偽りの蜜月関係、ドジャースと大谷翔平! | 何でもアル牢屋

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「プロスポーツ選手ほど最低な奴等は居ない。何故ならば彼等は社会での試練を受けてないからだ!」
この言葉は私の言葉ではなく、性暴力犯罪を犯したアメフトのスター選手がメディアに吐いた捨て台詞だった。
この御時勢、スポーツの起源は戦争である事を知っている人がどの位いるだろうか。スポーツは無から生まれたのではなく、戦争があったから生まれたのである。繰り返された戦争で人々は気付く。

「もう武器を持って人を傷付ける戦いは辞めにしよう。これからは武器を捨て、ルールを設け、人を傷付け殺し合わない競技で競い合おう」

こうやってスポーツは生まれた。
此処で面白いのは、武器は捨てるけど戦いは辞めないと言う点だろう。戦いは続けたいと言うのが人間の意思なのだろう。

私の場合、軽い運動やストレッチはするけど、スポーツをやるのは好きではない。プロ野球のシーズンになればテレビやラジオでプロ野球の中継くらいは嗜む。だが、振り返ってみれば誰か一人のスポーツ選手に入れ込んで応援した事が無い。なので、特定のスポーツ選手に拘りを持つ人の気持ちがよく判らない。
例えば、野球と言う競技がバットで殴り合い、ボールをぶつけ合う格闘的なスポーツであった場合、人々は盛り上がって応援するんだろうか。大谷が笑顔でバットを振り回して打撃を加える事で得点が入ったとしたら、拍手喝采が起きるんだろうかと考えてみる。尋常ではない大谷フィーバーを外から眺めてると、案外、面白がってファンは狂喜するのかもしれない。何故ならば、スポーツも戦争も、根本にあるのは<戦い>な訳だから。

スポーツ選手って一言で表すと<数字の記録者>と言う事になる。そう割り切って捉えると大した存在には見えなくなる。
野球の場合、木の棒で硬い球をゴツンっと打って遠くへ飛ばす。サッカーの場合、球を蹴りながら走って網の中に放り込む。バスケットはサッカーの逆で、手で網の中へ球を放り込む。繰り返しの単純作業を見せられて歓喜する人達の脳の状態に凄く興味がある。何かを感じるのは脳が感じてる訳だから、どう言う現象が起きているのか。この件に関して脳科学は結論を出しているんだろうか。
見て興奮すると言えばアダルトビデオやポルノ映画なんかにも当て嵌まる。他人のSEXを画面で観る。すると男は勃起する。自分がSEXの当事者では無いにも関わらず、疑似的な興奮を起こす。大抵の場合、男はオナニーをする。これも又、スポーツの一種と言えるかもしれない。

世界地図を見てると、日本と言う国は驚くほど小さい。海の上にポカンと浮いてる島国。アメリカの大統領・ドナルド・トランプが以前、面白い事を言った。

「日本は小さい国だが、国民達のプライドは大きい」

自然とこんな言葉が浮かぶんだろうか。トランプと言う人は、言葉遊びの名人だろうと思う。
小国のコンプレックス。それがあるから日本は何かで威張りたくなる。その小さな島国の更に田舎から一人の英雄が誕生した。大谷翔平である。大谷は昔風に言えば、田舎侍だろう。だが、この田舎侍は古今無双の二刀流の使い手で、向かうところ敵なしと言う評判。名声が上がり、その名声は中央へと鳴り響く。更に名声は高まり、外国へと鳴り響き、サーカスの見世物の様に買われて現在に至る。
今の大谷を見てると、野球を楽しむと言う観念は失せて、課せられた責任と義務感でやってる風に私には見える。ドジャースと言う成金主義の悪徳球団で<贅沢な暮らし>を手に入れた大谷ではあるが、興味深いのは<何を得て何を失ったか?>と言う点。コインには表と裏がある。同じ様に人生には対価がある。大谷は暮らしを得て、自由を失った。
 

10年1000億円と言う契約は絶対ではないのだと言う。私の読みでは、ドジャースは、まともに払う気が無いのではないかと思っている。まず二刀流で10年間、体が持つ筈がない。何処かで壊れる。復活した二刀流で故障すれば、投げるだけでなくバットも振れなくなる。だからと言って契約は容赦はしない。そもそも二刀流を売り込んだのは大谷だからだ。二刀流で10年間、結果を出し続けて貰う。それがドジャースの課した条件。故障するのは大谷の勝手。自己管理がなってない。だからお前が悪いんだ。ドジャースの責任は一切ない。壊れるまで働け。出来なきゃお前に1000億は払わない。これがドジャースの狙いだろうと私は思っている。
二刀流の行き着く先が、どう考えても地獄だと言う事を大谷は何処かで感じてる筈で、家族を得た今となっては攻めよりも守りに入りたくなる。いつ壊れるか判らない状況下で彼がやってきた事は、手当たり次第の高額スポンサー契約だった。いわゆる<副収入>で蓄えておく必要に迫られた。その契約数は50~60社にも上る。その全部を守り切れるのか?と、世間とマスコミは首を傾げた。
こう言う彼の置かれてる事情と状況を知ると、毎日の大谷報道が痛々しく感じて仕方が無い。無責任極まりないのはメディアで、視聴率と活躍しか興味が無い。

先日、大谷報道を観てたら、あるコメンテーターが「日本の誇りだ」と言ってた。それは違うだろうと私は思った。真の日本の誇りは普遍の中にこそ存在する。人を助け、人様の役に立ってこその誇りだろうと。
私は思う。

 

「あんたにとって誇りある人間とは、数字の記録者でしかないのか?」と。

 

 

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