エンカレッジ&ヒーリングサロン

Rainbow grace まつおやすこです。

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まつおやすこの歴史 その①

https://ameblo.jp/marucyomama/entry-12621644352.html





ヨガインストラクターとして活動を始めて、

1年が経ちました。


ヨガを通じて1年で100名を越える方との出会いがあり、新たな視点から、たくさんの気づきと学びをいただいています。


私が今、ヨガセラピーをしている理由を今日は書いてみます。



私は幼少期から女ターザンのような野生児で、運動神経に恵まれていました。

水泳、陸上、マラソン、小学生まで運動大好き少女。


中学はバスケ部でしたが、試合後に私の動きについての顧問の一言

「お前はバカか?」

で、あっさり退部。


今思えば、数秘33で、人とエネルギーを合わせるのが苦手で、どこまでも気ままな自由人なので、協調性を問われるチームプレイがそもそも向いていなかったのでしょう。笑


そこから一切運動からは離れて、

バカか?と言われたのを見返してやるー!とエネルギーを勉強にシフトしました。

(あの顧問のおかげでお勉強スイッチがはいったんだなぁ。感謝)


大学卒業後、念願のウェディングプロデュース会社に就職して、朝から深夜まで仕事に夢中な日々を過ごしていました。


仕事は充実して楽しかったですが、休日もろくに取れず、生活が不規則過ぎて、段々、好きを通り越してワーカホリック状態になっていました。


25歳で結婚しましたが、旦那さんも忙しい職場だったので、夫婦揃ってワーカホリックな生活をして、夕食は毎晩、日付変更線を越えても営業している居酒屋かファミレスという不健康な生活をしていました。


26歳の時に、からだもこころもバランスが完全におかしくなって、自分でもマズイなーと感じ出しました。


ホルモンバランスの検査で婦人科に行ったら、

「あなた不妊症だわね。治療しないと妊娠できないわよ」

といきなり迫力あるベテラン女医さんに言われて、頭をハンマーで殴られたみたいに衝撃を受けました。


後日、私は不妊症なのかー、、、

とぼんやりしながら、荻窪を歩いていた時、ふと目に入った不思議な扉。



怪しげだけど、魅惑的な雰囲気を醸し出していて、怖さよりも好奇心が勝った私は、その扉を開けました。



薄暗くて、ヒッピーのような雰囲気の方々が数名テーブルを囲んでいて、ドキドキしました。


この扉こそが、私とヨガを繋いだ扉

インターナショナルヨガセンター

との出会いでした。


生まれたてのひな鳥が、初めて見たものを親として認識するように、


生まれて初めて知ったヨガが、

ヨガの世界でも一番ハードとも言われるアシュタンガヨガだったので、

ヨガとはこういうハードなものなんだな、

と何も疑問に思わず素直に認識していました。笑


ケン・ハラクマ先生のインストラクションで、アシュタンガヨガをした後に訪れる初めての体験。


からだとこころとたましいが完全に一致して、融けあい、まるで自分が光になったような美しく豊かな不思議な感覚。


私はすっかりアシュタンガヨガの世界に魅了され、夢中になって荻窪のスタジオに通い続けました。


今思えば、アシュタンガヨガとの出会いが、私のスピリチュアル(精神世界)の扉が開く最初のきっかけだったと思います。


不妊治療で通っていた病院も荻窪にあったので、不妊治療中の不安定な心もヨガをしながら整えていきました。


もし、このまま子どもを授からなかったら、アシュタンガヨガの道を極めていこうと考えていました。


それはそれでワクワクする人生プランでした。


その頃、活発に開催されていたインストラクター養成講座やインドへのリトリートなども真剣に検討していました。


そんな矢先に、ヨガで徹底的に身体と心を整えたことと、不妊治療の効果もあり、

長女を29歳の時に自然妊娠しました。


そこから人生は、また違った母親になるという方向にシフトし、ヨガインストラクターになる道は、一旦ストップしました。


はなちんが産まれてからも、ヨガというキーワードにはすぐ反応し、

親子ヨガに行ったりしましたが、

初めての慣れない子育てとフルタイム勤務の両立に追われて、ヨガをする余裕を持つことはできませんでした。


ヨガのある人生にしたい。


という思いは、いつも胸にありながら、

月日は過ぎていき、30代半ばにはバセドウ病になり、運動をするどころか、生活を送ることさえままならない時期もありました。


悪化し過ぎたバセドウ病は、甲状腺を全摘することで、一旦決着をつけました。

バセドウ病が落ち着いて、妊娠許可が下りた頃には私は38歳になっていました。


そこから1年間、不妊治療を頑張ってみようと決めました。


医学の力を借りてホルモン治療を受けながら、生活習慣、食生活、栄養の見直し、有害物質のデトックス、運動、鍼灸治療など、できることは全て取り組みました。


運動は、アウターマッスルを鍛えるジム、インナーマッスルを鍛えるヨガやピラティスも積極的にやりました。


結果、もうダメかなと諦めかけた1年後に、ポコっとそうちんを自然妊娠しました。


私の妊娠のきっかけには、いつもヨガがありました。


ヨガはやっぱりすごいな!

やっぱりヨガインストラクターになりたい!


という思いが強くなり、そうちんが3歳になって、落ち着いてきた頃、

柏でアシュタンガヨガを指導されている先生を見つけました。


これは運命だと勝手に思い、一度止まっていたヨガインストラクターへの夢が、15年越しに動き出しました。



ヨーガバイブルの冒頭文


ヨーガを学ぶというのは、

本来の自分に帰ることです。


たくさん遠回りして、色々なことを

やってきたことで気づけた、

自分が決めてきた使命は

自分の本質に還るサポートをすること。


インストラクターの学びを通じて、

自分が長年探究してきた、心理学やスピリチュアルの原理原則とヨガ哲学の一致に、毎回鳥肌が立つほど感動しました。


ヨガを学んだことで、これまでやってきたことが全てがつながり、一つになりました。



今は、

こころもからだもセルフケアの時代



10年間、介護施設に勤務して、筋力低下や痛みなど、ハンディキャップのある方々の運動指導にも関わってきました。


子どもから高齢者まで、

いくつになってもウェルネスライフに、

適度な運動習慣は欠かせません。



『ウェルネスライフピラミッド』


肉体とマットがあれば、本質の自分と繋がることができるヨガというシンプルなセルフケアツールをお伝えしていきたいと思います。


それと同時に、心理セラピスト、ヒーラーである今の私だからこそ、お伝えできるヨガがあるのではないかと思い、

Rainbow graceアロマヨガセラピーが産まれました。


https://ameblo.jp/marucyomama/entry-12563143620.html