さっきのブログ書いてて思ったこと。


私は主観しかない。

客観の世界がない。


自分の感覚の世界で完結して生きてるから、

相手の言動の意図を考える事がない。


「私が傷ついた」

「私が嫌だった」


防衛本能が過剰。


だから、冷静に考えられない。

かよさんにコメントで指摘してもらうまで、本気で分かったつもりになっていました…


やり直します。


>認めるって何をどうしたら認めてもらえると思うの?

具体的には


私の態度

・いつも笑顔で機嫌よく過ごす(相手の前で不機嫌にならない)

・相手の意見に反論しない


私が上のような従順な態度で合わせていれば、

相手は

・ずっと機嫌が良い

・怒ったり機嫌を損ねたりしない

・いつも穏やかでいてくれる


つまり、

お互いに波風の立たない状況を維持できている間だけ、認めてもらえている感覚が持続できる。


喧嘩したり、意見が合わなかったらアウト。

あれ?

上っ面だけの関係ですね。これ。



>嫌われるって、相手がどういう態度なら嫌われるって思うの?

具体的には

・相手が不機嫌になる

・相手が怒る

・相手が呆れる



>居場所って何?

私がいても良いと思える環境

否定されず、馬鹿にされず、怒られない場所。



>バンジーって例えば?

お義母さんと話していて意見が合わない時、「私は〜と思います」と率直に伝えられること


お義母さんと一緒にいる時でも、子ども達を優先出来ること


バンジーとは何か

お義母さんにNOと言う

自分の感情を素直に伝えて、合わせない

お義母さんの前で息子や娘が自由に感情表現するのを、許せるようになる


何故飛べないのか?

怖い


何が?

お義母さんに認められない事、嫌われること


嫌われたらどうなる?

嫌われたら、私の居場所がなくなると感じる


本当に居場所がなくなる?

なくならない。


お義母さんに嫌われたらどうなる?

衝突するかもしれないけど、何も変わらない。


私が、お義母さんをコントロールしたいってこと。「お義母さんに好かれる自分」を選んでる。


「こんだけ合わせてるんだから、我慢してるんだから。嫌わないで!」


母への態度と同じ。

自分の感情よりお義母さんにどう思われるかを大事にしてる


「いつか、認めてもらえるかもしれない」

という母への執着。

その執着をお義母さんにも投影している。

穴埋めしようと利用してる。


「お義母さんに認めてもらえない私には価値が無い」

=「お義母さんに認めてもらえない息子と娘だと、母である私が責められる」


現実は違う。


お義母さんに認めてもらえなくても、私は存在している。

息子も娘も確かに存在している。

常に感じている。


「お義母さんに認めてもらわなくても、私は大丈夫」

「お義母さんに迷惑を掛けても、子ども達は大丈夫」


そう思えれば自然とバンジーは飛べる。


私は私のまま存在している。

息子も娘も、認められなくて大丈夫。


執着を手放すことでバンジーは飛べる。