写真家の篠山紀信さんが今月4日に亡くなられました。享年83。謹んでご冥福をお祈り致します。
(写真はYahooNewsから)
紀信さんは1940(昭和15)年、東京・新宿区の生まれ。真言宗のお寺の住職さんの次男だったんですね。日大の芸術学部写真学科に入学。学生時代から頭角を現し、ジャンルの広さと作品数の多さで知られています。
私にとってはジョン・レノンのラストアルバム『ダブル・ファンタジー』のジャケットが印象的。撮影の現場で紀信さんがジョンとヨーコさんに「そうねぇ…キスとか、しちゃえば?」と提案して撮られたものだとか。紀信さんらしい軽いノリが感じられるエピソードですよね。
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単なる偶然なんですが、私は紀信さんの撮影現場に居合わせたことがあるんです。そのお話を紹介しますね。
(以下の写真はすべて今日(1/22)、早番の仕事を終えてから撮りに行ってきました)
私がいちばん長く勤めた会社はオフィスが六本木にありました。地下鉄日比谷線の六本木が最寄駅でしたが、少し歩けば千代田線の乃木坂駅も利用できました。
六本木ヒルズが開業して話題になっていた頃ですから、2003(平成15)年のことだったと思います。私は用があって、会社を出て乃木坂の駅へ向かいました。
会社から1分もかからずにここへ着きます。前方の階段を降りてトンネルをくぐると乃木坂の駅。私が階段を降りようとすると…
階段を上からのぞき込むと、こういう景色です。そしたら、階段の途中にモデルさんっぽい女性が立っていて、階段の下には10人ぐらいの人だかりが出来ていました。その真ん中にいるのは、アフロヘアに特長ある顔つきのあの人。「あっ、篠山紀信じゃん!」とすぐに分かりました。
「これは何かの撮影だな」と思った私は、本当は階段を降りて駅へ向かいたかったんですけど、邪魔にならないようにちょっと脇へどいて撮影の様子を見ることにしました。
モデルは日本人っぽい女性だったと思います。私は「この場所で」撮影する意味が良く分かりました。というのは、この階段を下から見上げると、こんなふうなんです↓
ね?当時オープン直後で日本中の話題を集めていた六本木ヒルズのタワーがバックに写るんですよ。なので、階段の途中にモデルさんを立たせて、ヒルズをバックに撮りたいんだなという意図が見え見えでした。
もう少し引くと、こんなふうです。なお向こうに見えるタワーは「六本木ヒルズそのもの」ではなく、六本木ヒルズを構成するいくつかの要素の一つに過ぎません。正式名称は「六本木ヒルズ森タワー」。
紀信さんはカメラを構えてモデルさんに指示をしながらパシッパシッパシッと数枚シャッターを切ると、モデルさんを見たまま、カメラを持った右手をさっと横にいる助手の人に突き出します。助手さんはそのカメラを受け取り、すぐに別のカメラを紀信さんに渡します。
紀信さんはまたパシッパシッパシッと数枚シャッターを切ると、カメラを持った右手を横にいる助手の人に突き出す。助手の人は新しいカメラを紀信さんに渡す…これを何回か繰り返しました。
紀信さんはずっとモデルさんから目を離さず、隣の助手さんと言葉も交わさず、はいっ、はいっ、はいっという感じで次々に何台かのカメラで撮影して行きました。お餅つきの、お餅をつく人とひっくり返す人みたいな、息のあったコンビネーションだったです。
撮り終わるまでほんの数分だったと思います。ストロボは無し。レフ板も無かったですね。いま思うと、なんか凄い。そして、なんであんなに何種類ものカメラで撮ったのか、私は考えました。私の想像ではこんなふうです。
1、何種類かの違うレンズのついたカメラで撮っていた。
標準レンズ、広角レンズ、望遠レンズなど、使うレンズによって写真の雰囲気はかなり変わるので、あらかじめ違うレンズを着けたカメラを何台も用意していたのかなと思いました。現場でいちいちレンズを着け換えていたのでは手間ですからね。
2、何種類かの違うフィルムが入ったカメラで撮っていた。
フィルムカメラの場合、アマチュアが一般に使うのは35mmというサイズのフィルムですが、プロの皆さんはもっと大きなサイズのフィルムを使うんです。 6×6(ロクロク)とか6×7(ロクナナ)とか、4×5(シノゴ)など。 そういう何種類かのフィルムをあらかじめセットしたカメラを用意しておいて撮り分けたかもしれません。
また、もしかしたらフィルムのサイズだけでなく、コダックとかフジとかフィルムのメーカーによって微妙な色の出具合が違うので、その辺も理由だったかも? うろ覚えですが、コダックは青っぽくて、フジが赤味がかって出るんだったかな?
あと、ネガフィルムとポジフィルムを使い分けたかもしれませんけど、紀信さんほどのプロならポジフィルム(スライドで使うアレ)を使うでしょうね。
ほかに理由はあるでしょうか? 写真に詳しい方、教えて頂ければ嬉しいです。 なお、この日の紀信さんはデジタルでなくフィルムカメラを使っていたと思います。 デジタルだったら、おそらくシャッターを切るごとに液晶モニターを確認したと思うんですけど、その動作はなかったので。
あと、当時の私も紀信さんほど有名ではないにしても、仕事でプロカメラマンの撮影に立ち会うことは頻繁にありましたけれど、2003年当時ではまだまだプロはフィルムカメラを使っていた記憶があります。
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この日に紀信さんが撮った写真は何に使われたのかずっと気にしていましたが、発見できないままです。 「撮影:篠山紀信」で、女性が階段の途中に立っていて背景が六本木ヒルズのタワー、という写真をどこかでご覧になったら、お知らせください。ぜひ見てみたい。
ただ、あの時ずっと不思議だったのは、紀信さんの周りに10人ぐらい立っていた人たち。 おそらく紀信さんの助手、アシスタントさんとか、モデルさんのマネージャーや所属事務所の人、広告代理店の人、場合によってはクライアントの人とか出版社の人とかでしょうけど、階段の上にいた私から紀信さんも含めて彼らが見えたということは、彼らからも私が見えたはずなんですよね。
でも誰からも「すみません、撮影中なんでちょっとお待ちください」とか「どうぞ、先に通っちゃってください」とか、そういう声がまったくかからなかったんです。 「天下の篠山紀信の撮影だ。 頭が高い! 」 という感覚だったのかな? いや、そんな高飛車な雰囲気ではなかったのは確かです。
それにしても、階段とは言え「公道」ですから、何か撮影するならそこに一般人が入り込まないように、ガードマンなりアシスタントなりを配置して、人が通りかかったら「すみません、少しの間、お待ち頂けますか」ってやると思うんですけどねぇ。 でもまあ、ちょっと面白い体験でした。
<おまけ>
ちなみに、この階段を降りた角には「ふ吉」という老舗の生麩・湯葉のお店があります。 高級料亭などへの卸し専門らしく、店売りはやってない雰囲気。
その「ふ吉」さんの向うは六本木トンネルがあります。 ここをくぐると右側が国立新美術館で、まっすぐ行けば乃木坂の駅なんですけど、このトンネルこそ、実は数多くの映画、TVドラマ、CM、ポスターなどのロケ現場として頻繁に使われる場所なんです。
私もここを歩いていて、何かのロケや撮影に遭遇したことは何度となくあります。映画やドラマを見ていて「あ、ここ六本木トンネルだな」と分かることも多くて、少し可笑しくなってしまったり。