【読書の夏 Special 2024】 | Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常

読んだけどブログに書かなかったシリーズ、数えてみたらもう22回目でした。

 

いつもは感想がそんなに思い浮かばない本の寄せ集めであることが多かったですし、昨年の夏は暑さであまり読書に精が出ませんでしたが、今夏は良作との出会いが多かったおかげでこのコーナーも充実しました。

 

その昔、「書を捨てよ、町へ出よう」という言葉がありましたけど、熱中症の危険度が高い昨今は 「外出を控えよ、本を読もう!」です。

 

 

 

 

『秘密の動物誌』 ジョアン・フォンベルク、ペレ・フォルミゲーラ著 1991年

 

著者は失踪した動物学者、ペーター・アーマイゼンハウフェン博士の集めた資料を偶然に発見した。それは12本の足が生えた蛇や光るゾウなどの奇妙な新種動物の資料だった・・・という体で書かれた本。

 

まずペーター・アーマイゼンハウフェン博士の生涯から始まり、次いで存在しない動物たちの写真や解剖図などが羅列されます。

 

そのリアルさから「嘘の記述を読んでいる」という感覚がだんだん薄れてきますが、最後にネタバラシのパートがあって、この本がまさに「事実とは何か?」という認識の実験であったことが明示されるのです。

 

本作はバルセロナの国立自然博物館で行われた「秘密の動物誌」展のカタログから訳出されたものだそうで、展示では写真だけではなくビデオや動物たちの鳴き声までも展示されたとのこと。

 

本物としか思えないディープフェイクが出回る今こそ、自分の目で見たものが真実とは限らないという認識はしっかりと持ちたいものですね。

 

 

 

 

 

『世界でいちばん透きとおった物語』 杉井光著 2023年

 

あらすじ:主人公は大御所ミステリ作家の愛人の息子。父の死後、ひょんなことから父が最後に書いた原稿を探す羽目になり、捜索の途中でその作品のタイトルが『世界でいちばん透きとおった物語』であることと、父が重大な罪を犯しかけた過去があることが判明し・・・というお話。

 

読む前に「紙の本ならではの仕掛けがある」と聞いていたものの、終盤まで気がつきませんでした。

 

同様の仕掛けの『逆転美人』という本を以前読みましたけど、内容が仕掛けのためだけに書かれたようで大して面白くなかったのに対し、本作はちゃんと読んで楽しめる作品であることをまずは賞賛すべきでしょう。

 

この手の手法の本を決して好きなわけではないですが、タイトルの意味がわかったときは「なるほどなぁ」と感心しきり。ついでに京極夏彦さんの凄さもわかります(笑)

 

『秘密の動物誌』とはまた違うタイプの、作者の仕掛けを楽しませていただきました。

 

 

 

 

 

『小説の読み方』 平野啓一郎著 2009年

 

スロー・リーディングを推奨する『本の読み方』が好評だったとのことで出された第二弾。

 

前作は「速読ブームへの批判」という明確な主題がありましたけど、今作は小説の構造を小説家が解説するという感じでした。

 

『蹴りたい背中』、『恋空』、『ゴールデンスランバー』などのヒット作の一部分を例にして、この作家のこの文章にどんな工夫が凝らされているのかを平野先生が解説してくれます。

 

前作は万人向けでしたけど、本作はどちらかといえば自分で小説を書いてみたいという人におすすめかもしれません。

 

文庫版には『罪と罰』と平野氏の自著『本心』の項目が加筆されているので、読むなら文庫がおすすめ。

 

 

 

 

 

『列』 中村文則著 2023年

 

中村文則さんのデビュー作『銃』を読んだので、今度は最新作を読んでみました。

 

主人公は先頭も最後尾も見えないほど長大な列にいつの間にか並んでいて、列の先になにがあるのか、いっそ列から外れるべきか、隣の列の方が進みが早いのではないか、いやまた最初から並び直すなどごめんだ、と葛藤する物語。

 

たった一歩前に進めるだけで喜びを感じ、後ろに人が並んでいることに優越感を感じる。列が人生のメタファーであるのは明らかです。

 

と思っていたら第一部が終わり、第二部では主人公がサルの群れを調査している動物学者であったことがわかります。そして第一部で登場した記号的な「男」や「女」が主人公の実生活に関わる人物たちとして登場し・・・という展開に。

 

読んでいる最中はもう少しで世紀の傑作になりえた作品にも感じましたが、読後には「なんか『世にも奇妙な物語』みたいだったな」という感想で終わってしまったのがちょっともどかしいです。

 

『銃』でもカフカのようだという印象を抱きましたけど、本作はもっとカフカでした(笑)

 

 

 

 

 

『むらさきのスカートの女』 今村夏子著 2019年

 

第161回(2019年上半期)芥川賞受賞作品。

 

あらすじ:近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方がない主人公「黄色いカーディガンの女」は、彼女と友達になりたいと思うが自分で声をかけることはせず、自分と同じ職場で働くように画策して・・・というお話。

 

ネタバレを避けると書けることはほとんど無いのですけど、平易な文章でありながら日常に潜む狂気を感じさせるサイコスリラーでもあり、笑ってしまう日常系コメディーでもあり、という不思議な作品でした。

 

ちょっと川上裕美さんの同じく芥川賞受賞作の『蛇を踏む』を想起するような、どことなく民話的なオチが個人的には面白かったです。あっという間に読めてしまう文章量なので、スキマ時間に是非読んでください。

 

芥川賞受賞作品にはひたすらつまらないという印象しかなかったのですけど、こういうエンタメ要素が少なからず入った作品もあるのですね。

 

今までスルーしてきた芥川賞作品はたくさんあるので、それらも読んでみようかなという気にさせてもらいました。