今年五月に、ピアノ教室の発表会を終えた直ぐ後に、来年の発表会に向けての選曲、練習を始めた。

 

来年の発表会として弾く曲として選んだのは、メンデルスゾーンの無言歌集から狩の歌。私はメンデルスゾーンの無言歌集が大好きなのだけど、あまり色々な曲に取り組んできたほうではなく、狩の歌には取り組んでみようと思いながら、後回しにしてきてしまったので、発表会という目標が定まれば、練習にも身が入るのではないかと考えた。

 

少々前から譜読みは始めてあったのだけど、練習を始めるにあたって、なんだか曲の雰囲気が、聞いたり、私が考えたりしているものと、実際に弾いているものとかけ離れて過ぎていた。春先に受けたレッスンでも見てもらったことはあったけど、あまりピンとこなかったけど、数か月前から初めたY先生とのレッスンンでも見てもらうようになって、曲の雰囲気が出てき始めた。

 

Y先生は「ピアノは、とにかく楽に弾くこと」と言う。先生は「脱力」という言葉は、好きではないようで「弾くのに最小限の力を使い、そのほかには力は入れない」と言う。私も「脱力」とは、力を抜くことではなく「最小限の力で弾く」ことだと思っていたので、そこの見解はばっちりと合った。脱力して弾くことを、Y先生は「ほげほげ」と独特な言葉で説明する。

 

他にも八分の六拍子の「123,223」の拍感をしっかりと感じながら弾くこと、軽く弾かなければいけない八分音符はしっかりと短く、軽く、とか、楽譜に表記されているペダル記号をしっかりと守ることなどと指摘を受けた。今まで、私は、ペダルは、音が濁った時には踏み変えるけど、それ以外はずっと踏みっぱなしだった。それでいて、この曲で表したいはきはきとした音をだそうとは無理な話だったのだと気が付いた。そういうことを考えながら楽譜を読み直してみると、弾き方のイメージが膨らんだし「ここはこういう表現だから、こういう楽譜になっているのだ」と腑に落ちる点が沢山あった。

 

まだまだ完成には近くないけど、この辺りで、自分の演奏を聞いてみて、どんな具合か様子を見てみることにした。それに途中経過と言う形で、今の状態を動画撮りしておくのも良いだろうと考えた。

 

 

 

先日、日本のテレビ局の朝の情報番組で、就職氷河期世代について考えるという特集をしていた。私は、大学卒業が1995年で大学院卒業が1999年で、就職氷河期世代にばっちり入っているので、興味を持って見てみた。
 
番組の趣旨は、就職氷河期世代が、定年の年齢に差し掛かっているけれど、就職難だったことが現在まで後を引き、老後の生活のめどが立たないで心配しているというものだった。番組で出てきたのが、就職氷河期世代の人の多くが、どれだけ「時代の犠牲」になってきたという表で
 

 
10代は受験戦争、20代ではバブル崩壊で就職難、30代では不景気とデフレで給料は上がらず(老後の貯蓄をするどころではなく)40代になると考え方や姿勢が全く異なる上の世代と下の世代の板挟みになって悩み、50代になると親の介護が舞っているというもの。
 
これを見た私は「うぁ~皆大変だったんだなぁ」と思ってしまった。
 
私も10代では受験勉強はした方だと思うけど、どちらかと言えば勉強は得意な方だったし、勉強を苦に思ったことはなかった。それに、この表で言われている「受験戦争」とは、大学受験をさすところも多いのだろうけど、私は、ただ試験に受かるだけの勉強をするのは馬鹿馬鹿しいと、アメリカ留学しか視野に入れていなかったので「受験戦争」は体験してないとも言えるのかもしれない。
 
私が大学院に行ったのは、大学卒業だけだと仕事がなかったので「手に職となる資格を」と考えてのことだったし、大学院卒業後は、アメリカの日系企業に関わる仕事をと思っていたけれど、バブル崩壊後の不景気の始まりで、日本企業が、アメリカからどんどんと退却した直後で、思ったような就職は出来なかったけれど、それなりの仕事にはつくことに出来たし、自分ではあまり思わないけど、人が見たら「凄いキャリア」を積んだ方らしい。
 
その後も、仕事面でも家庭面でも紆余曲折はあったけれど、50歳を少し過ぎたところで、仕事をしなくても、趣味に没頭した生活を送れるくらいの老後の蓄えは出来たしと、さっさと仕事を早期退職して、悠々自適のアクティブシニア(?)ライフに突入することが出来た。二十歳になる前に実家を出て、その後は、ほぼ音信不通のような生活を送っていたので、親の介護をするなどと言う考えはサラサラないし、親にも期待しないようにとは伝えてある(まあ、実際には少しはする羽目になるのではないかと予想はしているけど)
 
こうしてみてみると、やはり10代終わりで、日本を飛び出してしまったおかげで、同じ世代の人たちが直面した問題を知ることすら知らずに過ごしてしまったし、人生の後半半分は遊んで暮らすという生活を実現することが出来ている。あの時期に日本脱出したのは大正解だったようだ。
我々のママさんコーラス団では、練習会場として、教会の礼拝堂を借りていて、その教会の敷地内には、日本語の幼稚園がある。同じ敷地内を借りて、同じ日本語で活動しているグループ同士で、それなりに交流があり、そんな縁から、先日、保育園の園歌を(お手本として)録音してもらえないかと依頼を受けたらしい。その件は、快くお受けして、合唱団で、少々練習をし、録音、それを保育園に差し上げた。
 
録音をお渡ししたのは、1~2か月ほど前なのだけど、それに感激した(と聞いている)園長さんから、卒園式で、卒園児と共に、園歌を歌ってくれないかと言う依頼が来た。舞台に立つ機会は多ければ多いことに越したことはないし、常に、団員募集中のコーラス団としても、宣伝にもなるとのことで、その依頼もお受けした。
 
卒園式は、週日の日中で、比較的時間に融通の利く団員達数名で、卒園式に参加してきた。
 

 
コーラス団の指揮者の先生は、卒園式のリハーサルを見学してきたそうで、その時に園長先生から「子供達には、兎に角元気に歌うように指導している」と聞いたそうで、実際に園児たちの歌を聴くと、歌を歌うというより、叫んでいるという感じで「皆さん、覚悟して参加してください」と言われていた。
 
実際の卒園式では、先生の言っていた事と全く違わないパフォーマンスをした園児たち。その後ろで、我々も頑張って歌っていたけれど、園児たちの叫び声で、私たちの歌声はかき消されてしまったのではないだろうか。
 
卒園式は、一時間強程だったと思うのだけど、我々は、式の途中で、歌う直前に会場入り、歌が終わったらすぐ退場したので、待ち時間等を入れも、ほんの20~30分程の出演となり、折角、数人で集まったのだからと、ランチをしてから解散となった。

私は、あまり写真を撮らない方だし、何かの為に必要になって撮った(ブログ用とか)写真等は使い終わると消してしまうので、スマホに入っている写真は、過去5年で100枚もないと思う。そんなこともあるし、我が家では、旅行の時に撮った写真は、外付けハードドライブに整理していおくのが常なので、私が珍しく、自分でスマホで撮影した写真も最低限の物以外は、ハードドライブに移して、スマホからは消してしまう。

 

バルバドス旅行より帰ってきてから二週間ほど、自分のスマホを見てみると、現地で「面白い」と思ったけれど、公開していない写真が幾つか見つかった。

 

一枚目は、ホテルの駐車場で撮ったもの。

 

ある朝、駐車場を歩いていたら、脇に植えられrていた木の枝の辺りから、ガサゴソと何かが動いている音がした。何がいるのかと思って見上げてみたら、サルが5~6匹、枝の上を駆けたり、枝から枝に移ったりして(多分)食事をしていた。

 
 
ホテルで飼っている訳ではないと思うので、野生の猿だったようだ。
 
数日後の朝、この木の木陰に駐車しておいた車に乗り込むと、ボンネットの上にゴミが落ちていた。誰がこんなところにゴミを捨てるのかと、少々立腹しながら、そのごみをよく見てみると、ハエがいっぱいたかっている。ごみでなくて、木の実なのかと思ったけれど、それにしては、たかっているハエの量が大量すぎる。確認したわけではなかったけれど、サルのフンだったのではないだろうか。
 
そして、ホテルの敷地内で撮った、もう一枚の写真がプライベートビーチの写真。
 
 
ホテルを予約した際に注意事項として、ホテルのプライベートビーチには、大量の海藻が流れ着くことがあり、そういう時は他のビーチへの送迎バスが出ますと言われていた。我々はラッキーだったのか、アンラッキーだったのか、出発の数日前に、ホテルから「ただ今、ビーチに海藻が流れ着いています」という連絡が入っていた。
 
到着後、実際にビーチに下りてみると、赤い、モズクのような形をした海藻が、ビーチを占領していた。そして、海の中にも、大量の海藻が(あたかも、赤潮のように)漂っていた。ホテル側によると「この海藻は体に害になるものではないですが、腐る過程で悪臭が発生します」とあった。確かにビーチでは、臭っていたのだけど、悪臭と言うより、魚介類の干物を作っているような臭いで「なんだか、美味しそうな匂いだ」と思った。

二カ月前ほどになるけれど、ある夕方、家に帰ってきた旦那が、会社から有給休暇を消化するようにと指示を受けたと言ってきた。アメリカでは7月4日は独立記念日で祝日となり、今年は、その祝日が金曜日で三連休となる。独立記念日はクリスマス、サンクスギビング(感謝際)に続く祝日で、週末の前後に有休を使って会社を休む人も多いので、有休消化も、同じ時期にしてほしいと言われたらしく、旦那は、7月の最初の一週間を夏休みとすることにしたそうで、そうすると、家でゴロゴロするのはつまらないから、旅行に行きたいという。しかし、提案してきた旅行先は「南の島」と言った場所ばかり。その時点で決まっていたバルバドスと同じ様な内容の休みを二カ月続けて取るのも、代り映えがしないということで、行先は日本に決まった。

 

私は、バルバドスへの旅行の予定を立てる前に、同じ時期(6月ごろ)の夏の旅行は日本にしようかと考えたこともあった。今年は大阪で万博があるので、行ってみても良いかもと思っていたのだったけど、夏の間は航空券が高く、日本行はやめて、バルバドスへ行くことにした。結局、日本にも行くことになってしまった。なんだか、本末転倒になってしまったような感じがする。

 

この夏、折角日本に行くならば、やはり万博には行くべきだろうと、万博が旅行の目玉となっている。元々、入場券はネットで購入してから行くつもりだったけれど、それは、日にちが迫ってからで良いだろうと、もたもたとしていたのだけど、バルバドスから帰ってきて、日本行の準備で、回りたい万博パビリオンなどを調べ始めたら、なんと、パビリオンでは予約が必要だというではないか。パビリオンに予約するには、入場券も買わないといけない(それは、そうだろう)そこで、急いで入場券を購入した。

 

ここで、発生したの問題が、入場券の購入時に、入場できる時間を指定をしないといけないということ。私は、朝一から行って(体力が許す限り)夜までいるつもりでいたのだけど、訪問日前、一か月を切り、9時入場の枠はもう満員だった。学校が夏休みに入る前の、平日だからと油断していた所もある。幸い10時入場の枠は、まだまだ空きがあり、その枠が取れた。

 

入場券を購入して、パビリオンの予約に移ろうとすると、予約は二カ月前と、7日前の抽選と二度申し込むことが出来るというではないか。入場券購入をもたもたしていたせいで、二カ月前の抽選の申し込み期日は逃してしまい、7日前抽選にしか申し込めなかった。そして、抽選申し込みをしようとして、始めて、訪問日一日に付き5つのパビリオンしか申し込めないと知った。抽選とあるからには、申し込んだからといって、予約が確実に取れるわけではないのは理解したので、予約が必要で、是非行きたいと思ったパビリオン6~7に、二日に分けて抽選に申し込んだ。

 

この時点で、私は、それぞれのパビリオンで抽選をするのだと思い、複数抽選に当たっても大丈夫な様にと予約時間をずらして申し込んだのだけど、その後、この抽選では、一日に最高でも、一つのパビリオンしか割り当てられないということを発見した。確かに、申込時に「第一希望」「第二希望」などとなっていた。これでは、運よく当選しても、お目当てのパビリオンのうち(二日で)二つしか見れないことになる。これでは、人気パビリオンを沢山回りたかったら、何度も会場に足を運ぶようにと言うことで、何とも遠方からの訪問者に不親切なシステムだ。

 

その後、当日予約やキャンセル待ち(よく違いが分からない)についても、一般の方の説明動画見たいのを幾つか見た。しかし、こちらも「取れたらラッキー」という感じの物らしい。こういう会場を回る時は、どこで、どのくらいの時間が掛かるか分からない(一応、パビリオンの見学に掛かる時間の目安については調べたけど)それに、予約なしでも、順番待ちをしないといけないパビリオンも多いだろう。こういった状況下では、予約が出来たパビリオンとの時間調整などの問題も出てくる。なんとも、User Unfriendly(使い勝手が悪い)システムだと思う。