喫茶店 VS カフェ
札幌ステージに通うO女史と昨日偶然にも喫茶店で遭遇した。
相談事で呼び出された待ち合わせ場所に時間より早く到着したのですが、その喫茶店は満席。空席を探して店内をブラブラしていると見慣れた顔が・・・。
このブログのトップページの写真(札幌ステージの皆さまの前列向かって左)に写るO女史。
「席が空くまで相席してもいいですか?」
「あら、ボス !!」
(札幌ステージでは、信仁さんとか、信さんとか、ボスなどと呼ばれています。)
30分程色々なお話しをさせていただきました。
ところで最近喫茶店が少なくなり、カフェなるものが増えてきましたよね。
あなたはカフェ派ですか?
それとも喫茶店派?
私は喫茶店派なのです。
何十種類ものドリンクは必要としません。
オーダーはいつも「ホット」のひとこと。(たまにアイスという日もありますが)
カフェ派の人は純粋にドリンクを楽しむ人なのかな・・・と思います。
私は単純に「商談」とか「打ち合わせ」とか「休憩」ということでの利用が多いので、やはり喫茶店が便利なのです。特に昔ながらの喫茶店が大好きです。
カフェと喫茶店の大きな違いは・・・
① 客層
イメージなのかもしれませんが、カフェは女性、喫茶店は男性という感じでしょうか。また、カフェはプライベート利用、喫茶店はビジネス利用。
② メニュー
カフェは種類も多くサイズも選べる。喫茶店は直球勝負・・・。
③ 空間
カフェはお洒落。喫茶店は愚直。
④ 店員さん
カフェは笑顔。喫茶店は腹が立つくらい無愛想。
⑤ 椅子、テーブル
カフェはカップルや友人同士の会話に適した大きさ。喫茶店は商談に適した大きさ。
さて、そこでふと思ったのですが、ドトールはカフェ? 喫茶店? どちらだと思いますか?
中村信仁
誰かもっていませんか?
知っている方教えてください。
ジャン・クロード・ボレリーという人のCDを探しています。
ドランの微笑というアルバム。
どなたか持っていませんか?
この曲を入手したいのですが・・・。
中村信仁
一冊の本、一行のことば。
一冊の本からたった一行でも拾えたなら、その本に心から感謝する。
師匠、日高晤郎さんが日高塾でいっていた。
一行でも拾えたなら、百冊で百行の学びとなる。よく、よい本だったとか悪い本だったなどと読者は言うけれど、本なんて一行拾えたら十分その本を買った元は取り戻せる。
年間二千冊の本を読む晤郎さんのことばには説得力がある。
「ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるなら」
太宰治著 「葉」より
純文学をあまり読まないが、たまに読んだ太宰治の一行を拾ってみた。
多くを語らずに想いを伝えられる人でありたいと思う。
中村信仁
社長業
面白い体験をした。
経営者の集まりや勉強会などでは、全員が社長業なので、お互いを名前で呼び合うのがほとんどだが、お勤めの方たちの多い中に入り雑談をしていると「社長」と連呼される。それが妙に不思議な気分になる。自分の会社の社員さんから「社長」と呼ばれても妙な気分にはならない。しかし、違う会社の社員さんにそう呼ばれると「ん?」と思う。
そもそも肩書きというのは、業務がスムースに進むよう便宜上作られたもの。縦軸をきちんとしておかなければ、船頭が二人いる船となりお客様が混乱するだけ。そこで一本の軸を明確にしているに過ぎない。
見方を変えると、一番頑張っていて大変なのは現場の社員さんたち。今の東電なんかまさにその顕著な例ではないだろうか。社長は東京のクーラーの中、社員さんは原発の放射能の中。
誰が偉いとか、偉くないとかが肩書きではなく、それぞれに役があり、それぞれが役を知り、それぞれが役に徹すれば、どの組織もそこそこ順調に成長するはず。
最終の経営決断のみ社長がする立場にあるため、成功しても失敗しても、社長が責任を背負う。そういう意味では人間力とか経営力とか色々世間様から問われることはある。
フラットにお付き合いするプライベートな場で「社長」と呼ばれるのは本当に妙なもの。まぁ、ニックネームみたいなものとして聞き流してはいるが、嬉しいものではない。
サラリーマン社長や代を継いだ社長というものはどうか分からないが、創業者という立場では肩書きをへとも思っていない。いつも裸で勝負という気構えで歩んでいるから。
創業者はいくつになってもいつも明日を見ている。
今は小さくても明日は・・・
今は順調でも明日は裸になるかも・・・
今は苦しくても明日はきっと・・・
今は儲かっていても明日は大変かも・・・
だから、「今」に対していつも謙虚になり、「明日」に対していつも感謝している。今日も新しい朝を無事に迎えられた。ありがたい・・・と。
感謝が足りないと、必ずしっぺ返しが来る。
それが社長業なのかもしれない。
中村信仁
姿勢の正しさ
とある全国組織の企業様で新人賞に輝いた皆様の前で基調講演をさせていただき、今終えました。
そしてひとつ気づきました。
聞いてくださる間の姿勢の素晴らしさです。
師匠、日高晤郎さんがよくいいます。
「姿勢の悪い人は言葉も汚い」
まさに、今日お集まり頂いていた皆様の姿勢の素晴らしさに感動しました。
なにかで優秀な成績を納める方たちは、やはり姿勢ができているものなのですね。
逆に学ばせていただいた二時間でした。
中村信仁
涼しい夜
今夜の東京はとても涼しい。不思議なくらい過ごしやすいです。
夕方、PHPのスーパー編集者様と次の本について出版ミーティングをしました。
出会って一年以上になりますが、ものすごい成長を遂げられてびっくりです。ひとことひとことに自信が溢れていて、なんだかいい本が作れそうな予感がひしひしと感じられました。
やはり人は成長するものなんですね。
そして二十代の成長のスピードはすさまじいものがあります。
一年以上忘れずに待ち続けて下さったスーパー編集者Uさんの期待に応えるべく、最高の原稿を書かせていただきます。
今までとちょっと違った本になります。応援して下さっている皆様、是非ご期待下さい。
中村信仁
演じるのと演じきることの違い
戦後の日本教育の在り方をみていると、しばらく起業家は育たないだろうと感じる。うがった意見と受けとめられるかもしれないが、常に答えが用意されていて、聞けば答える先生と生徒の関係が商売の世界にも浸透している。
先に生まれたから先生なのか、先んじて生きるから先生なのか・・・。
セミナーでもなんでも、「こうすべき」という内容が多い。
それを聞いて「学んだ」つもりになっている人も多い。
学校の延長の如く、知識の蓄積に走り「できる」気になっている。満足してしまっている。当を得たつもりで過ごしてしまっている。
常々、永業塾で伝えていることに「この場は学びの場ではなく、気づきの場である」といっている。内容なんかどうでもいい。心の中でくすぶる成長の火種に炭を足し大きな炎に変える場だと。
中村信仁が三時間語り倒す。それが永業塾。
絶対にその三時間を飽きさせない。
気を抜かせない。
時間の経過を感じさせない。
しかし、中身は大したことを話さない。
しかし、参加者の皆さまは、あっという間に過ぎ行く三時間に魔法を観る。
つまり、三時間丸々プレゼンテーションをおみせしているのだ。
その呼吸、その間、その強弱、その語り、その表情、それらすべてをひとつの舞台として演じきる。そして皆さまに最後に伝える・・・「構成力」の大切さを。
演じる人は多いが、演じきれる人は少ない。
演じきるには始まりから終わりまでを完全に構成していなければならない。
所々に種を蒔いておき、四十分前に蒔いた種が突然芽を出した瞬間「なるほどー」と腑に落ちてしまう箇所を無数に用意し仕込んでおく。
一回二回来た参加者が「もっと即効性のあるテクニックを学べると思っていた」といって帰っていく。
一回二回で学べるものがあったなら・・・、一回二回で身につくようなものがあったなら、それはまさに学びではなく麻薬だろう。ドーピングじゃあるまいし即効性あるテクニックが通用するのは売り逃げ商売か詐欺商売だろう。
一年通った参加者は言う。
「クロージングとはプレゼンの中にあったのですね」と。
プロであり続ける私たちは常に練習を怠らない。その練習は今日明日の困難に立ち向かう為のもではない。困難に出会わないように、困難が訪れないように、何年も先の為に用意する練習だ。
そして来るか来ないか分からない機会の為に練習し続ける。
そうやって練習を怠らない者に機会はやってくる。
永業塾は、そういったプロたち、またはプロになりたい、もしくはプロ意識を持ちたい者たちの気づきの場です。
中村信仁
煙草と原稿
最近、会う人会う人に「煙草やめたら」といわれる。
理由を尋ねると「イメージじゃない」とのこと。
よく講演で「営業は本当の自分より、どう見られている自分なのかが大切だ」とマイクを通して喋る自分がいる。つまり、中村信仁は煙草を吸わない人だと見られているようだ。
本当はスケベなのに紳士に見られる人。
本当は紳士なのにスケベに見られる人。
どちらが好感をもたれるかというと前者だ。
本当は煙草を吸わないのに吸うと思われている人。
本当は吸うのに吸わないと思われている人。
私の場合は後者だった。
人前で吸うのをやめるべきか・・・
それとも煙草そのものをやめるべきか・・・
どうすればいいのだろう・・・。
男ならきっぱりやめりゃあいいだろう、という声が聞こえてくる。
しかし、原稿を書く時、煙草は大切なアイテムになっている。
ペンがとまった瞬間、煙草をくわえてマッチで火をつける・・・。
ひと口煙を深く吸い込み、すぅーっとゆっくり煙を吐き出す・・・。するとあら不思議。とまっていたペンが走り出すのだ。
私にとって知恵の魔法が煙草に詰まっている。
さて・・・どうしたものか。
中村信仁