四国八十八ヶ所‐84番屋島寺
84番の屋島寺の狸の後ろの 同じく屋島寺での、お札を
お稲荷さんです 手にしての写真です
これ以降の写真は、別途記事で載せて行きます。
http://ameblo.jp/mannosakura/entry-11315093192.html
今回も娘が全てを段取りしてくれた。
娘が見つけたのは、一泊二日朝食付き(バイキング)羽田から四国高松の往復の航空券¥30,400円のフリープランでした。
そして、その前にネットで色々と調べてくれて、かなり難航していました。
「86番、84番、金毘羅宮」この三つを一泊二日の日程に組み込むには、日帰りの四国八十八ヶ所逆回りツアーと金毘羅宮とを別々に行くか、一日タクシーを借り切って行くかのルートしか公式ルートでは見当たらなかったので、頭を抱えていました。
なぜなら、金額にすると旅行代金30,400円プラス、バスツアー等が35,000円~80,000円ほどかかるので、一番安く見積もっても一泊二日で60,000円オーバーになってしまい、私チトラと娘と姪とで良い案は無いかと頭を抱えていました。
そんな中、娘は便利屋という職業にひらめきを感じ、ネットで調べると何社かあったので、全てに「10,000円で86番、84番と順番はどちらでも構いませんが、金毘羅宮の案内を一日していただけませんか」という見積もりのメールを各社に送りました。
そうすると、全部からメールが来ましたが、一番最初の方が対応が早く値段も安く、とても柔軟な内容の本文を返して下さったので一番最初にメールを下さった方に即決しました。
お願いをすると便利屋さんから返信が来て、「値段は一日10,000円のガソリン代は別料金でお願いできますか。高速代など別途費用はチトラさんでお持ち頂けますか」との返信で、数社はガソリン代5,000円プラス高速代など別途料金と書かれていたので、ガソリン代が2,000円なのは手数料を入れても良心的なのでお願いしました。
※(↓以下、実際の娘ぶたうさぎの便利屋さんに宛てたメールの一部抜粋です)
チケットが取れましたので
下記の行程で、お願いできますか?
・羽田7月24日7時20分発~高松空港8時35分着
8時35分から、遍路86番、84番(順番は、どちらでも構いません)を回っていただき
そのときに、写真を撮ってもらいたいと思います。
遍路が終わったら、平家や戦国時代、歴史文化などの観光を
1万円の料金内で、していただけますか?
最後は、オークラホテル高松まで送り届けていただけますか?
・別途、燃料費は、大丈夫です。
当日、乗せていただける車の前での写真も、撮っていただけますか?
ブログに、掲載したいので、ナンバープレートは、映らないように撮っていただいても大丈夫ですし
また、写真に載っていても、ブログ掲載の際、編集しますので、大丈夫です
86番の写真を、もう一度、撮りに行くのが
今回の旅行の目的です。
そして、正規のコースでいくよりも
・便利屋さんを使った、コース巡りの紹介を
今回、していけたらと思っているので、よろしくお願いいたします
http://ameblo.jp/mannosakura/
↑こんな感じで、シルバー向けに。また、年齢関係なく四国八十八か所の遍路日記(ツアーや、便利屋さんを使った遍路紹介)を、できたらと思っています。
よろしくお願いいたします
チトラ(ここは本名を入れています)
そうすると再度、便利屋さんから依頼了承のメールと、別途メールに当日予定される86番、84番のほかに歴史・文化の入った観光日程表が届きました。
それを私と娘と姪は見て驚いた。
分刻みの凝りに凝った説明と現地写真を織り交ぜて歩行時間、滞在時間全て詳細に分かりやすく書かれており、修学旅行や旅行会社の日程表よりも分かりやすく内容の濃いものに三人とも驚嘆しました。
そして、行く時は地元の有名なおせんべい屋さんで千円のおせんべいを持っていくように娘から言われました。
と言う事で、全て話が決まり朝一番の飛行機で立ち、四国高松に8時半頃着き、空港の出口に行くと便利屋さんがB4くらいの大きさの紙に「チトラさま(ここは本来の名字です)」と書かれた紙を両手で胸のあたりで広げて持って迎えてくれた。
ほかにもたくさんカードを持っていた方がいましたが、なぜかすぐにお願いした便利屋さんが分かりました。
そして私は娘に言われたおせんべいをその場ですぐに便利屋さんに渡すと、恐縮しながら嬉しそうに受け取ってくれた。
私は便利屋さんを一目見て、今日は楽しい観光になりそうだと感じました。
便利屋さんのその時の服装は、まるで親戚の人を迎えにきたというようなラフな格好と態度でしたので、私も気が楽になりました。
とても話しやすい感じでした。
そして、車に乗る前に私と便利屋さんはお互いに一服し、同じ喫煙仲間だと思い気が楽になり、道中はお互いに車の中で一つの灰皿をまわしながら親しくタバコを吸っていた。
車に乗り、タバコを吸いながらたわいない会話を楽しんでいる途中、86番に行く途中のコンビニで車を止めてもらい、私は便利屋さんに何を飲むかと聞くと、麦茶と答えたので麦茶三本とコーヒーを一缶買ってあげ、気易く色々と私は話しかけた。
「お宅は地元の人か?」(以後チトラ赤表示)
「はい、地元です」(以後便利屋さん青表示)
「んー、じゃあ先祖代々か?」
「先祖代々です」
「フンフン(鼻息)、先祖代々ならご先祖様は何だったの?」
「先祖は平家です」
「えっ!?先祖は平家か?じゃあテレビ見てるのか?」
「いえ、見ていません」
「平家の出なら気になるんじゃない?あんたが平家の出だという話し誰から聞いたの?」
「母から聞きました」
「私はブログ『チトラの生い立ち』で先祖代々は平家だという事を書いています。ふーんんん、母親から聞いたというのなら本当だなあ。私も母から聞かされて育った。私の母も父も信州だ。」と言うと、便利屋さんは驚き、
「えっ!?信州のどこですか?」
「母は今岡だ。敷地内に先祖代々達は眠っている。また、かつては人をたくさん助けてきた行者も出している。(この先祖代々の行者は真言密教の行者で安倍 晴明の教えも入っている)。また、墓の作りは一般のものではなく、そういった墓の作りでまだあるが、半分くらいは寺に預け、残りの一番の最初からの古い半分を私は見ている」と話していると、便利さんの携帯が鳴り、話しは中断したが、友達が多いのかちょこちょこ電話がかかってくるようになった。
そうこうしている内に86番に着き、私は本堂をお参りして、写真を撮らせようとしたら、また電話で話していた。
やっと長電話が終わり写真を撮ってもらったが、私はこの写真の一件を便利屋さんに話していたのと、ブログに載せることも了解してもらっていたので、私は便利屋さんに三枚ぐらい撮れば全部消えるという事はないだろう。一枚ぐらいは残るだろうと言って三枚撮らせ、今度はワラジの門の所で撮ってもらおうとしたが、便利屋さんもこういう事は初めての事で分からなく、何人かの参拝者に聞いたが分からなくって、やっと巡礼者の人と会い、ワラジの門の場所を教えてもらい、そこでも三枚撮ってもらって、私はこれだけ撮ればと一安心しました。
あとは、もう気も楽になり、出来る限りたくさん歴史と文化を見せてほしいと便利屋さんに言った。
そして、懐かしい84番に到着して挨拶をしてから写真を三枚撮ってもらいました。
そして、隣にある狸の家族の所に行こうと思ったら、便利屋さんが私もそうですが、汗をだらだらにたらしながら、必死の様相でお札箱をかき回して何かを探しているので、私は何してるの?と聞くと、便利屋さんは、ちょっとまっててね。と言うので、私はしようがないので、しばらくの間、汗だくになりながらお札箱の中の何かを探している便利屋さんの姿を見ていました。
まもなくして、便利屋さんは手に銀色のお札を3枚持ち、私の所に来て、「銀色のお札はこの88ヶ所を三十回まわった人のもので、大変なご利益がある」と言って私にくれたが、また、お札箱のところに行って探し始め、全部で六枚銀色のお札を見つけてくれたが、またお札箱の中を探し始め、今度は赤いお札と緑のお札一枚ずつを持ってきたので、私はもういらないと便利屋さんに言ったが、便利屋さんはこれも回数は少なくってもご利益があるからと言われると、汗だくになって私の為に探してくれたその好意に断れなくなってしまい、頂く事にした。
そして、写真を撮るとき、貰った銀色のお札六枚と赤のお札1枚と緑のお札1枚を手に持ち、家族の写真を持ってたぬきの所で写真を撮りましたが、その時、銀色のお札が六枚と赤と緑が一枚ずつ、それが分かるように広げて便利屋さんも写真に写るように直してくれ、家族の写真とともに写真を撮り、便利屋さんは子供が出来づらいので、狸の家族を子供が出来るようにたくさん触りまくり、私も触りまくり、それから蓑山大明神様に二人で挨拶し、私は戻ろうとしたら、便利屋さんに呼ばれ、狸塚もあるよといいよと言われ、また二人で行き挨拶し、戻ろうとするとまた呼ばれ、この奥にもあるよと言われ見ると、たくさんの赤い鳥居の先に小さいほこらのようなものがあるので、私は鳥居をくぐっていって見て驚いた。
お稲荷さんではないか。
なんで、お稲荷さんがこの蓑山大明神の後ろにあるのかと聞くと、分かってるのか分からないのか分からないような感じでニッと笑っていたので、驚きながらも便利屋さんと二人でお参りして、鳥居をくぐりながら戻る途中で、私は便利屋さんに狸の後ろだてがお稲荷さんとは驚いた。でも、考えてみると狸も狐も本当は仲が良いんだよねと笑いながら戻ろうとした時、便利屋さんが蓑山大明神の隣にある七福神を見て、せっかく来たんだから七福神の所でも写真を撮りましょうという事で、お札の数と色が分かるようにまた広げて写真を撮ってもらい、戻ろうとしたらまた便利屋さんが今度は七福神の前にある大師堂のお札箱を探し始めた。
んーーー、また始まったかと思いながらしようがないなあと思いながら待っていると、便利屋さんがうわずった声で、「みつけた!みつけました!」と興奮しながら金のお札を持って私の所に来て、「チトラさん、このお札は滅多に目にする事も出来ない、この八十八ヶ所を五十回まわった人のお札です。すんごいご利益があり、たくさん幸せになってほしいから、これ持って帰って下さい」と持って来たので、私も驚いて、そんなご利益のあるすごいお札を貰ってもいいものかと思いながらお札の裏を見ると、お札には『持っていかないでください』と大きく書かれていたので、私は便利屋さんに、「これは持っていかれないよ。持っていかないでくれと書かれたものを私は持っていかれないから」と私は言ったが、私は、写真ぐらいなら撮っても構わないだろうと思って、持っていかないとは言ったが、がっかりしている便利屋さんに、「写真に撮るくらいなら大丈夫でしょう」と言って、写真を撮ってくれるように言うと、便利屋さんは興奮しながら喜んで写真を撮ってくれました。
金のお札を右手で一枚持ち、左手には六枚の銀のお札と赤いお札と緑のお札が全部見えるように直してもらって写真を撮ってもらいましたが、便利屋さんはこの金のお札だけの写真を一枚別に撮りましょうと言って撮ってくれて、金のお札は大師堂のお札箱に返していました。
それから、蓑山大明神の前にある売店で狸の家族のキーホルダー
を二つ買って、その場で二つ自分の鍵に付け替えてから、瑠璃宝池(別名血の池:ここは壇ノ浦の戦いで源氏が平家を斬って血まみれになった刀を洗って血の色に染まった池)に行きました。
私も便利屋さんも平家の一門として、じっと池を見ながら共に心の中で黙とうした。
それから写真を撮り、安徳天皇社にてお参りして、それから洲崎寺に行きお参りしていると、また便利屋さんがお札箱を探し始め、今度は赤いお札を一枚持って来たので、私も好意でやってくれていることが分かるだけに断りづらかったけれど、はっきりともうお札はいらないと断った。
残念というような顔をしていたけれど、しようがないでしょうね。
それから今度はお昼になると混むので、早い昼食を屋島では有名なうどん屋さんという事で、便利屋さんがうどんのわら家に連れてってくれました。
この時の代金は私持ちで、二人で900円でした。
写真を撮る事は忘れてしまいました。
そして、今度は四国村を表から見てから、談古嶺にて源平の古戦場『壇ノ浦』が一望できる所で便利屋さんから分かりやすい説明を受け、そこで写真を撮り、それから駒立て岩・祈り岩を見に行き写真を撮り、それから特別名勝栗林公園に行き、あまりの素晴らしさに驚きながら見とれながら暑さも忘れ、蓮の花の前で写真を撮ってもらったり、歩き続けていましたがあまりの暑さに我に帰り、私も便利屋さんも滝のように流れでる汗でびしゃびしゃになっていたので、二人で喫茶店に入りお茶をしながら、次にどうするか話していた時、便利屋さんもこの暑さでこんなに早く今回のスケジュールが終わると思っていなかったので、「これから金毘羅様に行ってみましょうか」という事で、私は「ぜひお願いします」と言ってはみたものの、36度の気温の暑さで上がれるかなー?まあ、上がれなくても挨拶は出来るから行こうという事で、金毘羅様に行きました。
金毘羅様に着き、お土産屋さんの駐車場に車を入れた時、そこの女将さんが傘をさして行きなさいと言って傘と杖を私たちに貸してくれ、二人で杖をつき傘をさしながら金毘羅様の階段のところへ行くまで、私はこの暑さでは上がれないから、階段の所で写真を撮って、金毘羅様の御堂のある方に向かって挨拶をしたら戻るという事を便利屋さんに言って、写真だけ撮って戻ろうとしましたら、便利屋さんは地元の人だから何回も金毘羅様に上がっていて、「上がるとしたらチトラさんの場合は朝5時ごろ上がるのがいいよね。上がるとしたら5時じゃないと今はちょっと無理だよね」と言われました。
そして、写真を撮り終えた時、「せっかくここまで来たんだから、ちょっと上がれば国指定重要文化財の歌舞伎場である旧金毘羅大芝居(通称金丸座)を見に行った。
その時、チケット売り場の人が中で写真も撮れるし、ガイドと説明もしてくれるという事を聞き、色々と楽しい説明を聞きながら花道で写真を撮ってもらったり、舞台の上で写真を撮ったりしながら、奈落を見て回ったりして、しばらくそこで休憩し参道のお土産屋さんをあっち見こっち見しながら写真を撮ってもらったり、喫茶店へ入ってお茶をしたりして駐車場に戻り、そこで借りた傘と杖を返し、お土産を買って、一つは便利屋さんにやって、ホテルまで送ってもらう事になりました。
そして、車の中で私は便利屋さんに、「ホテルに着くまでに精算したい」と言い、値段を出せると10,000円プラス2,000円の総額12,000円というので、私は幾らかつけようとしましたが、便利屋さんは12,000円以外は受け取りませんでした。
そして、今日あった事全てをブログに載せるけどいいか?ともう一度再確認した所、便利屋さんはどうぞ載せてくださいと言ったのでこのブログを書く事が出来ました。
そしてホテルに16時半に着くと、便利屋さんは私がまごつかないように帰りの空港までのバスの時刻表に全部しるしをしてくれて持ってきてくれた事に感動と感謝をしていいというのに玄関まで便利屋さんを見送りました。
そして、喫煙可の部屋に着いて一服した時、暑さのせいで疲れがどっと出ているにもかかわらず、食欲だけはすごくお腹が空き、ホテルのディナーバイキングに行くとステーキもついて1,500円の所、宿泊者という事で1,350円で食事できました。
※ステーキは19時からでしたので食べれませんでした。
でも、部屋に戻ってから36度の暑さは冷房に慣れた身体の私にはすごくきつく、身体の暑さがおさまらず、クーラーを強にして部屋の電気を全部つけっぱなしで寝てしまいました。
途中目が覚めると真正面が鏡だったので、とても怖くなり鏡には背中を向けて寝ました。
また起きると鏡の方を向いていたので、怖かったので背中を向けて寝なおしの繰り返しでした。
朝起きて、食事を済ませタクシーを呼んでもらい、高松駅のバス乗り場まで乗せてもらって、昨日便利屋さんにしるしをしてもらったバスに乗り、700円のバスで空港まで行き、飛行機に乗って帰って来ました。
羽田に着くと一旦娘に電話を入れ、これから帰る事を伝え、電話を切り、家へと向かいました。
駅に着くとタクシーに乗り、家までの途中に近所の商店街の真ん中にある寺に父と母の眠っている寺があり、車の中から帰って来たよと挨拶をして家に帰りました。
家に着くと、娘に「今帰って来た」と電話を入れました。
娘はすぐに二階の部屋から降りてきて、娘に写真屋にすぐ行ってくると言いい、すぐに写真屋に現像に行きました。
そして、出来てきた写真を二人で見て、旅の説明をしながら86番などの確認をし、一通り見て一服した所で、お札の話しに戻り「赤いお札、緑のお札、銀色のお札、金色のお札」の話しを再度娘に説明しました。
すると娘が、「じゃあ玄関にお札を飾った方がいいんじゃない?」と言って娘は二階の自分の部屋へ戻りました。
本当の意味で一服をしていなかったのですが、私は玄関へ行き、息子夫妻孫と私と娘の写っている写真を片づけ、玄関の飾り台を綺麗に片づけ、荷物を整理してお札を確認した所、銀色のお札6枚と赤いお札1枚と緑のお札が無く白のお札になっていたので、びっくりして気が動転してしまいすぐ娘に電話を入れ、「不思議な事が起きたんだけど、、、ちょっといいか?」と渋る娘に下に降りてくるように言いました。
そして、娘が降りてくると玄関の飾り台に飾ってある銀色の6枚のお札を見るように言い、娘はお札を見て「なにが不思議なの?」といぶかしがるように聞いてきました。
娘は銀色の御札を見ていたので、その下の御札を見て見ろと語気を強めて言うと、娘は銀色の御札をめくりあげたので、「違う、銀色お札の半紙の裏だ」というと、娘もかりっとしながら半紙をめくると赤と白の御札が各一枚ずつ出て来て、「だから何なの?」と娘は語気を強め言ってきました。
私は、「不思議な事が起きたんだ。その御札何色に見える?」と娘に言うと、娘はすっとんきょうなことを言いましたが、お札の背景の色だと説明すると「白と赤のお札だよね」と念を押してきました。
私は、「これ白と赤の紅白のお札だよな?赤と緑のお札じゃないよな?」と娘に念を押すと、娘もいぶかしがるように「白と赤のお札だよ、それがなに?なにが不思議なことなの?どこが不思議な事なの?」と聞いてきたので、先ほど話した話と同じことをもう一度娘に話しました。
便利屋さんが「緑と赤のお札一枚ずつと銀色のお札6枚持って行ってください」と私に渡してくれ、私もそのお札を確認し、手帳にはさんで持ってきました。
便利屋さんは、白いお札だけはよけて色のついたお札だけを私に持ってきた事を話しました。
だから、白いお札が混じりようがないんだということを娘に言いました。
白いお札の由来が分かると、娘は納得して、「84番のお寺だよね?狸のお寺だよね?」と確認し、私は相槌を打つと娘は、「ちょっと84番の由来を調べてみる」とパソコンの前に座りました。
インターネットで志度寺の由来をざっと見ていると、悪いような現象の事は書いていなかったので、また志度寺の狸が「平成ぽんぽこ」に登場する禿狸だと知り、「じゃあ、平成ぽんぽこ見て不思議な事があったという事で終わりにしよう」というので、私は、「銀のお札のご利益がめでたくあるようにと、赤と緑のお札を紅白にしてくれたんだなあと良いように解釈したほうがいいよなあ」と娘に言うと、「そうじゃん」という事で部屋に帰って行きました。
そして、翌日ぽんぽこを見てから次の日の午前中に便利屋さんにお礼の電話と今回の事を話すと、便利屋さんは驚いて大きな事で、「そんなバカなことが!?」と言ったきり電話の向こうで絶句してしまいましたので、私は、心配しなくてもいい。二枚の半紙の1枚目に銀色のお札を一列に並べて6枚貼り、1枚目の裏になるように2枚目の半紙に赤と白のお札をはりつけた事を言いました。
そして、「別にお札をはってから変な事があったわけじゃない。何も変わらないし。心配しなくても良いですよ」と言って、今回の事はブログに載せるけど、それでも構わないかと聞くと、便利屋さんはどうぞ載せて下さいと言ったので、私は後はまた四国に行った時はよろしくと言って電話を切った。
本当に不思議な出来事が四国八十八ヶ所巡りでは2回続きました。
こんなことは私の人生において、数少ない経験の一つとなりました。
四国八十八ヶ所巡り補足
7月の下旬に行ったので長期夏休みに入った為か若い男性の方が一人で閏年の為か「四国八十八ヶ所逆打ち」をしている人が随所で目につきました。
これで四国八十八ヶ所巡りの打ち切りがやっと完成しました。
長い間「四国八十八ヶ所巡り」を読んで頂いて、ありがとうございます。
次から止まってしまっていた「チトラの回想録」を順次更新していきますので宜しくお願いいたします。




























