かよさん、コメント読みました。
>「やらなくていいよ」
かよさん、コメント読みました。
>「やらなくていいよ」
昨日の夜寝る前、リビングにぐしゃぐしゃになったプリントが落ちていた。
広げてみると、割り算の練習プリントだ。
息子のランドセルの奥底に眠っていたものだろうな…
息子に「これ、何?ゴミなら床に置いとかずに、ゴミ箱に捨てときな〜」
と言う。
息子、ゴミ箱へ捨てる。
「それ、宿題プリントじゃないの?」
と私が聞くと、困ったように立ち尽くす息子。
…私も意地が悪い。
息子が素直に「あ、宿題だからやらなきゃ!」と言ってくれるのを期待して引っ掛けるような聞き方をしてしまったのだ。
息子は途方に暮れたように立っている。
下手な事を言うと怒られるから、言い訳を考えているのか…?
「今日やる。」
と一言だけ言う。
「宿題プリントなの?もう、今日は寝る時間だから、やらなくて良いよ。
明日、「宿題出来ませんでした」って、正直に先生に言えばいい。」
と私は息子に言う。
…私は去年まで口うるさく宿題や明日の準備をするよう息子に言っていた。
それをやめてからというもの、息子は自分で宿題や明日の準備をしている。
ただし、私は息子の宿題内容を管理していないから放任状態だ。
昨日の夜みたいに息子が宿題をやらず(意図的でなくても忘れていたり)、それを私もスルーしている。
息子は先生に言い訳しているのも、私は何となく気づいている。
公文では先生に、
「家で洗い物しているから宿題出来なかった」
と言い訳していた。先生から聞いた。
きっと学校でも言い訳しているんだろう。
…なんて小賢しいのか。
…私に似ている。
私も自分の過ちを被害者ぶって責任転嫁して逃げていた事があるから、息子の気持ちが分かる。
正直に認めると周りから叱責されて、見放されてしまうと思い込んでいる。
だから認められないし、言い訳する。
…目の前の息子は、私の鏡だ。
小賢しさもズルさも、弱さも、全て私の中にある。
私は自分にADHDの気質があると思っている。
ADHDは、車の運転時に不注意になったり、多動や衝動性により運転時の事故が多いという。
私にも、よく当てはまる。
最近は仕事の量が増えてきていて、定時で帰れない。
それでも残業は30分迄が限度だと自分で決めているので、大急ぎで仕事を切り上げて帰る。
保育園のお迎えまで余裕がないので、一息つくことなく車に飛び乗り、保育園に急ぐ。
「あと5分で着かなきゃ…!」
疲れていて、目が乾いて瞬きが増える。
左右確認して車が接近していないのを確認し、車を発進する。
…ふと見ると車が接近している!
慌てて急ブレーキを踏む。
事故にはならなかったが、危なかった…
目が滑った。
見ていたつもりなのに、見えていなかった。
斜視も関係するのかもしれないが、何にしろ不注意だ。
私は車を運転しない方が良い。
しちゃ駄目だ。
そう決めつけて自責した。
…いやいや、違う。
私はADHDの気質があるから、運転にはもっと注意して望むべきなのだ。
疲れていて、ストレスフルな状況下では集中力も低下する。
だから、急ぐべきではない。
私は運転能力も低いから、F1ドライバーのように華麗な運転で目的地に着けるはずはない。
むしろ、ゆっくり確実に安全運転をすべきだ。
「間に合わせなきゃいけない!」と自分を追い詰めるのは、自傷行為だ。
まさに自殺行為。
それもこれも、理想が高いからだ。
職場から求められている行為=残業してでも仕事を終わらせる
保育園から求められる行為=お迎え時間にちゃんと来ること
この2つを両立させたいと思っている。
仕事もちゃんと時間内にこなして、疲れを見せず、華麗に保育園にお迎えに来る完璧なママを目指している。
私には出来る!と思い込んで、自分を追い立てている…
でも、私には不可能なんだ。
それを認める。
両取りしない。
無理しない。
保育園のお迎えに間に合わせたいなら、残業時間を減らす。
仕事を優先したいなら、保育園に連絡してお迎え時間を遅らせる。
そうやって調整すること。
どちらにも良い顔をしようと無理するから、破綻するんだ。
ちゃんとNOを言う。
完璧でない自分、情けない自分、出来ない自分を、ちゃんと観察する。