一年前の今日、
子どもたちと最後に会った日。
2018年1月25日。
子どもたちは私からの虐待を疑われて
児童相談所と警察を巻き込んで
子どもたちは児童相談所の一時保護、
私と元夫は警察の生活安全課でこっぴどく叱られた。
(詳しくは→
そして、
翌26日に離婚した。
2月5日は
子どもたちが一時保護から帰ってくる日だった。
私は婦人科の受診のため
子どもたちの住む県(地元からは飛行機の距離)に戻っていた。
診察終えて
紹介状もらって
確か10時くらいには予定が終わってしまった。
その日の夕方の飛行機の便で
私は実家に帰ることになっていた。
元夫は
『会ったらまた悲しくなっちゃうだろ』
と言って
私と子どもたちは会わせない、
と言っていた。
郵便局に行って
養育費を振り込んだ。
そして
カラオケボックスが開店すると同時に入店し、(確か11時)
フリータイムで時間を潰した。
子どもたちは10時頃、
無事に元夫のもとへ引き渡されたらしい。
会えないならせめて写真でも、
と思って、写真を送ってもらった。
寝ている息子(当時2歳)の顔と
笑顔の娘(当時小3)の顔。
カラオケボックスで
個室なのをいいことに
わんわん泣いた。
人目を気にしなくていいから
泣けるだけ泣いた。
15時半頃、
カラオケボックスを出て
空港へ向かった。
元夫とはLINEでやり取りしていて、
「そういえば今月分の養育費振り込んだよ」
と言うと
『そうなの?
なら会わせないわけにはいかないな』
といい
今から急いで空港に来る、
と言ってくれた。
家から空港までは車で30分程。
飛行機の時間まで、あと一時間ちょっと。
会っておしまい、
だろうけど
顔を見れただけいいか、
と思って
一人空港で3人を待った。
ほどなくして
3人が空港にやってきた。
私を見つけて
『おかーさん!』
と駆け寄ってくる息子の姿。
今思い出しても、
涙が出ます。
飛行機の時間まではあと30分程。
だけど、
幸運なことに
使用機到着遅れのため
出発時刻が30分程遅れていた。
娘や息子といろんな話をしながら
ぶらぶらと空港内を歩いた。
『保育園で今日お魚食べたの』
という息子。
児童養護施設は息子にとって
【泊まりの保育園】
のようなものだったのだろう。
娘には
『ママいつ帰ってくるの?』
と聞かれた。
「とりあえず一年頑張ってお金ためて戻ってくるよ」
と伝えた。
何か記念になるものを、
と思って
娘には大人っぽい財布、
息子にはアンパンマンのはさみとおもちゃを買ってあげた。
一時間くらいは一緒にいれたと思う。
そして飛行機の搭乗手続きの最終時刻になり
保安検査場へ向かった。
「一年後、また戻ってくるからね。
頑張るからね。」
と言って。
元夫には
「子どもたちのこと、よろしくお願いします。」
と頭を下げた。
保安検査場に行き
姿が見えなくなるまで
ずっと手を振っていてくれた。
これが、
私と子どもたちの最後の別れ。
この日から一年経った。
【一年頑張って仕事してお金ためて戻ってくる】
という約束は、
守れなかった。
この一年、
ほとんど入院していた。
私は何か変われたのだろうか。
この記事を書きながら、
涙が止まらなくなった。
次に子どもたちに会えるのはいつだろう。
苦しい
悲しい
寂しい
切ない
つらい
そんな感情に
がんじがらめにされている。
子どもたちに会いたい。
会いたい。
会いたい、ただそれだけ。
いつかまた、
会える日が来ますように。
左から、
私、息子、娘、です。
この写真は
一生の宝物。
スマホのホーム画面にも設定しています。
早く更新できればいいな。
また、子どもたちと会える日が来るといいな。
頑張れ、私。
頑張ろうね、私。
長文になってしまいましたが
読んでくださりありがとうございました。