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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

暦の上では、立春ですね

進学や就職の準備で民族大移動する時期にふさわしい歌といえば


mathichenの徒然なるままに-木綿のハンカチーフ

太田裕美 木綿のハンカチーフ


就職のため、花のお江戸行き列車に乗った辺境青年
故郷に残して寂しい思いをさせている彼女を想い、都会からの贈り物を考える純朴さ
一方では、確固たる人生目標持たぬまま、親から稼いで仕送りして来い命令の集団就職だった?
職場とフリーな時間関係なく刺激的で愉快な毎日を送るうち
田吾作から都会のイケメンへと都会の絵の具に染められ
自分を見失うまでに魔の都に取り憑かれ、もう二度と大地に足つけた明るい農村青年に戻れない

この歌を聴いて「…か、彼女がカワイソ~」と号泣したおっさんでさえ
別のおっさんいうより爺さん同様、『真理』は心得ていました
「東へと向かう列車に乗ったのが、オトコ。これが、名曲成立の絶対条件やな」

東へと向かう列車に乗ったのが、リンゴほっぺ娘だったら
半年後、音信不通を心配したオトコが自分も東へと向かう列車に乗り、大都会を行方探しの日々
ようやく見つけた時には、ネズミーランドやお台場大好き標準語OLに化けている
標準語イケメン(実は、埼玉や茨城辺りのプチ田吾作隠す系偽装東京男の可能性あり)のみ受け付け
元カレが声かけても、「アナタなんて知らないわよ。失礼ねッ」とキタナイ物見る目を向ける
足がスタスタ向かう先は、特定いる場合は小洒落た料理店へ、フリーの場合は餌食求めて合コンへ

大方はそんなものですよ、オンナなる生き物は、小娘の頃から
元々割り切り早く、それが魔の都にかかってごらんなさい、魔女ぶりに磨きがかかる

甘ったるいメロディーに彩られた悲恋ドラマでさえ…


mathichenの徒然なるままに-Les Parapluies(1)

Parapluies de Cherbourg (Umbrellas of Cherbourg) Fan Trailer

五七年十一月。ジェヌビエーブ(カトリーヌ・ドヌーヴ)はシェルブールの雨傘屋の娘で、近くのガレージに勤める恋人ギイ(ニーノ・カステルヌオーボ)を、深く愛していた。ある日ギイに召集令状が来て、二年間の義務兵役に発つことになった。その夜、二人は求めあった。五七年十二月。雨傘屋の不況で、エムリー夫人(アンヌ・ヴェルノン)は自分の宝石を売ることにした。高級宝石商カサール氏がそれを買いとったのは娘のジェヌビエーブの美しさに魅せられたからだった。五八年一月。ギイからの便りはなかった。そしてジェヌビエーブの体には愛の果実が宿った。彼女がギイを待つ心には、少しの曇りもなかった。そんなとき、カサールはエムリー夫人に、ジェヌビエーブとの結婚を申し込んだ。五八年三月。ジェヌビエーブの心の中に、カサールの姿が少しずつ刻みこまれていった。ギイからは何の音沙汰もないのだ。それにカサールはお腹の子までひきとろうというのだ。五八年六月。カサールとジェヌビエーブは結婚した。五九年三月。ギイが帰って来た。戦闘で負傷した足をひきずって。恋人の結婚を知り、深く悲しんだ。足が不自由な彼は、仕事のミスから失職した。街を歩いても思い出の傘屋もいまは閉じられたまま。孤独が身にしみた……。五九年四月。ギイの育ての母が死んだ。五九年三月。その母の娘マドレーヌとギイは結婚した。いくばくかの遺産で、彼等はガソリン・スタンドを買った。六二年十二月。雪のイヴ。ギイとマドレーヌは子供も出来て幸せだった。その日の暮れ方、ギイ一人が店にいるとき、ベンツが停った。運転している女性がかつての恋人であることをさとった。懐しかった。エムリー夫人は亡くなったという。彼女が車に乗せている女の子を「あなたに似てるわ……」それ以上の言葉は交さなかった。さりげない別れ……いまはギイもジェヌビエーブもそれぞれ幸福なのだ。

( Movie Walker:『シェルブールの雨傘(デジタルリマスター版)』より引用 )


彼女がギイを待つ心には、少しの曇りもなかった?そう思い込んでいただけ
駅での別れ場面、この後の彼女はどういう動きを取ったかというと
列車が遠ざかるや、サッサと背を向け、スタスタ駅を去るのですわ(無意識ながら本性現る)
昔々、1970年代の文献を読んでいる時に知り、後に確認したら、ヲヲッと確かに~

戦争に引き裂かれちゃうと感傷に浸っていただけなんざんしょ

演じたカトリーヌ・ドヌーヴはといえば、当時ようやく20歳の若さながら

~プライベートでは1961年から交際を始めた映画監督のロジェ・ヴァディムとの間に息子クリスチャン・ヴァディム(1963年生まれ)を儲けたが、その後にヴァデムがジェーン・フォンダの元に走ったため、自暴自棄になり衝動的にイギリスの写真家デビッド・ベイリーと1965年に結婚したが、元々ベイリーに愛情を持っていなかったため、結婚生活を維持できなくなり1972年に離婚した。その後に俳優のマルチェロ・マストロヤンニとの間に、娘キアラ・マストロヤンニを儲けている。ヴァディム、マストロヤンニと正式な婚姻関係になることは諸事情の為いずれもかなわなかった。しかし、マストロヤンニとは晩年までキアラ共々交流があり、1996年のマストロヤンニの臨終の時にもキアラと共に立会った。~

( Wikipedia:『カトリーヌ・ドヌーヴ』より引用 )

ヴァディムが、正真正銘の最初のオトコといいます
色気の女神ブリジット・バルドー創り上げた、艶種に事欠かない色事師にかかったら
17歳乙女なんてひとたまりもございませ~ん


mathichenの徒然なるままに-Les Parapluies(2)

Ending of "The Umbrellas of Cherbourg"


「あなたに似てるわ……」なんて暗黙の了解で済む話なのに、わざわざ告げる
…オトコに心理的打撃与えるとしか…ヴァディムへと向けて?

恋が生まれるにはほんのわずかな希望があればよい。
それからニ、三日して希望は消えるかもしれないが、恋が生まれたことには変わりはない。
果敢で、向こう見ずで、激しい性格と、人生の不幸によって豊かになった想像力があれば、
希望はもっと小さくてもよい。

スタンダールの格言 )


仲間と檀が美人なだけ!?怪しい隣人に子ども預ける間抜けな筋書
2011年01月31日17時00分
提供:J-CASTテレビウォッチ

「美しい隣人 第1回~第3回」(フジテレビ)2011年1月25日22時~

越してきた隣人がマイヤー沙希(仲間由紀恵)で、夫・矢野慎二(渡部篤郎)が大阪に単身赴任中の主婦・絵里子(檀れい)は幼稚園児の母。いずれがアヤメかカキツバタ、美人同士の主演者2人の共演である。さぞや男性視聴者は喜んで見るだろうが、ドラマの出来はいかがかと言えば、イマイチと言わざるを得ない。
脚本の神山由美子は力のある人だし、カメラも美しく、音楽も雰囲気をうまく醸成しているのだが、絵里子が夫のいない家で不安を抱えているという設定の割には、間抜けな筋書なのである。例えば、感じのいい隣人とはいえ、沙希はまだ何処の馬の骨かわからぬ知り合ったばかりの女であるのに、姑の病気で見舞いに行かねばならなくなると、絵里子はあっさり、大事な大事な1人息子を沙希に預けて出かけてしまう。脚本家は子供を持ったことがないのか。
不気味な事件が多発している日本で、小さい子を育てている若い母親たちは毎日が心配の連続だ。行きずりでも人が殺される時代、しっかり自分の目でわが子を見つめていないと不安なのである。姑の見舞いならば、おばあちゃんに孫の顔を見せがてら、幼稚園を休ませてでも自分が息子を連れてゆくはず、慣れない人に預けたりはしない。一流のサラリーマンらしい慎二が、大阪のバーで隣に座った美人(沙希のこと)にまんまと友人扱いされるのもヘン。近くで起きた子供の水死事件がどう絡むのか、取り敢えずは期待してみる。

(黄蘭)

( 出典先:livedoorニュース )



確かに、ホイホイと人を信じるのは、大人同士でも問題ありますがね

しっかり自分の目でわが子を見つめていないと不安なのであるといいながら
その割には、携帯を眺めながら子供の手を引いたり、ママ友同士しゃべくり夢中で不注意だったり
まず、親の監督義務基本中の基本を覚えてからの話

幼稚園でも、子供にとっては成長過程に必要な社会性形成の場
大事な人間修業を休ませてまで、その日に見舞いや何かの用事に出かける必要あるのやら
まぁベビーシッター業確立社会でなければ、他人に預けるのは難しいとは思いますよ
保育園が満杯で、仕事に出られない就活も出来ない、そんな貧相なお国柄ですし

ただ、少しは隣近所との関わりを持ち、プチ互助会作るなど、地域に根付く住民意識があるならば
すぐに隣近所に子供預けなくても、信頼関係築く努力はするはず
親子揃って交流持つことで、子供に人間の検分力つける場にもなりますから
各々の諸事情を考慮せずPTAの仕事は平等だと割り振る悪平等や
専業主婦だからヒマでしょと用事押し付ける、どうせ会社ではKY系お局様や
出来婚アバズレ小娘の分際で、人生経験積んだアラサーアラフォーママを年寄りと嘲笑うや
風俗嬢みたいな恰好で父兄参観に出かける主婦いる末世では、無理な相談でしょうか

地域社会の対応の常識である「よその家庭の子どもでも悪いことをしたら叱る」
学校の対応の常識である「児童・生徒に対し毅然とした態度で接する」
こんな当たり前のことが出来ない、逆ギレして訴訟だ何だと生意気なクソガキ脳だからこそ
モンスター・ペアレントなる人間の皮かぶった超劣等生物が増殖しているのでしょが

親の監督義務基本中の基本を果たせないくせに
何のルール設けず守る義務持たせず、子供にPCや携帯を与える
出会い系サイトなどに入り込むかもしれないインターネット社会に触れさせる
親が他人を信頼していないのに、子供を危険地帯へは無頓着、矛盾していますぞ
ま、家事そっちのけでネトゲ・退屈しのぎに出会い系コッソリだとしたら、わかりますがね



バールーフ・デ・スピノザ

むしろ危険は、当然なすべき懐疑をなさないで漠然たる不安の中に生きることである。
我々は無用な不安の中に生くべきではない。
しっかりした中核的思想を抱いて、価値ある懐疑をしなければいけない。
それによってのみ問題を解決し、進歩してゆくことができる。

出典・参考・引用
安岡正篤著「人生の大則」p46

~不安は、自己の無力から出る漠然たる感情であるが、懐疑というものはそんなものではない。
懐疑というものは誰にもできるものではない。
しっかりとした中核的思想を持たなければ懐疑はできないものである。
むしろ危険は、大切な指導的地位にある人々が当然なすべき懐疑をなさないで、
漠然たる不安の中に生きることである。
我々は無用な不安の中に生くべきでない。
しっかりした中核的思想を抱いて、価値ある懐疑をしなければいけない。
それによってのみ問題を解決し、進歩してゆくことができる。~

( 座右の銘データベース:『人生・生き方にまつわる名言』より引用 )




何言いたいのかようわからん小難しいオランダ系ユダヤ人のおっさんながら
何か感動するので、締めくくりとして

$mathichenの徒然なるままに-Clark Gable


~His original last name was Goebel, but this was considered too German during World War I because of anti-German sentiment.~

『参戦』

出撃後にクルーと記念写真に収まるゲーブル(右端、1943年)ゲーブルは1939年に女優キャロル・ロンバードと三度目の結婚をする。その生活はゲーブルの生涯で最も幸福なものであったという。しかしロンバードは1942年に航空機墜落事故で死亡した。

ゲーブルは深く悲しみ、その悲しみを紛らわせるかのように第二次世界大戦下で枢軸国と対峙していたアメリカ合衆国陸軍航空隊に入隊した。なお、アメリカ軍は当初ゲーブルを軍役には着くものの、実際の戦闘には参戦させずに慰問部隊の一員として参戦させることを望んだが、ゲーブルはこれを拒否し、ヨーロッパ戦線でボーイングB-17爆撃機で数度の出撃を行った。なおアメリカ軍と政府は参戦したゲーブルを戦意高揚のためのプロパガンダに大いに利用した。

『死去』

ゲーブルは1960年に59歳でロサンゼルスに於いて心臓発作で死去した。ゲーブルの最後の映画は『荒馬と女』であった。なお同作は共演者のマリリン・モンローの最後の出演作でもあった。ゲーブルはカリフォルニア州グレンデールのフォレスト・ローン記念公園墓地で、最愛の妻キャロル・ロンバードの横に埋葬された。

( Wikipedia:『Clark Gable』『クラーク・ゲーブル』より引用 )



"The King of Hollywood"(ハリウッドの王様)であるクラーク・ゲーブル
‘風と共に去りぬ’(1939年)のレット・バトラー役でお馴染みですね

1901年2月1日生まれの男前を、1966年2月1日生まれの当所管理人がお祝いします♪☆

ドイツ系であるGoebelを英語風のGableに改名は、ドイツが第一次世界大戦中の敵性国家のため
もっとも第一次世界大戦が無かったとしても、第二次世界大戦があれば


$mathichenの徒然なるままに-ゲッベルス一家


‘ヒトラー 最期の12日間’(2004年)の写真を持って来ましたを書いといて
ヨーゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels
国家社会主義ドイツ労働者党第3代宣伝全国指導者、初代国民啓蒙・宣伝大臣
否応無く改名するハメに陥ったと思われます

思わぬ所での鉤十字ドイツとの縁もございます



Clark Gable & Carole Lombard Home Movies!

キャロルとどれだけ幸福であったか。彼女を喪った悲しみは如何に深かったか
激戦続くヨーロッパ戦線でボーイングB-17爆撃機で数度の出撃
ひょっとしたら、自分もキャロルと同じ墜落死をもって?

墜落死の可能性は、意外な場所からありました


$mathichenの徒然なるままに-総統とエヴァ


ヒゲの総統と最愛のエヴァ・ブラウンですね

エヴァちゃんは有閑マダムとあってか、映画鑑賞好き。自分のためだけの上映会しょっちゅう
‘風と共に去りぬ’は長尺なのに何度も上映するほど熱中、ハリウッドの王様にキャア♪キャア☆
それを見た貧相な総統、ご面相を棚に上げて見苦しい男の焼きモチを展開
「ゲーブルの乗ってる戦闘機を打ち落とせ~」との指令を真剣にわめき回したそうな

戦争は無事乗り越え、心臓発作で世を去ったゲーブル


$mathichenの徒然なるままに-荒馬と女


‘荒馬と女’(1961年)撮影の心労が祟ったのでしょうか

監督のジョン・ヒューストンいうのは、奇人変人大会上位入賞保証付き
名優である父親ウォルター・ヒューストンが息子の監督作品に出演した際
息子はプロデューサーの声色使って親父に電話、あれこれ指示出しまくった逸話の持ち主

共演者のモンゴメリー・クリフトは、これも奇人変人
自然のままにとばかりのストリップで表を走り回ったという困り者

「アタシも暗いけど、モンティはもっと暗い」と言ったのが、マリリン・モンロー
彼女は彼女で、数年来の精神不安定に悩まされていた

ゲーブルは、野郎どもには堪忍袋の緒が切れかけていたか切ったかというほど我慢ならず
重労働から解放されるや、心臓の緊張感も解放されてバッタリ?
彼の死が、マリリンにどれだけ打撃を与えたか知らずに…

里子先をたらい回しにされ虐待も受ける不幸な少女時代を送ったマリリンにとって
ささやかな楽しみである映画鑑賞で憧れたハリウッドの王様との共演は、天にも昇る思い
自分の存在が王様に負担かけているとイジケていたから、王様の死を見て
「アタシが殺してしまった…アタシがいけない子だからだ…」
どんどん落ち込み、モンティ・クリフト以上の暗い性格に陥り
ケネディ家という複雑怪奇な迷宮へと…

いま頃、王様が「お前さんのせいじゃないよ」と慰めてくれていると思いますけどね
映画撮影中、可愛いマリリンには辛抱強く優しく接していたといいますから


枝野氏、アジア杯優勝の日本代表「内閣も見習いたい」
2011.1.31 14:57

 枝野幸男官房長官は31日午前、サッカー日本代表がアジアカップで優勝したことについて、「選手がそれぞれの持ち味を出して総合力として力を発揮した。この内閣も見習って国の危機を突破しなければならない」と述べ、菅政権が挙党一致で取り組む必要性を強調した。

 枝野長官は、日本代表の守りの要となったゴールキーパー、川島永嗣選手の活躍についても「私の範囲もそういった側面が多い。一対一になってもガードする力が発揮できればよいと思った」と言及。「守護神」にあやかりたい心情をのぞかせた。



【甘口辛口】

同じ日本の指揮官でも…菅首相は“オウンゴール”連発
2011.1.31 08:30

 「日本国民のみなさん、こんなすばらしい代表を誇りに思ってください」とサッカー・アジア杯を制した日本代表のザッケローニ監督がいった。素敵な言葉だ。長谷部主将は「日本を理解し、積極的にコミュニケーションを取ることで監督の一生懸命さが伝わる」と評した。こういう魅力的な指揮官なら選手は安心して付いていく。

 代表監督とは大違いで、日本の指揮官である菅首相は“オウンゴール”ばかりだ。米格付け会社による日本国債の格下げという一大事に「そういうことには疎いので」といったかと思えば、29日のダボス会議での講演では「日本は国民が内向きになっている」と発言した。

 何がどう内向きなのか知らないが、「国民生活が第一」のはずなのに、これといった景気対策や社会保障政策を打ち出せないまま消費税増税に走り出した菅政権こそ、内向きではないのか。自分のヘボ采配を棚に上げ「選手が思い通り動いてくれない」という監督みたいなもの。こんな指揮官には到底付いていけない。

 アジア杯の日本はいままでにない積極的な攻撃を見せ、優勝につなげた。攻撃は最大の防御というが、菅政権最大のアキレス腱である小沢一郎氏は29日、今週早々とみられる強制起訴後も民主党を離党しないことを明言した。発売中の週刊文春では『批判の急先鋒にあえて登場』のタイトルで、インタビューに応じている。

 首相の期待していた自発的離党どころか、ここにきて小沢氏は発信力を強め、攻めに転じた感がある。日本中を元気にしたアジア杯の後が菅vs小沢の攻防戦とはつや消しだが、これで国会が台無しになり国民生活にしわ寄せがくることだけはごめんだ。(サンケイスポーツ 今村忠)

( 出典先:MSN産経ニュース )



まーだまだ課題はある、しかしまぁ優勝おめでとうございます
とはいうものの、メガネの迷監督どっかへ消えて、ようやく普通のチームに戻っただけの話

官房長官と聞くと


$mathichenの徒然なるままに-小渕官房長官


平静な顔して新元号発表の、後年には『冷めたピザ』、合掌して

お上の方が、国民を見習いたいってのも…

というか

1983年、NHK朝の連続テレビ小説‘おしん’ブームの頃に
少女時代のおしんを演じた小林綾子ちゃん(当時10歳ちょい)を国会に招き
「ダイコン飯だけで、よく頑張ったね~」と激励したナカソネ総理爺さん
NHKニュース見ながら、「ドラマと現実の区別つかんほど…」と凍りついた、当時17歳だけに

国民が盛り上がってる時に便乗しちゃえ内閣気質は、永遠に継承されるのやら~
と、極寒にブルブルしている、44歳最後の日を迎えた何某でありますのさ



(Yahoo!本館記事でもあります)


豪州・オジェック監督「日本の勝利を祝福したい」
2011.1.30 08:16

 サッカー・アジア杯決勝(29日=日本時間30日、カタール・ドーハ)豪州は日本の李忠成に決勝ゴールを許して0-1で惜敗。悲願の初優勝を逃したが、ホルガー・オジェック監督は公式会見で「日本の勝利を祝福したい」と4度目の優勝を称えた。

 オジェック監督は試合後「我々にチャンスはあったが、シュートを決めなければ勝てない」と決定力不足を敗因に挙げたが「選手たちを誇りに思う。努力が報われなかったのが残念」とねぎらいの言葉も口にした。失点の場面を「この試合で唯一、ポジショニングがずれた」と分析したが「誰かを責めることはしたくない」と語った。

 かつてJ1浦和を率いた同監督は「両チームとも決勝戦にふさわしい試合をみせた。日本の勝利を祝福したい。韓国同様にしっかりと世代交代が進んでいて、間違いなく正しい道を進んでいる」と成長に目を細めた。(サンケイスポーツ)

( 出典先:MSN産経ニュース )



青い大応援団の皆様に水差すのは申し訳ながら

相手の拙攻を上から目線で笑う面々の場合…「何点獲られる気?」的拙守ありませんでしたかね?
日本は、メガネの迷監督当時思えば上等ですけど
選手個々のプレーに見るべきものあっても、全体的には、まだまだ改善の余地ある気がしますぞ

ドーハの悲劇は、W杯出場には力不足へのお慈悲
それを知らず、ドーハの歓喜♪☆と浮かれとったら
たかがアジアを制したに過ぎない、つまり、発展途上地域でお山の大将を見落としますよ



長友、移籍は伊国内優先…ユベントス最有力
2011年1月30日(日) 14時26分 デイリースポーツ

 「アジア杯・決勝、オーストラリア0‐1日本」(29日、カリファ競技場)
 DF長友の左クロスが勝負を決めた。延長後半4分。無尽蔵のスタミナで左サイドを駆け上り、左足を振る。鋭いクロスは弧を描き、ノーマークのFW李忠成のもとへ‐。「ここまで来たら優勝しかない。大会に入る前から優勝という気持ちだった」。思いは千金アシストにつながった。
 陰のMVPだ。後半11分にDF岩政が投入されてからは左MFに位置を上げた。安定感抜群の守備だけでなく、単独突破からクロスを放つなど攻撃面でも存在感を発揮。今野とともに全試合フル出場を続けた小兵は左サイドを制圧した。
 アジア最高のサイドバックの評価は移籍市場でも価値はウナギ上りだ。FC東京から期限付き移籍中だが、チェゼーナとの完全移籍で合意。前半戦やアジア杯での活躍で今夏終了後の“転売”をにらんだ動きだ。ユベントス、ミランなどイタリアの名門だけでなく、スペイン1部バルセロナ、ビジャレアルやドイツ1部ウォルフスブルクなどが熱視線を注ぐ。
 長友は「自分が結果を残せば日本人がイタリアに移籍しやすくなる。もう少しここで頑張りたい」と移籍する場合、イタリア国内を最優先に考える方針だ。条件面での評価が低かったACミランには断りを入れており、現時点ではユベントスが最有力だ。アジア杯後はすぐさまイタリアへ帰国。まずはチェゼーナをセリエA残留に導くため、再びピッチを駆け回る。

( 出典先:Yahoo!スポーツ )



チェゼーナ移籍と聞いて、「そんなショボイ所でイイのか」
という声聞かれましたが、32歳でなく23歳なら、気長にステップアップ認められるでしょう

と思っていたら

バルサの名前まで出てきてやがんの(マジかよ?!)
悪くないかも。遠目には、FC東京ユニと似てる(タヌキがパクった?)

なんてのは置いといて

「自分が結果を残せば日本人がイタリアに移籍しやすくなる。もう少しここで頑張りたい」
ショボイ所から、ユーベやミランのような名門へ。成功したら、文句無しの功績
挑む価値は十二分にありますね

味スタ去る時、「世界一のサイドバックになって帰って来ます」
ナンボ何でも世界一は無理な相談とは思いますが、それなり以上の国際派には可能かと
アジア杯優勝の立役者の位置に浮かれず、足元見つめて堅実に立身出世お願いします
で、キャリア最後でもいいから、タヌキに戻って下されよぉ