【寒川神社 2】相武国造
こんにちは。前回のこちらの記事のつづきです“水(川)の神”としての自然神の性格ともうひとつ…。人格神としての側面についてです。寒川神社が鎮座する寒川町には、大神塚古墳(おうじんづかこふん)があります。こちらは明治時代に発掘が行われ、築造時期は4世紀後半(古墳時代)あたりとされています。副葬品も色々出ているようですが、被葬者は明らかになっていません。ですが、この古墳の被葬者は初代の“相武国造(さがむのくにのみやつこ)である”というのが定説となっているようです。そして、この初代相武国造こそが、寒川神社にお祀りされている寒川比古命と寒川比女命の2柱だ、というのですね前回の記事にも書いたのですが、ご祭神については、世相の推移や神徳の解釈から、八幡神、菊理媛、澤女神、素盞鳴尊、稲田媛尊、大巳貴神などさまざまな異説が唱えられてきました。ですが、明治時代に大神塚古墳の発掘調査が東京帝国大学によって進められ、それによって相模川下流域を支配した首長の墓域であることが明白とされました。この調査結果に基づいて祭神訂正を願い出、大正時代に入ってから内務省通牒により現ご祭神に決定したのだそうです。遥か古代にこの地を治めたリーダー的存在…。2千年近くにわたりこの地に鎮座し、今もわたしたちを見守り続けてくださっていると思うと心があったかくなりますね。どうか誰もが住みやすい、平和な世の中になりますように…。社号標。“相模國一之宮 國幣中社“とあります神池橋と三の鳥居。手水舎。コロナ渦以降、取り払われていた柄杓が戻っていました~神門と狛犬さん。拝殿です。渾天儀を支える龍さん。こちらは、ご本殿の奥に位置する神嶽山神苑の景色です。御祈祷を受けると入苑券をいただけます。写真撮影の可否を受付の方に伺ったところ、当社の起源に深く関わる“難波の小池”以外は撮影OKとのことだったので、少しだけ掲載させていただきました(1枚目の画像も同様です)。中には茶室や資料館もあって、ゆっくりできます最寄駅はJR宮山駅です。一の鳥居から歩きたい方は、JR寒川駅で降りると行けます。でもめっちゃ歩きます。大昔は一の鳥居の目の前あたりまで海だったようですよ。★ -------寒川神社〒253-0195神奈川県高座郡寒川町宮山3916------- ★※JR相模線・宮山駅から徒歩6~7分ほど。以上、最後まで読んでくださりありがとうございました参考書籍「寒川神社小誌」編集・発行:寒川神社