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◆ 母の肺の腺がん ◆ 大きさステージⅣa 転移ステージⅡ 1010年9月28日判ったです ◆
肺の腺がん2020年9月16日に確定、2020年10月19日から初めての抗がん剤治療入院~翌月11月5日17時19分天国へ★あまりに急変で、置いて逝かれちゃった

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この日は三泊四日で来ていた人たちが昼食が終わったら帰る日でもありました。



四苦八苦しながらの苦しい午前中の参拝が終わり、昼食になった時、たまたま席がなく男性の相部屋の人たちと食事を同席することになりました。

ツアー当初、若い男性が二人参加していましたが、一人はツアー日程を消化し帰路につきました。残るもう一人の若いかたは最後の四国八十八ヶ所結願の寺までの参加でした。

※四苦八苦とは『肉体の苦しみである「四苦(生老病死)」に、四つの心の苦しみを合わせて「八苦」となる。』

この一人残った若い方から昼食の際、大変心ある接待された。

※お茶や箸などを持ってきたりかいがいしく接待をいただいた。

そんな二週間のツアー日程の中で、人が入れ替わり立ち替わり流動しながら当初の参加者が少なくなっていく中で、この若い方がバスの中で持ってきた本がたまたま目につきました。

この若い方の数冊の本は世界で代表されているような経営の本ばかりを持っていたようでした。


この若い方は、人生の壁にぶつかって迷いの道に入ったと感じました。

自分の選んだ本などを読んでいても「心はここにあらず」というように私には見えました。

なぜなら、どこかとても迷いの中必死に何かを求めている、探しているのがとても良くわかりました。

※大企業複数での三十年弱の提携関係、接待関係。経営者としての経験が私自身の苦しみや大企業の役職役員の苦悩とどこかだぶっているようにも思えたので、これは経営、人生などに対するある種特有の深い壁と迷いだろうなと分かっていました。


この若い方は、私が夫が仏教徒で奥さんがキリスト教のご夫妻に写真を撮ってもらうようになると、よく私たちのそばにいて、なんかいつも見られている、交わす会話を聞いているという感じでした。

私になにか話したいんだけど、話せないというような感じにも見えましたが、私自身も写真を撮ることに精一杯だったので、いつもなら声をかけたと思うのですが、巡礼中はこの若い方にどうしても声をかける余裕がありませんでした。


ですが、これがご縁なのかもしれません。

私は、この時の若い方に素直な心ある昼食の接待を受けてから、なんだか「四国八十八ヶ所」からこの若い方に人生の道を切り開けることを教えてあげなさいと言われているような思いがどんどん強くなってきました。


そして、また午後の参拝の途中、バスの待つところまでの苦しい山道を歩いているとき、私はいつものようにみんなから少し遅れて歩いていると、この若い方も私の前にいたり後ろにいたりしていました。

そして、やっぱりこれはご縁なのかなとつくづく思いながら、運動不足の体でゼエゼエハアハアしながらみんなから遅れまいと歩いていました。


この時は、歩いていて特に苦しかったです。


そして、少し遅れていたのでまわりに人は私とこの若い方ともう一人のツアー参加女性がいましたが、女性に「ちょっとこの方と二人で話があるから先に行ってください」と言って先に行ってもらい、あらためてこの若い方と時間を取りました。

なぜなら、この時、私はなにか強い力によってこの若者に声をかけなければと思ったからです。


私はこの若い方に昼食に心ある接待を受けたお礼がしたいと言うと、若い方は「そんな事気にしないでください」と言ったが、私は若い方に向かって『今から私が言うことは、四国八十八ヶ所が言ったと思って下さい。今あなたがお読みになる本は、

「一番が中国の三国志」

「二番が松下幸之助の自伝」

「三番が今世界の第一線で世界の人々に認められて活躍しているユニクロの社長の経営学」

をお読みになってはいかがですか』と話しました。


それに対して、なにか若い方が話そうとしましたが、私はさえぎって「この本を読んで道が開けたら四国八十八ヶ所に向けてコップ一杯の水を置いてお礼を言って下さい。これはあなたに四国八十八ヶ所からの贈りものです」と言って立ち話をしていましたが、だいぶみんなから遅れていたので、私は若いかたに「みんなが心配するから先に行ってほしい」と言ったが、私の運動不足のゼエゼエハアハアがいつもより激しいので、若い方が心配して行こうとしないので、ちょっと怒鳴ってしまいました。

「すぐに追いつくから先に行ってください」と私は言って先に行ってもらいましたが、どういうわけかとってもこの時は苦しかったです。


やっとの思いでバスのところについたとき、みなさん複雑な心境でじっと私を見ていました。

※この若い青年と何を話したんだろうと、興味津津のなかにも複雑さが見てとれましたので、私は何食わぬ顔でいつもの後ろの方の席につきました。


そして、この若い方から翌日声をかけられました。

「昨日はありがとうございます。教えて頂いた本はどこにあるか分かりましたが、松下幸之助の本がどこへ行けば手に入るか分からない」というので、私は中学時代に母から「松下幸之助の本を読め」とお金を渡され近所の本屋数件に行ったが近所にはなく、電車に乗って大きな本屋へ買いに行ったので、私は若い方に「大きな本屋さんへ行けば売っています」と教えると、若い方は嬉しそうに私に何度もありがとうございますとお礼を言った。

この時、この若い青年は何かとても吹っ切れたように心も体も軽くなったように感じました。


この若い方は、四国八十八ヶ所を打ち終わったところで終わりでした。ツアー最後の高野山の宿まではいませんでした。

そして数日後の、最後の四国八十八番結願を打ち切って別れを告げました。


この時別れたのはこの若い方一人だけでした。

残った私たちは、この方一人を見送ってからツアー日程通り高野山に着き、無事に四国八十八ヶ所を打ち切れたお礼の参拝をした後、宿坊のところでバスを降りた時、とても驚くことがありました。


それは、帰ったはずのあの若い方が嬉しそうに力強く体全体で手を振っていた。

若い方は、なにかに目覚めたように凛々しく心の声が聞こえてきました。

空海様に「ありがとうございます」とお礼を言わずには帰れなかったと聞こえてきました。


私はこの時、この方は人生の道を切り開ける何かをしっかり掴みとったと見ました。


こんな苦しい日々も全てバスの中では笑い話となり、和気あいあいと楽しくなっていました。


分もわきまえず大変偉そうな生意気なことを言ってすみませんでした。これからもどうぞよろしくお願いいたします。




ホテル:今治国際ホテル


クリーニングサービス:※有料



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仏教徒のご主人が必ず四国八十八ヶ所巡り各寺院で写真を撮るので、キリスト教の奥さんも必ず各寺院でご主人の写真を撮っていました。

そんなやり取りをずっと見ていたので、私もご主人が写真を撮り終えた瞬間に、すぐ奥さんに写真を渡して撮ってもらうようになっていました。

写真を渡す瞬間に「私もお願いします」と声をかけ、撮ってもらうことの繰り返しの中で、このご夫妻なら最後まで私の写真を撮ってくれるだろうと思い、私の中でとても安心して心に余裕ができました。


そのお陰で今まで分からなかったツアーの人たちの顔ぶれが全て分かるようになってきました。


今日はトイレでの面白かった思い出にについてちょっと書きたいと思います。


まず寺に着く前か寺に着いて参拝する前に、トイレタイムがありますが、どこも人々でいっぱいです。

女性トイレはどこも行列ですが、男性トイレはほとんど空いているか誰もいないかの時があるので、私は要領良く男性が誰もいないときは、男性トイレを使用します。


この日もたまたま、男性トイレには誰もいなく、私はすかさず男性トイレを使用して、ほっとして出てみると、男性たちが列を作って並んでいたのには驚きましたが、私は毅然として男性たちに向かって、「すみません。私は女ではありません。ニューハーフです」と言って逃げながら、あまりの自分の馬鹿さ加減に笑いが止まりませんでした。


たまたまそばで、このやり取りを見ていた同じツアーの人たちも大笑いして楽しんでいました。



そして、もうひとつトイレの話しになりますが、男性トイレと女性トイレが遠く離れていて、毎度の事ながらトイレは行列です。

私も含めて同じツアーの人たちで並んでいた時、私の前にいた女性が私の後ろに並んでいる奥さんに向かって、「奥さん」と言って、自分のズボンのマイチャックを下げてみせ、「奥さん、すぐ済みますからね」と言ってトイレに入り、私もなんだか良く分からず、後ろにいる奥さんに向かって、ズボンの紐をほどき、チャックを下ろし、奥さんに見せて、「すぐ済みますからね」と言って用を済ませて、奥さんと変わりましたが、その奥さんは顔面蒼白でもうズボンを下ろし始めながらトイレに飛び込んでいきました。


用をたしてほっとして我に返った時、並んでいる行列を改めて見ると同じツアーのバス客の女性たち全員が、前を抑えて小刻みに顔面蒼白になっていました。

※この時はみんな水分をすごく取っていたため、トイレがすごく我慢できなかったのと、降りたバスからトイレまでの距離がとてもあったので、みんな極限状態でした。

※なんで私はこの時、後ろの奥さんと順番を変わってあげなかったのかと思うのと同時に、その時の光景があまりにもおかしくってもう笑いが止まらなかった。


苦しいながらも、昼食の時も寺へ行くまでの道のりの時も、バスの移動の中でも、みなさんも私も笑いの絶えない楽しい道中でした。




ホテル:今治国際ホテル

このホテルには二日間滞在でしたが、サービスも食事もお風呂も設備も本当に良かったです。



クリーニングサービス:※有料


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第四十一番霊場 龍光寺  第42番札所 一カ山

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この日も写真を誰かにお願いして撮ってもらう事で頭がいっぱいでした。


みんな目いっぱいで、もう四国八十八ヶ所の写真を撮ることは無理だと何度も思いながらも必死で、誰かいないかと時間に追われながら探していると、前日に見かけた男女の人が写真を撮っていたので、私もすかさずお願いして撮ってもらうことにしました。


この女性は私に、「私はキリスト教の信者で、夫は仏教徒で、私は夫に頼まれてこの四国八十八ヶ所の写真を撮っています。私はキリスト教の信者ですよ。それでもいいんですか?」と言われましたが、写真を撮ってもらうのに、何教だからいいとか悪いとか聞いた事もなければ、思ったことも考えた事もありませんので、私は、「そちらに差し支えがなければ、ぜひお願いします」と食い下がり、承諾して頂きました。


ここからはずっと、このご夫婦の邪魔になったり、うとまれないように、また見失わないように後をついて回り、写真を撮ってもらう事ができました。


いままでも何回も何回も、もう写真を撮ることはできないんではないかというハラハラの状況が何回もありました。


そして、やっとキリスト教の信者の奥さんに助けられながらも、時には見失いそうになったりしながら、写真を撮っていただき、私は自分の気持ちとして、ジュース類を何本かお礼として受け取ってもらおうとしましたが、一回受け取ってくれただけで、後はがんとして受け取ってもらえませんでした。


このキリスト教の信者の奥さんは、申し訳ないと思って気が気でない私に何度も、「私は仏教徒の夫に頼まれて写真を撮っているだけですから気にしないでください」と優しく何度も言われましたが、私としては、この一枚の写真を撮るのにどれだけ大変かという事もよくわかっているだけに、申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。


余分な私の写真を撮ることで、みんなから遅れがちになり、参拝の寺まで何回も駆け出す始末でした。


そして、最後の四国八十八ヶ所の写真がなんとか無事に撮れ、最後は記念に三人で撮り、その後、みんなで無事に四国八十八ヶ所を打ち切れたことへの挨拶をかねて高野山に行ったとき、トイレタイムで立ち寄ったお土産屋さんでこのご夫妻にお礼のお土産を買ったが、ご主人も奥さんもそんなつもりでやったんじゃないからと言って、受け取ってもらえず、その場から逃げられてしまいました。

困った私は、そばにいた同じツアーの人たちにどうすればいいか相談したが、みなさんただ「うーん」という感じで、誰も答えてくれないので、私はこの時には、冗談を言ったりふざけあえて気安くアニキ、親父さんと呼べる人がいたので、親父さんと呼べる人に「親父さん、永い人生を生きてきたんだから、こういうときはどうすればいい?」と聞くと、親父さんは、「僕もずーっと見てきたが、あんたの言うとおり、あのご夫妻がいなければ、この四国八十八ヶ所の写真を撮ることは、全く不可能だっただろう。でも、人の好意を素直に頂くことも大事ではないか」と言われ、私も心苦しいながらも「ありがとうございます」という事ですませましたが、キリスト教信者の奥さんに、私はこの四国八十八ヶ所の写真の事を人から聞かれたり、また自分がいうとき、「この四国八十八ヶ所の写真が撮れたのは、イエス・キリスト様に助けられて撮れた」と言っていいか尋ねると、奥さんはいいといったので、四国八十八ヶ所巡りの八十八枚の写真を撮れた経緯です。

この写真が撮れきったとき、多くの人からこの写真を撮れ切ることができたのは奇跡だよと口ぐちに言われました。(私は写真が撮れた事をイエス・キリスト様に心から感謝していると同時にこのご夫妻にも心から感謝しております。子供たちにもこの経緯を強く言って聞かせました。)


※私が親父さんと呼んでいた人は、私を見ていて何で自分は家族の写真を持ってくる事に気がつかなかったのか。そんな自分自身に腹が立ち、悔しかったということを私に言った。「憎らしかった」とももらしていた。


※娘からこの四国八十八ヶ所の写真を撮ってきてほしいと頼まれた時、「この写真があれば、お母さんが死んだ時、何時弟と会ってもこの写真を通して、いろんな共通の話題で離れ離れにならずに済むので撮ってきてほしい」と娘に言われ、当初は何度か断っていましたが、最終的に写真を承諾しました。

この時、「孫が生まれて五人で撮った写真と一緒に四国八十八ヶ所を撮ってきてほしい」とも頼まれ、「それは、その写真とお母さんと一緒に写る事で私たちも一緒に四国八十八ヶ所をまわったという事になるから」といつになく娘が食い下がったのもあり、出発間際に写真を持たされ承諾しました。


※この写真が私と姪と娘をケンカしながらも絆を強める結果となりつつあります。

理由その1:先ほどブログを書き終えた瞬間、タイプ担当の姪(私です)が書き終わると同時にほぼ作成されたブログ記事を全て削除をしてしまい、その瞬間三人がかっとなり蜂の巣をつついたようにののしり合い、一触即発になりました。姪は、打つタイプの音が大きくなり、私チトラはノートを読み上げる声が荒くなり、娘のぶたうさぎは余計に子猫と遊んでは姪と私に怒鳴られていました。そして、みんなそれぞれに顔を赤くしながらも冷静を装いながらもう一度始めからこのブログを書きあげました。

こういったハプニングが絆を深めてくれるのかもしれません。


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第39番札所 赤亀山     第四十番霊場 観自在寺

 寺山院 延光寺



この日は午前中に五泊六日の人たちとの別れの日でもあった。

前日、霊が写真に写っているいないの話題で、自分の相部屋以外の顔も分かり始めてきた。


その日も写真を撮ってもらうには、みんなそれぞれ自分が撮るのにいっぱいだった。

とても頼める状態ではなかった。


そんな時、前日に霊が写っているとはしゃいでいた若い男性二人のうちの一人の話しが色々と聞こえてきました。

もう一人の若い男性が、朝から晩まで霊の話しばかりしていて、目が動いたとか目が回っているとかうるさくて、気持ちが悪いと相部屋の人たちがちょっと怒っていた。

私はその若い人の事が気になり、見渡すと一人でカメラを持ちながら、ぶつぶつ言っているので、他の人も気持ち悪がって離れていました。


私がその若い人の顔を見ると、昨日と違って何か人相まで変わっていましたが、私は写真を撮ってくれる人を必死に探していたので、この人なら写真を撮ってくれるなと思い、声をかけました。


他のツアーの人にも聞こえるようにちょっと大きな声で、「ちょっとちょっと、そこの徳のある方」と呼びかけると、ちょっと驚いたような様子で、「僕?」と言ったので、私はすかさず、写真を撮ってもらいたいので、そう。そこの徳ある方。写真を撮ってほしいと頼むと、満面の笑みで嬉しそうな顔で、引きうけてくれたが、霊の話しと仏像の目が動いた、回ったと本当にうるさく、しつっこかった。


「仏像の目が動いている、見て見て」としつこく言うので、その都度見たが、何も動いていないので、「動いていない」というと、他のツアーの誰彼かまわず「見て見て、仏像の目が動いた!」とか言い出す始末でした。

あんまりうるさく言うので、一応言われる度に見たけど、目なんて動いていませんでした。


そのたびに、この若い青年の目を見て見ると、仏像の目が回っているんじゃなくて、この人の目が回っているように見えました。

※実際、黒目が左右上下に小刻みに動き回っていた。


そうこうしているうちに、ツアーの相部屋だった男の人たちも心配しだして、先達さんと何か話していました。


そして、そのことにたいして、先達さんはさりげなく、みんなに分かるように、「まー、ちょっと色々やったから大丈夫だろう」と言っていましたが、私もツアーの人たちも大丈夫かなあと思っていましたが、午前中の参拝が終わる頃には、普通になってきました。


そして、別れの時が来たときには、完全に元に戻っていました。


残ったツアーの人たちと別れを告げて、バスに戻ると、その若い人が嬉しそうにバスに乗っていたので、みんな驚くと、その青年は、「自分も最後まで行く事にした」と言ってバスから降りないので、またみんな驚いていると、先達さんとバスの乗務員に注意されて、降ろされましたが、名残惜しそうに目いっぱいオーバーに手を振って、私たちが見えなくなるまで手を振って送ってくれました。

※人の縁、人の出会い、人の心とは小さな事で解け、一期一会のようでありながら、絆のようなものが出来るのかもしれませんね。


そして、次の場所で昼食をとったのですが、この昼食の時から二泊三日だか三泊四日のツアーの方たちが合流してきました。(うち一組は、VIPの夫妻のようでした)


この後、最後に一つお寺を巡り、ホテルへと向かったのですが、ホテルまでの走行距離が長く、着いたのは夕方近くになってからでした。


さらに新しくツアーの人たちが入ったので、人の顔や、部屋割りも分からなくなってしまいましたが、これもまた、旅の醍醐味かもしれません。

だからこそ、一日の時間のなかで(バスや昼食時など)、1~2回のお接待が見知らぬ者同士を結び付けてくれる潤滑油のような役割なのだと思います。


ホテルクレメント宇和島

ここもサービスがすごくよく、お風呂も食事も設備も最高でした。


コインランドリー:徒歩5分


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                   伊舎那院 青龍寺    


まだツアーの方たちの顔は、この時点では良く分かりませんでした。

運動不足の私は、坂の上り、階段の上りにゼエゼエハアハアと息づかいがとっても激しかった。

自分では気付かなかったけど、周りから見て、相当に異常に見えていたらしい。

そうとも知らず私は、いつものようにゼエゼエハアハアうなりながら、階段を上がっていくうちに、何か誰かが自分を見ているような異様な感じをうけ、苦しい中、階段を上がりながら上を見上げると、先達さんが階段の上から、じっと私を見ていた。


階段を上り切った時、先達さんは私に向かって、「確かに異常だ。誰が見ても異常だ。無理しなくてもいい。他の人たちにも迷惑だ。参拝は自分が変わりにしてあげるからいい」と言ってきた。

この時、このやり取りを自分たちのツアーの人たちと他のツアーの人たちは、足を止めて私たちを囲むようにして、私と先達さんのちょっと異常な、緊迫した様子を心配そうに見ていた。

そして、先達さんから参拝はもう無理だと言われた時、私はむっとして、「医者の許可のもとに来ている。医者は大丈夫、健康に異常はない。頑張ってやってらっしゃい」と太鼓判を押してくれたことと、いざという時のために、貼り薬と痛み止めの薬をくれたことと、運動不足なだけで健康には一切異常がないことを強い口調で言った。


このやり取りを話している最中、同じツアーの人たちや他のツアーの人たちが口ぐちに、私も医者の許可をとってきたとか、医者に背中を押されて来たとか、いざというときのためにニトロを持ってきていると周りが騒然となり、先達さんも駄目だと言えなくなり、絶対無理をしないという事を条件で、今まで通り参拝ができるようになりました。


私はこの時、こういう事で、医者の許可をとって来たのは、自分ぐらいだと思っていた。

今まで私と先達さんの周りにいた方たちほとんどの人が、医者の許可のもとに来ていてこんなにたくさんいるとは思わなかった。いや、本当に驚きました。


そして、各寺参拝後のバスの中では、医者になんて言われて来たのかという話題であっちもこっちも盛り上がっていた。

※多くの方が私に賛同したのは、ドクターストップ以外の事で、一生に一度であるような四国八十八ヶ所巡りを制止される事を恐れみんなどこか必死に食い下がったのだと思います。


そんななか、男性の相部屋の方たちの中でも若い方が写真

に霊が写っていると言って話題になり、ツアーの人たちも興味津津で私も含めて見せて見せてとバス中では、その写真と話題で持ち切りになった。

そして、その写真がまわってきた時、私も私の周りの人たちもそんな風には見えないので、「光線の加減でしょう」と言って誰の目にも霊には見えませんでした。

※この時は誰もがこれで話しは済んだと思っていたのですが、翌日驚くほどの異変が起きました。それは、日程表通り明日の四国八十八ヶ所巡りのブログで触れていきます。


話は変わって、今までもそうですが、何回もこの四国八十八ヶ所の自分の写真は撮れないんじゃないかと、何度も危機を感じていました。

(先にも触れましたが、写真を撮って頂くのは非常に困難を極めていましたので)


私は本当は、この四国八十八ヶ所巡りは4月の初めに行く事になっていましたが、3月にちょっと骨折して入院していたので、5月に変更しました。


この四国八十八ヶ所巡りの14日間の間、相部屋の人たちは、貼り薬を皆さん寝るときに貼っていましたが、私は一度も貼り薬も痛み止めも使いませんでした。

コルセットだけは、寝るとき以外はしていました。


そして、この日は、まだ顔もよくわからない五泊六日のツアーの人たちとの最後の夜でした。

翌日の午前中の参拝で、別れることになっていました。 




宿泊ホテル:高知新阪急ホテル

夜と朝のご飯もお風呂も設備もサービスも良かったです。


コインランドリー:

徒歩十分から十二分、またはクリーニングサービス有料であります