テレビでユニクロのコマーシャルを観てて、ふと、昔の事を想い出した。
小学生の頃、夏休みと冬休みになると近所の幼馴染みの家に泊りに行った。幼馴染の母は、歌手の桑田佳祐がテレビに出て来るとボロクソに悪口を言っていた。何故嫌いなのか聞いた事は無かったが、いざ自分が大人になってみると、なんとなく理由が判ってきた様な気がした。
昭和50年生まれに限定すると、この世代が桑田佳祐と言う歌手を知ったのはサザンオールスターズではない筈で、サザンオールスターズは70年代にデビューしているが、80年代中期、桑田はサザンオールスターズでの活動をしていなかった。85年に妻でありキーボード担当の原由子が妊娠し、代わりのメンバー補充と言う選択は取らず、86年から87年に掛けて桑田は別ユニットを結成した。その名もKUWATA BAND(クワタバンド)。笑ってしまう位、判り易いバンド名だった。
子供の頃に見た桑田佳祐は、相当に頭のイカレタ大人だなと言う印象だった。
テレビの歌番組に出て来る彼は、普通に歌う事を一切しなかった。カメラの前まで来て変顔をしてみたり、普通に歌えばいい歌詞の部分を誇張してみたり、フラフラ体を揺らしながら歌ってみたり。そう言う彼の姿が不気味で、何やら空恐ろしく見えた。もっと判り易く例えると、ウッカリ近づいてはならない大人みたいな感じだった。
今となっては、そう言う彼の姿は視聴者に対するサービス精神から来るもので、意図的であり、ワザとであり、表現者として客を楽しませたいと言う純粋な一念であった事は言うまでもない。
有名な事だが、俳優の寺脇康文が音楽をやっていたのは丁度この時期で、桑田の後ろでバックコーラスの三人組が前傾姿勢で横に大きく腕を振ってアイススケートみたいなダンスをしていた。その三人の中の一人が後の俳優・寺脇康文であった。この三人はKUWATA BAND(クワタバンド)のメンバーではなく、特定の歌を歌う時にだけ出て来る三人だった。
チャプター1:メディアのヤリ過ぎで嫌われる人達
ユニクロのコマーシャルで女優の綾瀬はるかとサザンオールスターズを起用し続けるのは、ユニクロのトップである柳井社長の方針なんだろうか。今時、専属と言う形のコマーシャルは珍しい。
令和の時代になって、いよいよコマーシャルは独占の時代になった。御存知の通り、テレビを観てると同じコマーシャルが繰り返し流される。昭和、平成の頃と違うと感じるのは、各企業に宣伝競争をする気概が感じられない事で、とにかく流行重視のコマーシャルを打ち出す。予算を決めた後は広告企業に御任せと言うパターンが殆どだろう。
宣伝する商品が減った事も関連してるだろう。例えば煙草。昭和、平成を振り返ってみると、煙草のコマーシャルは最高に格好良かったのではないか。マルボロやラーク、ラッキーストライクと言った銘柄の煙草のコマーシャルは洒落た感じでイカしてて、今でも印象に残っている。
それと今は、酒のコマーシャルが下手過ぎる。酒の似合わないタレントを無理やり起用してジュースのコマーシャルと変わらない様な演出をされても飲もうと言う気が起きない。私は日本酒を飲むので、日本酒のコマーシャルが乏しいのは残念。いっその事、大谷翔平に着流しでも着させて、夕日の縁側で日本酒をクイッと飲み干す様なコマーシャルを打てば、人気が出るんじゃないの?とさえ思う。
残念なのは、大谷が酒を飲まないそうなので、ビールや梅酒の様な低アルコールの酒のコマーシャルすら難しいと言う事。
コマーシャルも含め、日本のメディア事情を見てると、一つのキーワードとして「ヤリ過ぎ」と言うのがある。そこで最近、面白い現象が起きてるのは、メジャーリーグの大谷翔平がテレビに出て来るとチャンネルを変える人が増えたのだと言う。こう言った現象を<大谷アレルギー>と言うらしい。表現的には中傷の類だろう。誰が考えたのか知らないが、色んな意味で面白い言葉を作ったなと思う。これも一つの表現のセンスと言える。思い切って流行語大賞にノミネートしてみたらどうか。
大谷の例で言えば、もしかしたら桑田佳祐も当て嵌まるかも知れない。テレビを観てれば何処かでユニクロのコマーシャルを見るし、強制的に桑田の歌を聴かせられる。好きな人はイイが、嫌いな人も必ずいる筈で、そう言う人達からすれば迷惑極まりないとなる。
私は、このブログで前にも書いたのだが、メディアと言うのは一方通行で、求める求めないに関わらず否応無しに発信されてくる。発信を受けた側には二つの選択肢が出来る。その発信を受け入れるか拒否するか。発信をする方も悪気があってやっているのではない事は、多くの人が十分承知している。メディアとしては、その辺のジレンマに常に悩まされる。難しい関係性と言えるだろう。
チャプター2:人気とは何か?を理解していた米津玄師
数年前、まだコロナの絶頂期だった時期、日本テレビの報道番組「ニュースZERO」で、キャスターの有働由美子と歌手の米津玄師が対談をしていた。人気絶頂の米津に有働は「御自身の人気について、どう思われますか?」と聞いた。此処で米津は在り来たりではない返しをした。
「例えば、僕の音楽を嫌いな人が喫茶店に入って来て、席に着いた途端、僕の歌が有線から流れてきたら嫌じゃないですか」
この返しに有働は「?」って顔をしていたのが印象的だった。
歌手達は総じてプライドが高く、「人気についてどう感じてますか?」と聞かれると、大抵の人が「皆さんの御蔭です」とか「皆さんに支えられて私が居ます」みたいな事を言うのだが、米津の返した言葉には様々な含みがあって面白い。
米津玄師の言わんとした事は一体何だったのか?と考えてみる。簡単に解釈すれば、何にでも好きなモノと嫌いなモノがありますよと、僕の事を嫌いな人だって普通に居るんですよと、僕は王様って訳じゃないんです。そう言いたかったのではないか?と私は捉えた。
有働の「人気について、どう思われますか?」と言う質問の響きには、相手に対する媚びが感じられる。恐れ入ってますとか、貴方に参りましたみたいなニュアンスがある。米津は、それが気に喰わなかったのだろう。少し反抗的に返してみたと言った所か。
要はエンタメの世界と言うのは、好きと嫌いがあって当たり前なんですよと言う事で、芸能界だけでなく、メジャーリーグだって人気商売で、当然、大谷に対する好き嫌いだってある。この点について、日本は真面目過ぎて、人気者を敬い、敬ってる相手が貶されると制裁を加える傾向が強い。正直、それは良くない。
いわゆる<崇拝>。歴史を振り返れば、それこそが、オウム真理教やカルト宗教が誕生する切っ掛けになったからである。
私は思う。無宗教国家と言われてる日本だが、実の所、何かにすがりたがってるのは日本国民なのではないかと。そう考えると、何故、毎日毎日、大谷翔平を誉めてるのか?
どうして毎日、彼の打つホームランだけがニュースになるのか?
「ああ、そうか・・・そう言う事なんだな・・・」と腑に落ちるのである。








