鳥の王
空は見た目は変わらないがそれでもそこに鳥の姿をみることはなくなってしまった。
かつて空を覆い尽くしていた鳥のその殆どが地上に墜ち墜ちた鳥は人によって焼かれて海に流されてしまったからだ。
彼は鳥の王だ。
僅かに残された誇り高い空の支配者の末裔だ。
残された僅かな同胞を守り未来に子孫を残すために鳥の中から生み出された王だった。
彼は生まれた時からそのことを理解していてそのために耐え成長した。
既に飛べる空は限られていてそれも風向きなどの条件でめまぐるしく変化した。
その刹那は大丈夫でも飛べない空に少しでも触れるとやがて羽は動かなくなり失速して墜落してしまう。
彼らの薄くて軽い骨格は落下の衝撃に簡単にひしゃげ脳や内臓を大地に撒き散らした。
どうして飛べない空になってしまったのかそれは明確な一つの理由からではなかったが毎日夥しい鳥が空から墜ちて来た。
道路も海も鳥の死骸で埋もれた。
死骸は腐り千切れた羽が宙を舞う。
それでもなにも変わらない。
それは人間や人間が自らの都合で作り出したものとは関係ないこととされ たまたま同時期に彼らの遺伝子が限界に達しついに環境に適応出来なくなったからだと説明されていた。
そもそも食べるためだけに飼育された飛ばない鳥には影響は無くただ空を飛ぶだけの鳥がどれだけいなくなってもヒトの生活になんの支障があるだろうと言われると目の前の只ならない現実を究明し理解するより楽だったので誰もがそう信じたくて仕方がなかったのだ。
鳥の死骸は何度かにわけてまとめて消却されると灰はそのまま海に撒かれた。
その灰が海の色を変える程海に撒かれたのだがそれでも誰も顧みる者はいなかった。
いや いないわけではなかったがその少年には声がなかった。
楽器を奏で黄昏の空を飛ぶ鳥の鳴き声に合わせて声を出すことが彼の唯一の存在理由だったが鳥がいなくなったことでその声すら出せなくなってしまっていたのだ。
もともと誰にも顧みられることの無かった少年は楽器を片手にそれでもまだ生きている僅かな鳥を捜して海辺を彷徨っていたのだ。
彼の手元には楽器があるだけで海が汚れて行くのをただ見守ることしかできなかった。
それでもその汚れた海の為に楽器を奏でる気持ちにはなれなかった。
少年の眼にはもう鳥ではなくただの汚れた灰としかうつらなかったからだ。
かつて少年は甲高い声で鳥の声を真似ていた。
声で追えない部分は楽器でそれを補った。
少年の声と楽器の音色に多くの鳥が反応することが彼にとって唯一で最大の幸福だった。
元々何処にも居場所はなくて少年の姿は誰の眼にも映らないかのようだった。
でも多くの鳥はその声で彼を同胞と認めそんなに近づくことも一緒に旅をすることもなかったが少年の存在をちゃんと認識していた。
鳥の王も少年のことを認識し理解もしていた。
鳥の王がはじめて少年を見たときには既にかれはあまり唄わなくなっていたがそれでも少年を認識できたのは多くの鳥達と情報を交換していたからでその大半は匂いと音とある種の電磁波から成り立っていた。
少年の情報も音と匂いに還元されて多くの鳥達に伝えられていたのだ。
鳥はこの世界の全てをそのようにして把握し共有して生きて来たのだ。
彼らは人間とは全く違う方法で世界を把握し空を支配し続けていたのだ。
言い方を変えればそれまでの彼らにとって人間等取るに足らない存在だった。
どれだけ勢力を伸ばそうとも地上に張り付いている限り脅威ではなく限られた環境でしか生存出来ない貧弱で惨めな存在でしかなかったからだ。
少なくとも空が飛べなくなる迄は。
鳥の王はそれでもまだ安全な人が住むことが出来ない凍てついた空に残った仲間達を集めていたがそこに少年を連れて行くことは出来なかった。
少年は飛ぶことが出来なかったし匂いや音を使ってもうまく情報が伝えられなかったからだ。
それでも少年にも彼が鳥の王だということはわかってはいたがそれまでのどの鳥よりも複雑で巧みに鳴くことが出来る鳥の王の真似は容易ではなく王の鳴き声の意味が理解出来なかったのは仕方のないことだった。
鳥の王は飛べる限りの空を飛んでまだ生きている仲間を捜していた。
勿論王にも飛べない空の影響はあったが彼は生まれた時点で死ぬことが出来ない存在だったので羽が動かなくなるようなことはなかったのだ。
でもそれは死なないというだけのことで飛べない空は王の体をゆっくり蝕み破壊しはじめていた。
王の内臓は焼けただれ血肉は溶けて皮膚の破れたところから腐汁となって流れ落ちた。
肉を失った羽はギシギシと嫌な音をたてるばかりで思うようには動かずかつてのように複雑な声で鳴くこともできなくなっていた。
残っていた8643の同胞を全て凍てついた空へと送り届けたあと最期に残された同胞は飛ぶことの出来ない少年だけになった。
少年を凍てついた空の下に送り届けることは王でさえ出来ないことだった。
王は飛べない空を作った原因の一つであり今なお毒を吐き続ける人の作り出した忌まわしい建造物を封じる以外には少年を救えないと判断し同胞の中から帰ることの出来ない旅に出る仲間を撰んだ。
撰ばれた478の同胞はそれぞれに身を守る為の防具をつけ毒を吐き続ける建造物を攻撃するだろう。
その周囲のすべてが飛べない空であり羽が動かなくなる迄の僅かな時間のなかで最初で最後の攻撃は行われるであろう。
鳥の王は先頭に立ち同胞を従えて黄昏の空を舞うだろう。
少年は久々に空をまう鳥の大群に歓喜しその声に合わせて唄うだろう。
地上にただ張り付いているだけの人類は恐怖し鳥の大群がベントに突っ込み熱の排気を不可能にし炉が溶解して床や壁を溶かすのを見守るだけだった。
やがて大きな爆発が起こって何もかもが塵や瓦礫となったがそれでも鳥の王はまだ生きていてその随分後になってようやく僅かに生き残った人の手で回収された。
人の文化や技術の多くは爆発によって失われていたがそれでも残されていた古代の技術で鳥の王を封印すると人は緩やかに滅びて行った。
凍てついた空の向こうには王によって残された多くの鳥がなんとか生き残っていたがそれでもその空からでることはできないままだった。
鳥の王は封じられたまま少年のことを思い出そうとしたが今は姿カタチさえ思い出せなかった。
きっと もう一度会える迄死ねないのだろう
王はそう信じていてそう考えられることは王にとっての救いでもあった
少年は500年程を経過した頃ようやく塵と泥のなから蘇生した。
それから140年程をかけて塵と瓦礫の下に埋もれていた鳥の王を探し出した。
でも 王は死んでいないというだけでもうなにも理解出来なかった。
彼は死骸より哀れな存在であり死による休息さえ許されなかったのだ。
少年はどうしても取り外すことの出来ない封印の上から持っていた楽器を取り付ける王のように唄う事でようやく王の目指した目的の地を理解してそのまま王と一緒に凍てついた空を目指した。
そこにまだ同胞がいると信じそこへ王を帰す為に。
王と一緒になった楽器を奏で少年はかつての王のように唄いながらいつ終わるとも知れない長い旅を続けた。
それは辛くて大変な旅路だったが少年も王もとても幸せだった。
王が鳥という種が生み出した救世主であるように少年もまた人という種が生み出した救世主だったのだ。
だが 人の眼には彼の姿がうつらず少年を理解出来たのは鳥だけだったのだ。
それはヒトにとって不幸と言う以外にはなかった。