仲代達矢は、戦国大名の様な雰囲気を持った俳優であった。
享年92歳。生年月日を見ると、12月で93歳の予定だった。100歳時代と言う言葉が日本で蔓延する中、90代と言う響きが若く聞こえてしまうのも恐ろしい錯覚と言える。90歳と言う年齢は、本来なら生きているのが不思議な年齢なのである。「まだ90代と言う若さなのにね~・・・」と言う呆れた言葉を言う人も何処かに居るのだろう。
出て来るだけで画面が凍り付くタイプの俳優が居る。仲代達矢は間違いなく、その一人だろう。
只ならぬ眼光の鋭さ、独特な声のトーン、遠くを見てるかの様な表情と喋り方。無名塾の俳優達は、この偉大なる師から演技の何たるかを盗みたいと常々思っている。だが誰一人、真似が出来ない。何故、真似すらも出来ないのかと俳優達は考え込む。
どんな芸事も真似から入るのは良い。だけども真似に取り付かれるなと言う教えをしたかどうかは判らないが、真似から抜けきれない俳優は成功しない。客に誤魔化しは通用しないのである。
数年前に仲代達矢のインタビュー本を読んだ。貧しい生い立ちから俳優になり、今現在に至るまでの膨大な作品の数々や撮影秘話、共演して凄いと感じた俳優達の話。取り分け、時代劇の衰退を深刻に語っていたのが印象的であった。
時代劇を作れるスタッフが居なくなっている事を仲代達矢は嘆いていた。時代劇には囲炉裏(いろり)と言うセットが登場する。時代劇をよく知らない若手のスタッフは、囲炉裏は寒い冬に温まる為にあると思っているらしい。そんなスタッフに仲代は呆れてしまう。囲炉裏は春夏秋冬あるもので、暖を取るのも間違いではないが、毎日の飯を食う為の役割も持っている。よって常日頃、当たり前の様にソコに存在する物なんだよと説く。この辺の道具に関する認識や知識が継承されていないのだと言う。だから当然、若いスタッフが知りようもない。
仲代は、遅かれ早かれ時代劇は日本の映像から消滅すると語っている。仲代の予言通り、実の所、その兆しは既に現れている。最近、大河ドラマでもそうだが、俳優達が標準語で喋る映像作品が増えている。これは指導出来る人材が居なくなっているか、カツラと着物さえ着せてればソレっぽく見えるだろうと言う浅はかな創作意欲を持つ制作サイドが居るかのどちらかだろう。
要するに時代劇ほど面倒臭い映像作品は無いと言う事で手抜きになる。この際、時代劇など辞めてしまえばいいとなりそうだが、中途半端な文化意識を持つ日本のクリエイター達に潔さが無い。だから何となく奇をてらって誤魔化そうとする。だから標準語でもいいやとなる。
共演した俳優の話も非常に興味深かった。何人かを挙げると、山崎努、原田芳雄、田中邦衛、渡辺謙、三船敏郎、石原裕次郎、勝新太郎、萬屋錦之介、意外な所では作家の三島由紀夫の話も出てきた。女優では岩下志麻、夏目雅子、山田五十鈴の話が面白かった。
この中で個人的に興味深いのは山崎努だろう。私の世代は黒澤明の映画よりも、伊丹十三の作品の方が馴染み深い。お葬式、たんぽぽ、マルサの女。松竹・八つ墓村が大好きな私は多治見要蔵の狂演も欠かせない。後は必殺仕置人の念仏の鉄も鉄板だろう。
仲代は山崎の事を「あいつ」と呼ぶ。レジェンドの映画俳優である山崎努を「あいつ」と呼べる芸能人は、仲代だけではなかろうか。
「あいつはね、偏屈な奴でね。殆どの俳優達は監督に言われた通りに動くんだけど、あいつは、とにかく逆らう。此処はこうじゃなきゃいけないとか、とにかく拘る。そう言う事もあって、ある筋の人達からは煙たがられる訳なんだけど、私なんかからすると、そう言う所がかえって尊敬出来るんです」
私の感覚からすると、二人は横並びの関係性なのかなと思っていたのだが、二人は名門の俳優座の出身で四期の差があるそうだ。仲代が先輩で後輩が山崎努。
本の中に<山崎努>と言う単独の御題がある所から察するに、二人の関係性と仲代の想いが込められている様な気がした。俳優座の先輩後輩と言う垣根を超えた互いの存在感と敬意。役者として、これこそが望むべき最高の関係性だろう。
仲代は、生涯忘れられない最高峰の共演者の一人として夏目雅子を挙げている。
82年に制作された「鬼龍院花子の生涯」のヒロイン・夏目雅子は、撮影時、既に死の病を患っていた。夏目雅子が患った白血病と言う病気は血液の癌で、82年当時、骨髄移植と言う治療が確立されていなかった為、どうにも仕様が無い病だった。
気丈だった夏目雅子は撮影に入る前、仲代にこう言った。
「仲代さん、私は今、病気でして、此処に大きな治療後があるんです。仲代さんとはラブシーンがあるから先に見せておきます」
そう言って肌をさらけ出した。
死を覚悟した一人の女優に仲代は惚れたと言う。この撮影以降、メディアから「共演した女優で一番だったのは誰ですか?」と聞かれると、仲代は「夏目雅子です」と答える。人として演技者として、夏目雅子は出会った俳優の中でも最高峰の人材だったと語っている。
名台詞となった夏目雅子の「舐めたらいかんぜよ」は勿論、脚本の一部だが、あの発声と発音と調子を教えたのは仲代だった。面白いのは、この映画の見所は自分ではなく女優達だと仲代は語っている。岩下志麻、夏目雅子、夏木マリ。この三人こそが、この映画の主役だと語っている。
私が読んだ本の著者の春日太一は、仲代達矢を<映画史の証言者>と表現している。
春日は77年生まれで、75年生まれの私とは二つ違いだが、私達、団塊ジュニアの世代にとって、仲代達矢と言えばどの作品か?と問われると、案外、返答に困ってしまう。春日は日本映画の専門家であると言う差はあるが、好みは私と似ていて、印象に残るあの映画のあのシーンみたいな話題で怖過ぎるほど被る。それを知ると「ああ・・・やっぱりあのシーンだ」と共鳴してしまう。
私の世代は余程の映画通でない限り、黒澤作品を語るなんて事をしない。白黒に馴染まない世代と言うか、独特な作品の重さと暗さは黒澤監督ならではである。私の親父は黒澤作品に詳しく得意気に語るのだが、イマイチ凄さが判らない。そんな団塊ジュニアが多いのではないだろうか。
個人的な仲代作品と言えば、市川崑監督の金田一映画、78年作の「女王蜂」の大道寺銀造だろう。当時、子供目線から観た仲代達矢と言う俳優は、とにかく暗くて重くて怖い。表情や喋りがそう思わせる訳だが、大人目線で見ると凄い演技力となる。
私自身、50歳と言う年齢になって感じる事だが、凄い俳優の特徴は総じて<怖い>。良い意味での圧を感じさせてくれる。岩下志麻を初めて見たのは角川の金田一映画<悪霊島>で、巴御寮人の二重人格がとにかく怖かった。「この子の七つのお祝いに」と言う作品では岸田今日子が夢に出るほど怖かった。松竹・八つ墓村で落ち武者の大将・尼子義孝を演じた夏八木勲を大好きになったのは、正に、この作品が切っ掛けだった。
最後になるが、映画の話題から離れると、仲代達矢は野球好きで大の巨人ファンだそうだ。中でも長嶋茂雄が大好きだった。どう言う縁なのか、2025年の今年に両者とも世を去った。
役者になる前、一年ほどボクシングをかじったそうなのだが、その事について仲代が言うには「貧しい出身の者が稼ぐ選択肢にボクシングと言うスポーツがあった」と言う事らしい。そう言われてみれば、ボクシングと言うキーワードで何人かの有名人が頭に浮かんでくる。
今年亡くなった大御所・橋幸夫もボクシング経験がある。随分前に亡くなった喧嘩の帝王・ジェリー藤尾もやっていた。芸能以外では、冤罪で死刑囚だった袴田巌さんもボクサーだった。俳優の安岡力也はキックボクシングの選手だった。
思うに、戦後の日本において格闘技と言うのは、今みたいな洒落て格好つける為の手段ではなく、生きる為の手段としての格闘技だった事が判ってくる。ボクサーとして仲代達矢が何処まで行けたかは想像もつかない。












