「夜の衛兵」は連載小説のカタチをとっておりこれは全5部構成のウチ作品化された3部の一番最期にあたるものです。
画像にある作品は 立体化された「夜の衛兵」であり私のパラボリカ・ビスで開催された初個展に出品されましたがしばらくして売れてしまったので今は手元にありません。
巻末に続くとありますが続く予定はありません。

その星はいつも夜に覆われていた。
ゴド-は生まれたとき、もう自分がなにをなすべきなのかを分っていたが自分がもとはどこの誰でどんな暮らしをしていたのかはどうしても思い出 せなかった。
記憶のどこか片隅に自分の辿り着かなければならない風景があるのだがそれがどこに存在するのかということも同じ様に思い出すことができなかった。
だが、ゴド-のそんな思いにかまえるほどゴド-も生き残った星の住民たちも時間に余裕があるわけではなかった。
生まれたその日からゴド-の潜在能力を極限までひきだす実験と苛酷なトレーニングが彼をを待ちうけていたのだ。
ゴド-の過去に関する全ての資料はゴド-の合成に成功した時点で抹消されていた。
余計なことをゴド-が詮索してトレーニングに支障をきたす可 能性がないとはいえないからだった。
おかげでゴド-は自分につけられたゴド-という名前以外は引き出しの片隅にさえ存在しえないものであるということを受け入れる以外になかった。
大気層の厚さはもうその星の人間が生存しうる限界をわりこむ寸前まで薄くなっていて、この星が長い年月をかけて作り上げてきた科学も、強引に押し進められ
てきたこのプロジェクトで作り出されてきたこれまでの人為的な超人達もこの末期的な状況の進行速度をゆるめることさえできなかったのだ。
ゴド-が有していたのは時間に対しての能力だった。
それまでの物理的なあるいはもっと問題にさえならない精神的な能力者に比べればこの星の危機に対していくらかでも有効な力として期待されるのは無理もなかった。
ゴド-の誕生と能力は死滅寸前だったあらゆる報道システムを通じて星中に広まっており住民たちの期待と関心はゴドーに集中していた。
だが、それに比べゴド-は自分でも驚くほど覚めきっていた。
気になるのは脳のどこか片隅に焼き付けられているどこのものともわからない風景のことだけだ。
生まれてからずっと分厚い壁に覆われた研究施設に閉じ込められているゴド-にとって外の世界がどうなっているのかは知るよしもなかったが、合成される以前
の記憶がまだ、いくらかは残っていたので、その絶望的なまでに荒れ狂う異常気象と住み家を追われ逃げ惑い流民と化したかつての同胞達の姿を思い出すくらい
のことはできた。
しかし、どう、想像力をふくらませてみても夜、難破船のなかを逃げ惑う薄汚ないずぶぬれのネズミの大群くらいにしか考えることが出来ずゴド-はあまり彼ら のことを考えないようにしていた。
合成されるまではかなり思い入れがあり進んで志願したはずだったが、今となっては志願の理由さえ思い出すことが出来なくなりそうだったからだ。
でも、これはゴド-に限って現れた現象ではなかった。
合成によって作られた人間は多かれ少なかれこういった傾向が現れるものなのだ。
感情の起伏が弱くなり、とくに同情心といったものが顕著にその傾向を示すようだった。
彼らは志願の動機すら忘れ、同胞達が眼前で無残な死をむかえたとしてもなんの感情も働かないのだ。
これは合成の技術的な問題によるものとされていたが、勿論原因を追求している余裕も必要もなかったので、合成の初期段階である種のウイルスを埋め込むこと
でこの問題に対処していた。
そのウイルスに対するワクチンをある一定の間隔で打ち続けないかぎりそのウイルスは速やかに暴虐的な死をもたらすのだ。
しかしこの手段をもってしても自らの死にさえなんの関心も示さない個体も存在したのであまり決定的な手段とはなりえてはいなかったが。
もともとこのプロジェクト自体かなり追いつめられて半ば自棄的になったこの星の学者たちの一部が予備実験として、自分たちの好奇心を満足させるために始め
たようなところがあり、当初は宗教家たちを中心にした見識者達の猛反発がおこったような代物だったのだ。
それを半ば強引にでも押し切って進めて来られたのはもう、この星の神々が彼らを見捨ててしまったことを当の宗教家達が認めざる終えなくなってしまったいた
からにすぎない。
合成の技術は本来は処刑の手段として使われていたある種の寄生虫の酵素を利用して2人の人間を合成してしまうというものだったが、これすらも 元は偶然発見されたものだった。
処刑で良く使われていたこの寄生虫はこの星の湿地帯に多く生息しているもので寄生主の身体に取りつくと長い時間をかけて自分たちの巣へ作り替 えてしまうという性質をもっていた。
寄生されたまま放置しておくと最終的には濃紺色のぶよぶよした大きな水膨れの芋虫のようなものに成り果ててしまうというものだ。
水膨れの芋虫の様なものの正体は幼体とタマゴの群生した巣のようなもので、寄生された側はかなり最後のほうまで意識を持ち続けてしまうことからこの星の歴
史のかなり始めのころから頻繁に使われた処刑道具だったのである。
その処刑の長い歴史の過程で、ある時、狭い湿った牢獄に押し込められ寄生された処刑者同志が寄生虫を仲介に融合してしまったことがあったのだ。
この自体に興味を示した当時の法医師達が寄生虫を丁寧に取り除いてみたところ、なんとか生き永らえることの出来た囚人は全く別の個体に変化をとげてしまっ
たいた。
このことが情報として広まると盛んにこの実験が当時の宗教家とお抱えの法医師達の間で行われたが、すぐに禁制の邪法として封印されることになってしまっ
た。
人道的な理由などではなく、合成されたものの中に超能力を持つものが出現することがわかったからだ。
これは彼ら宗教家にとってはなはだ都合の悪いものだったからだ。
当初宗教家達が反発したのはそういった背景もあったからだが、既にこの星の科学がこの星の生物達がごく目前に迎えようとしている絶滅をさけうる有効な物理
的な方法をなにひとつ持ちえていないことがはっきりしている以上、いかに無謀であれ、禁断の邪法であれ、もうこれ以外になんの方法は残されていなかった。
人為的な神(超人)を作り出し、それに救済してもらうこと、ゴド-はそのために志願した大勢の殉教者の成れの果ての一人にすぎなかった。
ゴド-に課せられた願いはこの星に永遠の未来をあたえることで、その時点で生残った全ての人民の命を守ることだった。
そして、ゴド-が獲得した能力は時間を操る力だった。
約束の日、(それを決めるのはすっかり権威失墜した宗教家達の最後の仕事だったが)ゴド-は合成されてから初めて厚い外壁の外へ連れ出された。
真っ暗な夜のなか、荒れ狂う強大な風と体中を打ち付け、丁寧に敷き詰められた石畳のうえで粉々に砕け散る氷の雨をみつめているうちにゴド-は怒号のように
唸る風の音が自分の名を呼び続ける無数の人間の声であることに気がついた。
空は低く大気がうねり終わることのない夜がこの星の最後を告げているようだった。
成功すればウイルスを身体から取り除いて貰えることになっていたが、ゴド-にとってそんなこと別にどうでもよかった。それよりも一刻も早くこの場を去りた
いだけだった。
ゴド-は意識を集中し、能力を解放してやった。
いつでもそれはゴド-にとって最高の快感だった。
だが、彼らの願いを叶えたにもかかわらず、誰一人ゴド-を称賛するものはいなかった。
ゴド-は合成されてからはじめて味わう妙な気分にとらわれていたが、暫くしてその正体を理解した。
失望したのだ。
ゴド-は時間の狭間を作り出すと、そこに身体を潜り込ませた。
ここを通ればどこへでも行けることをゴド-は研究者たちとのトレーニングで知っていた。
ゴド-は星の住人たちとの約束をちゃんと守ったのだ。
だが、誰一人それに気がつくことはないだろう。
ゴド-がこの星の時間の流れ方を変えてしまったからだ。
彼らとの約束を守るにはそれしかなかったのだ。
残されたこの星の住民達はゴド-が力を解放したその瞬間の僅かな時間を永遠に行き来するのだ。
時間は何度も何度も繰り返すことだろう。
ゴド-が力を解放し、失望して時間の狭間に姿を消すまでの瞬くような一瞬の時を。
なにも理解できずに只、祈り、そして永遠に繰り返すのだ。
ゴド-の力はこの星を包む時間の流れ全体を変えてしまったのだ。
この星もゴド-同様、この宇宙から消えてしまったようなものだった。
続く