丙午の年だからなのか、なぜだか今年は私の周りで亡くなる方がたくさんいらっしゃいます。
SNSでは著名人が亡くなった時に、ほんのちょっと面識があった程度の人間がここぞとばかりに自分とその人物との薄い関わりを披露しているのをよく見かけます。
私には、それが本当に不愉快です。(本当に親交の深かった人物の文章なら、むしろ読みたいですが。)
自分でも何がそんなに癇に障るのか、しばらく考えてみましたが、まず誰かの死を利用して自分のアクセス数やら承認欲求やらを満たそうとしている魂胆に嫌気がさすのであろうことと、その人物の表面的なことしか知らないのに理解者ヅラをしていること、そして誰かが亡くなった時は静かにおごそかな気持ちで見送るべきという、自分の中での願望がその原因なのであろうということに思い当たりました。
・・・と、ここまで考えたら思い出したことがあって、それは「友達が多い人と少ない人との違いは何か」ということ。
友達が多い人はちょっと知り合った程度の人のことも「友達」として認識するから友達が多いのであって、少ない人は一定以上に親しくなった人しか「友達」とは呼ばないから少ないのである、ということを聞いたか読んだかした覚えがあります。
私は圧倒的に後者ですが、前者のタイプの方は自分の知っている人の訃報に接したときに、「大変だ、私の友達が!!」と大声で騒がずにはいられないのでしょう、きっと。
今後、その手の投稿を見かけたら、「この人は他人の死を利用しようと思っているのではない、ただ自分とは違う性質の人間なだけなのだ」と思って気を落ち着かせようと思います。
もっとも、誰もが私より先に死なないでいてくれれば、そんな投稿を目にしないで済む話なのですよ。そんなわけでこれ以降、誠に勝手ながら、皆さんが勝手に死ぬのは禁止とさせていただきます。




