数え日となった今日27日、皆様もお忙しく過ごされていると思う。月曜日に無事に角川俳句鼎談の三回目の収録を終えた。(もう角川「俳句」一月号発売されそこから連載)今回は角川本社近くのお店で一席設けて頂いた。

今回は十二月ということもあり下調べが不十分だったのが反映してしまい反省しきり。いつも以上に横澤放川さんのお話が勉強になり、司会の抜井諒一さんも流れるように句評を。


そして本来の月曜の私の日課である(自律神経のために)整骨院と久々に開店の日に寄れた朝霞のトーキングブックへ。トーキングブックはおいもとほん、というお店で絵本などアートな新刊本以外に古書、お芋の手作りお菓子も販売。店主がとても柔らかな笑顔で対応してくださり、時を忘れ撮影も忘れてしまった。ちょうど焼き芋が始まっており、小さいのを買って帰宅後完食。美味。

日月休み。期間限定にて壷焼き芋

火曜木曜土曜11時〜13時 14時半〜18時

朝霞市溝沼1-4-17(朝霞駅南口バス通りを左手に市役所見ながら真っ直ぐ、本町一丁目信号渡って右斜め方向に見えます)

https://talkingbook.theshop.jp/


浜崎農業交流センター


そして今日は生協を待つ間に大掃除ならぬ中掃除をして、受け取って昼休憩に戻った家人と昼食。そこから私一人でウォーキングを兼ねて黒目川の先の浜崎農業交流センターへ。この距離で小一時間歩いても7500歩数である。そこに家事換算の歩数と1500回のトレーニングを足して一万歩に。


今日も白鷺がいた。三羽も。横にピユーイと鳴きながら鴨たちも。


近づいたら逃げたが、雀がたくさん。

歩いているともう四半世紀も暮らす朝霞の町が愛おしく思えてくる。


娘たちが幼い頃は年に一度川遊びに小学校から申し込んで、保険に入った上で川の案内人と共に遊ぶという厳しいものだった。今こうやって緩んでいるから事故が多発するのでは?朝霞市長はお子さんが長女と同級生なので、これを読んでくれているといいな。


上の朝霞台駅から東洋大学方面に渡る橋の向こうには、母が最期にいたTMGが。この個室から我が家方面をベッドに腰掛けて見ながら、母が食事をしていたことを思い出す。

したの真ん中の塔は消防署。


朝霞台の東上線と北朝霞の武蔵野線(駅で交差する)があるので徒歩圏にたくさん高架橋があって電車が良く通る。寝る時に寝室からも0時に通る貨物列車の汽笛が聞こえるのがたまらなくいい。(夫は乗り鉄、私は元プチ鉄子)

祖母宅が横浜で、元実家が港区だったのに、板橋区、朝霞とどんどん海が遠くなる、と悲しくコロナ禍につい横須賀に部屋を持ってしまった。(月一くらいしか行けていない)だが、落ち着いて見れば、埼玉県は日本でもっとも川の多い県。川と土手と電車と夕焼け。最高の物悲しさで私に迫ってくるではないか。

こういう埼玉の景色をしっかり詠み込むと、生前の母から嫌がられていた。いつか赤坂に戻ってくると信じていたのかもしれない。

俳人協会には埼玉県支部のお仲間がいて世話人会のみならず事務局会議でよく集まっている(朝霞からは遠方の桶川)。色々な主宰方と意見交換の出来る貴重な場でもあり、自分の居場所だとホッと出来るアットホームな雰囲気もある。

朝霞市内には私が篠主宰継承前まで所属していた「ににん」岩淵喜代子元代表宅もある。我が家は黒目川左岸だが、喜代子氏のお宅は右岸。

川辺も良くご一緒に歩いた。いつも若々しいがいつまでもお元気でいてほしいと切に願う。


そして皆様、良いお年をお迎えください。

  2024年句会のお知らせ

1月6日(土)俳句大学句会 13時 シーノ大宮桜木公民館5階(早め解散)

1月9日(火)篠の子句会 13時半 南朝霞公民館

1月24日(水)志木カルチャー 13時半 AEON新座店

1月27日(土)六本木句会 13時 コモンズ会議室

西新宿7-1-7-610ダイカンプラザ

俳人協会賀詞交換会のため六本木句会が一週ずれます。他に「ににん」祝賀会、榎本了壱さんの出版記念会、「妃」朗読会などに参加予定。

来年もよろしくお願いします。



今朝の冬らしい寒さから、私の気持ちの年末までのカウントダウンが始まった。他のSNSに個人としては常に発信しているが、このブログは今月二回目。毎日書く方を尊敬する。

母、岡田史乃の時代の全盛期でも他の大結社ほど人数はいなかったが、隔月刊であったし、少なくとも雑事に主宰が直接触れなくとも会計、割付発送など担当するグループがやっていた。

しかし、季刊となって三十周年くらいに母の体調が悪化すると、私も直接的なサポートに入らざるを得ないほど力のある同人が減ってしまっていた。

それでも、私というワンクッションを置くことで雑事から離れていられたと思う。

人は対面してコミュニケーションを取れば分かり合えることが多いが、私になってからメールやSNSなどのやり取りが増えて誤解が生じることもある。

それでも、私は「篠」を家族のように大切に思い、何があっても前進しなくてはと考えている。

篠が来年四十周年を迎えるので、結社誌のやり取りのある主宰やマスコミの方などを招いて9月14日土の昼間に祝賀会をしようと計画を立てている。

少数というかほぼ一人で割付入稿や発送をしているので、冬号が落ち着いたら始動する。

そんな中で、有難いことに角川俳句の鼎談者に選ばれ、もう二回収録している。一月号より一年間。

並行するようにコロナ禍が明けて色々な集まりからお声がかかるようになり、中身がコアラのようにストレスに弱い(笑)私は右往左往四苦八苦。

ダブルブッキングだけはしないよう、身体作りもしながら。そして普段家にいる時は家事三昧である。

この渋谷のイルミネーション青の洞窟は先日三日連日外出することとなった8日金曜のジェラルドライブの後に友人夫婦と立ち寄った。

混む渋谷を避けて原宿方面に歩くとCHANELのオブジェが作成中であった。若者はこの時期あちこちイルミネーションを観に行くが、多忙な今年はこれが見納め。

翌日は篠同人でジャズドラマーの方のライブに夫婦で伺った。たまプラーザ駅も眩かった。


これは間をおいて、もう散り塩梅の岩殿のオオイチョウ。孫娘が熊谷市で銀杏黄葉降り頻る中ブランコを漕ぐ動画を見て触発された(笑)


その前のお蕎麦屋さんの天ぷら饅頭が美味。


その裏を歩けば高坂のこども自然動物園があり、その近くに平和博物館が。


その展望台から埼玉の地を望む。


長女の上の男の子(孫)がイブに誕生日なのでプレゼントを届けに行く道すがら、ふかや花園アウトレットへ。ブランド物を買わないと何も用のない所


我が家の隣町で二月までカルチャーをしているが、その志木駅の方が色々一度に用事が済む。

生徒さんとティータイム💖

右下は別の日に十万石まんじゅうをマルイに買いに行った夕方、ヒッチコックの「鳥」のような椋鳥の大群。


そして今年も最後の篠六本木句会(新宿)が終わって残ったメンバーで「北京」で乾杯。


最後に永川敏郎さんのジェラルドでメリークリスマス🎄

良いお年を。

  2025年句会のお知らせ

1月6日土曜午後 俳句大学 シーノ大宮桜木公民館

  ⭐️9日火曜13時半 篠の子句会 南朝霞公民館

   24日水曜13時半 志木カルチャー AEON新座店四階

     ⭐️27日土曜午後1時六本木句会(新宿)

      西新宿7-1-7ダイカンプラザA館610

   ⭐️の篠句会はそれぞれ特選者に渡す五百円相当のプレゼントを持参してください。

秩父夜祭に行ってきた。もう何度目だろうか。というか案の定、写メやビデオ撮り過ぎて、旅の余韻に浸る身としてはチョイスに異様に脳みそを使うことになる。


でもとりあえず、興奮冷めやらないうちに書こうとはしてみる。篠同人など個人が写っているものや動画はFBに載せる予定。

おわら風の盆の時も篠全体で吟行しようとしたが人数が集まらなかったが、今回も少人数決行となった。秩父夜祭は毎年の12月3.4日に行われ、他の祭りと違う点は4日の最後の日よ夜から夜中が見どころという点である。なので宿に泊まれたのは月曜日に仕事が休める数人。それでも古参同人のYさんがご夫婦で参加されたので新鮮な風が入った。

秩父に生まれ育った篠の編集同人が今回は仕事で断念。私が慣れない案内をすることに。

(何回も行っているのに自身の方向音痴に💦)

御旅所を通り過ぎつつ、まずは秩父神社にご挨拶に。すると山車がもう既に到着しており、神主さんが詔をあげていた。横をするっと入って撮影した。

神社ではレッド吉田さんがYouTubeか何かの撮影をしており、インタビューされたがいつか放送されるのだろうか。



鳩吹きて柞の森にるんの吹く」辻村麻乃

この句は私の句集『るん』より。これはこの秩父神社の裏の柞から詠んだもの。季節は秋の句だが。

そしてこの写真の右下に秩父神社の秩父宮妃殿下がお手植えされた乳銀杏。それにちなんで御神籤を結く銀杏型のモニュメントもある。


許可を得て撮影したのだが上手く撮れず。ベビーカステラがとても上品な味で和菓子店のよう。


思い思いの屋台のものを購入しシェアしての昼食。娘とのお祭りだと立って(笑)食べるので新鮮。

時間がずれるが、夜七時から十時くらいまでのロングラン花火。祭り会場のどこからでも結構見えることに気づく。

花火の前に矢尾デパート方面で歌舞伎も見るが遠くて重いリュックのまま手を高くあげねばならないため写メは一枚。途中途中で太鼓の演奏も。

チュートリアル的な時間に駅前は諦めて落ち着くため夢庵へ。胡桃ダレ蕎麦が案外美味い。一生飲み続けたいほど好きな蕎麦湯もたくさんお代わり。

夜泊まる白砂荘の女将さんからのアドバイスで、矢尾から御花畑駅経由珍達そば方面へ迂回。




山車の祭人の「ほーりゃいほーりゃい」という掛け声と山車のわっぱ(木のタイヤ)のギシギシいう音、鳴り止まない屋台太鼓、花火の音が相まって祭はクライマックスへ。

有料桟敷席は十月に発売即完売。無料の人は裏手から上の方しか見えないが、タイミングよく団子坂の曳きあげを見ることが叶った。

色々不遇なことが周りの家族で続いていたが、我々は本当についている、運がいいのだと。そう思うと、今ある命を大切に精一杯生ききってやろうではないかと思える。

三十六年くらいのお付き合いで(新卒就職時のアールヴィヴァンで同期、ママ友としても長い)Yさんは母存命中からの同人。オンとオフをきちんと分けてくださり、ある時はお弟子さんである時は友達。

お部屋はそれぞれとなったが、遅い時間のお風呂に和気藹々と入った。

翌朝の朝ごはんの豪華なこと。

お昼なかなかお腹空かず、龍勢会館の道の駅で買ったしゃくし菜パンと祭りの湯の味噌ポテトをラビューで食べながら帰宅。

この左下は右側が白砂荘の美人女将。彼女の美しさが輝いて(頑張る人は美しい)私は霞むが、いつ会っても気さくでとても良い方である。ご馳走様でした。天気が良くて武甲山が見える。

またまた彼女のアドバイスで、美の山に寄ってみた。

その前に龍勢会館に行くも、我々のラビューチケットが電波の関係で買えているか不安になって見学までそこそこに西武秩父へ。


最初に夜祭来た頃にはなかったが、今は秩父名物となりつつある祭りの湯。岩淵喜代子氏ともここでご飯を食べて、栃本や下吉田の子どものお花祭りに行ったことがある。


美の山展望台。逆光で難しかったが、実物はもっと景色がよい。


句会をする時間がなく、この二日間の俳句はそれぞれ、13日のカルチャーや16日の六本木句会で披露することにして解散。

お疲れ様でした。句会の予定は前のブログ参照してください。