補足!自白/万物創世の理について(ワタシの宇宙)かんな屑 | ..あちゃ! no mic's

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追記20221213
信念は貫いているつもりなのですが、まだ、望みには届いていません、元素材が、以下の画像だとして、これにエフェクトをかけると、装飾ができる、パターン、「炎」の装飾だとか、同じパターンの繰り返しなので、今出来ないと、一生無理でしょって、ところなのですが、
 
杭の数、穴の数、毎に、重みの違う、操作(加工)をするだけです、
 
 
 
元記事
一度書いたことは、二度と書かないタイプなんだけど。
だから、こなれた感がなくって、ダメなのかな(物書きじゃない…デス)。
ネットの始まりのころ、情報に乏しくて…出版物が主な情報源だった。
その頃は、物理学に関しても、本に書いてあることしか、ないので、お目当ての探すわけで。
アインシュタインについて、知りたかった…という。
一般相対性理論について。
ちびっ子向けには、特殊相対論で止まってしまい、実のところの、その評価を知らなかった。
探した挙句、古本屋通いを始め、ようやく行き着いたのは、ベタなんだけど、ハヤカワ文庫の洋書の翻訳。
とりあえず、それを信じるしかなかった…当時の。。。
文面は、空間の歪みについて、アインシュタインが選んだ、リーマン幾何学と言うものについての書き記し(間違いなければ、当時でも100前の)。
周りの人たちは、それは道具として使うのに限界を超えているって言われた…らしいのです。
リーマンと言うと素数でお馴染みの人もいるんだろうけど、その数学が自然を現しているのか疑問だった。
で、とりあえずテンソルって概念が出てくるので流体力学を通り一遍、見渡すんだけど、どうも、漫画の描写と同じで(どんな漫画にも共通点が多いですよね…特に日本の漫画)、定義されると、緻密な線が描けたりするんです。
中には、座標の上で物体が動くだけでなく、動く物体についてカメラを合わせて、それで流体を語ることまで…奇々怪々…精神世界っていうのか、哲学的なこと、男と女の個体差くらいに、向こうの人は違うんだと…直観的に思う。
で、本の山から、とにかく、中身そっちのけで、救いの一文を探すわけです。
相対性理論の後には誰も育たない的な、一文を見た時に、ホッとする訳です。
完全に扱えるまで10年かかるという…今では、コンピュータのシミュレーションが凄いので、光速の旅の中で、空間がどう見えるかなんてものも、あるし。
コンピュータが仕事をするので、ポピュラーサイエンスって、ロケットとか科学神話が崩れた今、へー??? すごいね…で終わってしまうところ???
科学の進歩は、自分が無知ながら思っていることは、医学とかスーパーコンピュータ(スパコン)で、天文学的な、分子の組み合わせの中から最適解を限定していく作業とか、楽に出来そうなので…自分的も、楽器を製作したいなんて言う、無理っぽいことでも、コンピュータが音を占ってくれる望みが大きいので、凄い時代だなとは思う。
 
自分的に、素粒子について着想があり、かなり、いい線行っているにしか思えない結論というか流れが見えてるんで…誰も信じないだろうけど。
そんな無謀な理論物理学なんてもの…エルビスプレスリー目指すくらいの話(自爆)。
 
サイエンスを我が手元に??? 再び!!!! なんて考えるとき、ニュートン以降(もしくはライプニッツ)で、超えられない数学的な美を含んだ、おそらく魔術に等しいこの存在と、それを補う…プリンキピアについては、2体間の運動法則しか書いてない…3体問題は解けないとか…欠けてるパーツがあると、おそらく「ギリシャ数学」じゃない…だなんて。
って、微分方程式を解くことに、または、原子核物理学というものの不合理なことを習うに…量子論で、すべての問題が解決られるくらい、言われた時代ががあったこと…最近だと、DNAとか遺伝子とか、素人的に、凄いことが起こりそうなことを言ってたけどジュラシックパーク???、なんだったんだろう的な…いつになったら出てくるの…それ…。
自分の着想に救われたのか、自分は、分からない(理解するのに一生分の…時間がないという…頭悪いんです…ね)ことを差し置いて、分かることだけを書いてみたんです。
2011年くらいが、その作業のピークだったわけで。。。
気持ちは遠のいていたんですが。
おが屑を削り始めて、なにやら、理論物理学とビンゴすることが多い。
モノの由来とか、源を知るのに、日本の文明は天下り的だから、大陸依存の…国境が海でないことの恐ろしさは、キムチを食べた瞬間、感じるし。。。
あまりに醜いので、闇に葬られた、文明があったととか。
ドラゴンの由来を知らないのですが、ハンコとか自分で作って、その文化の本来の意味を、自分で再発見してるような感覚に陥るのです。
 
以下のリング。
ベクトルくらいの想像力じゃ使い物にならないかもだけど相対論ねじ込むのに、地球儀のような軸を持った、物差しを近似の手段として製作できないのかとか。
日本で言うと、1センチをモノサシを使わずに作図せよっていう問題に思えるから(間違ってたらゴメンナサイ…急ぎで書いている)太陽系にはこのサイズの物差しで、一本決めたら、それで計算できるとか…計算尺の奇々怪々なことが歴史になったように、その物差しは必要ないのかもだけど。
なんとなくクリスタル(水晶)…推奨(自爆)。
 
自分のいる場所(芭蕉…笑)について、概念というか、自分のとんでもない物理学を進展させるのに、造形に向き合うことで、希望から確信に変わったっていうか。。。
2011年に自分に起こったことは、なんか神秘体験だった…。
生まれて初めての感覚だったので、当時は気付かなかったんだけど(必死だった)。
 
輪に見える…和…で、別に空間は均一で、スケールが大きくてもタダの城壁にしか見えないだろう。
 
普段は、調和しているっていうのか、人間の世界と自然の…そもそも文明の始まりを知らない自分には、穏やかな、地平線のようなイメージか。
 
でも、平らにすると…もしくは歪むと、牙をむく。
上の写真っで、上にあるのが内で、外にあたるのが下の部分。
見晴らしが悪いと「光と闇の世界」という、直線的な境界線、西洋的な表現に至るのだろうか。
直観的に閉じた宇宙…を想うのです。
内と外を隔てる細胞とか、原子核とか…人体機械論では当たり前かもしれない。
超対称性とか、自発的対称性の破れとか言われても、イメージできないのです。
湯川の中間子くらいで、イメージ得て…ってか始まりだけかよ…って。
自分で、数学の本からイメージに合う式を取り上げえては改造するという、インドのラマヌジャン的な発想で邁進したわけです。
突き上げるような動機は存在しました。
 
で、インド式の算術は素晴らしいけど、この数珠はゼロ(0)と書くかけど、その概念じゃ導けないことがあることを自分で暗示にかけるようになっていきました。
で、今も信じ切っているのですが。
 
想像の多くをここで語っても嘘になるので、言葉は選んでいるつもりなのですが。
とにかく、この造形の神秘性に身を委ねたいと。
どこかにその表現があるのか。
人類の歴史の中にないわけはなかろうと思うのです。
 
 
以下、「む弦」で無限(ってかベルトの宇宙)…(自爆)。
フォトンベルトは理解できない。
 
ハンコの由来とか、それ持つべき理由とか、大陸由来の文化…理由が定かでないなら、滅ぼされたんだろうとくらいに思う(思想と洗脳っていうか、日々の生活のすり込みって怖い)。
孔雀の羽根を閉じると出来る、。機械文明のこと…とか。
造形の神秘性とか、「根付」の細工を見て、造形そのものの奥に、魂の奥行があるように見えること、じゃなくて、あるんだという…この酉年になってからの一か月の創作で思うこと…なんです。
 
創作するのに、ドンパチすることを軽くやってしまうこと…想像力の範囲で出来ること、人間には、完全な設計図は書けないと、芸術って言ったときに、その、足りなさが、人間というフィルタは魅力的に映るのかなとか。
昨日の記事で、スイカを大砲の弾で、花火にしようとか…おそらく、制作段階で見越してるだろうけど。
 
自分は大したことないけど、なんか、面白いことが山のようにあること…石炭の鉱脈でもあるのか、泥臭いことだけど、なんか、恐ろしいくらいに、ありそうな…欲張りだから、あるなら掘れ的な好奇心はある。
 
まま、大げさなんだけど。
 
気が向いたら、また書きます。
とりあえず今のところのマトメ。
自分の存在について。。。和の外なのか内なのか考察できない。
輪が内外アベコベとか、とんち比べより、自然に身を委ねたいと思う今。
 
今日は、ここまで。
読んでくださった方、お疲れ様でした。
 
以下、動画勝手に貼り付け…だからダメな男なんだろうか。
初めて聴きました。
偶然、出てきた。。。
先細りの科学神話の…ロケットをリアルに考えたことないです…が。