マンタムのブログ -5ページ目

マンタムのブログ

この世にタダ一つしかないカタチを作ろうとしているのですが出来てしまえば異形なものになってしまうようです。 人の顔と名前が覚えられないという奇病に冒されています。一度会ったくらいでは覚えられないので名札推奨なのでございます。

この物語を書いたのは15年程前で「脳ト眼球ノ時代」という私のホームページの初期の作品で今でもホームページのどこかに隠されているのです。

「夜の衛兵」は連載小説のカタチをとっておりこれは全5部構成のウチ作品化された3部の一番最期にあたるものです。

画像にある作品は 立体化された「夜の衛兵」であり私のパラボリカ・ビスで開催された初個展に出品されましたがしばらくして売れてしまったので今は手元にありません。

巻末に続くとありますが続く予定はありません。




マンタムのブログ


その星はいつも夜に覆われていた。


ゴド-は生まれたとき、もう自分がなにをなすべきなのかを分っていたが自分がもとはどこの誰でどんな暮らしをしていたのかはどうしても思い出 せなかった。


記憶のどこか片隅に自分の辿り着かなければならない風景があるのだがそれがどこに存在するのかということも同じ様に思い出すことができなかった。


だが、ゴド-のそんな思いにかまえるほどゴド-も生き残った星の住民たちも時間に余裕があるわけではなかった。


生まれたその日からゴド-の潜在能力を極限までひきだす実験と苛酷なトレーニングが彼をを待ちうけていたのだ。


ゴド-の過去に関する全ての資料はゴド-の合成に成功した時点で抹消されていた。

余計なことをゴド-が詮索してトレーニングに支障をきたす可 能性がないとはいえないからだった。


おかげでゴド-は自分につけられたゴド-という名前以外は引き出しの片隅にさえ存在しえないものであるということを受け入れる以外になかった。


大気層の厚さはもうその星の人間が生存しうる限界をわりこむ寸前まで薄くなっていて、この星が長い年月をかけて作り上げてきた科学も、強引に押し進められ てきたこのプロジェクトで作り出されてきたこれまでの人為的な超人達もこの末期的な状況の進行速度をゆるめることさえできなかったのだ。


ゴド-が有していたのは時間に対しての能力だった。


それまでの物理的なあるいはもっと問題にさえならない精神的な能力者に比べればこの星の危機に対していくらかでも有効な力として期待されるのは無理もなかった。


ゴド-の誕生と能力は死滅寸前だったあらゆる報道システムを通じて星中に広まっており住民たちの期待と関心はゴドーに集中していた。


だが、それに比べゴド-は自分でも驚くほど覚めきっていた。


気になるのは脳のどこか片隅に焼き付けられているどこのものともわからない風景のことだけだ。


生まれてからずっと分厚い壁に覆われた研究施設に閉じ込められているゴド-にとって外の世界がどうなっているのかは知るよしもなかったが、合成される以前 の記憶がまだ、いくらかは残っていたので、その絶望的なまでに荒れ狂う異常気象と住み家を追われ逃げ惑い流民と化したかつての同胞達の姿を思い出すくらい のことはできた。


しかし、どう、想像力をふくらませてみても夜、難破船のなかを逃げ惑う薄汚ないずぶぬれのネズミの大群くらいにしか考えることが出来ずゴド-はあまり彼ら のことを考えないようにしていた。


合成されるまではかなり思い入れがあり進んで志願したはずだったが、今となっては志願の理由さえ思い出すことが出来なくなりそうだったからだ。


でも、これはゴド-に限って現れた現象ではなかった。


合成によって作られた人間は多かれ少なかれこういった傾向が現れるものなのだ。


感情の起伏が弱くなり、とくに同情心といったものが顕著にその傾向を示すようだった。


彼らは志願の動機すら忘れ、同胞達が眼前で無残な死をむかえたとしてもなんの感情も働かないのだ。


これは合成の技術的な問題によるものとされていたが、勿論原因を追求している余裕も必要もなかったので、合成の初期段階である種のウイルスを埋め込むこと でこの問題に対処していた。


そのウイルスに対するワクチンをある一定の間隔で打ち続けないかぎりそのウイルスは速やかに暴虐的な死をもたらすのだ。


しかしこの手段をもってしても自らの死にさえなんの関心も示さない個体も存在したのであまり決定的な手段とはなりえてはいなかったが。


もともとこのプロジェクト自体かなり追いつめられて半ば自棄的になったこの星の学者たちの一部が予備実験として、自分たちの好奇心を満足させるために始め たようなところがあり、当初は宗教家たちを中心にした見識者達の猛反発がおこったような代物だったのだ。


それを半ば強引にでも押し切って進めて来られたのはもう、この星の神々が彼らを見捨ててしまったことを当の宗教家達が認めざる終えなくなってしまったいた からにすぎない。


合成の技術は本来は処刑の手段として使われていたある種の寄生虫の酵素を利用して2人の人間を合成してしまうというものだったが、これすらも 元は偶然発見されたものだった。


処刑で良く使われていたこの寄生虫はこの星の湿地帯に多く生息しているもので寄生主の身体に取りつくと長い時間をかけて自分たちの巣へ作り替 えてしまうという性質をもっていた。


寄生されたまま放置しておくと最終的には濃紺色のぶよぶよした大きな水膨れの芋虫のようなものに成り果ててしまうというものだ。


水膨れの芋虫の様なものの正体は幼体とタマゴの群生した巣のようなもので、寄生された側はかなり最後のほうまで意識を持ち続けてしまうことからこの星の歴 史のかなり始めのころから頻繁に使われた処刑道具だったのである。


その処刑の長い歴史の過程で、ある時、狭い湿った牢獄に押し込められ寄生された処刑者同志が寄生虫を仲介に融合してしまったことがあったのだ。


この自体に興味を示した当時の法医師達が寄生虫を丁寧に取り除いてみたところ、なんとか生き永らえることの出来た囚人は全く別の個体に変化をとげてしまっ たいた。


このことが情報として広まると盛んにこの実験が当時の宗教家とお抱えの法医師達の間で行われたが、すぐに禁制の邪法として封印されることになってしまっ た。

人道的な理由などではなく、合成されたものの中に超能力を持つものが出現することがわかったからだ。
これは彼ら宗教家にとってはなはだ都合の悪いものだったからだ。


当初宗教家達が反発したのはそういった背景もあったからだが、既にこの星の科学がこの星の生物達がごく目前に迎えようとしている絶滅をさけうる有効な物理 的な方法をなにひとつ持ちえていないことがはっきりしている以上、いかに無謀であれ、禁断の邪法であれ、もうこれ以外になんの方法は残されていなかった。


人為的な神(超人)を作り出し、それに救済してもらうこと、ゴド-はそのために志願した大勢の殉教者の成れの果ての一人にすぎなかった。

 

ゴド-に課せられた願いはこの星に永遠の未来をあたえることで、その時点で生残った全ての人民の命を守ることだった。


そして、ゴド-が獲得した能力は時間を操る力だった。


約束の日、(それを決めるのはすっかり権威失墜した宗教家達の最後の仕事だったが)ゴド-は合成されてから初めて厚い外壁の外へ連れ出された。


真っ暗な夜のなか、荒れ狂う強大な風と体中を打ち付け、丁寧に敷き詰められた石畳のうえで粉々に砕け散る氷の雨をみつめているうちにゴド-は怒号のように 唸る風の音が自分の名を呼び続ける無数の人間の声であることに気がついた。


空は低く大気がうねり終わることのない夜がこの星の最後を告げているようだった。


成功すればウイルスを身体から取り除いて貰えることになっていたが、ゴド-にとってそんなこと別にどうでもよかった。それよりも一刻も早くこの場を去りた いだけだった。


ゴド-は意識を集中し、能力を解放してやった。


いつでもそれはゴド-にとって最高の快感だった。


だが、彼らの願いを叶えたにもかかわらず、誰一人ゴド-を称賛するものはいなかった。


ゴド-は合成されてからはじめて味わう妙な気分にとらわれていたが、暫くしてその正体を理解した。
失望したのだ。


ゴド-は時間の狭間を作り出すと、そこに身体を潜り込ませた。


ここを通ればどこへでも行けることをゴド-は研究者たちとのトレーニングで知っていた。


ゴド-は星の住人たちとの約束をちゃんと守ったのだ。


だが、誰一人それに気がつくことはないだろう。


ゴド-がこの星の時間の流れ方を変えてしまったからだ。


彼らとの約束を守るにはそれしかなかったのだ。


残されたこの星の住民達はゴド-が力を解放したその瞬間の僅かな時間を永遠に行き来するのだ。


時間は何度も何度も繰り返すことだろう。
ゴド-が力を解放し、失望して時間の狭間に姿を消すまでの瞬くような一瞬の時を。


なにも理解できずに只、祈り、そして永遠に繰り返すのだ。


ゴド-の力はこの星を包む時間の流れ全体を変えてしまったのだ。


この星もゴド-同様、この宇宙から消えてしまったようなものだった。

続く


マンタムのブログ マンタムのブログ マンタムのブログ



錬金術士の憂鬱 

それが見つかったのは 改装のために 壊したレンガ壁の向こう側だった。

それから塵に埋もれたさほど広くない空間のなかを長い時間をかけて探したのだがドアや窓のようなものはどこにもなくかつてこの部屋の住人がどのよ うに出入りし使っていたのかはそこにいた誰ひとりわからなかった。

それでもその全ての壁面には歪んでネジ曲がった様々な金属で作られた奇妙に大掛かりな計量器らしきものが貼付けられていてそれに使う分銅だと想像 させるものが見える範囲全てに吊るされていたのだ。

更に良く調べてみると天井の一角に細長い明かり取りのようなものがあって夜になるとそこから月が見える事がわかった。

その窓から沢山の手の平くらいの鏡が何度も反射させながら月の光をその計りの中央にある煤けた猿の頭骨にあてるように工夫されているようだった。

残された膨大なメモや走り書きのようなものから ここに居て猿の頭骨に月光をあてようとしていた住人は 錬金術士らしいこと 建物の作られた年代 とその後の持ち主の失踪から考えて1770年代の後半には彼はここで作業をはじめていて 1820年までにはこの部屋は放置されてしまったものと考えるの が妥当なようだと考えられる。

では そもそもこの妙な機械はなんであろう?

博物学の大家や物理学者 宗教研究家から 魔術師と自称するものまでが部屋を訪れたが誰一人その正体を見極める事はかなわず 結局一番最後にあら わ れた歴史学者が情報をひもとき ここに居た住人がこれを作ったと考えるのが一番妥当であり 彼が残したメモや走り書きなどから 彼がホムンクルスと錬金術 で称されるある種の人工生命を作り出そうとしていたこととそれがうまくいかず苦悶していたことなどを突き止めた。

歴史学者は彼が残した膨大な資料の大半が暗号とおぼしき意味不明な言語に置き換えられていて解読には優秀な言語学者や数学者が必要で更に長い時間 がかかるだろうと言うのだ。

それで私は工期もせまっていたところだったので出来てた資料は歴史学者に預けその計量器のようなものの一番中心と思える一部を切り離させて額装し 分銅のようなものは出来る限りを集めてしまわせそのまま工事を進めさせた。

改装工事そのものは半年程をかけて無事終了し最新のデザインで出来上がったカフェは一時大変な人気になり私の仕事も順調に増えて行った。

でもそれから暫くして戦争がはじまりそのカフェは侵攻してきたドイツ軍の司令部になりその必要からか何度も改装されその度にもとの姿を失っていっ た。

ようやく戦争が終わった頃には見る影もなく荒れ果てていたが私ももう仕事からはなれていてその後その哀れなカフェを見る事さえなくなっていた。

私たちは荒廃した社会そのものを立て直さねばならずもうカフェ等にかまっていられなかったのだ。

それからも社会はまたシステムと姿を変えたがようやく戦後が終わりかけた頃社会はまた様相を変え私は職を失ったのだ。

歴史学者から思わぬ連絡を受け取ることができたのは幸運以外のなにものでもない。

その頃には何もかもが変化して私の知人友人たちの多くが環境を変えていた。

私も南ボヘミアで農業従事者となり日々家畜の世話に追われていたからだ。

彼もそれは変わらなかった。

歴史学の教鞭をとっていた筈の新進気鋭の学者はすっかり風貌を変えていて名乗られる迄は誰だか見当もつかなかった。

勿論40年と言う時間がなせるものではあろうがそれにしても変わり果てていた。

彼は取り憑かれたように喋り続け私はただそれを眺め聞くだけだったのだ。

要約すれば あの機械の事を彼が 「自動審判機械」 と名付けた事。

その錬金術士はもともとその屋敷の持ち主であった貴族の子弟の1人でありプラハで当時高名だった錬金術士のもとで学んだ後その部屋でずっと独自に 研究していたらしい。

もともとはホムンクルスの研究をしていたが結局それは果たせなかった。

彼はその理由としてホムンクルスはヒトが作り出す生命体のために原罪を持たぬ存在でありそれ故神に生命として認可されないからではないかと考える ようになった。

そのため原罪というものに注目することになりそこから 原罪を物理的に把握しようとしてヒトの魂の重さを計る機械を作り それがあの壁を這い回っ ていた機械の正体でありそれが可能であればヒトは原罪から逃れ得る存在になりえる可能性があるのだと元歴史学者は言った。

彼はもう一度どうしてもあの機械をみたいとも言ったが 既に私の手元にはなくどこに行ったのかさえわからない。

残っているのは最初に額装させたときに業者が残したその為のスケッチと出来上がったあとカフェに一時期飾っていた写真だけだ。

今となってはどうにもならない 私も非常に 残念だが と答えると 元歴史学者は肩をおとして帰って行った。

それからはもう思い出す事さえなかった。

審判は神との契約にあることでありそれを機械で行う事にどんな意味と意義がありどういう結果がもたらせるのかは私にはわからなかった。

無神論者である私にとってそれは本当に些末なことにしか思えないのだ。

それでもあの機械のことは良く覚えているしあの部屋の事も忘れることはないだろう。

そう

まるで昨日の事のように 壊れたレンガの向こうに広がっていた奇怪な光景と鼻を突くような腐食臭を忘れる事はない。

私とって一番謎だったのは出入り口だったが結局それはわからないままになった。

一応元歴史学者にも聞いてみたがそのことには何一つ触れられていなかったそうだ。

               ここで 記録は終わっている

               日付は1985年11月4日

               



錬金術士の憂鬱 
マンタムのブログ マンタムのブログ-オリンピア



現在 名古屋大須の Sipka というお店に展示してあるオリンピアという作品の設定として作られた物語です。

http://sipka.jp/

このお店で9月2日より28日迄展示を行います。

現在突貫工事で作品を製作中です。

フライヤーは金曜日頃出来上がるようですのでご希望の方はメッセージをくだされば発送致します。



自動人形(オリンピア)の再生と両腕を失った弟(ナタナエル)の融合 
必要な◊魂の再生 +     一、    +

*夜明けに腕の千切れた弟が帰ってくる
トラックは泥濘でタイヤを滑らせ泥をまき散らす
撥ねた泥が家の中に入らぬよう慌ててドアをしめる*
       +    +    +   +6
夜明けに弟は突然帰って来た。

両手を付け根から切断され棺のような箱に入っていたがそれでもまだ生きていて両目を見開いてゆっくり呼吸していた。

棺から出して汚れた体を拭いてやりそれから暖炉の前の一番暖かくて明るい場所に座らせる。

戦争に行く前は彼が一番気にいっていた場所だ。

だが それでも弟の反応はなく私はがっかりした。

弟がどの程度現在の状態を理解出来ているのか今は皆目わからない。

自分では身動きひとつできずただ横たわっているだけだからだ。

弟を連れて来た最初の兵隊は不用意に爆薬を扱ったから両手を失ったのだと言い棺のような箱を彼と一緒に運んで来た兵隊は 生きていただけ幸せだと 言った。

最期に助手席から降りて来た彼らの上官はテーブルの上で冷えていたサモワールからそれでもまだいくらかは緩い湯をポットに注ぎそれを啜りながら髯 をなでつけつつ付け加えた。

それによると軍は軍病院で充分な手当を施したが弟は魂を失ったかのようになにも反応できず遂に軍病院も為す術を失ったと言うのだ。

そして弟に目をやり彼の遺失による事故だから軍人恩給は降りないだろうと言った

弟はそれを聞いてさえピクリとも動かなかった。

これではただの肉の人形のようなものだ。

医師でもあり 従軍牧師でもあるペトル神父は弟が生死の境を彷徨う間に魂をどこかに置き忘れて来たのだろうと診断したのだそうだ。

軍としてはこれ以上のことは出来ないし神父の治療も祈りさえ効果がないのなら せめて家族のもとが良いだろうと連れてきたというのだ 

すっかり日も高くなったころようやく彼らは帰り支度をはじめた。

きっと朝食にありつきたかったのだろうが勿論私にそんな義務はない。

どうせワインを出したところでお国自慢をはじめるだけのことなのだ。

道はすっかり雨でぬかるんでいて軍用トラックは後輪を滑らせあたりに泥をまき散らしたので私は慌ててドアを閉めた。

それでようやく椅子に持たれたまま身動き一つしない弟をベッド迄運び目をつぶらせる。

さて これからどうするべきか

弟が肉人形のような状態であることが姉や他の親戚に知られれば私は今までのように自由に父の遺産を使えなくなるだろう。

遺産の正式な相続人はこの肉人形と化した弟で私といえば十才以上も年下の弟に扶養されている身なのだ。

この状況が知れれば遺産は姉の管理に移り厄介者の私は体よく追い払われるに違いない。
父は祖父の跡を継ぐかのように錬金術に傾倒した私のことを忌み嫌っていたからだ。
だから弟にはなんとしても治ってもらわなければならない。
このまま家を追い出されたら私は生きて行くことさえできないだろう               。
 +     ニ、    +
*話題になっていた自動人形の噂話を聞く*

その話を聞いたのは全くの偶然だった

弟の症状は医者に見せてもまったく改善しないばかりか日に日に弱り始め肌もすっかり青白くなってしまったのでせめて日に当てようと湿地帯の向こう に広がる海に連れて行くことにして私は隣人の車を借りて何年ぶりかで家をでたのだ。

その途中にある雑貨店で偶然自動人形の話を聞かされたのだ。

その自動人形の話なら私も知っていた

オリンピアと名付けられた美しい人形だったそうだ。

一時期相当話題になっていたがその人形が壊されて行方が知れなくなり結局その話の根拠さえもが曖昧になってしまっていたのだ。

それがその人形が見せ物になって街に来ているというのだ。

私は延々と続く泥沼のような海に行くのを止めて車をそのまま街に走らせた。

車は故障することも無く日が落ちる前に無事に街に着いたのだが自動人形を見せると言うあばら屋のような劇場をようやく探し当てたときにはすでにそ の日の上演はすべて終わっていた。

だが 私はどうしても諦められなかったので門番にいくらかの金を握らせてその人形を見せてもらった

人形は壊れたままの状態でビロードを敷き詰めた棺桶のような箱に丁寧に収められていたが片目は既に無く残された片目が私になにか懇願しているよう に思えて私はどうしてもこの壊れた人形が欲しくなってしまっていた。

幸い今なら遺産を自由につかえるので門番に交渉し盗まれたことにして運び出させ私が隠れ家の一つにしている家のほうに届けるよう承諾させた。

左目の瞼が垂れ下がりそれを隠すためか深く帽子を被った門番に少なからぬ前金を渡したのだが彼は礼を言うことも無くそのまま金勘定をはじめたの だった。


  +    三、   +

*自動人形が届く* 
               
約束の日に自動人形はちゃんと届いたが思っていた通り門番は仲間を連れて脅しにかかって来たので私は彼らの魂を壊し隠れ家と一緒に焼き払った。

結局自動人形と引き換えにいざというときの隠れ家を失ったことになったがそれでも門番に払うと約束した金額よりは随分安く済んだと思う。

どのみち門番の記憶は消さねばならなかったしむしろそういった行動に出てくれたことで手間も省けたと考えるべきだろう

私は自動人形をアトリエに移すと早速再生のための研究と実験をはじめた。

実は此の頃から私にはこの自動人形をつかって弟をも再生出来るのではないかと考え始めていたのだ。

この人形は人の手を借りずに動いて青年を恋の狂気へと追いやり破滅させたそうだ。

青年を恋の狂気へと誘えるのなら魂を失った弟の精神を再生するくらいのことはそう難しいことではないだろう。

私は自動人形を隅々まで調べ上げそれを復活させることに持てる技術と知識のすべてを注ぎ込んだ

       +   四   +
*たくさんの鳥を殺す それでも生き残ることの出来た鳥が自動人形を動かす*

人形の作動原理が結局わからないままだ。

人形のがらんどうになった体のなかには不死状態になるよう巧みに接合されたたくさんの鳥が詰め込まれていてそれで動くことができるようになってい たのだ。

これでどうやって動くことが出来るのかなど見当さえつかないままだ。
それに廃棄されてから相当いじられたようで本来入れてある筈の鳥が抜き取られて空になっていたり接合を外されてそのまま干涸びてしまった鳥の残骸 も少なくなかった。
それでもまだある程度は動くことができるのだが弟の魂を再生するにはあまりにも不十分だった。

だが更に調べて行くことで(作動原理そのもの相変わらずはわからないままだったが)鳥を繋ぐ手順だけは大凡理解できるようになった。

私はたくさんの鳥を得るために専門の猟師を雇いあらゆる鳥を捕らせた。
だが多くの鳥は小さく少し血を流しただけでも簡単に死んでしまうのでその多くを殺してしまうことになった。

それでも人形に残されている体に入るだけの鳥をつなげて封入することはなんとか成功した。

動くようにはなったものの上半身の殆どが欠けている自動人形を少しでも完全なものにするために祖父が研究していた再生人間の骨格を使い上半身を 作ったが残念ながらそれも腕の部分が欠けてしまっていた。

つまりこれでは完全に再生することが出来たとしても両腕はないままになるのだ。

でも 弟も両腕は既に無いので直接接続して弟の魂の再生を試みるとしても特に問題がないものと考えることにした。

ようやく再生された自動人形は以前のものより随分大きくなり形状も相当変化してしまったが私は自分の仕事に充分満足し改めてオリンピアと命名し た。

私は弟と自動人形を連結するためのコルセットを弟につけてそれで弟を動かすことで弟の魂を再生することを試みることにした。



追記

ここで手記は終わっている。

発見されたのは首を千切られ内臓を踏みつぶされた哀れな錬金術士の姿とオリンピアと名付けられた奇怪な人形でありナタナエルの姿は何処にも見えなかった。

手記とそこに残された現実から推察されるのは試験的にナタナエルをコルセットに繋いだことでナタナエルが覚醒。
ナタナエルの意思をもったオリンピアがその不死の体でかくも無謀な実験を行い結果として不死の怪物を世に放とうとした兄を忙殺したのではないかと言うこと だ。

ナタナエルが軍で同僚に常に兄の有り様について相談を持ちかけていたことは知られていたことであったしなかには兄の死を望むような発言も少なからずあった からだ。

一番の問題はそのナタナエルが何処へ消えたかということだがそれは事件から既に50余年が経過しようとしている現在でさえわからないままである。

オリンピアは当時と同じ状態だが現在にいたるまで動くところは確認されていない。これが動いていたとか不死であるとかというのは殺された錬金術士の妄想としか思えないが当時の状居から見ればこれがどうにかしてナタナエルの意思通り動き兄を殺したとしか考えられないのである。

未解決の事件であり地元の有力な家系であったため事故として処理されたが事実は非常に奇怪な事件である。

担当した監察官として手記としてこれを追記しておく。

資料として提出した当時の手記を出版したものと併読して頂きオリンピアを縛めから解き売却譲渡することについて反対の立場を取ることを理解された い。



鳥の王

空は見た目は変わらないがそれでもそこに鳥の姿をみることはなくなってしまった。

かつて空を覆い尽くしていた鳥のその殆どが地上に墜ち墜ちた鳥は人によって焼かれて海に流されてしまったからだ。

    彼は鳥の王だ。

僅かに残された誇り高い空の支配者の末裔だ。

残された僅かな同胞を守り未来に子孫を残すために鳥の中から生み出された王だった。

彼は生まれた時からそのことを理解していてそのために耐え成長した。

既に飛べる空は限られていてそれも風向きなどの条件でめまぐるしく変化した。

その刹那は大丈夫でも飛べない空に少しでも触れるとやがて羽は動かなくなり失速して墜落してしまう。

彼らの薄くて軽い骨格は落下の衝撃に簡単にひしゃげ脳や内臓を大地に撒き散らした。

どうして飛べない空になってしまったのかそれは明確な一つの理由からではなかったが毎日夥しい鳥が空から墜ちて来た。

道路も海も鳥の死骸で埋もれた。

死骸は腐り千切れた羽が宙を舞う。

それでもなにも変わらない。

それは人間や人間が自らの都合で作り出したものとは関係ないこととされ たまたま同時期に彼らの遺伝子が限界に達しついに環境に適応出来なくなったからだと説明されていた。

そもそも食べるためだけに飼育された飛ばない鳥には影響は無くただ空を飛ぶだけの鳥がどれだけいなくなってもヒトの生活になんの支障があるだろうと言われると目の前の只ならない現実を究明し理解するより楽だったので誰もがそう信じたくて仕方がなかったのだ。


鳥の死骸は何度かにわけてまとめて消却されると灰はそのまま海に撒かれた。

その灰が海の色を変える程海に撒かれたのだがそれでも誰も顧みる者はいなかった。

いや いないわけではなかったがその少年には声がなかった。

楽器を奏で黄昏の空を飛ぶ鳥の鳴き声に合わせて声を出すことが彼の唯一の存在理由だったが鳥がいなくなったことでその声すら出せなくなってしまっていたのだ。

もともと誰にも顧みられることの無かった少年は楽器を片手にそれでもまだ生きている僅かな鳥を捜して海辺を彷徨っていたのだ。

彼の手元には楽器があるだけで海が汚れて行くのをただ見守ることしかできなかった。

それでもその汚れた海の為に楽器を奏でる気持ちにはなれなかった。

少年の眼にはもう鳥ではなくただの汚れた灰としかうつらなかったからだ。

かつて少年は甲高い声で鳥の声を真似ていた。

声で追えない部分は楽器でそれを補った。

少年の声と楽器の音色に多くの鳥が反応することが彼にとって唯一で最大の幸福だった。

元々何処にも居場所はなくて少年の姿は誰の眼にも映らないかのようだった。

でも多くの鳥はその声で彼を同胞と認めそんなに近づくことも一緒に旅をすることもなかったが少年の存在をちゃんと認識していた。

鳥の王も少年のことを認識し理解もしていた。

鳥の王がはじめて少年を見たときには既にかれはあまり唄わなくなっていたがそれでも少年を認識できたのは多くの鳥達と情報を交換していたからでその大半は匂いと音とある種の電磁波から成り立っていた。

少年の情報も音と匂いに還元されて多くの鳥達に伝えられていたのだ。

鳥はこの世界の全てをそのようにして把握し共有して生きて来たのだ。

彼らは人間とは全く違う方法で世界を把握し空を支配し続けていたのだ。

言い方を変えればそれまでの彼らにとって人間等取るに足らない存在だった。

どれだけ勢力を伸ばそうとも地上に張り付いている限り脅威ではなく限られた環境でしか生存出来ない貧弱で惨めな存在でしかなかったからだ。

少なくとも空が飛べなくなる迄は。

鳥の王はそれでもまだ安全な人が住むことが出来ない凍てついた空に残った仲間達を集めていたがそこに少年を連れて行くことは出来なかった。

少年は飛ぶことが出来なかったし匂いや音を使ってもうまく情報が伝えられなかったからだ。

それでも少年にも彼が鳥の王だということはわかってはいたがそれまでのどの鳥よりも複雑で巧みに鳴くことが出来る鳥の王の真似は容易ではなく王の鳴き声の意味が理解出来なかったのは仕方のないことだった。

鳥の王は飛べる限りの空を飛んでまだ生きている仲間を捜していた。

勿論王にも飛べない空の影響はあったが彼は生まれた時点で死ぬことが出来ない存在だったので羽が動かなくなるようなことはなかったのだ。

でもそれは死なないというだけのことで飛べない空は王の体をゆっくり蝕み破壊しはじめていた。

王の内臓は焼けただれ血肉は溶けて皮膚の破れたところから腐汁となって流れ落ちた。

肉を失った羽はギシギシと嫌な音をたてるばかりで思うようには動かずかつてのように複雑な声で鳴くこともできなくなっていた。

残っていた8643の同胞を全て凍てついた空へと送り届けたあと最期に残された同胞は飛ぶことの出来ない少年だけになった。

少年を凍てついた空の下に送り届けることは王でさえ出来ないことだった。

王は飛べない空を作った原因の一つであり今なお毒を吐き続ける人の作り出した忌まわしい建造物を封じる以外には少年を救えないと判断し同胞の中から帰ることの出来ない旅に出る仲間を撰んだ。

撰ばれた478の同胞はそれぞれに身を守る為の防具をつけ毒を吐き続ける建造物を攻撃するだろう。

その周囲のすべてが飛べない空であり羽が動かなくなる迄の僅かな時間のなかで最初で最後の攻撃は行われるであろう。

鳥の王は先頭に立ち同胞を従えて黄昏の空を舞うだろう。

少年は久々に空をまう鳥の大群に歓喜しその声に合わせて唄うだろう。

地上にただ張り付いているだけの人類は恐怖し鳥の大群がベントに突っ込み熱の排気を不可能にし炉が溶解して床や壁を溶かすのを見守るだけだった。

やがて大きな爆発が起こって何もかもが塵や瓦礫となったがそれでも鳥の王はまだ生きていてその随分後になってようやく僅かに生き残った人の手で回収された。

人の文化や技術の多くは爆発によって失われていたがそれでも残されていた古代の技術で鳥の王を封印すると人は緩やかに滅びて行った。

凍てついた空の向こうには王によって残された多くの鳥がなんとか生き残っていたがそれでもその空からでることはできないままだった。

鳥の王は封じられたまま少年のことを思い出そうとしたが今は姿カタチさえ思い出せなかった。

きっと もう一度会える迄死ねないのだろう

王はそう信じていてそう考えられることは王にとっての救いでもあった

少年は500年程を経過した頃ようやく塵と泥のなから蘇生した。

それから140年程をかけて塵と瓦礫の下に埋もれていた鳥の王を探し出した。

でも 王は死んでいないというだけでもうなにも理解出来なかった。

彼は死骸より哀れな存在であり死による休息さえ許されなかったのだ。

少年はどうしても取り外すことの出来ない封印の上から持っていた楽器を取り付ける王のように唄う事でようやく王の目指した目的の地を理解してそのまま王と一緒に凍てついた空を目指した。

そこにまだ同胞がいると信じそこへ王を帰す為に。

王と一緒になった楽器を奏で少年はかつての王のように唄いながらいつ終わるとも知れない長い旅を続けた。

それは辛くて大変な旅路だったが少年も王もとても幸せだった。

王が鳥という種が生み出した救世主であるように少年もまた人という種が生み出した救世主だったのだ。

だが 人の眼には彼の姿がうつらず少年を理解出来たのは鳥だけだったのだ。

それはヒトにとって不幸と言う以外にはなかった。

4月15日からチェコ大使館にあるチェコセンターというところで 「ヤン・シュヴァンクマイエル氏へのの逆襲」という展示がはじまります。




  -  ヤン・シュヴァンクマイエル氏への逆襲   -

日本人作家によるヤン・シュヴァンクマイエル監督へのオマージュ展

~ 私たちはシュヴァンクマイエルに会っていなかったら 今はなにを見ているのだろう ~

参加作家

清水真理 三浦悦子 あやさきちいこ マンタム Neqro 建石修志 山本タカト

期間 4月15日~5月25日

4月14日7時より内覧会参加自由入場無料 於チェコ大使館チェコセンター

チェコセンター後援 夜想プロデュース 問い合わせパラボリカ・ビスhttp://www.yaso-peyotl.com/

パラボリカ・ビス連動企画 ライブ  パフォーマンス「音を視る」

4月20日(水曜日)会場19:00 開演 19:30 2000円
出演 T`風呂n`T(難波 研 谷地村啓/演奏 編集)
松永天馬from アーバンギャルド(声 パフォーマンス)
立花順平(Violin)/青木淳平(Guitar) /翼(5String Bass)


現在展示中のヤン・シュヴァンクマイエル展 に続き開催されます。

他にも現在中止になっているチェコセンターで開催予定だった チェコっとシネマの映画上映とチェコセンター所長であり日本にヤン・シュヴァンクマ イエル氏が来られたときに通訳から朝ゴハンまで作られているというペトル・ホリィさんの解説も企画中です。

ぜひ いらしてくださいませ!

緋色の女
 

夜帰りに何時も通るビルの壁面になにか赤いモノが貼り付いているようにみえました。


なんだろうとおもって良く見てみたらそれはただただ赤い女なのでした。


身につけているものがということではなく髪も皮膚も眼球も塗りつぶしたように赤い女がビルの壁面に貼り付いていたのです。


だがそれ自体はとても奇妙なことの筈なのに騒ぎ立てる人はだれも居ないのです。


それから 私は何回もそのビルに通うようになっていました。


よくわからないがどうしても気にはなるのでなんとなく通うのですが おかしなことにこの赤い女が見えるのは自分だけもようなのです。

 

 あの女はなんなのだろう?

 

 何故あんなところに貼り付いているのだろう?

 

 そもそもどうして自分にしかみえないのだろう?

 

 私の精神がおかしくなってしまったのでしょうか?

 

そうやって通うのが日課になってしまったある日 突然話しかけて来る人間がいました。


坊主頭で耳の後ろを白く塗っていて・・。

 

彼は私が見ている女が「緋色の女」と呼ばれるものであれは世界がほころび始めたときにあらわれる端緒の糸のようなものだと教えてくれました。


つまり誰かが不用意に「緋色の女」に触れるとそこから一気に世界がほころんでしまうというのです。

そして、彼は訊ねました。


私にとってこの世界は大切なものなのかと。


もし守りたいのならあのビルの壁面に貼り付いている「緋色の女」と対決しなくてはならない。


失敗すればこの世界はほころびて消えてしまうが遅かれ早かれ「緋色の女」があらわれた以上消えてしまうのは決まっているのだから結果は気にし なくてもよい 大切なのは私が自らと世界の破滅を賭して彼女と闘う意志があるのかどうかなのだ と。


彼の説明によれば世界は約束事によって成り立っていてそれはいままでの全ての世界がそうであったようにこの世界も約束事で成立している。


ところがそこに暮らす人々の煩雑な意識と欲求そのものが澱となってたまりすぎると「緋色の女」の出現によってコップに溢れる水のように崩壊し てまた新しい世界がはじまるのだ と。


世界は何枚もの薄い紙を合わせたような構造で成り立っていて都合が悪くなればその一番上の紙を破いて新しく描かれる絵にすぎないのだ と。


我々はそれが誰の描いた絵なのかを知るどころか何ヒトツ疑うことなくただ暮しているだけのことなのだと


だからそれ自体にはなにひとつ意味はない 世界が滅べばそこに在るなにもかもが消え去り新しい世界がはじまるだけのことなのでその事をだれヒ トリ悲しむ事も苦しむ事もなく終わるのだから イヤならともに滅びればいいだけのことなのだと


それで、結局私は「緋色の女」と闘う事になるのですがそのための力を得るということはこの世界の約束事から離れてしまう事を意味していてそれはも う戻る事のできない道を選んでしまうことでした。


その「耳の後ろを白く縫った男」とその眷属たちはこの世界が成立する以前に私と同じように緋色の女をみて 闘うという意志を選択し その結果 全ての世界の約束事から切り離されて 孤立して彷徨するしかなくなってしまった哀れな亡霊のような存在だというのです。


私は「緋色の女」と闘わなければならなくなりました。


 でも それは世界のほころびをはやめるだけに終わるものかもしれません。


それでも私にはそれ以外の選択肢がなく

コンクリートで囲まれた黴だらけの小さな地下室で私達は闘うための準備をしています。


「耳の後ろを白く縫った男」はさっきまでコップの中の水で白っちゃけた眼球を洗っていましたが「緋色の女」の様子を見に行くといって何時のま にかいなくなってしまいました。


そうしたら コップのなかの眼球はイツのまにか 根元から千切れた私の指になっていてそれで「緋色の女」の攻撃がはじまっているのにはじめて 気がついたんです。

 

 

 

 





私が路地に隠れていると いつものように彼が現れます。

彼は事故で体の多くを失い機械に残った体を埋め込んで生きているので見た目はまるで大きなクレーン車の残骸のようです。

その錆びた大きな体をきしませながら 彼は私を探しているのです。

彼はいつも決まった時間にここを通り私はいつもこの時間にここにいるのです。

彼はそのことを知っているのでいつもここで私を探します。

それで私はいつも見つからないように小さくなって排水溝のなかや下水溝等に隠れているのですが今日は一旦はやり過ごしたと思って通りに出た所を彼に捕まってしまいました。

彼だと思っていたのは調子が悪くてオイルをまき散らしながら走っている大きな廃水処理車だったんです。

バンパーが外れかけてガタガタいう音が彼が錆びた足を引きずるように歩く音と勘違いしてしまったのです。

彼の4つあるそれぞれ違った腕の一番小さな(機械油と蒸気で黒い粘土のように固まった)触手に摘まれて眼下には道路とこすれながら火花を散らす彼の足が見えています。

それからしばらく 多分 30分くらいして街の一番外れにある少し枯れた蔦が外壁にはり付いている製糸工場のあたりで彼はようやく動きを止めると私を彼の口らしきところに押し込みました。

口の中とは言っても所詮は継ぎ接ぎだらけの機械なものですから中から傷んだレンガの壁がみえて枯れた蔦に絡まるようにして死んでいる鳥の死骸まで良く見えるのです。

でも その継ぎ接ぎだらけ機械のなかから無数の小さな細く尖った刃や錐のようなものが出て来て私を解体していきます。

私は体のあちこちから少しづつ切り離されて機械に飲み込まれていきました。

そうやってすっかり日が落ちた頃 私は彼の頭部に埋め込まれていて彼そのものになっていたのです。

さて これから どこへ行こうかと考えるのですが それよりこの格好が気になってしょうがありません。

どこへ行こうがなにをしようがかくしようも無いしそのうえ音はひと際うるさいんです。

これじゃ どこへ行っても気に入られないんだろうな と不安になるのです。