



感染症騒動が始まったころを思い出す。
2020年3月だったと思う。
いろんなことが終わった。
オランダ語教室はそれまでは日本橋京橋への通学だったが、以後オンライン授業になった。
去年の今頃に教室は終了したが、最後までオンライン授業のままだった。
もう一つ。
それまで10年間会員だった金ピカジムの会員をやめた。
この時から筋トレ習慣が途絶えていた。
あれから5年が経った。
最近、カラダに起きている異変は「攣る」ことが増えたこと。
筋力は少しずつ衰え、筋肉は縮小しているが、バランスが取れずにいるのだと思う。
寒さが攣る原因の一つであることは間違いない。
冬がやってきているが、また夜中に激痛に悩むことになるのかと。
昨今、運動習慣はやはり続けるべきだと思い直していた。
それはストレッチを含めて。
老化は脚から、であると信じている。
だから、脚の筋肉は特に戻したい。
衰え方で顕著なのは上半身ではなく下半身。
脚は大腿四頭筋やハムストリングなど、随分細くなったと思う。
ジムを探してきたが、自宅と職場を結ぶ動線で、今の自分に相応しいジムがなかなかなかった。
かつての30代の頃のようには取り組まない。
せいぜい週2〜3回しかゆけない。
G社は大宮駅前、全く行かないし、わざわざそこまで行けない、月謝も高額。
A社は家から近い場所にもあるが、月謝もそれなり、元を取れるかわからない。
他にもジムはあるが、正直コスパが合わない。
かつての30代の頃のようには取り組まないのだから。
そんな中、偶然にも公共ジムを思い出して、調べたらヒットした。
体育館内のトレーニング室。
ここは動物園にも近い。
動物園とセットで訪問できる。
都度利用230円であるのも助かる。
初回説明会に空きがなくてキャンセル待ちを余儀なくされた。
どうやらリニューアルオープンして間もないようだ。
昔から、ある施設だが初めて利用した、結構古い施設だ。
屋内外は外壁再塗装され、トイレやシャワー室も綺麗だ。
前日にキャンセルが出て、すかさず登録できたために初回説明会に参加する権利を得た。
行ってみたら、定員4人(うち1人は時間ギリギリに来たため参加できず)。
これでは初回説明会の予約がなかなか取れないわけだ。
説明会が終わって1時間ほど時間が残っていた。
都度2時間までが利用可能時間となっているためだ。
とりあえず、大体のマシンを浅く広く触った。
続ける意思はあるが、時間がない年末年始にどれだけ通えるか。
最初の3ヶ月をしっかり乗り切れば、習慣化できるだろう。

11月30日。
あっという間に今年もあと1ヶ月を残すのみとなった。
仕事も多忙につき、記事の更新もままならずにいる。
それでも、優先順位は守るようにしている。
愛するハイエナちゃんたちを訪ねることはどうしても譲れない。
休みが日曜日だけの週末は必ず、大宮公園のキラさんを訪ねている。
ところが、今日は会いに出かけたのにキラさんに会えなかった。
キラさんの安否確認ができなかった。
理由はこういうことだった。
10月の三連休(スポーツの日を含めた)はこれからもシーズン最後の本格的山行となりそうだ。
今年もこの三連休が重要な締めくくりの山行となった。
タイトルにある通り南アルプス(赤石山脈)のアクセスが最も悪いとされる一連の山々。
悪沢岳・荒川中岳・荒川前岳(荒川三山)からの赤石岳。
この山行も昨年の北岳を含む南アルプス中北部縦走とともに忘れ難い思い出になった。
詳しくは、その際の山行記録を参照されたい。
山の感想文はそちらに譲る。
ところで面白い事実がある。
地図で見る静岡県、静岡市の一部で北に飛び出した部分があるのをご存知だろう。
その部分がどういうところなのか、今回の山行訪問で理解を深めることができた。
そこは「特種東海」「十山」(どちらも同一財閥の子・孫会社)という企業の私有林だということ。
南アルプスの核心の一帯が一企業の私有林だという事実。
驚きでしかなかった。
その場所は「井川」。
「井川社有林」とされている一帯。
社有林ということはその土地も所有しているということになる。
ただし、そこら辺は伏せてある。
静岡の重要な山間部が企業の所有地だとか、印象が良いわけがない。
静岡市に今は合併されているが、とんでもなく奥深い、アクセスが悪いところだ。
新静岡ICから車で2時間もかかるというのは信じ難い事実だ。
大井川が流れる井川地区。
ちなみに大井川の源流は間ノ岳にあるという。
間ノ岳は去年(2024年)の今頃に訪問している。
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井川社有林は大倉のもの。
大倉喜八郎、渋沢栄一の右腕でのちに大倉財閥を形成した人物。
この山林を生かして木材事業や製紙事業を展開した。
「特種東海製紙」は大倉財閥系の企業で今は分社が進んで、「特種東海フォレスト」「十山」という名前の企業名が登山者には知られている。
ちなみに「十山」とはこの社有林内にあるとされる3000m峰の10座だという。
・間ノ岳
・農鳥岳
・西農鳥岳
・塩見岳
・赤石岳
・聖岳
・悪沢岳(荒川東岳)
あと三座は、以下が該当するだろうか。
・荒川中岳
・荒川前岳
・丸山(千枚岳と悪沢岳間にある)
・小赤石岳(赤石岳の隣にある)
これで「十山」ではなく「十一山」。
ちなみに、自分はこの3000m級を目下攻めているところだ。
2025年11月時点で、塩見岳と聖岳を残している。
来年以降、再び南アルプスに戻って二座をおさえることを課題としている。
1895年に大倉喜八郎男爵がそれまで天領であったこの244平方kmの山林を当時の価格5万円で買った。
それが全てである。
この辺りの事情は椹島を訪問すれば知る事ができる。
ちなみに、大倉は1926年に200名の従業員に支えられて駕籠(かご)で赤石岳に登頂、山頂に立っている。
来年がその記念すべき山行から100年となる。
大倉が作った会社や学校は今でも皆知っているような有名なものだ。
だが、自分としては大倉の子である喜七郎が作った「ホテルオークラ」の方がインパクトが強い。
そんな財閥の名残を感じさせる南アルプスの最奥地。
大体は「椹島」という拠点から登山者は山を目指すことになる。
その名の通り椹(サワラ)が林立している風情のある地だ。
自分が利用した時は工事が盛んで山間部に重機の稼働音が鳴り響いていた。
静岡県知事が変わって、リニア新幹線の工事が中断されていたこのエリアが再び貫通工事がなされるようになったせいだろう。
椹島への畑薙からのアクセスは悪路のためマイカー規制がなされている。
道路や落石に対応するための工事が盛んだった。
特種東海フォレストのバスに乗らないと椹島にゆけない。
山小屋に宿泊しないとバスに乗れないシステムになっている。
このシステムは独占企業のやり方だが、メリットもある。
登山者の入山制御をしやすい。
名峰であるが、山小屋の予約をした人しか利用ができないバス。
それが足枷となって利用者は少数で抑え込める。
静かで、落ち着いた山行が約束されている。
今回は暴風と視界不良で肝心のピーク地点からの景色が得られなかった。
それでも、まだ救いだったのが最終日の朝、出発前の赤石小屋から見えた各山々。
次に、攻める予定の聖岳が一番立派に見えるロケーションだった。
今年の山行はほぼ終わり、あと一回低山でできるかどうか。
もう雪が降り始まっているため、南部の低山をたしなむ程度にしたい。
ハイエナは友達。
クマは友達。
サルは友達。
コシジロヤマドリは友達。
人間以外の動物たちの友達がいる。
彼らの肉を食うことに対して昨今、嫌な気分になる。
去年でオランダ語教室が終わってしまって、オランダ人女性の先生は母国に帰った。
その先生が自分の周りに存在していた唯一のベジタリアンだった。
ベジタリアンになろうと思ったのは彼女の影響もある。
唯一海外で生活した事があるオランダ。
滞在していたのは2016年の8月からの3ヶ月で、もう10年近く前の出来事となる。
滞在時にテレビを観ていたこともあったのだが、日本のテレビと決定的に違う事があった。
コマーシャル以外で食べ物のことは見なかった。
日本のテレビは「食べ物・料理」が異常に多い。
オランダには無いテレビ文化だとオランダ人の先生は言っていた。
それは、オランダを含む周辺国がプロテスタントの国だからだろう。
食事は質素でよしとする。
オランダ人の先生はおそらく宗教的な理由ではなく、動物愛護の理由だと思う、それは自分と同じだ。
今実家暮らしをしていて、食事をしながらテレビを見ている。
自分が食べているものよりも高級な料理をタレントと呼ばれる芸能人たちが食べている。
凄く気分が悪くなる。
料理番組、料理バラエティ番組は料理でマウントを取ってくる。
自分が目の前にしている食事よりも美味しそうな光景を(せつけてくる。
不愉快でしかない。
チャンネルを変えても似たような料理バラエティをやっているからオールドメディアは終わっているなと思う。
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話を戻す。
肉は食べないつもり。
そうは言っても、今の食生活において、「卵」「牛乳」はどうしても排除できない。
わがまま勝手なものだと自分でも思う。
許してほしいが、自分の出来る限りの範囲で仲間を殺生しないように努めたい。
さて、線引きをどこでするか?
動物園では哺乳類から鳥類まで、意思の疎通がある。
水族館には行かない。
魚類については意思の疎通を図ったことがない。
つまり、魚類は友達ではない。
それが意味することは、魚は食べても自分の気分に影響しないということ。
総合的判断で、【魚全般、鶏卵、乳製品は食べるベジタリアン】に成り下がることにした。
そのベジタリアンを【ペスカタリアン(ペスカトリアン)】というらしい。
我ながら勝手だと思う。
それは他の誰のためでもなく、自分自身の精神衛生上の課題である。