上野、 | ざっかん記

上野、




念願叶って、都美館にてキリコを観る、

1階の展示か、マヌカンで括って数点揃えた一隅が個人的には最も印象深く、至近距離でためつすがめつしたのち、距離をとって観たり、っいったん次のコーナーへ遷ったあとで戻ったり、2階へ上がる前にもういちど戻ったりと、最も時間をかけて鑑賞した、

っわけても《不安を与えるミューズたち》という1作は、っこんかいの展示でも白眉とすべきだろう、出口のところへ撮影コーナーがあり、パネルへ複写したものがあったので撮った、


若くときの主題を後年に再制作したものとのこと、写真をパネルへ焼くとかく陰翳がどぎついふうだが、実物はもっと全体にシックで落ち着いた色調であり、画面全体を丁寧に仕上げた完成度といい、比類のない逸品と映じた、っこの手の作があると以前から知ってはいたが、っきょうぼくのなかで、《愛の詩》などとともに、最も愛すべき彼の作のひとつへ躍り出た観だ、


本作で色彩について感慨無量なのは、マヌカンの頭部の赤や、画面奥の、実在するという建物の緋色である、っさっきそれを観つ、画学生時分、相笠先生がご自身の東京タワーを描かれた作を示されながら、赤という色の彩度を発揮させるに、くすんだ灰色の中へそれを置くに如かず、それで東京タワーを描くについて、敢えて背景を曇天にした、っという旨のことを云われたのを頻りに想い出していた、キリコもここで、赤や緋の隣へ空や翳の汚ない色を置いている、


マチエールについては、っごくわずかにごてごてと盛り上げたものもあったが、っほぼおもったとおりの薄描きである、ルノアール風のタッチへ傾斜したものはぼくは画膚としてこのまないが、っやはり彼からの直接の影響があったらしい、モティーフにしても、画だけを観ていて伝記の類へ当たってみないぼくからすれば、ったとえば家具をでかでかと描いたもののその発想などを知れてたのしかった、形而上云々というが、っほんとうは身近手近な身体感覚から主題を得ているのであり、っそこに健康美を感じないわけにゆかない、シュルレアリスムでは、っついにブルトンなどには近寄れないままのぼくであった、不健全なのである、っあの不健全をしかし得々として見せびらかしてくる感触が、っどうしてもいやなのである、っいろいろと叩かれている今次の五輪開会式などは、っそうした居直り不健全の成れの果てなのかとおもうが、絵画では、っはじめはダリに痛く傾倒したぼくも、彼も彼で、ブルトンなどよりは数等増しではあるもののやはりどこか画面が健康ではない気がし、っのちにはマグリット、っそしてより超然たるとみえるキリコに惹かれるに至った、


彼の著作を読んだ記憶があったが表題が想い出せず、っさっき略年譜を見て膝を打った、っそうだ《エブドメロス》だ、っこの著述刊行の経緯がまたイカしていて、キリコはシュルレアリスト連へ接近しつも従前よりブルトン等のとくに自動筆記には密かに拒絶反応を有っていた、っそれで見様見真似の自動筆記風でくそテキトーに当の著述をものして発表するに、ブルトン等からは嵐のような絶讚、っそれを聞くに及んでシュルレアリスムとの訣別をあっけなく決断したとのこと、っきょうの案内書にはそのあたりの詳細は触れられていなんだが、土台、一個の藝術家は、っへんてこな思想核らしきものへ群れていられるほど閑ではないということだろう、外形的にはあれこれの運動へ参加していると見えても、キリコはほかの誰でもないキリコであり、っそこが偉大である、


自画像もとうぜんながら数点、来ていたが、っざんねんながら、



っこれに匹敵する光芒を放つものを見出すことはできなんだ、彼のセルフ・ポートレイトは無数にあるが、っまず大半のものがこの作に比して描写の密度として何段も低く、顔の表情をして憂愁を語るにまるで及ばない、っこの作を制作中にのみ、すべてを云い切っておかねばならない、っというある種の霊性に憑かれたのにちがいない、っどの程度、有名な作なのか知らないが、っこれの載った画集に出逢えたぼくはほんとうに仕合わせである、紀伊國屋か、っちがうBunkamuraのギャラリーかなにかだったか、っそこでなんの気なしに開いてこの瞳に見つめられてしまい、貧乏画学生にとっては安くない代物だったのだろうが、っもう購わずにはおれなんだ、っいまでもそのときとおなじように鮮やかにかくおもうが、っいつか、っこんな貌のできる年寄りになりたいものである、




っさて、地震があったとかですこしく帰りの電車が遅れたが、っあすはなにも予定がなく、っお次はあさって、金山隆夫氏の横浜での無料公演、曲目はなんと《アルペン》である、っそれから、っきょうは井上キーミツとOEKとの最期の公演の切符の一般発売であったが、っよろしく購入に及んだ、っこれで年末までのぼくが行く予定の全公演の切符を入手したことになるのかとおもい、っひとまず胸を撫で下ろした、っあとはキーミツのご快癒と、年末まで駈け抜けられるだけの体力とを希求しないわけにゆかない、っもうこれ以上、大切な公演公演が欠けて代演が立ってゆくのをみるのはいやだし、っご当人にとってもそれは耐え難い痛苦であることだろう、




みずの自作アルヒーフ

 

《襷  ータスキー》(全4回)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351779591.html(㐧1回配本)

 

《ぶきっちょ》(全4回)

 

https://ameblo.jp/marche-dt-cs4/entry-12351806009.html(㐧1回配本)