午後はガイドさんとお別れして美術館巡りをしました
まずサン・マルコ美術館に行きました


フラ・アンジェリコの「受胎告知」を見るためです
これは実際撮った写真ではありません
フラ・アンジェリコというのは実は本名ではなく
生前の篤い信仰心から、死後賞賛を込めて
天使のような修道士=フラ・アンジェリコの通称で
呼ばれるようになりました
サン・マルコ修道院は荒廃していましたが、その再建に
乗り出したのが老コジモで(コジモ・デ・メディチ
初代トスカーナ大公のコジモ1世と区別する為に
コジモ・イル・ヴェッキオと称されている)親友で建築家の
ミケロッツォを起用し、改修・増築工事を命じました
フラ・アンジェリコも呼び寄せられフレスコ装飾を
完成させました。この修道院はサヴォナローラが
いたところでもあるので、市政庁前での処刑の様子が
描かれた絵と、身につけていたものが展示されていました
次にアカデミア美術館に行きました
日本で予約しておいたので、バウチャーを見せたら
すぐにチケットをもらうことができました
ここにあるのダビデ像が本物です
ミケランジェロの希望で市政庁前広場に設置されていたのですが
傷みを避けるため、戸外からアカデミア美術館に移されました
ダビデ像の為に来たので、ベンチに腰掛けながらじっくりと
観察しました。血管の表現とかすごく細かいです。

サン・ロレンツォ教会
メディチ家の菩提寺

メディチ家礼拝堂に行きましたが
閉まっていて中に入れませんでした
入れたらヌムール公ジュリアーノとウルビーノ公ロレンツォの
墓碑(ミケランジェロ作)とその視線の先にある聖母子像が
見られたのですが、残念です
そこでフィレンツェを一望できるところに上ろうということに
なったのですが、ジオットの鐘楼は上るのが大変だと
聞いていたので、丸屋根に上る方法を探しながら
内部をうろうろしていました

大聖堂内部
サンタ・マリア・デル・フィオーレといえばミサ中に
ジュリアーノ(ロレンツォ豪華王の弟)が
メッタ刺しにされたところです。ロレンツォも
襲われたのですが、傷は負ったものの無事でした
次に大聖堂の外をうろうろしましたが、
どうやら中に入れない様子。
もっと早くに気づいていましたが
30分くらいの葛藤の末、丸屋根の方は諦め、
ジオットの鐘楼に上ることにしました

途中にある踊り場から撮った丸屋根

頂上から見た丸屋根
人がいないことから、あっちには上れなかったことを確かめ
ホッとしました。実はOKだったとなると、落ち込み度合いも
半端じゃありません

フィレンツェの町を一望。努力が報われた瞬間です
400段以上ある階段を一段一段上るのも大変ですが
下りるのも大変です。膝がしんどい。
丸屋根を近くで見たい方は、こちらをおすすめします。
予約していた時間になったので、ウフィツィ美術館へ

バウチャーを持ってチケットに換えてから
荷物検査を受けて中へ
絵に水をかけたとんでもない人のせいで
ペットボトルの持ち込み不可です
ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」
レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」
ラファエロの「ヒワの聖母」などを鑑賞
ここは作者別、絵画の種類別に部屋が分けられているので
大変見やすかったです
あと個人的に楽しみにしていたのが
フィリッポ・リッピの「聖母子とニ天使」です
ボッティチェリの最初の先生で
修道士になってからも修道女と同棲するなど
スキャンダラスな人生を送られた方です
パトロンだった老コジモは、部屋に閉じ込めて
絵を描くことに専念させようとしましたが、
シーツをつなぎ合わせて抜け出してしまいました
それ以来好きなようにさせてもらったようです
フラ・アンジェリコとは正反対ですが
彼の絵を見ていたらそんなことは
どうでもよくなりますね
閉館までじっくり絵をみることができたので
よかったです。軽く2周はできました

サンタ・マリア・ノヴェッラ駅

駅の外で待っていた観光バスに乗って帰ったので、
これには乗っていませんが記念に
地中海を見ながらイタリアを走る列車の旅番組を
テレビでやっていたのですが、それもいいなあと
思いました。