こんにちは
まーにゃです
先日、参勤交代について載せました。
何千人もの大名行列の対応をしていた
「宿場」はどんな様子だったんでしょうね?
街道の整備
徳川家康は関ヶ原の戦いで勝利した翌年から
日本橋を拠点に
五街道の整備に取り掛かったそうです。
東海道では
街道沿いに約8〜12里程度の間隔で
宿場を設置しました。
幕府は人馬の常備を街道ごとに明確に定め
東海道は人足100人・駄馬(輸送用馬)100匹
中山道は50人・50匹
その他の街道は25人・25匹
を常備させたそうです。
本陣
幕府の役人や大名、公家が宿泊する施設。
参勤交代は「行軍」であり
宿泊施設は行軍中の「陣営」として
「本陣」と名付けられました。
逗留中は、そこは藩にとって自陣(または自領)という認識だったそうです。
広重二代「東海道五十三駅 関 本陣」
大名行列の到着の様子が描かれています。
歌川広重 /東海道五拾三次「関 本陣早立」
この絵は、鈴鹿の「関」の本陣の様子。
まだ明けやらぬ早朝の暗いうちから出立の準備があわただしく始まります。
裃をつけて大名籠を準備して
いろいろ指示しているのは本陣当主。
粗相がないよう
ぬかりないよう
気働きの真っ最中ですね💫💫
問屋場といやば
宿場全体を管理する役人がいて
旅の治安から物流全般、
飛脚業務までも司っていました。
人馬継立
公用賃客を一宿ごとに分担して
人足や馬で継送すること。
宿駅にとっては
最重要任務であったそうです。
藤枝宿の問屋場の様子です。
人足たちのそれぞれの動作が
リアルにつぶさに描かれていて
ざわめきが聞こえてくるようです。
草津の本陣
史跡草津宿本陣は
建物が現存するうちでは全国で最大級で
当時の姿をそのままにとどめているそうです。
大きくて立派な建物ですね!
当時の様子が偲ばれます
宿場や道路の整備
雇用
物流
経済
いろんなことに影響を与えていたんですね💫
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