週刊 ケセラセラ
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テルマエ・ほにゃらら ~Episode3~



“背中”



自分の身体で自信があるところはどこか、そう聞かれたら僕は迷わずそう答える。



僕は自分の背中にかなりの自信を持っている。



なんのこっちゃ 、何の話?そう思われるかもしれない。つまりは 銭湯の話 につながる訳であるが、まあ、とりあえず僕は自分の背中に自信を持っているわけである。



"自信” といっても「おいヒヨっ子ども!俺の背中を見て学べ!!」と後輩に熱く指導をするわけでもなく、異常に発達した広背筋マッチョなわけでもない。



もう 10年以上前 、大学に通っていた頃だから17年前か。。。僕が自分の背中に自身をもったのは、その頃まで遡る。




当時 僕は練馬区江古田の大学に通っていた。江古田は西武池袋線の小さな駅なのだが、駅周辺に3つの大学(日大芸術学部・武蔵大学・武蔵野音楽大学)のキャンパスを有する 学生の街 でもある。


江古田 で面白いのは、大学のカラーがそれぞれ異なっていて、駅近辺なんかでその学生さんはどこの大学の生徒かパッと見でわかってしまうということだ。ここからはあくまで私的な感想だが、いい意味でも悪い意味でも 個性的 なのは日芸の学生、 お上品 なのは武蔵野音大、一般的な若者 という感じが武蔵大といった感じ。もちろんざっくりとしたイメージ。





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江古田駅南口 学ラン高ゲタ姿のバンカラ学生がいまだに出没するという。。。





で、僕は 小汚い 、いやいや個性的な学生の多い日芸の一員だった。ここは本当にいろいろな 人種 がひしめき合っていて、ミックスジュースというかちゃんこ鍋というか、とりあえずいろいろなやつらが狭いキャンパス内に混在していた。



美術・音楽・映画・放送・写真...



それぞれの分野で己の表現を模索している 若輩ども が共存しているのだ。まだまだ中途半端なレベルの学生たちである。自分と異なる分野の友人と日々 刺激 しあっているわけで、そりゃもう ぐっちゃぐっちゃ


芸術は爆発だ! とは岡本太郎先生の有名なセリフだが、ここのキャンパスの場合は個と個の化学反応が爆発を誘発するのではなく。。。ドロドロに溶け合って煮込まれていくといった感じが近いかもしれない。





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懐かしいなぁ。。。 我が青春時代





余談 だが、この化学反応が爆発に至った事件が過去にあった。それは1960年代後半、学生運動が盛んに行われていた時分の話。右色の強い日大にあって、一番激しい闘争が展開されたのがここ日芸江古田校舎だったとのこと。表現や芸術に対する情熱は、それを規制する体制と真っ向からぶつかった。244日間に及ぶ全校 バリケード封鎖 は大学の暗部として今でも語り継がれている。



数年前 、江古田キャンパスは全面的に改築された。開放感のある近代的なキャンパスとして生まれ変わったのだが、それ以前、キャンパス内には土や植木はなく、建物もコンクリート剥き出しの非常に殺風景な作りをしていた。あたかもムショのような物々しさを醸し出しているというと言い過ぎか。。。 実はそれには理由があり、校舎の中に石や木や鉄骨等があると、それは 凶器 やバリケード用資材となる可能性があるため、闘争後の1970年代頭に全面的に撤去され、地面にはコンクリートが打たれたとのことなのだ。





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今はこんなに近代的に。バリ封対策はもうない。。。当たり前だ!





さて、余談が過ぎたが、 閑話休題



大学生活 の中で僕が密かに楽しみにしていたことがある。それはキャンパスの近くにある銭湯だ。大学時代って金はないけど時間だけは有り余ってる時代といえるだろう。時間は有限で、無限というのはもちろん幻想であるのだが、僕も学生時代はそう感じていた。



バイト と部活以外の時間は映画館(専攻ですから一応お勉強ということで)にいるか、部室でだらだら本の虫になっているか、とりあえず怠惰な時間をすごしていた。止まっているかのような時間の流れの中で、リアリティを取り戻しにいく(というか魂を洗いにいく)のが近所の銭湯だった。部室でだらけた後、銭湯に行って目を覚ましてバイトに出かける、部活(違うキャンパスに)に行くといった感じ。






~Episode4~ に続く




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