Chez Nous  -46ページ目

犬を飼う方たちへ~参考になれば・・・

2009年3月に愛犬のペロちゃんを亡くされた、夢のほとり   のapricotperoさんから、メッセージをいただきました。

あとに続くわんちゃんのために、ロッキーの病状や治療などを詳しく残して欲しい。という提案をしていただいたのです。
ロッキーの病気や死が、今生きているわんちゃんの病気の発見や、ペットの死に立ち向かうヒントになったら・・・・
と思い、できる限り、書いてみようと思いました。
きっと、ロッキーも喜んでくれるはず。
こんな素敵なアイディアをおもいついてくださったapricotperoさんにお礼を言いたいと思います。
ありがとうございます。

まず、私たちがロッキーの命に対して、貫こうと思った考えがあります。

人間も動物もいつかは、死期を迎える。それはとても自然なことなのだ。
だから、自分たちのエゴで、生きて欲しいと思うのだったら、その考えはやめよう・・・ということです。

そう誓ってから、病状が変化するにつれ、何度も何度もそのことを自問する毎日が続きました。

この考えに至るまで、Milと私の考えは微妙に違っていました。
まず、Milと私の意見を統一させること・・・それは絶対に必要なことでした。

野生動物は自分の死期を感じると、群れから離れて森へ帰くよね・・・
ロッキーが野生だったら、どうだろうか・・・もう森へ帰っている時期ではないだろうか・・・
・・・いや、人から食べ物をもらって生きているロッキーは、野性ではない・・・
・・・野生だったら、食べ物を取れなくなって、息たえているかもしれない・・・
・・・人間に飼われているという時点で、すでに延命治療を受けているようなものだ・・・

というような話し合いを繰り返すうちに、

だったら、やはり、もう野生ではないのだから、治せる治療ならしてもらおう。そうでなければ苦しみだけとってもらおう。

という考えにたどり着きました。

悔やまれることがあるとすれば、病気になるまで本当に信頼できるドクターに出会わなかった。ということでしょうか。

アシスタントはいるけれど、獣医さんはひとり、という病院がとても多いですね。
病気でないときには、それで十分かもしれませんが、小さなクリニックのほかに、ドクターが何人かいて、ドクター同士、相談しながら病気の診断をつけていけるような、病院も、病気になった時のために、日ごろから通っておくべきだった・・・と痛切に感じました。

特に、ロッキーは生まれてから、病気らしい病気をしたことのない元気印な犬。
何度か、獣医さんを変えながらも、
「そろそろロッキーも年だし、ちゃんと向き合ってくれるちゃんとした獣医さんを決めたいな~」
などと、話し合っていた矢先、ロッキーの病気がわかり始めました。

つづく~

途中、違う記事が入るかもしれませんが、何度か分けて書きます。






自分自身が大切

自分の容姿に自信がもてなくて悩んでいる人が、整形外科の医師やメイクのスペシャリストが、あれこれとアドバイスして、変身させる番組がありますね。
この手の番組、世界中から批判を浴び、姿を消しているのに対して、日本ではなぜまだ続いているのでしょう?

ゲストたちのかわいそう~というまなざし。医師やスタイリストの堂々としたアドバイス。
人々の心を誘導するトリックに満ちているように思えます。

彼女たちが、容姿を変えることによって、不幸のどん底から幸せの絶頂にのぼりつめたと錯覚しても、その幸せは一瞬のもののように思えます。自分の意識を変えないかぎり。

もちろん、きれいに越したことはないけれど、そのことに夢中になるあまり、大切なことを忘れてしまうのではないか?と思うのです。体は心を入れる器に過ぎないのですから。

以前にある外国人から「日本人女性はなぜあんなに容姿を気にするのか?いつも完璧にメイクしているのか?」
と聞かれたことがありました。
自然のままで、みんな十分に魅力的なのに・・・意外なことに、大多数の人は結構、中身のほうを重視しているのではないかと思います。

容姿を変えればすべてが解決すると錯覚するのはとても危険。強迫観念に陥れば、人の心まで簡単に壊すことができると思います。
人に惹かれるとしたら、人形のような容姿ではなく、もっと別のものだと思います。

それと同時に、人が生まれたときにもらったものはそれぞれ違う・・・能力、健康、財力、容姿。そのバラエティには限りがありません。

自分がもらったものの中で、どうやって折り合いをつけていくか、よりよくしていくか・・・というのが人生の醍醐味だと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか?





フランス語、数の数え方

フランス語で私が嫌いなもの。それは数の数え方です。
69までは、60+1、60+2、60+3・・・・・
と普通なのですが、70になると、60(soixante)+10(dix)。soixante-dix と言います。
。70という数字をそのままいう言い方がありません。

71は60+11(onze) soixante-onze 72は60+12・・・・・
というふうに数えていきます。
80は4(quatre)×20(vingt) quatre-vingt と数えます。
さらに91は80+10 (quatre-vingt-dix)・・・・これが100まで続きます。

これがどんどん大きな数になっていくと、もう頭がパニックで、
8770だったら、quatre-vingt-mille-sept-cent-soixant-dix です。

あっ、そうそう、mille-feuille (千枚の葉っぱ)はお菓子のミルフィーユの意味です。
納得ですよね?パイの感じが千枚の葉っぱなのでしょうね。

それにしても、数の数え方、面倒くさいと思いませんか?しかもすごく長いですよね。
私はこの数字を聞くたびに頭がストップして、計算に入ってしまうんです。

試験の前には、Milが教えてくれた方法、前を走る車のナンバープレートをひたすらに読んでいきました。
これは、少しは役に立ちましたが、いまだに苦手です。

仏検にはディクテ(聞き取り)の試験があって、聞いた文をひたすら書いていくのですが、聞きながら、内容が理解できないとこれがまた、むずかしい。
理解をしながら、主語の単数、複数、女性名詞、男性名詞によって、主語、動詞、形容詞などを変えていくのです。

今回の話は、働きすぎの看護婦さんのお話だったのですが、”彼女は一日に12時間働いて・・・・”
で、私は2時間と聞き間違えました。

フランス語で2時間は deux heures. 12 時間は douze heures.カタカナでむりやり書くと、 ドゥズールとドゥーズール。
わたしには、同じに聞えてしまいます。
でも内容を理解していれば、わかったことなんですよね。
2時間しか働かない。っていくらフランス人でもありえないでしょう?

というわけで、フランス語のリスニング、なかなかむずかしいです・・

インタビューの準備ですが、Milのアイディアで、とりあえず自分に関すること、興味のあることなどを、フランス語で書いておくように。という宿題がでました。
そうすれば、インタビューでも話したいことが一杯でてくるから。だそうで。
明日あたりから、すこしずつ取り掛かってみます。





Lazy Beagle リラックスしすぎ!

大丈夫かな?このビーグル、この姿勢楽なのだろうか・・・?とちょっと心配になりました。
社長みたいですね。この体勢といい、この目つきといい・・・

仏検が終わりました。

皆さん、どんな週末をお過ごしでしたか?

先週は、ころころと変わる予定についていくのが精一杯の、落ち着かない一週間を過ごしました。

そんな、気もそぞろな状況の中、心の準備も出来ないまま、あっという間に仏検が終ってしまいました・・・
はぁ~つかれた・・・
思うような出来ではなかったけれど、まあまあ自己満足。受かるかどうかわからないけれど、1次が受かっているのを祈りながら、2次試験のインタビューの準備をしておくことにします。

ところで、今日は早いものでロッキーが逝ってからちょうど一ヶ月。わんわん
もう何ヶ月もたったような、不思議な感覚です。

あれからも、私たちの生活ではいろいろな事が動き、人生って一時も止まってはいないのだと実感する日々です。

少し忙しいので、ブログの更新が滞りがちですが、少ししたらもとのペースに戻るつもりです。

嫌なお天気が続きますが、みなさん体調に気をつけてください!