こんにちは

まーにゃですニコ


江戸時代のお化粧について

いくつか記事を書きました。





今日は

紅のお話です。



紅の原料は紅花です。

紅花の花びらに含まれる⾚⾊⾊素は

わずか1%。

紅を抽出して染料とするには

⾼度な技術と知識が必要でした。




紅は江戸時代金と等価交換されるほど

高価で貴重でした。


唇、頬・目元・爪

時には化粧下地として用いられることもあり

女性の顔に彩りを添える大切な

「利かせ」の色でした。


頬紅

白粉と紅を混ぜて使用。

または、白粉を塗る前に、

目の周辺から頬にかけて紅を伸ばして

顔色をよく見せるために使われました。


口紅

口紅は淡くつけることが良いとされ

小さな口元が好まれたため

紅を塗る面積はかなり小さかったそうです。


アイメイク

現在のアイラインのように

目の縁に紅をひくことを

目弾(めはじ)きといったそうです。


    香蝶楼国貞 「当世美人合踊師匠」

目尻に紅を入れていますね❤︎


爪紅(つまべに)

爪先を

赤く染めたり模様を描いたり

現代のマニュキュアのようですね。


笹紅

文化・文政期には

下唇にのみ何度も紅を塗り重ねて

玉虫色に光らせる

“笹紅”というメイクテクが大流行しました。


伊勢半さんより


化粧料としての紅には

乾いた状態で玉虫色に輝くものがあり

この輝きは良質な紅の証で

高級品だったそうです。


渓斎英泉「当世好物八契」部分

下唇が緑色です。


玉虫色に輝かせるためには

おちょこ1/3~1/2ほどの紅が必要になり

いまの値段に換算すると

なんと、

1回数万円くらいはかかったとのことびっくり


花柳界の遊女や歌舞伎役者などが、

そのステイタスを誇示するための

お化粧だったそうですが、

一般の女性たちにも流行ったそうです。


ピンク薔薇



粋な江戸の女性たちの間で

憧れの的になったのが「小町紅」。

京都産の高品質な紅ブランドです。


紅を製造、販売する「紅屋」が

続々と誕生しました。


文政8年(1825年)日本橋で創業された

伊勢半本店も、そんな紅屋のひとつです。


明治に入り多くの紅屋が廃業する中

日本に存在する唯一の紅屋として

現在も「小町紅」の伝統を

守り続けているそうです。


美しいお仕事だと思いました💋✨✨