春休み中、学童にお弁当を持って行っている息子。
昨日も、帰宅後に私に意気揚々と
「ママ、お弁当美味しかった!米粒一つ残さず綺麗に食べたよ!」
と、お弁当箱を開いて見せてくれようとした。
そして凍りついていた。
私がお弁当箱を出してみると、お弁当箱の上蓋の箸を収納する部分のフタが、割れていた。
「あらま。これ、いつから?気づいてた?」
と息子に聞くと、
「お昼は壊れてなかった。持ち帰ってる時も気付かなかった。」
との事。
おそらく、持ち帰ってくる時に柱などにぶつけたのか?
割れてしまったのは仕方ない。
でも息子は固まっていた。
私に叱られると思ったんだろう。
セッション前の私なら、
「なぜ物を大事にできないの?!」
と、カッとなって怒っていただろう。
ガサツな息子への怒り、そして「お弁当箱=私」のように捉えて、歪んだ認識で勝手にショックを受けていただろう。
でも昨日の私は冷静だった。
「あー、壊れちゃったか。
息子も怪我してないし、フタも薄いし仕方ない。大したこと無い、問題無い。」
ただ物が壊れただけ。
私は固まっている息子に、
「まだお弁当箱使えるから、箸だけケースに入れて持っていく感じで良い?」
と聞いた。
息子はハッとしたように
「うん、良いよ!」
と答えて、おしまい。
夕食中、私はふと思い出したことを子供達に話した。
「ママは不注意だから、物を壊すことがよくあるんだ。
こないだなんて、プラスチックのボウルをレンチンして、底が溶けちゃったの!
アホでしょ〜?!」
と、笑って話した。
洗い物しててガラスのピッチャーにヒビ入れてしまった事、
パパもママも不器用だから失敗する事、
それを聞いて息子は、
「そんなの許されないよ!」
と言ってきた。
「どうして?誰に許されないの?」
と聞くと、息子は言葉に詰まる。
…私がそれを聞くのは意地悪だった。
聞かなくても分かる。
私や夫だ。
息子を口うるさく叱責してきた。
「失敗してはいけない」
という思考を、私から受け継いでいる。
私は
「…そう思っちゃうよね。
でも、ママもパパも、先生も、〇〇(息子)の事をあれこれ言えるほど、完璧な人間じゃないからね。
許すとか許さないとか、関係ないんだよ。」
息子ではなく、自分に言い聞かせるように言った。
続く