こんにちは
まーにゃです![]()
以前にも寺子屋について書きました。
江戸の子供達が
寺子屋に通い始めるのは
2月からでした。
6歳になると
寺子屋に通わせる家が多かったそうです。
江戸市中で8割
日本の平均で4〜5割と言われています。
町内に数軒はあり
朝8時から午後2時まで
年齢の違うこどもたが
それぞれの年齢に合った学習をしていました。
娯楽本の流通や
貨幣経済の発達など
江戸時代には「読み、書き、算盤」は
常識となりました。
近隣の教養人が
頼まれて教えていたそうです。
女性の師匠も多くいたそうです。
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寺子屋では、お仕置きとして
授業中に騒いだりいたずらしたりすると
罰がありました。
それ以上悪さが出来ないように
水の入った茶碗と
長い線香を持たされて
教室の隅に立たされたそうです
立たされてる生徒がいますね![]()
めっちゃ怖そうな先生です💦
罰も有れば
楽しいこともありました。
2月の初牛にはお赤飯
3月には桜餅
5月に柏餅がふるまわれ
12月には教室の煤払いと大掃除
その後には甘酒が出されたりと
いろいろと楽しいイベントもありました♫
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「往来物」という教材が教科書でした。
内容(教科)によって
国語科、教訓科、地理科、産業科など
大まかに分類されていました。
このほか年中行事に関するもの
法度(はっと)や触書(ふれがき)を集めたもの
伝記や史詩などなど
また女子用の往来も
多数出版されていたそうです。
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歌川広重「諸芸稽古図会 部分」
子供たちの楽しそうな様子がイキイキと描かれていますね♫
寺子屋ではいまでいう
「教え合い」が推奨されました。
ある寺子屋の「掟」の内容には
「読めなかったり間違ったりした箇所があれば
仲間同士で教え合うようにせよ。
それでも、わからないところがあれば
、師匠の教えを仰ぐようにせよ」とあり
子供たち同士で聞き合って
教え合っていた様子も伺えます![]()
知識だけでなく
それ以上にしつけを重視し
一人前の人間を育てることを目指した寺子屋
庶民教化に果たした役割は大きいですね![]()















