さて、手術してから半年後くらいに、子どものことで、スピリチュアルカウンセラーさんに相談する機会がありました。

 

中年の女性でしたが、とても素晴らしい方で、親身に話を聞いてくださったし、たくさんの気づきもいただきました。

 

一通りの話もすんで、雑談タイムになったとき、私は気になっていたことを聞いてみることにしました。

自分の受けた手術のこと、放置しておくとよくないタイプの腫瘍なのに、手術をしない人たちもいること、自然療法を試そうとしていることなど・・・話しやすいカウンセラーさんだったので、つい口に出してしまったのです。

 

すると彼女は、「それはその人の選択の自由だから」とのことでした。

そのカウンセラーさん自身も、過去世のからみ?やご自身の経験から、西洋医学には不信感があるようでした。

そして実際、自分が体調が悪いときは、なるべく病院に行ったり薬を飲んだりせずに、信頼できる人にヒーリングしてもらうとのことでした。

 

それを聞き、私はなんだかその方を少し遠くに感じてしまいました。

 

私はなんて言って欲しかったのでしょうか。「それはやはり手術をするべきですね。その上で、身体がきつくなりませんように。後遺症が出ませんように・・・とお願いすればいいのでは?」とでも言って欲しかったのかもしれません。

 

結局のところ、私はスピリチュアルや見えない存在を信じきっていないのかもしれません。

手術する・しないが当人の自由ということは、スピリチュアル関係なしでも明白です。

それでも、「後遺症が出る人はごく一部らしいですよ。小さいうちに手術したほうが楽ですよ」と老婆心なことを言いたくなってしまうのです。

 

私がスピリチュアルに身を委ねきれないのは、自分自身が奇跡を経験したことがないからかもしれません。そしてそれは、私とっては幸いなことなのかもしれないと思うのでした。

 

実は私は、数年前にある腫瘍の摘出手術を受けました。

 

幸いにも良性でしたが、手術してみないことには悪性かどうかはっきりしないタイプのもので、年々大きくなることもあり、病院では手術をすすめられる類の腫瘍です。

 

できる場所がややこしいので、後遺症を伴うことがあり、私も少しばかりの後遺症があります。それでも手術したことに後悔はしていません。

 

さて、その病気について検索していたとき、あるブログに行きあたりました。

 

女性の方で、私と同じような症状でしたが、手術はせずに経過観察で何年も過ごされているようでした。

 

この腫瘍のやっかいなところは、開いてみるまで良性といいきれない、悪性化する可能性がある、ゆっくりと大きくなるというところです。

 

そして難しい位置にできるため、大きくなればそれだけ手術が難しくなり、後遺症の危険性も増すのです。それも生活が不便になる、できれば避けたい後遺症です。大きさによっては、「命に関わるよりは・・・」と思いきらなければ、決断できない手術かもしれません。

 

ブログの女性は、人前に出るお仕事をされており、スピリチュアルにも関心があるようでした。西洋医学にも少し疑問がありそうでした。

そのためか、手術ではなく、漢方薬かサプリなどの代替療法を試しておられるようでした。

 

私もスピリチュアル好きですが、ないほうが良い腫瘍なら一刻も早く取りたいと思い(実は地元の病院で数年間見過ごされていたので)、大病院に紹介された日に「最短で手術してください」とお願いしました。そしてその日のうちに手術前検査もすませて帰りました。

 

家族は「難しい手術なのに相談もなしなんて」と驚いていましたが、悪性化するかもしれない腫瘍があると思うだけで不安なので、後遺症があろうとなかろうとなるべく早く手術してもらいのが本音でした。

 

しかしそうでない方もおられるのです。もしそれが80代の方ならば、私も「そんなに急激に大きくならないし、手術は身体に負担だから、手術はもういいのでは・・・」と思いますが、まだまだお元気な方なら、ぜひ手術してもらいたいなぁと、思うのです。

 

続きます。

先日、ある霊能者さんが亡くなられていたことをしり、ショックでした。

ご病気で活動を控えるという知らせがあったのが夏ごろだったので、きっとお元気になり、また活動されるのだろうと思っていたからです。

 

スピリチュアル関係の本やブログを読んでいると、病気が治ったという体験を目にすることがあります。

 

ガンだと診断されたのに、手術までに消えてしまった、あるいは、良性と判断が覆されたなど・・・。

そういうのを見聞きすると、「やっぱり能力のある人はすごい、病気を治せるんだ!」とか、「神さまのご加護があるんだ!」と普通の人間は思ってしまいますよね。

自分や身内が病気になったとき、すがりたくなってしまうのは当然です。

 

でも、前述した霊能者さんは亡くなってしまいました・・・。

霊能者としてご活躍され、たくさんの方を助けてきたのに・・・やりきれない思いでいっぱいです。きっとあの世のことについて詳しい分、向こうでもご活躍されることと信じています。

心よりご逝去を悼み、ご冥福をお祈り申し上げます。

 

・・・有名な霊能者の木村藤子さんですが、やはり40代でガンになり、手術を受けられています。

先日ご紹介した「うわさの人物 神霊と生きる人々」の中で、木村藤子さんは、こういう仕事をしていても病気になる、そのことをしっかりわかってもらいたい、というような事を仰っていました。

 

能力者だから、神仏と関わりがあるから病気にはならない、・・・そのようなことはないのですね。

 

でも、実際に、ガンが消えたという方もいるらしいし、この辺は一般人の私にはよくわからないのが正直なところです。寿命なのか、カルマ解消なのか、何かの気づきなのか・・・。

 

同じようにお願いしても、ご祈祷を受けても、病気が治る人と治らない人がいる、それは見える世界と同じことわりで、見えない世界の存在に過度に期待してはいけないのでしょうかね。

 

長くなるので続きます。

 

加門七海さんは、幻想怪奇小説を書かれる作家さんですが、ご自身もいろいろな霊体験をされています。

この本は、いわゆる「霊能者」と呼ばれる方々との対談集なのですが、見えない世界に造詣が深い加門さんだからこそ引き出せる、あの世の話がとても深くて面白かったです。

 

紹介されている霊能者は、有名な木村藤子さんや沖縄のユタ(霊媒師)さんなど、その能力でお仕事されている方もいれば、他の仕事につかれていて仮名で出ている方もいます。

 

しかしみなさん、家系の影響でその能力を授かっているという方ばかりなので、やはり霊能者というのは何かのお役目があるのかもしれないと思いました。

 

しかし、その能力をある程度コントロールできるようになるまでは、壮絶な体験をされている方が多くて、お気の毒というか・・・「見えない」ということは、本当にありがたいことだなぁと改めて感じました。

 

私のように何の霊能力もない人間が、どうして見えない世界にこんなに興味があるのか、もっといえば好きなのか・・・それはやはり、「あの世のことわり」を学ぶことで、この世のことも勉強させてもらえるからだと思います。

 

「あとがき」で、加門さんが、「結局、彼らが語ったのは、人の心や人の在り方、日本という国の文化についてだ」と書いているように、現実社会としっかり向き合い、周囲に感謝しながら努力して生きていくことが、一番忘れてはいけないことだと思いました。

 

今日は、朝から西宮神社に行って来ました。

いつ行っても清々しくて、大好きな神社です。

 

万度祓に参加してきました。

朝(10月は9時)、拝殿前に行くだけで、誰でも参加できます。

大祓詞は用紙が用意されているので、覚えていなくても大丈夫です。

拝殿でみんなで祝詞を奏上するのは気持ちいいですよ。

 

菊花展も催されていました。

見事ですね~。

こんな可愛らしいのもありました。

校外学習なのか、子ども達の列も見られました。

お天気もよく賑やかで、神さまもさぞお喜びだろうと思いました。

 

神社にお参りする際に、「お願い事は言わないほうがよい」という人と、「お願い事をする際は、住所・氏名はもちろん、事情をこと細かく説明したほうがよい」という人がいますよね。

 

日ごろ愛読しているスピリチュアル・ブログなどでも、お参りの仕方となるとこの二通りに分かれるので、どっちが正しいんだろうな~と常々疑問でした。

 

でも、神社で個人的なお願いをしないほうが良いのなら、どうして「ご利益別・神社紹介」や「成功している人は神社に行っている」というような神社本がブームになるのだろう・・・と不思議だったのです。

 

その謎が少し解けたような気になったのが、この「神氣と人氣」(まるの日圭著)です。

まるの日さんは、ブログもされています→こちら

ブログにも書かれているので、少しだけ本の内容をご紹介すると・・・

 

・神社には「神氣」と「人氣」の二種類のエネルギーがあるところが多い

・「神氣」は宇宙や地球や自然からあふれる無尽蔵のエネルギー

・「人氣」は人が集まるところにできる、人の感情が生み出したエネルギー

 

・・・ということらしいです。そして、ここからが難しいのですが、神社にはこの二つのエネルギーがあるので、お参りの仕方によってどちらとつながるかが微妙に変わってくるらしいのです。

そして、注意しなくてはならないのが、「人氣」を利用した場合、「等価交換」が必須らしいのです。「人氣」は人の間を循環するエネルギーの塊なので、そこから力を借りた場合、同じだけのエネルギーをお返ししないといけないのです。

 

だから、神社でお参りをする際は、自分がどちらにつながろうとしているのか注意して、意識的につながるほうがよいらしいです。このあたりは私には説明がちょっと難しいので、気になる方は本を読んでもらえたらと思います。

 

はじめに書いた、「お願い事はしないほうがよい」という人は、神社に「神氣」を求めているわけですね。そして、現世利益を求めるお願い事をする場合は、「人氣」を利用するわけです。

 

どちらが良い悪いというものではないので、自分の目的に応じて、「神氣」「人氣」を使い分ける意識が大切という本でした。神社好きとしてはとても勉強になりました。

「神氣」「人氣」については、もっともっと勉強したいと思っています。

私の写経第一号が、無事京都の大覚寺に納経されました。

 

大覚寺はホームページから写経用紙が申し込めます→こちらです。

 

私はこの中から写経用紙・筆ペンセット1500円を申し込みました。

奉納料ですが、ゆうちょ銀行に振込みになっています。

申し込みと同時に自分のネットゆうちょ口座から振り込みました。

すぐに確認のメールが届いたので安心できました。

 

写経セットが届いたのは5日後でした。

写経用紙が薄いのでビックリでした。かすかなお香の匂いがして、お寺を感じました。

筆ペンには「御写経筆 嵯峨 大覚寺」というロゴがありました。

 

さっそく書いてみましたが、なぞるだけなのでとても簡単で、筆ペンもさすが専用のものなので書きやすく、40分ほどで完成しました。

 

ホームページの案内では、「返送用封筒同封」と書かれているのですが、入っていなかったので、送り先の「教務部 教学課」に返送しました。

 

すると、一週間ほどしてハガキが届きました。

表に「法縁者番号」「奉納日」が記されており、裏は参拝券になっています。

 

調べてみると、通常は参拝料金が大人500円とのことでした。

ちなみに、11月30日までは「戊戌開封法会」とのことで、一律1000円らしいです。

 

大覚寺は、空海が写経をすすめた嵯峨天皇の離宮が前身です。「般若心経写経の根本道場」として知られているだけあり、写経にはとても力を入れられているようです。

申し込みから配送までとてもスムーズでしたし、私の写経第一号がこちらに納められて良かったと思いました。

 

 

先日、クレジットの引き落としがあったのですが、その金額見てビックリ!

私の一ヶ月の賃金がふっとびました。

 

原因はわかってます。6月からはじまった地震・豪雨・台風の一連の災害で、備えのなさを痛感したので備蓄品を買いまくったのです。

 

主人に言えば家計費からいくらかは出してもらえるでしょうが、好きなようには買えません。

「それはいらないんじゃない?」「もっと安いのがあるんじゃない?」など口を出されるのが嫌なので、自分の蓄えから一気に揃えてしまいました。

 

阪神大震災を経験しているので、他の人よりは蓄えをしているつもりでした。トイレットペーパー・サランラップ・電池などは常に備蓄しているし、避難リュックも二つ用意してあります。

 

でも台風で丸一日以上の停電を経験し、まだまだ色々足りないことに気づきました。

今回買い揃えた主なものです。

 

ミネラルウォーター2リットル9本・5年保存水2リットル6本(今ある分に買い足し)

アルファ米色々 約70食

サトウのごはん 36食

お茶 500ミリリットル 24本

ガラケー用充電バッテリー 2個

充電できるランタン 

ヘッドライト

懐中電灯 2本(買い足し)

アルミブランケット 3枚

非常用給水袋 2枚組

蓋つきバケツ 3個

BOSS簡易トイレセット 50回分×2個(買い足し)

ヘルメット×3

 

アルファ米や水など、一部は実家に送りつけました。どうせなんの備えもしていないだろうし・・・。

お金もかかったし、狭い家がまた狭くなりました(^^;

ひととおり気がすむまで備蓄して気は楽になりましたが、使うことがないのが一番ですね。

 

 

前回書いた桜井識子さんの本に影響を受け、写経をしてみたいと思うようになりました。

 

識子さんによると、写経してお寺に納めることは、とてもよい先祖供養になるそうです。

私には南方で戦死した祖父がおり、遺骨も戻ってこなかったそうです。私は写真も見たことがなく、名前も知りませんでした。

その祖父が成仏しているのかずっと気になっているし、そもそもお墓参りもぜんぜん行けていないのです。父方・母方のお墓とも他県の田舎にあり、私一人では場所すら定かではありません。

 

そんなわけで、写経が供養になると知って、ぜひ書いてみようと思ったのです。

 

もともと、出産までペン字を習っていたので、字を書くのは大好きです。本来は墨をすって筆で書くのが一番ですが、とりあえず筆ペンからはじめることにしました。

 

しかし、私は新興住宅地に住んでおり、近くにお寺はありません。そこで、郵送で納経を受け付けてくれるお寺を探すことになりました。

 

すると、東大寺をはじめ、有名な観光寺では写経を郵送で受け付けているところが結構あることがわかりました。

 

とりあえず、京都の大覚寺と奈良の東大寺に写経用紙を申し込んでみました。

これから、「おうちで写経」を趣味にしていきたいと思います。

 

 

一年ほどまえ、図書館で桜井識子さんの「運玉」を借りて読んで以来、識子さんの大ファンです。ブログもされています→https://ameblo.jp/holypurewhite/

 

識子さんの本は、私に見えない世界のことをたくさん教えてくれました。

そもそも私は、神社仏閣に本当に神さまがいると思っていませんでした。神社で結婚式も挙げたのに・・・。

あれだけ実話心霊マンガを読んでいながら、「見えない世界のことは『見える人』だけのもの」と思っていたのです。神様も仏様も、いたとしても私には縁がない・・・だって私はまったく見えない人だから・・・と。

それが、識子さんの本を読んで、神さま仏さまは本当に居るんだ、私のお願い事も聞いていたかもしれない(叶うかどうかは別として)と思うようになったのです。

 

すると、がぜん神社仏閣に行くのも、おみくじを引くのも楽しくなります。

識子さんは私に、人生の楽しみを増やしてくれたと感謝しています。

 

もちろん、私はまったく「見えない」「感じない」人なので、そこはあまり思い込みが強くならないように注意しています。識子さんは、神仏が歓迎してくれている色々なサインを教えてくれているのですが、あまり無理に探さないようにもしています。

 

それでも、おみくじで「大吉」が出れば嬉しいし、「末吉」だとちょっとがっくりします。その程度ですね^^

 

これからも、識子さんの紹介してくださる優しい神さま仏さまに会いに、一つでも多くの神社仏閣に足を運べればと思っています。