1987年からTEEの後継としてはじまったユーロシティの歴史を振り返っていく企画を立ち上げました。ドイツから取り寄せた、Die EuroCity-Zuege - Teil 1 - 1987-1993: Europaeische Zuglegendenの翻訳を通じて、ユーロシティーの一端を知る、文字通り「備忘録」としたいと思います。

 

まとめの対象ですが、前述の書籍内では1987〜1993年の間に運転開始されたユーロシティを扱っており、その中の列車名ごとに歴史や仕様がまとめられているページとします。書籍の紹介順に倣って、58回目は、ゲーテ号を取り上げます。なおTEE列車時代についてはこちらでもまとめております。よろしければご覧ください。

 

(以下原文訳、一部表現、短縮名称等をブログ筆者で補足)

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749 - 1832)、ドイツの詩人、博物学者

 

1969年9月の国際時刻表会議において、ドイツ国鉄(以下DB)とフランス国鉄(以下、SNCF)は、ドイツ国鉄が提供していたVT‐08/VT-12型ディーゼル列車を組み合わせた209/210列車を、パリ - フランクフルト間の所要時間を短縮したTEE列車に置き換えることに合意した。1970年5月31日から運行されるTEE50/51には、おそらくドイツで最も有名な詩人にちなんでゲーテ号という(適切な)名前が与えられている。

 

しかし、SNCFが提供した「ミストラル56形客車」は、DBのTEE向け車両に比べて快適性に欠けるとして、乗客やDBからすぐに批判を浴び、救済策として最新型の「グラン・コンフォール形客車」の運用を要求された。しかしSNCFは、手持ちの「グラン・コンフォール形客車」をパリ - ストラスブール間のTEE(クレベール号スタニスラス号)の導入に充てる喫緊の必要性が生じていたこと、また、仮に「グラン・コンフォール形客車」を追加調達しても、見込みが薄い旅客需要では資金面で懸念があるとして、この要求を拒否、更新の合意に至らなかったため、1974年9月、両鉄道管理局はTEE ゲーテ号1975年6月1日に廃止することを決定した。

 

1979年から1983年までドルトムント - フランクフルト間のインターシティ ゲーテ号が運行された後、1985年夏ダイヤからパリ - フランクフルト間の国際インターシティ IC156/157にこの愛称が割り当てられた。その1年後(1986年夏ダイヤ)、このゲーテ号はIC56/57となり、1987年5月31日からはユーロシティ・ネットワークの「創立メンバー」のひとつとなった。パリ東駅発9:00、フランクフルト着15:10となるEC57は、バール=ル=デュク、メス、フォルバック、ザールブリュッケン、ホンブルク、カイザースラウテルン、ノイシュタット=アン=デア=ヴァインシュトラーセ、マンハイム、ダルムシュタットで途中停車したため、所要時間は16年前に同じ経路で運行された前身のTEE列車よりも26分長かった。東方向では、EC57はパリ - バール=ル=デュク間で3方面の編成、すなわちパリ - ストラスブール間、パリ - メス間(SNCFコライユ客車)、そしてDB客車によるパリ - フランクフルト間の国際列車編成をを併結していた。反対方向では、DB本編成がメスからSNCF客車によるルクセンブルク〜パリ間の編成を併結し運行する。

 

1991年6月2日より、ゲーテ号はEC58/59に改番され、以前のユーロシティ ハインリッヒ・ハイネ号の時刻表位置に移動。パリ発6:58の後、フランクフルト着13:08(逆方向:フランクフルト発16:50、パリ着23:11)。1992年5月31日からは、EC58/59がフランクフルトを越えてドレスデンまで延長された(EC59 パリ東駅発6:56→ドレスデン中央駅着19:54、EC58 ドレスデン中央駅発10:14→パリ東駅着23:08)。しかし、長距離路線(1,170km)と所要時間(約13時間)では競争力がなく、次の1993年夏ダイヤではすでにフランクフルト発着路線に戻されている。列車番号(EC52/53)と時刻表の位置は再び変更され、後者はTEE時代とほぼ一致するようになった: EC52 フランクフルト発7:27→パリ着13:40(逆方向:EC53 パリ発17:14→フランクフルト発23:15)

 

1997年9月28日より、ユーロシティー ハインリッヒ・ハイネ号との「往復交換」が行われる: EC56/57として、ドレスデンからプラハ(EC57 パリ東駅発8:54→プラハ本駅着23:41/EC56 プラハ・ホレショヴィツェ駅発6:29→パリ東着21:05)まで延長運転され、フランクフルトの以東の途中停車駅は(プラハから順に)ウスチー・ナド・ラベム、ジェチーン、バード・シャンダウ、ドレスデン中央駅、ドレスデン・ノイスタッド駅、ライプツィヒ、ヴァイマール(ワイマール)、エルフルト、アイゼナハ、フルダ。DBは再びゲーテ号にDB客車を提供する。

 

この運行ルートは、2000年5月28日、EC56/57の発着駅が再びフランクフルトに短縮されるまで、ほぼ3年間継続された(EC56 フランクフルト発14:54→パリ東駅着21:06/EC57 パリ東駅発8:54→フランクフルト着15:06)。2003年12月13日、この列車はゲーテ号の名を冠して最後の運行を行い、その後、2007年6月9日に(ユーロシティとしての)最後の旅を終える。その翌日からはLGV東ヨーロッパ線のICE‐3に引き継がれることで、その歴史を永久に失った。

 

 

  編成例(書籍内イラストから)

 

1997〜8年冬ダイヤ 

1等、2等のコンパートメント車、1等、2等オープン座席車、1等車・食堂(カフェ)合造車、メスでルクセンブルク行1832列車を解結。ドイツ、フランスの車両(コラーユ)。

 

今回は以上です。

 

参考資料:

・Die EuroCity-Zuege - Teil 1 - 1987-1993: Europaeische Zuglegenden /Jean-Pierre Malaspina, Manfred Meyer, Martin Brandt

・Thomascook European Timetable/Thomascook

参考ページ:

Datenbank Fernverkehr (Database long-distance trains)

Harrys Bahnen

ページ内写真:Flickr(引用元は写真とセットで明記)