はわたしたちをリラックスさせようとしただけだと思うわ」(レンドルさん)

 フィリップ殿下自身は、場の雰囲気を和らげようと試みただけかもしれないが、かねてから殿下の発言はしばしば、その場に居合わせた人びとを赤面させてきた。

 2002年のオーストラリア訪問時には、先住民アボリジニに対し「今でも、やり投げをしているのかね」と質問。1986年の中国公式訪問にも英国人学生グループに「ずっとここ(中国)にいたら、目が細くなってしまうよ」などと話しかけたことは有名。(c)AFP


( 出典先:AFPBB News )


年齢が年齢、ボチボチ老人B(以下略)でも不思議ではありません。一瞬…

失礼致しましたm(__)m

相変わらずの口達者ぶりに感動したのが本当

この方は何故か憎めないのですよ


フィリップ殿下 (エディンバラ公) は、欧州王室系でも超一流の血筋(ヴィクトリア女王の玄孫etc.)

女王の配偶者である王配、これすなわち王家の血筋を絶やさないための種U(以下略)に適任


考えてみるとストレスや不満多いと思います

オランダ女王の亡くなったダンナ様など、ドイツ人なもんで敵性国民扱い、うつ病にまで

後に人柄が認められ、嫁より人気あるといわれるように。それでも…

「私の重要な仕事は、開会式のテープカットをすることです」

何か泣けてきますわ


フィリップ殿下の場合

連合王国王位継承権を持つといっても、2008年1月時点で第480位と超低い

気がつけば還暦を迎え王子というにはトウの立ちすぎたチャールズよか、気の毒以上な立場

チャールズは人気イマイチでも、そう遠くない未来には出番回って来る(息子への順番変更されない限り)

浮かばれる日は訪れる可能性あると無いとでは大違い

公的な役割は無いが、『女王の夫』としてエリザベスを支え続けて来た。これは立派

しかし、自然保護やどっかの大学総長でもやらなけりゃヒマ持て余すかと(想像)


まぁ少々のボケは大目に見て差し上げましょうや~



mathichenの徒然なるままに-タヌキ&カモメ並ぶ


土曜日に味の素スタジアムへ行き、上層メインより撮影したものです


タヌキ(FC東京)がカモメ(横浜F・マリノス)を焼き鳥にしました♪


その後、今日もなお、『祭の後症候群』っぽいダラケぶりにグダラグダラしております


おまけに



mathichenの徒然なるままに-下目使いセスク


男前以上の男前なのに…


セスク、ポルト戦欠場に意気消沈

「出場できなくて悲しい」


2010/03/09 19:22:00


Cesc Fabregas, Arsenal (Getty Images)

アーセナルMFセスク・ファブレガスが、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦セカンドレグのポルト戦に出場できないことに不満を抱いていると認めた。

22歳のMFは、先週末に行われたバーンリー戦でハムストリングを負傷。月曜日のトレーニングにも参加できず、準々決勝を目指し戦う試合には出場しないことが決定した。

「出場したかった。でもドクターは休み、リスクを避けることを勧めた」とセスクはイギリス『サン』で語った。

「出場できなくて悲しい。ポルト(を倒すこと)は、僕たちにとって本当に重要だから」

「いつもより、はるかにつらい。外から見なければいけないんだから…」

( 写真と文の出典先:Goal.com )

「大砲チームの欧州CLという名の祭は、もう終わるのか…?」も輪をかけてますし~・°・(ノД`)・°・

記事題名通りの展開になってもらいたい(アタシのためにも)
3月というと、卒業式の印象。卒業式というと、3年B組金八先生
…などと連想するのは、30年前の中学生だからですわな(ムリヤリ)

1979年秋の開始時は、「金曜8時だから、金八」とTBSヤル気薄い地味な新番組
『十五歳の母』が世のPTAでも盛り上がるほどの話題になり、やがて長寿シリーズへ
1995年の第4シリーズには、3B生徒としてかつて宮沢君と浅井さんから生まれた歩がいましたね

第4シリーズで感慨深かったのは何といっても、「加藤君が出てきた~Σ(・ω・ノ)ノ!」


3年B組金八先生2期 連行シーン

『腐ったミカンの方程式』『卒業式前の暴力』
中島みゆきの♪世情や松村邦弘のモノ真似で有名な第2シリーズ
当時、わたしも中学3年生。このシリーズが一番記憶に残っています

桜中学に転校早々、大暴れした加藤優。荒れまくる荒谷二中から放り出された問題児
教室を飛び出す際盾にした八重子に、入り口でそっと「ごめんな」?

蒸発した親父の招いたサラ金地獄に母子で苦しむうち、学業追いつかなくなりグレてしまった
松浦悟の若い継母が臨月なのに自殺しかけているのを救う、根は優しい少年
一触即発の荒谷二中に乗り込もうとしているのを「もう関係無いだろっ」と止める悟に、
「飲み屋で働くおふくろを先公どもはバカにした。人間は許せないこともあるんだよっ」

1999年の第5シリーズ当時、武田鉄矢はこう語っています
「20年前は、問題児が目に見えた。いまは、一見普通の子が問題を抱えている」
第5シリーズの兼末健次郎、優等生の仮面をかぶり陰で3Bを仕切っていた彼と、
20年前のいわゆる『不良少年』加藤君を比較しての言葉でしょう

その加藤君が、15年後には、地道に働く普通のおっさんとしてゲスト出演
「わ、我が桜中学にも校内暴力の嵐が~」と悲鳴を上げたかつての教頭は、
いまは校長として嬉しそうに加藤君の近況報告を聞いているのも感無量でしたが
何より、金八を訪れた理由が泣ける…
娘のお受験にキリキリ舞い、亭主と不仲らしい八重子を案ずるあまり、相談ですと
15年間も片想い続けとるんかい(iДi)

正直、五輪には全然興味わかない。真央ちゃんだろうがヨナちゃんだろうがヨカッタね

トリノの時は、静香ちゃんにウラミはなくても、日本人選手唯一のメダルにすがりつく俗世に(`∀´)

2年半後のロンドンでの夏季大会も似たり寄ったりなのです。でしょうよ


冬季と夏季の同年開催は負担大きく、1994年のアルベールヴィル以来、冬季は夏季の中間年開催

わたしの最初に記憶ある五輪は、札幌(冬季)とミュンヘン(夏季)、つまり1972年と古代大会

氷上に尻モチでも銅メダルのジャネット・リンちゃん、『銀盤の妖精』はカルピスCMでもメチャ可愛かった~

ミュンヘンは…スピルバーグ映画でも知られる通り、パレスチナ過激派によるテロ事件発生でした

後年知った所によると、当時のブランデージIOC会長は反ユダヤと親ナチで有名であり、

実際にドイツを去る選手はほとんどいなかったものの、五輪続行決定その他で非難轟々だったそうな


思えば、五輪ってモメゴト付き物なのです

モントリオール(1976年夏季)は、ニュージーランドのラグビーチームが南アフリカ共和国へ遠征を巡り、

人種差別政策抵抗運動とばかりにアフリカ諸国のボイコット

モスクワ(1980年夏季)は、ソ連のアフガン侵攻直後とあって、西側諸国のボイコット

ロスアンゼルス(1984年夏季)は、お礼参りですわな、ルーマニアを除く東側諸国のボイコット

ソウル(1988年夏季)は、ほぼ全地域揃った代わり、北朝鮮があり得ない共催を叫んでいました


柔道の山下泰裕選手は、不本意なモスクワ不参加の無念を、ロス金メダルで晴らしました

環境激変や外貨稼ぎに振り回され、2年後の世界体操競技選手権では醜態さらしたナディア・コマネチも、

1976年当時可能だった14歳での参加で10点満点の『白い妖精』、これだけで幸運です


オリンピック・アスリートに対する精神面での支援体制が実施されるようになっている現代

ごく当たり前のことと捉えられるでしょうが…


mathichenの徒然なるままに-円谷幸吉 遺書


「父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。干し柿、餅も美味しゆうございました...」

「...幸吉はもうすつかり疲れ切つてしまつて走れません。何卒お許し下さい

気が休まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません

幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」


東京(1964年夏季)、男子マラソン銅メダル獲得した陸上自衛官・円谷幸吉選手

「次のメキシコ五輪では金メダル獲得します」と宣言、日本中の期待を集めるも、

公私で様々な不運に見舞われ、期待に応えなければとの重圧に押しつぶされ、

1968年初頭、カミソリで頸動脈を切って自殺、27歳の若さで


円谷選手の哀しい最期が契機となった、苦い教訓の産物なのです。現代の選手への恩恵は…


(お詫びと訂正)

1994年の冬季五輪は、リレハンメルでした。失礼致しましたm(__)m

開催時期が近すぎるせいか1992年とゴッチャになりやすい…

バンクーバー五輪の記事はYahoo!に限らず多いようですね
夏季冬季問わず五輪好きな国民性だからでしょうか

アテネ五輪男子サッカー予選では、飲み屋でダラダラ過ごしていたあんちゃんの隣席爺さんが、
応援モード全開なのに、「なぁ兄ちゃん、サッカーってどないやったら点入るねん?」
フランスW杯での日本初戦では、自分のTVの前とはいえ、
キックオフ同時にアルゼンチンに向かって無礼にも「はよ負けろ」がいました
…というよーな国民性が正解?

金銀銅メダルの価値、一般庶民には金銀銅の順番であります
当事者らの認識は聞く所によれば、銀銅の価値は競技種目によって異なるそうです
水泳や走り系のように時間勝負は、銀が上
柔道やサッカーのように一対一(個人・団体双方の意味で)勝負は、銅が上
銅が銀より価値ある理由というのが、「負けてもらえる銀より、勝ってもらえる銅」

銅メダルで浮かんでくるのが


サッカー・日本代表 - メキシコ五輪 銅メダル (1968年)

当時TVで観た人の証言によれば、この試合におけるメキシコ国民の皆様は、
「自国チームのとろさにブチ切れ、『ハポン!ハポン!!ハポン!!!』と大声援を始めた」
…岡ちゃんチーム大応援団が南アフリカでやったら、どんな地獄絵巻が…(((( ;°Д°))))