『銃』 | Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常

銃 (河出文庫)

 

『銃』 中村文則著 2006年

 

 

『掏摸』が面白かった中村文則さんのデビュー作。

 

 

あらすじ:大学生の主人公は、ある日河原で死体を発見する。その傍らには拳銃が落ちていて、主人公は銃を拾い、その場を立ち去った。それ以来、退屈だった日々が充実するが次第に銃を撃ちたいという欲求が高まってきて・・・というお話。

 

 

映画『天気の子』もそうでしたけど、少年や青年が銃を拾うというストーリー自体は誰でも思いつく発想で実際に何度も見たり読んだりしたことがありますし、男性だったら一度くらいは夢想したことがあるのではないでしょうか?

 

フロイト的に言えば銃は男性器の象徴でもあり、子供が心は子供のまま大人の力を手に入れたらどうなるのか、というウルトラマンや変身ヒーローにも似た願望を成就するお話でもあります。

 

しかし銃というのはヒーローものよりも現実的な、はっきりと非合法な存在であって、自身の中に潜む暴力性や狂気を描く名手である中村文則さんが銃を拾う話を書いたら、それはもうノワールの傑作が生まれることが約束されたようなものなのですよ。

 

実際、本作の主人公は銃を手に入れたことにより次第に精神に異常をきたしてきて、最初は自分の部屋で銃を磨いているだけで満足していたのが、銃を持ち歩くようになり、自宅の近所で発砲したりもします。

 

そして一人の刑事が目撃者の証言から主人公が銃を拾ったのではないかと疑うようになるのですけど、この刑事とのやりとりの場面が個人的には一番面白かったです。

 

『罪と罰』のポルフィーリー予審判事を彷彿とさせるから、というのも大きな理由ですが、もともと犯人と刑事の対決というシチュエーションは好きで、特に主人公が犯人側だともっと大好きなんです(笑)

 

刑事は確たる証拠も無しにほとんど推測だけで主人公を精神的に追い詰めますが、それはつまり犯人と自己同一化することで真相に辿り着いたわけであり、いわば主人公の分身であり、主人公の良心が具現化した姿でもあるわけです。

 

人間性を喪失したような主人公の中にも巨大な良心が潜んでいるというだけでも感動してしまいますけど、中村哲さんが影響された精神科医のビクトール・フランクルの「良心が人生の意味を感じる」という言葉にあるように、良心の声を無視していると生きる意味も人間性も見失ってしまうということなのでしょう。

 

 

本作はデビュー作だからなのか文体も変わっていて、主人公が行動しているようで何かに動かされている感じを受けるところがなんとなくカフカの小説のような無機質さや不気味さを感じました。

 

 

そんなわけで男性が読んだら間違いなく面白いであろう一冊なのですけれど、女性が読んだらどう思うのか想像がつきません。

 

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