
人は死ぬと世界の果てで鳥になる。
生きていたときの全ての記憶を持ったままで世界の果ての空を舞うのだ。
だが その鳥には足が無い。
だからいつまでたっても地上に降りて休む事が出来ないのだ。
その空には今迄の全ての死人が鳥になって空を埋め尽くすように飛んでいるのだ。
その世界の地表は全て砂漠であり永遠に夜が訪れる事は無い。
砂漠の真ん中には大きな穴があいているがその先には闇が見えるだけである。
その世界に自らの意思で転生することができればどんなものにでも生まれ変わる事ができる。
これは全ての事が叶うという事と同義である。
だがそれには条件があって一番大切なものを犠牲にする事と全ての記憶を奪われることである。
記憶は忘虫というものが食いつくしこの世界に入る時に鳴る忘鐘によって全ての記憶を喪失する事になる。
つまり多大な努力と犠牲を払ってこの世界に転生出来たとしても願望も目的すらも思い出す事ができないのだ。
世界の果ての話
そこにはとても沢山の鳥がいて俺はそれを食べる大きな蟻喰いだった。
いつからそこでそうしているのかはどうしても憶いだせなかったが鳥は充分に空腹を満たしてくれたので俺はそのことについて あまり考えることはしなかった
その世界の中央にはとても大きな穴が開いていたが大蟻喰いにすぎない俺ではその穴を覗くこともおりることもできなかった。
たまにそばまでいって覗き込もうとはしたのだが俺の半円形にまがった鈎爪と不格好な4ツ足ではあまり踏ん張がきかずすぐに 滑りそうになるので穴の中がどうなっているかなんて皆目見当もつかないままだった。
周りは砂で埋め尽くされていてどこをみても同じ風景がただ延々と続いているだけだった。
俺はいつも穴の周囲をぐるぐる周りながら鳥を食い腹がくちくなるとそのままごろんと横になって眠った。
でも夜はやってこなかったので目が覚めてもどのくらい時間がたったものか見当もつかなかった。
そうやってまた長い時間がたったころ俺は脱皮して山羊に姿を変えていた。
前の身体の倍位もあるおおきな黒い山羊だった。
踵に不釣り合いにとがった蹄がありそれを砂にくいこませれば少しは立つことも出来た。
でもやることは変わらなかった。
腹が減れば鳥を食べてくちくなれば横になって眠った。
それでも体が大きくなったので前よりもっと穴が覗けるようになった。
踵に大きな蹄がありそれが以外とうまく砂にくいこんで上半身を支えてくれた。
俺はそれではじめて穴のなかを覗き込むことができたのだ。
穴はとんでもなく深くどこまでも続いているようだった。
ためしに砂を穴のなかに流してみたが砂はどこまでもただ零れていくだけだった。
この世界に終わりがないようにこの穴にも終わりがないのかもしれなかった。
俺はそれからたまに穴をノゾキにいくようになった。
降りてみたいという衝動にかられることもあったが流石にそれはできそうもなかった。
それにたいしたことじゃないが他に気になることもあったからだ。
俺は腹が減れば鳥を食べる、でもこいつらはなにを食べているんだ?
それにどうして減らないんだ?
俺の前の身体はどこへ消えてしまったんだ?
寝ているあいだになにかが起こっているのかも知れないとおもって眠らずにいたり寝たフリをしてみたりしたが別に変わった様 子はなにもなかった。
一度は砂の中に埋もれて姿を隠してもみたがやはりなにも起こらなかった。
でも俺はすぐにそういったコトにも飽きて穴も覗かなくなってしまった。
世界は何も変わらず俺は鳥を食い鳥は俺に食われ穴はどこまでも続いているだけだった。
そうやってまた長い時間を過ごして目覚めてみると俺はまた脱皮して今度はヘビになっていた。
前の身体が気にいっていたので少しがっかりしたが結局この新しいカラダに慣れるしかなかった。
新しい身体はおそろしく長かった。
鎌首をもたげて尻尾のほうを見ようとしても蜃気楼のようでそれがどこにあるのかわからないのだ。
でもこの身体でやることは決まっていた。
新しい身体に充分に慣れたころどこまでも伸びた身体中腹一杯鳥を食べ俺は穴の中に体を滑らせていった。
穴はどこまでも終わりが無かったが俺の身体にも終わりはない。
ただただ果てがないだけであまりにも同じ穴をただ落ちていくだけなので感覚はどんどんあやふやになり落ちているのか、上っ ているのか、それともただ真横に移動しているのかさえわからないしまつだった。
何度も眠りながら落ち続けそうやってかなりの時間が経過したころからアナの径はせまくなりはじめウロコがバリバリと岩肌を こすりキナ臭い匂いが鼻をついた。
更に厄介なことにこんなところまできて今さらハラが減ってきたのだ。
もう引き返すことなどできるハズもない。
アナはちょうどオレの胴とほぼ同じ径にまでせまくなっていてウロコをひっかけながらようやく前に進んでいるような状態だっ たからだ。
今さらウロコを岩壁から引き剥がして戻るコトなどできるわけがなかった。
いやでももう前に進むしかない。
鳥をハラいっぱい食いたいがここにはクチにいれられるようなものはなにもなかった。
このままいつか動けなくなってここでひからびるのかと思うと情けないものなのだろうがそれよりもなによりもハラが減って目 から火花が飛びそうだった。
なにか食えなくてもいいから口にいれられそうなものはないかと見渡していたら遥かに遠い暗がりの向こうで少女の首が道をふ さいでいるのがみえた。