>望む自分になるためには何が必要だと思いますか?



理想と現実の違いを受け入れる覚悟が必要だと思います。


具体的には、


違和感を感じたとき、辛いと感じたときは、

「本当はどうしたいの?」

「望み通り行動したら、自分はどうなる?」

と、立ち止まって考える。

嘘をつかないで行動する。



誰かのせいにしない。

言い訳して、やりたい事を我慢しない。

被害者に逃げない。

「私がやりたいから、やるだけ。」主体者になる。



他人の目を気にしている事に気付く。

「あ、私は今、背伸びしているな。」

と気付いたら、手放す。



辛いときは理想が高いのだと気付く。


理想と現実の自分の姿が、食い違っている事に気付く。


好きな事をしている自分を責めない。


誰かのせいにしない。

>メンヘラや厨二の気があると、「どうでもいい」が冷たく感じるのです。

どうでもいいって、冷たいことじゃなくて、線引きできてるってだけだから。



私はまさに、「どうでもいい」という態度を取る夫に対して「冷たい!」と不満を抱えていました。


私は境界線が無かった。

だから、どうでもいいと思われるのが辛かった。

むしろ、冷たい夫に対して怒りが湧いていた。


いつも、相手の感情に自ら呑み込まれに行っていた。

相手のせいにしていた

外側に求めていた




>常に、「私は本当はどうしたいのか?」と自分に問いかける。

なぜ、そうしたいの?

その結果、相手はどうなる?

を考える。



これがまさに今の私に必要な思考の轍だと思う。



昨晩、私は生理1日目で倦怠感があった。


在宅の夫と子供達と、夕飯を食べた後の事。

シンクに夕食後の食器が積み上げられているのを見て、私は憂鬱な気持ちになった。


夫は仕事が終わらず、自室に行って仕事をしている。


…私が洗ってしまおうか。

夫に声を掛けて嫌がられるのが嫌だな、と思った。


…私は本当はどうしたい?

一人で洗いたくない。夫と2人で洗いたい。


もしも私が一人で洗ったら、その後どうなる?

夫は「私が好きで自分で洗い物をした」と思うだろう。

私はそんな夫を悪者に仕立て上げ、被害妄想でイライラする。

夫婦関係が悪くなる


考えた末、私は夫の部屋に行き、

「仕事が一段落したら、一緒にお皿洗いしよ〜。」

と声を掛けた。


夫は数分して

「よし、洗おうか。」

と出て来てくれた。


2人で食器洗いをしながら、GWの予定を立てる。

穏やかな雰囲気の中、食器洗いはすぐに終わった。


私は笑顔で夫にお礼を言い、夫も「こちらこそ、料理ありがとう」

とお礼を伝えてくれた。



…夫を悪者にしなくて良かった。

全ては私の恐怖と思い込みが起こしていた。

息子は球技が苦手だ。

ラケットや道具を使ったスポーツも苦手。

団体競技も苦手。


マイペースだし、距離感覚を掴むのも下手。

相手と息を合わせるのも苦手。


だから、野球なんて以ての外。


以前までは友達に誘われても拒否して、一人で水鉄砲で遊んでいるようなタイプだった。


今日、「友達にかたつむりを見せてくる!」と虫かごを持って公園に出掛けて行った。


昼ご飯が出来たので呼びに行くと、友達に野球を教えてもらって、一緒にやっている息子。


…楽しそうじゃん。


私は息子に向かって、

「ご飯出来たから、先にパパと食べてるね〜。」

と声を掛けて戻って来た。


少しして息子がご飯を食べに帰ってくる。


食べ終わった頃にチャイムが鳴る。

玄関に出ると、お友達が息子を呼びに来ていた。

「野球したいけど数が足りないから、来て欲しい。」

お誘いだ。


息子はゼリーを急いで食べて、いそいそと友達と出掛けていった。

「お菓子持って行く!」

と言うから、適当に持たせる。


夫に話すと、

「そうか、お友達来てくれたんだ。良かったね。」

と、心無しか嬉しそうだった。


息子を訪ねに来てくれる友達がいてくれて、私も嬉しかった。


息子の世界が広がっていってる。

私や夫の手の届かない場所に、自分から進んで出ていく息子。


私は息子にとって脇役に過ぎないから、息子の世界が広がってくれたら嬉しい。


やっと、そう思えるようになった。