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テルマエ・ほにゃらら ~Episode2~





白い霞の先に幽かに見える極彩色





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揺らぐ濃淡に像の輪郭もまた揺らいでいた。炎の中に坐する姿。険しい表情の不動明王像が僕をにらんでいた。激しく燃え盛る烈火は人間界の欲望を燃えつくし、煩悩を断ち切るその剣には竜が巻き付いている。



極彩色に彩られる浄土絵図が描かれているのは、そう、人の背中。 シャワーの霞と泡にまみれていくお不動さん... 湯舟につかりながら、洗い流されていくお不動さんをぼぉっと眺めていた。すっかり流された泡の下から現れた見事な刺青にまた目を奪われる。地肌が見えないほどに彫り込まれている見事な刺青の迫力は、一つの芸術作品と言って差支えないだろう。






「刺青入館お断り」



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昨今 、流行りのスーパー銭湯や温泉施設では入口にそう謳っているところが大半だ。確かに一般的に「刺青=怖いお兄さん」 的なイメージがあるのは否めない。ファミリー層をターゲットとした施設にはいささかこのジャンルの芸術は相入れないのも無理はないだろう。



分別 のつかないお子様が「あのおじちゃん背中に絵が書いてあるよ!ねぇ、パパ!ねぇねぇねぇ!!」なんて大きな声でパパに聞こうもんなら、パパは間違いなく真っ青になるはずだ。興味のあるものには異常に喰いつくのが子どもの習性だから仕方ないのだが、同伴の親御さんはホント気が気でない。。。「見ちゃダメ」オーラ を子供に送り続けるしかないんだが、そんな時に限って子どもは全く親の気持ちを察しないもので、さらに食いついていくという。。。



んで、そんな時は当のモンモン(刺青) 背負ってる本人もやはり気まずくなる訳だ。「ほら坊や、これはお不動さんだよ。カッコいいだろう!それでこっちは龍と虎がお話してるんだよ。。。面白いだろ。」なんて朗らかに見せてくれようものなら、親御さんはさらに青くなって「ごめんなさいごめんなさい」とお子ちゃまの手を強引に引っ張っていくしかない。。。




そんな やりとりを防ぐためかなのかどうかは分からないが、ファミリーまで対象とするような入浴施設は「刺青お断り」が多い。ただ、僕のよく行く場末の銭湯 では、まだまだ刺青ウェルカムなところがほとんどだ。地域にスーパー銭湯や温泉施設など入浴施設が流行りだしてから、入場者のすみわけというか利用者のカラーが完全に分かれてきたように感じる。





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のよく行く銭湯では必ずと言っていいほどモンモン(刺青のこと)を背負った人が一人や二人は来ている。小さい頃からモンモンには慣れ親しんできたせいか、僕にとって刺青はある意味、銭湯と対になっているものであって、決して“怖い”イメージは持っていない。



小さい頃 、家にお風呂がなかったわけではないのだが、親が風呂好きということもあって近所の銭湯によく連れて行かれていた。足が伸ばせる湯舟は庶民にとっては特別なものだったのだろう。スーパー銭湯なんてない時代で、それこそ温泉なんて言ったら、ちょっとした旅行気分で遠出しないと入れない時代。そんなだから“大きなお風呂” といったら近所の銭湯しかなかったわけである。



銭湯 は近所の知り合いとコミュニケーションがとれる寄合所的な役割も担っていた。いろんな人が来ている中で刺青を背負っている人も多かった。ガキんちょの僕に背中の絵柄を自慢するおじいさんや、こだわりを語るおじさんなんかもいて、はたしていいのか悪いのか、知らないうちに刺青の知識 を学んでいた。決して学校では教えてくれないことを銭湯で学んでいたわけである。





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ある日 、銭湯で湯舟に浸かっていた時のこと。一緒に浸かっていたおじいさんが、隣の若いお兄ちゃんの肩を指して僕に言った。



「いいか坊主、こりゃ筋彫りっていってな、色を入れる前の輪郭だ。でもな、こいつぁここでネを上げちまいやがった。」



「ネを上げるって???」



おじいさん は自分の背中を指さして



こいつぁ な、皮膚に何回も何回も針刺して絵の具を入れるんだ。針さすわけだからな結構痛いんだよ。根性すわってねえと完成しねぇんだ。要はな坊主、こいつは根性なし ってことなんだよ」



お兄ちゃんの肩には黒い線で描かれた虎の絵柄が彫られていたが、その虎には色が入っていなかった。おじいさんの背中には前面に立派な絵柄が彫り込まれてた。




「違いますよ、棟梁。。。金が尽きちゃったんすよ。金が貯まったら色入れますよ。」



バッキャロウ! オメェその話何年前から言ってんだ。てめぇの背中の虎子ちゃんが泣いてるわ」




と、こんな感じのやり取りを僕は小さい頃よく目にしていたわけだ。今でも刺青=ヤクザ屋さんみたいなイメージがどうしてもあると思うが、僕が小さな頃接していた刺青のおじさんたちは、近所の大工さんだったり、板さんだったりと地元の職人さんが多かった。人間的にはすごく優しいひとばかりだったから、刺青に対するイメージも「怖い」とはならなかったのだろう。




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~Episode3~に続く





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