私も、失敗したら許されないと思っていた。

お母さんに怒られる。

良い子でいることで、周りに許しを乞うていた。

私は私を許せなかった。


「許す」「許さない」なんて、誰にもそんな権利は無いはずだ。

偉そうな尊大な態度だ。


「スゴイ自分」を手放させないから。

スゴイなんて考え方自体が、断絶を生む。


私も、子供達も、夫も、すごくなくても良い。

出来ない事は出来ないと言って良い。


出来ることをやれば良い。


最近は、息子や娘が私に注意してくれる事が増えた。

昨日は息子が、

「ママ、公文の採点は用紙の裏からやるんだよ」

「この問題はこうやって考えるんだよ」

と得意げに教えてくれた。


子供達に洗濯物を畳んでもらう時も、息子が娘に

「こうやって畳むんだよ」

と教えてくれている。


息子が知っている事を私や娘に共有してくれるのは、とても嬉しい。


頼もしいなぁ、と思う。

春休み中、学童にお弁当を持って行っている息子。

昨日も、帰宅後に私に意気揚々と

「ママ、お弁当美味しかった!米粒一つ残さず綺麗に食べたよ!」

と、お弁当箱を開いて見せてくれようとした。


そして凍りついていた。


私がお弁当箱を出してみると、お弁当箱の上蓋の箸を収納する部分のフタが、割れていた。


「あらま。これ、いつから?気づいてた?」

と息子に聞くと、

「お昼は壊れてなかった。持ち帰ってる時も気付かなかった。」

との事。


おそらく、持ち帰ってくる時に柱などにぶつけたのか?

割れてしまったのは仕方ない。


でも息子は固まっていた。

私に叱られると思ったんだろう。


セッション前の私なら、

「なぜ物を大事にできないの?!」

と、カッとなって怒っていただろう。

ガサツな息子への怒り、そして「お弁当箱=私」のように捉えて、歪んだ認識で勝手にショックを受けていただろう。


でも昨日の私は冷静だった。

「あー、壊れちゃったか。

息子も怪我してないし、フタも薄いし仕方ない。大したこと無い、問題無い。」


ただ物が壊れただけ。


私は固まっている息子に、

「まだお弁当箱使えるから、箸だけケースに入れて持っていく感じで良い?」

と聞いた。

息子はハッとしたように

「うん、良いよ!」

と答えて、おしまい。


夕食中、私はふと思い出したことを子供達に話した。

「ママは不注意だから、物を壊すことがよくあるんだ。

こないだなんて、プラスチックのボウルをレンチンして、底が溶けちゃったの!

アホでしょ〜?!」

と、笑って話した。


洗い物しててガラスのピッチャーにヒビ入れてしまった事、

パパもママも不器用だから失敗する事、


それを聞いて息子は、

「そんなの許されないよ!」

と言ってきた。

「どうして?誰に許されないの?」

と聞くと、息子は言葉に詰まる。


…私がそれを聞くのは意地悪だった。

聞かなくても分かる。


私や夫だ。

息子を口うるさく叱責してきた。


「失敗してはいけない」

という思考を、私から受け継いでいる。


私は

「…そう思っちゃうよね。

でも、ママもパパも、先生も、〇〇(息子)の事をあれこれ言えるほど、完璧な人間じゃないからね。

許すとか許さないとか、関係ないんだよ。」


息子ではなく、自分に言い聞かせるように言った。


続く

最近、布団の中で子供達とじゃれ合っている。

息子と娘は楽しそうに私に抱きついてきたりする。


でも、息子はその後、急に拗ねてしまう事が続いている。


「どうせ僕はみんなに嫌われているんだ」

と布団にくるまって、そっぽ向いてしまう。


娘が「にいに、嫌いじゃないよ」と言っても、そのまま。


「僕は友達なんていないんだ」

「孤独なんだ」


と言ってくる。


私は色々と口出ししそうになる。

でも言葉では伝わらないのは分かっている。


「ふーん。そうか〜孤独だと思うんだね。」

と流しながら、私も幼少期に息子と同じように感じていた事を思い出した。


「私は一人ぼっちだ」

「みんなから嫌われているんだ」


息子に言われて、思い出した感覚。

辛かった。


息子も同じように感じている。


つまり、私と同じ二元思考を受け継いでいる。



私はお母さんにそういう自分の気持ちを話せなかった。

息子が私に話してくれたのが、嬉しくもあり、そう思わせてしまっている事に少しショックもあり。


毒親育ちの私が、うまく子育て出来るなんて思うほうがおかしい。


息子や娘にも問題が出てきて当然だ。


それを受け入れる事から、だなぁ。