ミーハーである。
説明しよう!
気仙沼の観光キャラクター、ホヤぼーやに遭遇するや、すかさず記念撮影である。
顔はめパネルも好きである。
出口王仁三郎はほんの数名のお供を連れてモンゴルに赴き、現地の武装勢力の力を借りて理想郷となる拠点を打ち立てようという無謀にも程がある冒険をして失敗し、捕縛され、処刑される寸前に助かる、というマンガみたいな逸話があります。
そのくだりを読んでいるときに、子供の頃に読んだ「ほら吹き男爵の冒険」というタイトルが頭に浮かびました(笑)
ググったらなんと、私の愛する光文社古典新訳文庫から出ているじゃありませんか。
というわけで今回は、笛吹きがほら吹きの話を読むの巻。
『ほら吹き男爵の冒険』 ビュルガー著 1786年(光文社古典新訳文庫版は2020年)
原題は、「ミュンヒハウゼン男爵のすばらしい旅行記 海と陸、遠征、愉快な冒険の数々」。
ミュンヒハウゼン男爵は18世紀に実在した人物で、Wikipediaによれば、「晩年のミュンヒハウゼン男爵は話好きで、館に客を集めては、フィクションを交えた自分の体験談を話して聞かせた。その話があまりにも面白いので、ある人物がこっそり彼の話を記録し、本人に無断で出版することにした。話を聞いたミュンヒハウゼンは怒って出版をやめさせようとしたが、本は結局売り出され、人気を呼んだ。ミュンヒハウゼン男爵は、憤慨のあまり死んでしまった。」とのこと。
本を書いたのはラスペという人物で、それをドイツ語に翻訳し、加筆したのがビュルガー。両者とも生前は自分が著者だとは名乗らなかったそうです。
内容は、たとえば男爵がクマに襲われた時に火打石をクマの口に投げ入れ、それに驚いたクマが踵を返した時にもう一つの火打石を肛門に投げ込み、体内で二つの石がかちあって火花を散らしてクマを粉砕したとかいうような超絶ホラ話の連続で、月や海底にまで行ったりもします。
現実のミュンヒハウゼン男爵が語った内容とは関係のないものが多いそうなので、それが自分の名前で勝手に出版されたら死ぬほど怒るのもわかりますね(笑)
ところで光文社古典新訳文庫をこれまでずっと賞賛してきましたけど、実はひとつだけ問題点を感じていて、それは翻訳者に解説とあとがきの両方を書かせている点です。
せめて解説は第三者に頼んだら? と思っていましたけど、本作においては解説では作品の成立過程、訳者あとがきでは翻訳で気をつけた点、と完全に書き分けており、翻訳者が解説とあとがきを書くこのシリーズでの正解というか、お手本を見た気がしました。
そのあとがきで紹介されていて思い出したのですが、星新一先生がミュンヒハウゼン男爵の子孫を主人公に『ほら男爵 現代の冒険』というパロディー作品を書いています。
パロディー作品ながら、いつも通りの星新一らしさで溢れていたのが意外でしたけど、「星新一は、ほら公爵である。」という巻末の解説を読んで納得。
7月11日(土)、昨年に引き続き、岩手県奥州市のエルミタージュ別館 ラ・メゾンにてソロコンサートを行いました。
企画してくださったのは、FLUTE LODGEでもお馴染みの宮里真弓さん。昨年のコンサートの後に「私も吹いてみたい!」という方たちに教えを請われ、今では奥州市でネイティブアメリカンフルートの先生をしておいでです。
今年は『イーグルソング』再リリース記念公演だったので、宮里さんとイーグルソングの二重奏を行いました。
ご来場の皆様、エルミタージュの皆様、宮里真弓様、本当にありがとうございました!
翌日に気仙沼の海で行われる、津波で亡くなった方々のための船上供養法要に参加するため、その日のうちに気仙沼へ移動。
薬師寺の副住職・大谷徹奘さんの呼びかけで全国から宗派を超えて集まった17名の僧侶と、法要に参加する皆様が食事をする時間に間に合い、皆様の前で演奏する機会を得ました。
そうしたら皆様大変感激してくださって、急遽、明日の船上の法要の中でも演奏してもらおうという運びになりました。
かつて、ある東大寺の高僧の方に初めて私の演奏を聴いてもらったときに「あなたの笛の音色には鎮魂の力があるから、被災地で演奏し続けてほしい」と仰っていただいたこともあるのですけど、お坊さんにはそういう力が分かるのでしょうね。
船上供養の様子。
法要の後は大谷徹奘さんの講演と、東日本大震災で発生した津波の流木から作られた「Tsunami Violin」を千住真理子さんが弾くコンサートが気仙沼の公民館でありました。
「Tsunami Violin」は1000名のプロ奏者に弾いてもらおうというプロジェクトのようで、すでに890名ほどの方が弾いたとのこと。
そのプロジェクトに関わる又川俊三さんにも私の演奏を聴いていただき、Tsunami Violinを手に取って拝見させていただきました。
バイオリンの裏には奇跡の一本松が描かれていて、魂柱には奇跡の一本松の木材が使われているのだそう。
楽器が杉と楓で作られているという共通点も。
これらのミラクルな出来事を導いてくださった、気仙沼みちびき地蔵尊にも感謝と報告を兼ねて、今年も奉納演奏をさせていただきました。
このお地蔵様をお守りされている、そして気仙沼に来るたびにお世話になっている熊谷光良さんが来月に心臓の手術をするというので、その成功と快復も祈願して。
そして帰りには宮城県亘理郡山元町にも寄り、岩佐夫妻のハーブガーデン、Iris Gardenでも演奏させていただきました。
津波で亡くなった方々の慰霊と共に、ココペリが豊穣を司る精霊であるように植物たちの成長も祈願して。
そんなこんなの15年目の被災地めぐりでした。
大谷徹奘さんが船上でも、講演会でも、師である高田好胤さんの言葉を何度も繰り返していて、その言葉がとても印象に残りました。
「亡くなった方々は死にたくて死んだのではない。だから生き残った者は、自分に与えられている命を必死の覚悟で生きなければならない。それが何よりの、亡くなった方々へのご供養となるのです。」