>あと数日で終わりですから、セッションのビフォーアフターをまとめて、これから自分がどうなっていきたいのか、何を望んでいるのか明確にしてください。



もう、あと数日なのですね。

名残惜しいですが、セッション後が本当のスタートですね。

今は、新たな気持ちで希望を持って生きていけると確信しています。


◆セッションのビフォーアフター◆


行動面で変わった事

・息子のゲーム禁止

・子供達のYouTube禁止

・片付け

この3つに踏み切れたのが一番の変化です。

これにより、

・子供達が本を読むようになった

・娘は読み聞かせを求めるようになった

・子供達が夕食前に自ら公園に行き、昆虫採集をしたり遊ぶようになった

・私が植物図鑑を見ている影響か?子供達と一緒に公園に行き、図鑑片手にに植物観察をするようになった

今はかたつむりを飼って部屋で観察しています(寄生虫に注意ですが)



私はイライラが劇的に減りました。

「なんでこんなに汚いの?!」

「ちゃんと片付けてよ!」

と子供達に当たり散らす事も無くなりました。


子供達が自分で片付けられる程度の量に維持できている。


片付けをして気付いた事…

私はメンタルが悪化すると部屋が汚くなります。


メンタルが悪化する

=頭の中がグチャグチャになる

=頭の中が整理できない

部屋もグチャグチャになる

イライラする

メンタル悪化


この悪循環。


だから部屋が汚いときは「今メンタルが不安定なんだな」

「頭の中が整理できていないな」

と自分の状態を振り返る事が出来ています。


そして無心になって片付けると、頭の中もスッキリします。


自分のメンタルが部屋の状態に現れるなぁと、俯瞰できるようになりました。



2つ目は

自分を満たす為に行動を始めたこと。


・昔好きだった小説を読むようになった

・自分の為に植物図鑑を買って植物観察するようになった

・自分好みの下着を新調した


損得勘定で生きてきた私は、得にならないことにお金と時間を使うのに抵抗がありました。


私は今まで、他者の気に入るものを選び、他者に良く見られる物を身に着けていました。


自分の世界は閉じていました。


でも行動していく内に抵抗は薄れてきた。


「私が心地良いものを選んでも、否定される事は無い」

「私が好きに生きていても、夫も子供達も受け入れてくれる。

穏やかで落ち着いた雰囲気。

私は何を恐れていたんだろう?

恐怖や罪悪感は、妄想だったのか」


と気付きました。


私が勝手に相手の理想を妄想して、捏造して、その理想に合わせようとして苦しんでいました。

一人芝居でした。


私が好きに生きていても、夫も子供達もそんな私に寄り添ってくれる。


家族全員が、それぞれの個人として成立し、強制し合わず、ただ一緒にいる。


それで良いと思えるようになってきました。



これからどうなっていきたいか?

何を望んでいるのか?

もっと「自分スゴイ」を手放したい。

もっと、こびりついた理想を手放したい。


私の理想と、現実の私の姿は、全くかけ離れている。


そのズレに、やっと気付けるようになってきた。


そして、そのズレを、「駄目な自分」ではなく、「可愛らしい、人間らしい私」

「愛すべき私」

として認識出来るようになってきた。


もっと現実の私を、しっかり見据えたい。

スゴくない私を見つめて、愛すべき自分として受け入れられるようになりたい。


弱さを認めて、周りにさらけ出して、可愛がられるような私になりたい。


思い切り深呼吸して、肩の力を抜いて、

「今このとき」「ただの私」を、生きたい。

かよさんのブログ「私はバカです」読みました。


>「私できますから!」と突っ張りながら生きてきて、しんどいしんどい、辛い辛いと言っている


まさに私のことじゃん!と思いました。


かよさんとのセッションで自分の事を冷静に見れるようになってきて、自分の特性について少しずつ認識出来るようになってきました。


◯イレギュラーな対応が苦手で

◯自分の力量以上の仕事が積み上がるとパニックになりやすい

◯プレッシャーに弱い

◯頭がかたく、臨機応変な対応が出来ない

◯ミスをすると、それを取り返そうという気持ちよりも、ショックで頭が真っ白になる


これが、私の特性。

ASDとADHDの傾向がある。


育った環境も影響して、プレッシャーに過度に弱い。

失敗を異常に恐れる。


そんな自分が分かっているから、職場で背伸びするのはやめられるようになってきた気がします。


背伸びしても、どうせバレる。

バレてないと思っているのは自分だけ。


心底「私は裸の王様だったんだ…」と恥ずかしくなったから、やめられました。


頼りない今の自分でも、見捨てずに色々と教えてくれる先輩や上司に感謝しながら、自分のために精一杯仕事しています。

私は元々、可愛いものが好きだ。

花柄やレース、淡いピンクや純白、キラキラしたシール。


大学合格した時に母の姉からもらったアクセサリーケースは、カメオが施された工芸品だった。

オルゴールが綺麗な音色で、素敵だったな…


実家に置いていたけど、もう実家は無い。


私が結婚後に両親は実家を売却して不便な田舎に移り住んだ。

その際に私の部屋のものは全て処分してしまったらしい。



私は下着を新調する時に、着心地と私好みの可愛いデザインを選んだ。

柔らかい色味と繊細なレース。

軽いつけ心地。


夫好みの大人っぽいデザインでは無い。


…私の好きな物を選ぶ、と意識しないと、私は「誰かの気に入るもの」を選んでしまうから。


夫は私の下着姿を見て「うん。可愛いね」と言ってくれた。


年甲斐もなく私は嬉しかった。

「綺麗」でなく「可愛い」と言われるのがむず痒い反面、「可愛い」面を受け入れてもらえたのが驚きだった。


今まで背伸びして、綺麗な格好を心掛けていたけど、自分が好きな物=可愛い物を選んでも良いんだな。


これからは背伸びせず、可愛らしい私を認めて心地良く生きていこう、と思った。