応援の力
日曜の晩、石川です。
先日より栃木の友人宅を訪問しています。
北関東では、いまだに余震が毎日のようにあって、
家がギシギシと軋(きし)む度にビクビクしています。
ガソリンの給油待ちになんと1kmほどの列ができているのを
目の当たりにしました。
<Pray for Japan-6分間> を見させていただきました。
海外のみなさんからのエールにぐっときました
私たちは、人が苦難に直面していると、それが他人であっても、
放っておけない感情が自然に湧き上がるようです。
それが、海外に住む会ったこともない他人に対して発揮されたことに、
驚きと深い尊敬の念を感じています。
もしかしたら、このようなただの互恵関係を超越した
「いたわり」の感情があったからこそ、私たち人類は
地球上でここまでの文明を築けたのかもしれません。
人間ってすごいと思いました
「べきこと」は?
今、自分の行動に、果たして何が『べきこと』なのか、不安で泣き言を漏らした私に、
ヨーロッパに住まう通教仲間が
「少しでも元気が出れば」と、
http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc
<Pray for Japan-6分間>
をメールで届けてくれました。
集まった救援物資をどのように届けるか、
おそらく、彼の本意ではないのだけど、私が求めているであろうと、
情報を提供してくれた、東北地方の通教仲間もいました。
石川さんをはじめ、院の仲間、
学生時代の友人、
地元の友人、
皆さんの助けを借りて、ようやく自分は自分であろうとすることができます。
迷いだらけですが、
やはり、人はじかに人と接することによって、現実に接することによって、
事実の本質が見出せるのではないかとの考えの下、
行動していこうと思います。
そして、いま、私たちが経験していることは、
形を変えて、世界のどこでも起こりうる災難ではないかと思います。
自分の自治、社会の自治、
今の被災者の方々、被災者を応援している私たちの、
個々の行動のすべてが、世界の規範、リーダーシップを示すこととなりうるのではないでしょうか。
中野
私にできること
東北関東大震災は、本当に多くのものを奪いました。
11月に訪ねた大船渡の友人と、当然と言ってよいのかどうか、今も連絡はつきません。
このたびの大震災の前、8日にも、かなり大きな地震があったのを覚えていらっしゃいますでしょうか。
そのときにも、大船渡の友人に
「大丈夫!!?」
と連絡しましたところ、
「大過はなく、2週間後の卒業式に向けて、子どもたちに激を飛ばしたり、大忙し!」との返答がありました。
その時点ではまだ8日当日の震災による地域の正確な被害状況は伝えられていなかったことから、
「お子さんたちが、みんな笑顔で卒業式の日を迎えられますように」
と申し上げました。
その後、このような事態になるとは。
東北関東大震災後、院の仲間に安否確認をしたところ、みなさんさまざまな状況はありながらも、
安全に過ごされており、安堵を共有しつつ、
翌日に至って被害状況、その惨状が徐々に明らかになるにつれ、
「自分にできることは何か」考えなくてはいけないねと、
焦燥感も共有したりしておりました。
そんな時、連れ合いも、陸前高田出身の仲間と、ボランティアに行くとの話に発展したとのこと。
それを聞いて、せっかく現地に行くのなら、物資は間違いなく足りないので、地域の商店に協賛を得られないものか、いくつかの店舗に問い合わせいたしました。
しかし、各店舗も、震災の影響で必要な商品が整わない状況から、
「気持ちはやまやまだが、お客様からお叱りを受けている状況」
と苦しい胸のうちをお話くださり、なかなか協力を得ることはできませんでした。
そんな中、ジョイフル本田市原店さまから、試供品ドッグフード段ボール2箱のご提供をいただくことができました。
生死をともにしたペットは同士でもあり、さりとて人の飲食もままならない中、その存在がともすれば非難の対象になりかねないと危惧し、ジョイフル本田市原店さまにご相談したところ、検討のうえご提供いただくことができました。
その寛容なご対応に、心より感謝申し上げます。
そのようなことから、市場が品薄なら、一般家庭に所在する支援物資を結集できないものか、
小学校に通うお子さんを持つ隣人に相談したところ、千葉市立蘇我小学校の個人的なネットワークから、
2~3時間後には
8畳間を埋め尽くす物資が提供されました。
恐るべし、ママ友ネットワーク
いやいや、パパ友ネットワークも、侮るなかれ、
蘇我中学校親父の会ネットワークからも勝るとも劣らないご提供の用意があるのですが、
なにぶん狭い我家が、埋め尽くされてしまう危惧から、
一時ストップの待機願いを出しました。
これら、
「私たちの気持ちを届けてください」
と、託された物資を通行制限のある現地にどのように搬入できるものか、
行政、警察署、友人、さまざまに尋ねていたところ、
13日の読売新聞朝刊に、岩手県の救援物資リスト申請要綱や
ジャパンプラットフォームによる募金活動などの紹介があり、
ジャパンプラットフォームの方に教えていただいた
山形県に設置されたばかりの東北広域震災NGOセンターの担当の方とのお話から、ようやく現地に近付くことができる可能性を見出しました。
まだ、本当に現地に伺い、お役に立てることができるのかどうか、まったく不明ですが、
いくつかの支援物資搬入の条件を満たし、要請を待っている段階です。
相変わらずの右往左往、
このような展開と、交通事情の混乱による帰宅困難から、なかなかブログ更新ができずにおりましたこと、
お詫び申し上げます。
中野