午後からは、
フラッシュバックの連続でした。
きっかけはありません。
息子(3歳)と雪だるま作ったこと。
警察に身柄確保された時のこと。
離婚した日、
元夫と話したこと。
娘(小4)に料理を教えた時のこと。
「お母さん」と言いながら
抱きついてくる息子の姿。
いろんなことがフラッシュバックして
かなりキツかったです。
「死にたい」まで落ちてしまって。
14:30頃、
頓服のレボトミン飲みました。
カウンセリングがありました。
途切れ途切れですが、
いろんなことを話しました。
しんどいからか
なかなか言葉が出てこなくて
ぽつりぽつりと、
話しました。
フラッシュバックしてしんどくて、
死にたいと思っていること。
コチラの記事にも書いたように、
私は【母親失格】という気持ちから逃げたいだけなのだと
気づいてしまったこと。
退院することも
子どもたちのいる県に戻ることも
現実的に思えなくて
目標としての意味を失っていること。
心理士さんに
『どうしてそんなに死にたいと思ってしまうんでしょうか?』
と聞かれたので
「入院しているのも
そんな価値はないと思うし
退院して社会復帰してっていうのも
自分のために生きる、そういう風にも思えなくて。
【母親失格】って思いから逃げたいだけで
子どもたちと一緒に暮らしたいとか、育てたいとか
そう思っているわけではなくて。
何故って、私は子どもたちの人生に責任を持てないからなんだろうな、って思うと
産んだだけで何もしない、無責任な女だって、
そう思う自分がいて。」
と答えました。
すると心理士さんは
『自分で貼った【母親失格】っていうレッテルを剥がすのも、
また自分でしかないのかなぁ、と思います。
そのためには、まず生きるしかないのかな、と』
と言っていました。
「でも私はそんなに死にたいわけではないと思うんですよ。
仮に確実に死ねる方法を誰かに提供してもらえたとしても死なないんだろうな、
って思うくらいには生きることに執着してるのは分かってるんですよ。
それは多分私がまだ心のどこかで、
この生きづらさから逃れられるなら、楽しく生きられるなら生きたいって、
そういう可能性を諦めきれてないからだと思うんです。」
と言うと心理士さんは
『それはしんどいですね。
生きたい自分と死にたい自分が常に葛藤していて、
それは辛いだろうなって思います。』
と言っていました。
そう、
死にたい自分と生きたい自分が葛藤している、
私のしんどさはそういうことなんだと、
改めて思いました。
『でも、こうやってまにゃさん自身の気持ちを表出して、
一人で抱え込まないのは、とても大事なことだと思います。
しんどい中話してくれてありがとうございました。』
とお礼を言われました。
私は、楽しく生きることが出来るんだろうか。
軽躁状態じゃなくて、
ただ楽しく生きることが、出来るんだろうか。
病気や今までのこと取っ払えるなら、
なんて思っても、
そんなの無理だし。
私はいつまでそんな可能性にかけているんだろう。
そんなの早く、
捨ててしまえればいいのに。
そして早く、
死んでしまえればいいのに。
今朝、大きな地震がありましたね。
4年生の女の子が亡くなったとのこと、
胸が痛みます。
代わりに私が死んでしまえればよかったのに。
そんなことを思ってしまいました。
大阪在住の友人は、
怪我はなく無事とのこと。
一安心でした。
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
今日は午後から、
しんどい1日でした。
胸の苦しさが続いています。
今日の私は「普通からの鬱」でした。
この鬱を明日まで引きずらずに
過ごせるといいなぁ、と思います。
明日は夕方、
両親が病院へ来て、
主治医と心理士さんと面談する予定になっています。
今後のこと、
何か方針が決まるといいな。
明日は穏やかに過ごせますように。