テルマエ・ほにゃらら ~Episode1~
「い、いらっひゃぁい」
カウンター の中から迎えてくれたのはお婆ちゃん。いや、厳密にいうと迎えられたとはいえないか。。。
というのも、彼女の視線 はカウンター脇に置かれたTVに釘付け。鼻にかかった老眼鏡が今にもずり落ちそうになっているのもお構いなし。鮮明な液晶画面に食い入っている。
昨年の 地デジ化 によって何十年かぶりに買い替えたであろう真新しい地デジ対応TVからは 相撲中継 が大音量で流れていた。ちょうど幕内の取り組みに入ったばかりの午後5時過ぎ。スピーカーから聞き慣れない四股名が連呼されている。聞きなれないと言っても、詳しいわけでもなんでもないのだが。。。おそらく外人力士同士の顔合わせらしい。(それにしても外人のお相撲さん増えたよなぁ。。。)

学生の頃よく通った江古田の銭湯
「こんちは。。。あ、あの。。。いいっすか?」
僕(客)の存在に全く気付いていないかのように、見事にTVに集中しているお婆ちゃん。いつものことなのだが、驚かさないように、恐る恐る声をかけてみる。
「すいません。。。 お風呂。。。 いいっすか。。。」
買い替えられる前の昔のテレビのように、 お婆ちゃん自身のチャンネル 切り替えもワンテンポ遅いのかもしれない。
「ひゃ、ひゃい、いらっひゃいね。ひゃいひゃい。」
入れ歯 が合わないのか、サ行がハ行の発音になってしまうのだろう。それがまた かわいい 、まさしくザッツお婆ちゃん。微妙に震えている(専門用語で“振戦”)のもお約束か。これで、入れ歯が外れて落ちてきたら完璧 コント なのだが、がさすがにそれはなかった。
「ひゃい、450円ですね。。。ひゃいひゃい」
名残 惜しそうにチラチラ画面に視線をやるおばあちゃん。よっぽどその取り組みが見たいのだろう。財布を見るとちょうどいい具合の小銭がない。仕方なく100円玉3枚、50円玉2枚、10円玉5枚をカウンターの受け皿に並べる。おばあちゃんが数えやすいように小銭ごとに1枚1枚丁寧に並べる。
「ごめんなさい、細かくて。。。」
「。。。」
「あ、あの。。。」
お婆ちゃん の意識は、完全に大相撲にチャンネルが切り替わっていた。。。彼女の意識をこちらに戻さなくては。リモコンのチャンネルをポチットと押すのではなく、 つまんでひねる。(20年前のブラウン管TVのチャンネル切り替えのように)おーい、おばあちゃーん!!
「ひゃいひゃいひゃいひゃい、どーもねぇ、ひゃいひゃい。。。」
どうやらチャンネル切り替えがうまくいかなかったらしく、お婆ちゃんは視線をTVに向けたまま受け皿に手を伸ばした。丁寧に並べた小銭が乗った受け皿を プルプル した手つきで引っ張って行った。
「あぁあぁぁ。。。せっかく並べたのに、崩れちゃう崩れちゃう。。。」 と心の中で呟く。
せっかくきれいに並べた小銭は、お婆ちゃんの手元でチャラチャラと儚く崩れていった。結局、一から ゆーっくり 数えていくお婆ちゃん。。。
「ヒー。。。フー。。。ミー。。。」
プルプル した指先を見ながら、僕も一緒に「ヒーフーミー…」と無意識に数えていた。
「ひゃーい、どぉもねぇ。。。ひゃい、これは棚の鍵ね。。。ひゃいごゆっくりどうぞ。。。」

地元吉祥寺の銭湯
「湯」 の暖簾をくぐってから5分位のもんだろうか、お婆ちゃんとの スロー 過ぎるやり取りは、いつも時間を超越する。どんなに焦っていてもこの場所に来ると時間に急ブレーキがかかるのだ。
もしかしたら。。。 いや、きっとこの場所では、時間の過ぎるスピードは普段の半分以下に落ちるのだろう。 『宇宙刑事ギャバン』 で言えば“マクー空間”とでもいおうか(分かる人少ないだろうな…)、そんな空間。

『宇宙刑事ギャバン』ギャバンはいつもマクー空間に引きづりこまれるのです(笑)
ここは 地元の銭湯 。昔ながらの銭湯がまだ僕の身近には結構多く存在している。流行りのスーパー銭湯でもなく、温泉でもない。いつつぶれてもおかしくないようなちっちゃな家族経営の銭湯。
昔ながら の懐かしい趣と、おばあちゃん(たまにご主人)に会いたくなってここを訪れるのだ。

なんかホッとするんだよな。。。
ここでは色々な人との 触れ合い がある。ドラマがある。特有の時間の流れ、空気感で満たされているのだ。
そんな空間 に身をおきたくなって、たまに僕はここを訪れる。
~episode Ⅱ~ へ続く
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