チェック項目、セッション前の私だったら3つ当てはまってます。


以下の2つは、特に顕著だった。

□目的もないのにアプリを開いている

□1日中頭がごちゃごちゃしている


気をつけないと今でも上の状態になりそうだから、注意しよう…

私はスマホ依存が強い。


・スマホを寝室に置かない

今年から実践している。これは本当にやって良かった!

スマホを目覚ましに使っていた時は、子供達が寝た後に枕元のスマホを手に取り、インスタやXを覗いて、時間を溶かしていた。

その後、寝付けなくなる。


でも目覚まし時計を買って、寝る時はスマホをリビングに置くようになってからは、布団に入ってすぐ眠れるようになった。

睡眠の質も改善した。(まだ改善の余地はあるけど)


・アルコール


私はアルコールには強いと思う。

ワイン、ビール、焼酎、日本酒、紹興酒、一通り飲める。

好きかどうかは置いておいて、体質は酒好きの父と似たんだな。


大学生の頃はバイトでガバガバ飲んでた。

親友に誘われてキャバクラで働くようになってからは、平日は毎日飲んでた気がする…


なぜだか私は店のNO1〜2を行き来していたから、バイトは楽しかった。

酔った振りをして、いつもの自分とは違う自分を演じるのも楽しかった。

(実は酔ってない)


お客さんからチヤホヤされるキャバクラでの仕事は本当に楽しかった。

ドーパミンがドバドバ出て、承認欲求が満たされて。

その代わり、睡眠の質はめちゃくちゃ下がってたし、派手なメイクと夜更かしで肌にも目にも負担かけてたな…


バイト辞めてからは飲むことも酒の席くらいだから依存はしなかった。

今でも義実家で付き合い程度。



私のドーパミンは「他者から褒められる」「すごい!」と一目置かれる事でドバドバ出る。

賞賛されることがやめられなかった。


他者依存。

家族依存。


やりたいこと、楽しみを見つける

いくつか楽しみは見つけた。


大好きな小説を読む

植物図鑑を見る

公園の植物観察をし、写メった草花をスケッチする


でも、まだ受動的だな…



今年やりたい事

かよさんが書いていたように、私も自分の昔過ごしていた場所を辿ってみたいと思った。


親友と過ごした小学生時代。2人だけの秘密の交換日記が嬉しくて、親友の特別になれたのがとても嬉しかった。一緒に遊びながら帰った通学路を歩いてみたい。


高校時代はバスケ部の仲間と旅行にも行ったな。体育館の裏に積もる雪に埋もれて遊んだな…


大学時代はバイト漬けだったけど、親友と毎日一緒にいた。カラオケしたり、クラブに行ったり。

親友は心を病んで自死してしまったけど…繊細で綺麗な子だったな。



…当時は苦しくて、何かに追い詰められていた人生だと思っていた。

でも今振り返ると、私には幼少期からずっと、そばにいてくれる親友がいたし、自然いっぱいな田舎は最高だったな。


今住んでる場所から郷里は遠すぎて気楽には帰れないけど、Googleマップで見てみよう。

当時の記憶を振り返ってみたい。


私は自分が大嫌いで消し去りたいと思って生きてきたけど、セッションのお陰で少しずつ

「私って頑張って生きてきたんだな。そのまんまの私を、真っ直ぐ見てあげたいな。」

と思えるようになってきたから。


あ、卒業アルバムなら手元にあるから、覗いてみよう。


過去の自分と向き合うのは、とても怖い。

キュッと胸が苦しくなる。 


でもそこに、私の生きてきたリアルがあるはずだから。

私はいつも子ども達をコントロールしてきた。


「勉強しなさい」

「明日の準備は?」

「早く寝なさい」

「片付けて」


それが母親の役割だと信じていた。

「子ども達の為にやってるんだから」と大義名分を掲げて、偉そうにあれこれと指示してきた。


本当に、自分が偉いと思っていた。

当たり前に、子供達が下で、未熟な存在だと見なして見下していたと思う。


私は親だから、子供達よりも成熟していて、知識もあり、間違えた事など無いと、高を括っていた。


「自分スゴイ」を当たり前に信仰していた。


でも本当は、私は自分に自信がない。


不安や恐怖を常に抱えていて、それが臨界点に達しそうになると、パニックになる。


世界と対等に向き合う事など出来ない。

怖い。

不安だ。


私という存在を認めてもらうには、実際の私はどこまでも弱くて、惨めな存在だと、自分が誰よりも自分を見下している。


だから子ども達を使って、安心を手に入れようとする。


子供達を利用して「自分スゴイ」を強化していたのかもしれない。


コントロール欲求の裏にあるのは、私の弱さ。


「私は自分だけの為に存在して良い」と思えないから。

私は自分の内に飼っている不安や恐怖を誤魔化す為に、子供達を利用して駆け引きをしているのかもしれない。

>コントロールする事象がずれただけで、コントロール欲を手放せてない。


そもそも論でずれてるんですよ。



コントロール欲を手放せていない。

その通りです…


私はまだ、

子どもの人生=私の人生

だと思い込んでいるのかもしれません。


まだ子どもに依存している。


自分で自分を満たせていないし、不安や恐怖を処理出来ていないから、未処理の感情を子どもに投影しているのだと思います。


未だに、些細なことでも不安や恐怖が襲ってきます。


最近は気温が上がってきて、息子の睡眠の質が落ちている事に焦りと不安を感じています。


息子が夜寝てくれない、

娘が寝つきが悪い、

外のバイクの音がうるさい、


全部コントロール出来ない事なのに、必死にコントロールしようとエアコンの温度を調整したり、扇風機の向きを変えたり。


息子や娘が身動きすると「あ、暑いのかな…?」と、気になって私が起きる。


それで私が寝不足になっています…


私が何とかしなきゃいけない

=私の思い通りに物事が進まないといけない

=私の思い通りに動かない子供達が問題だ


この思考が、手放せない。

病的です、私は。