浮浪人間への道 = Road to Groningen!
1月3日。
 
昨夜の雪は夜の早いうちに止んでいた、朝から快晴。
珍しく白銀の世界が近所で見られている。
 
この辺の住民は雪道の運転に慣れていない。
それどころかほぼスタッドレスに履き替えない。
朝の道路はものすごく空いていた。
 
この状況、雑踏へ向かうのにチャンスだと思った。
朝9時台、大宮氷川神社へ出かけた。

案の定、道路は空いていた。
雪が凍ってバキバキなのは家の前の細い道とかだけで、主要道路は雪の心配はすでになかった。
 
境内
 
祀られている神は、以下三柱。
 
・素戔嗚尊(スサノオノミコト)
・稲田姫(イナダヒメ)
・大国主命(オオクニヌシノミコト)

神話を知らない人が意外と居るらしいので簡単に説明すると。

素戔嗚尊は天照大御神の弟。
ヤマタノオロチを退治した。
ヤマタノオロチに差し出すはずだったとある夫婦の末娘が後に素戔嗚尊と夫婦になる稲田姫。
稲田姫は櫛になって素戔嗚尊の髪に留まって退治したという。
素戔嗚尊と稲田姫は出雲に居を構える。
大国主命は彼らの子孫の一人で日本神話で最重要のうちの一柱。
 
この国の成り立ちを説く「神話」を語る上で絶対に欠かせない三柱。
三柱は出雲に住んだはず、伊勢系ではなく出雲系の神々という括りか。
 
昨日、三峯神社で祈願している。
もう今年は祈願は間に合っているのだが、祈祷料金を調べたら昨日と同じ設定だった。
動物園の隣にあって、普段はあまりにも近すぎて参詣しない。
 
久々の氷川神社初詣となった。
 
一般参拝だけでは物足りなかった。
絵馬を購入して、願い事を欲張って3つも並べた。
 
直後に訪問するキラさんの長寿も願った。
 
絵馬は上の方に苦労して取り付けてきた。
まだ10時前だったが、動物園へ。
開演直前、動物園隣の温度計は氷点下2℃を指していた。

 

 
キラさんはいつも通り。
 
雪のせいで普段より寒い朝。
珍しくキラさんのために部屋の扉が開放されている朝だった。

寒ければ、部屋の中で過ごすことも出来るようにと。

 

ところが、キラさんは寒くても日差しが得られる外を選んだ、ということになる。

 

 

 
2026年を良い年にするために三社巡りをしたい。
 
それは即ち、2025年を精算することから始めたいということだ。
2025年は残念なことが多々あった。
 
・1月:カンペーちゃんの死(大宮公園小動物園に2頭いたフサオマキザル、そのうちのオス)
・3月(4月?):浅井さんの死(かつての訓練校同期、辻オルガン出身の先輩、お世話になった人)
・7月:ホシくんの死(同園のブチハイエナのオス、最愛の個体)
・10月以降:仕事が多忙かつ不安定、ケガの不安増える
・12月末:骨折(左足甲)
 
周囲の死はどうにもならない現象だ。
だが、会社関連は自分が自ら志願して就職した場所である。
それは自分自身の問題。
 
年末に、退職を決めた。
2026年は新しい生活を始める。
これまでのしがらみを断ちたいと思った。
 
「災難除け」を目的にお祓いしてもらおう。
参詣するなら動物を守護とする神社がいいな。
調べたら、もう一択しかなかった。
 
その日(元日)のうちに、計画を思い立った。
夜半、混まない夜中をドライブに充てて、西へ西へ。
 
深夜2時過ぎ、「三峯神社」駐車場に到着した。
到着した頃は暖かい夜だったのだが、早朝はぐっと冷えていた。
朝目覚める頃には、駐車場は満車。 
駐車場に入るための長蛇の車列が出来ていた。
これは想像した通り、ここは前乗りするに限る。
 
数年前の雲取山山行の時以来、久々に三峯神社駐車場に前乗りした。
 
7時に起床した。
 
 
 
 
 
既に雪が舞っていた。
境内まで結構な登り坂があって、松葉杖をつきながらだから、距離は長く感じるし、息も上がってしんどかった。
 
境内では一般参拝を先ず済ませた。
その後で「ご祈祷受付」の最後尾に並び、受付を受理されるまで1時間かかった。
さらに、入場予定時刻は小一時間先で、待つことの連続となる。
 
祈祷開始時間は実際には予定より30分遅れて9時40分くらいから呼び出しが始まった。
呼び出しは住所市町村名とフルネームで呼ばれる。
呼ばれたらそのまま本殿まで廊下を伝って行く。
 
待っている間に雪が積もってきた。
 
 
 
 
松葉杖を突いたまま昇殿した。
太鼓がドンドンと始まる、いよいよ。
神職による口上の合間にも太鼓は鳴る。
 
祈祷のおしまいにはこれから個人が執り行う「玉串拝礼」の説明があった。
代表者が住所とフルネームで呼ばれる。
 
中央の祈祷所で祈願をする。
神職から榊を受け取る。
榊を取り回し、作法を守って祈願をする…
のだが、なにせ初めての玉串拝礼、作法は自己採点零点。
 
松葉杖を持たずに済ませたが、足は痺れて感覚もなく、段差もあり辛かった。
 
足が痺れるのは座り方と寒さのせい。
とにかくじっと座っているのが辛い。
寒くて、足の指が凍傷になりそうで辛い。
 
自分はもう末端が凍傷寸前なのに一緒に祈祷を受けている約100名はそんなそぶりを見せていない。
すごいなと思った。
 
玉串拝礼が終わると、そのまま授与品を受け取って去る。
1人ずつ授与品が異なる。
並んでいるものから自分の住所と名前の書かれている授与品を見つけて職員に取り上げてもらって受け取る。
 
自分は「御眷属(ごけんぞく)拝借」、木箱に入っている。
7000円を奉納した。
三峯神社でいう御眷属は「オオカミ」。
御眷属とは神仏に仕える守護動物のことである。
 
木箱2000円、御眷属(中身)は5000円。
木箱は生涯使えるが、中身の御眷属(オオカミ)は一年限定のレンタル商品である。
更新するためには、毎年返還して新しくレンタルし直す必要がある。
 
三峯神社では、御眷属拝借のためには祈願者と一緒に昇殿して御祈祷を受ける必要がある。
 
 

 
オオカミが中にいる。
だから、呼吸のために箱に穴が3カ所空いている。
 
しっかりと祀る。
毎月10日、19日は特別に祈願する。
 
自分の右肩にはブチハイエナのホシくんが守護にいてくれている。
そして、これからは三峯神社のオオカミも自分の守護についてくれることになった。
 
霊験あらたか。
 
世の中にあまたはびこる悪魔除け、火災除け、盗賊除け、病気除け、その他諸々の災難を除けてくれる。
自分が最もあやかりたいと思っているものを得られた。
 
霊験あらたか。
なんていう素敵な響き。
 
祈祷後は買い物を少しして車に戻ることにした。
境内には摂社コーナーがあるのだが、伊勢神宮摂社にだけ、代表してお参りした。
 
雪が本降りになってきて、寒い。
 

 

 
 

 

帰路。
 
すれ違う車のナンバーは埼玉を中心に関東近県が目立った。
南関東からお越しの車は軒並みノーマルタイヤで来ていた。
三峯神社のHPではノーマルタイヤで来るな、と断っているのにも関わらず。
ノーマルとスタッドレスの比は半々ぐらいだと感じた。
 
大滝あたりの国道140号線に降りたらもう雪はやんでいた。
神社付近は標高1100m、山深いから気候が違う。
それを想定して来ないといけないのに。
 
秩父市街へ、東へ向かうにつれて天気は晴れてきた。
帰宅したら14時、ウソみたいに暖かい。
埼玉も広いなとおもった。
 
帰宅後。
 
閉園前の小動物園に出かけて、キラさんに会って帰宅した。 
閉園時にかけて、急に寒くなってきた。
動物園の脇の温度計は2℃だった。
降れば雪にもなりうる。
 
雨が降り始めた。
それが雪に変わった。
さいたまの自宅も短時間で5センチ以上の降雪となった。
今シーズンで初めてのまとまった雪となった。
 
 

久々に年末年始を自宅で過ごしている。

 

大晦日も家の片付けなどをしながら、ダラダラと過ごしていた。

片付けが急務となっている。

身辺が片付かないと新たな一歩が出ない。

 

こういう過ごし方をすると1日があっという間。

それの連続だったりする。

 

年始は「たなくじ」を必ず撮影して保存している。

 

今年のものはこれ。

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元日。

 

今年の元日はキラさんに会いに出かけた。

実は正月に大宮公園小動物園に出かけたことがなかった。

それは、例年西日本のブチハイエナに会うために遠征しているため不在だから。

正月の大宮公園は初めて、大丈夫だろうか。

 

午前は恒例で両親と正月の挨拶と食事を共にした。

そして、雑踏を避けるために車ではなく、懲りずにカブで動物園へ。

 

境内の裏手から、動物園側から氷川神社に参拝してから動物園へ行こう、と思っていたが無理だと分かった。

右から左に向かって(北から南に)参道をどこまで参拝者が続いているのかわからない。

もうこの果てしない長蛇の人列を見て、この列の最後尾に並んで参拝する気がなくなった。

 

バイクで来ているため松葉杖をもっていない。

左足は踵を着いているが、歩くのは楽ではない。

 

 

というわけで、キラさんの元へ。

 

 

元日のこの日はこの時季としては比較的暖かい日だった。
ならば、キラさんも寝て過ごせているのも納得する。
 
寝るといっても、しっかりねれるほど暖かくはない。
だから、仮眠して、起きて、巡回して、また寝る。
 

キラさんとは年始の挨拶もできた。

とりあえず、2026年の始まりでも普段通りのキラさんに安心した。

 

意外だったのは、思っていたほど参拝客が動物園へ流入していなかったこと。

参拝者は大勢だが、普段通りのあまり混まない動物園でホッとした。

 

滞在は1時間未満で終わった。

 

帰宅してからは、年賀状の返信に追われ、日が暮れてしまった。

疲れてしまった。

前回、レントゲン撮影で骨折だと判明した。


写真の右が前回のもので、左が今回のもの。
第2中足骨が斜めに折れているのは、容易に見える。
他にも、第3中足骨の根本も折れている。

こうして見ると第2はズレが悪化しているように見える。

医師はさほど心配していない様子だった。
患者が悪化しようが、医師にはこちらの行動を押さえつけることはできないのだから、どうにもならないことだ。

この期間、ギプスなど一切装着せず普通に働いた。
その結果がこういう形でズレてしまう形で露見した。
自分は大いに反省することになった。

誰も他人の骨折事情など心配しない。
声はかけてくれるが、仕事をしないで絶対安静という本来あるべき治し方を推す人はいない。 
なにより、自分でそういう選択をしなければ、一体誰がしてくれようか。

医師ですら、それを強制できない。
患者それぞれに事情があるのだから。

初めての骨折だが、今後の在り方について考えた。

今の職場を退職することに決めた。

2年半務めた現職だが、この先自分の方向性とも合わないから、離職することは考えてきた。
辞める意思があることも既に伝えてあった。

来年2026年、50歳になる。
人生現役で働けるのは75歳くらいだろう。
人生の2/3を経過、残された1/3はやりたいことに充てたい。

辞めるのは少し早くなってしまったが、今が潮時だと判断をした。

残務があるからすぐというわけには行かないが、来月をもって退職する意向でいる。

早く骨折を治すことに、専念したい。
医師が早く治すには超音波治療器を使うのがよい、と話しだした。
もうすでに始めていると言った。

骨折の早期回復で超音波治療はスタンダードになっているようだ。

これは宗教だ。

信じることでしか救われない。


一ヶ月コースで機器をレンタルした。

高い対価を着払いで払った。


早速、患部に端子を当てて使用し始めたのが、何も体感するものがない。

ビリビリとかジワジワとか、一切無い。

超音波というか、低周波らしいのだが、微弱すぎるのも体感しない原因だろう。


機器が常にピッピと秒刻みに音を出すのは、エラーでも正常でも何らかの電子音を出しておかないと使用者が超音波が出ているかどうか分からないから。


これを使うことで、何もしないで治癒を待つよりも40%早く治る、というのが機器の売り。


レンタル元の人は整骨院の人なのだが、一日一回二十分という使用例にとらわれず、もっと沢山の時間を充てるともっと早く治ると言っていた。


朝昼晩、患部の表側だけでなく裏側からも当てるとよいと言っていた。 

足の甲、中足骨を目掛けて端子を密着させる。

それだけでなく、次に足裏の土踏まずにも同様のことをする。


毎回40分、朝昼晩の3回。

つまり一日2時間を超音波治療時間に充てる。

これを一ヶ月続けてみようではないか。


とにかく信じるしかない。