車を車検に出すために、やむを得ず外出しました。店員さんにうつさないようマスクをしっかりとして、行ってまいりましたよ。

全身が不調だという謎の感覚があって、運転も不安ではありましたが、ずっと家にこもっているよりはまだマシです。開店時間直後にお店に入り、早めに手続き等をして代車に乗ってさっさと帰宅したのですが、そこで思わぬ事態に遭遇しました。

 

私が出かけるときには無かった、引越しの車がどどど~んと停まっていたのです。今日は美容室が開いている日なので、営業時間中は画像に見えている黒い車(従業員のもの)の向こう側に駐車しなくてはなりませんでした。このことは、前にもお伝えしたとおりです。美容室の営業時間外は、画像に見えているアルファード君の隣に駐車します。
いい迷惑、というかやはり不運です。この駐車場の地主は一時停車も許可していないはずなのですが、何か言われたら移動すればいいや~的な感覚なのでしょうね。この引っ越し業者の社員教育がどうなっているのか、とても気になるところです。


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この代車は、やむを得ず我が家の前に駐車しました。後で移動させます。ディーラーからウチまで乗ってくるため(済)と、車検終了後にウチからディーラーに行くためにしか使わない予定です。車を複数台所有しているため本来は代車が無くてもよいのですが、公共交通機関で移動するのには厳しい場所にディーラーがあることと、わざわざ営業マンに送り迎えしてもらうのも気も使うし申し訳ないので、花子ちゃん(ルノー車の勝手な愛称?)を車検に出すときはいつも代車の用意をお願いしているのです。

 

本日のお昼ご飯は、非常食にしました。湯煎して食べるタイプの、レトルトパウチ食品です。賞味期限は2027年5月でまだまだ余裕があるのですが、時々は食べておかないと期限が近づいたときに一気にそればかりを食べなくてはならなくなってしまいます。いわゆる、消費しながら補充をしていくという「ローリング・ストック」というやつですね。久しぶりにこの言葉を使いました。
前回に食べたときに1つでは物足りなかった記憶があったので、2種類を選んで両方とも食べることにしました。ご飯茶碗2杯分という感覚です。
 

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右側が、海鮮カレーごはんです。塩分の薄さをカレー味で補っていて、まあまあ美味しかったです。非常食は、喉が渇かないようにするために味が薄めになっていると聞いたことがあります。左側の五目御飯を食べているときに、なるほど薄味だという実感がありました。非常時には、このような食品を食べられるだけでもありがたいことです。

 

我が家の非常食ストックには、こんな品もあります。何だか、以前にもブログの記事にしたことがあるような気もするのですが、忘れてしまいました。被っていたらすみません。何度か書いていますが、今は移行した記事の確認がすごく難しい状況になっていて、探しているだけで日が暮れてしまいます。

 

レゴブロックのカレンダーを11月に更新するのを忘れていたので、暇なのでちまちまと作業しました。このうちの一つはスタジオまんぼうbaseにありますので、ご来訪の方はどこにあるか探してみてくださいね。もう一つは、玄関に置いてあります。

実は、仕事も滞っていてやるべきことは無限にあるのですが、今のシステム上の条件として、職場に行ってそこでレンタルされているパソコンを開かないと仕事ができなくなっています。自宅のパソコンで仕事を進めておいても、そのデータのやりとりができないのです。3月まではメールにデータを添付して簡単にできていたのですが、身分によってここまで差をつけられてしまうと、さすがに虚しくなってきます。家では働くな、でも職場にも残るな、では困ってしまいます。今は、1時間早く職場に行って朝のうちに何とか仕事の帳じり合わせをしています。本当はもっと早く職場に行きたいのですが、末端の職員であるためか鍵も渡されず、早く着いても誰もいなければ待っているしかないという悲しい現実が突き付けられるだけです。

 

本日の午前中にアップした記事を読んだという方から、たまたま別件でメールがあり、今日は「たなくじ」やらなかったんですか、とのことでした。やりましたが、別に記事にするほどじゃないかなあと考えて、放置しちゃいました。画像も何だかゴーストが入っちゃってこんな風になったこともなかったし、ラッキースープって何だよという程度の思いしかなかったので。まあ、「あさり」を消費せよ、ということですかね。

 

意味不明な「たぬくじ」は、また大吉だったようです。確率論から言えば、私はこちらはほとんど大吉ばかりですので、子供の気持ちを考えて選択肢が大吉ばかりなのかもしれませんね。それだと、おみくじの意味がない気がします。

体温は、37.5度でした。やっと37度代まで下がりましたが、以前として高熱であることは変わりません。

少し体調が落ち着いたので、シャワーに行って、その後に爪を切りました。驚くほど体が硬くなっていて、すごく苦労しました。発熱すると体が硬くなるということって、実際にあるんでしょうか。

あとは、動きが鈍くなってしまい、まるでご高齢の人のようになってしまいました。ヨボヨボしています。いや、現代のご高齢の人の方が、私の今の状況よりもよっぽど元気なのかなと。今の私は、まるでフレイル状態のようです。

動悸息切れ、胸の痛み、ぜいぜいヒューヒューとしているなどの、様々な症状はそのままで、辛いです。関節痛もあり、足もしょっちゅう攣ります。咳も出るし、喉も痛い。頭も重い。食事をすれば、下痢をします。何なんでしょうかね、これって。全身不調です。


今日の朝食レトルトカレーは、こちら。賞味期限も長いし、保管しておきたいのですが、美味しいカレーを食べたかったのです。

この、100時間シリーズのバターチキンカレーが発売されたときはすごく嬉しくて、飛びついて買ってしまいました。多分、記事にもしたんじゃないかな。

別のメーカーのバターチキンカレーでがっかりとした記憶もあって、今日は自分を励ますためにも敢えていいものを選びました。初めて食べますが、きっと美味しいはずです。信じています。

それなりに高価だったので、まずいでは済まされませんね。前に食べてガッカリしたカレーは、安かったので仕方ないと諦めもつきます。なんちゃってバターチキンカレーだったのだなと思えば、特段怒りも湧きません。これはバターチキンではなくて、別のカレーだと思えばいいだけですから。タイトル詐欺っぽいところはカチンときますが、安売りを目指す企業努力に水を差すつもりはありません。

でも今回のバターチキンカレーは、かなりいいお値段でしたから、その分期待も高まります。


食べてみて、安心しました。とても美味しかったです。薬も朝ご飯の一部のようになっていて笑えますが、タミフルは一応今朝まで飲むことにします。

食べて少ししたらまたもや下痢をしてしまったので、薬の成分がちゃんと吸収されているのかなあという心配はあります。そもそも、10種類もの薬の成分がどどどっと流れ込んできて、私の体がその全ての成分をしっかりと吸収できているのかどうかもわかりません。

もしかしたら、朝食後に下痢をしているのは、薬をたくさん飲んでいるからなのかな…胃や体がびっくりしちゃって、下痢を起こしているのかもしれません。

買ってしまいました。検査キット。

説明書の文字が小さくてよく読み取れず、いろいろとミスがあったような気がします。手順も間違っていました。

鼻に2cm差し込め、というのが、私にはすごく浅く感じてしまいましたが、実は2cmって、かなり深いのですね。両方の鼻から取れと書かれていたのに気が付かずに、綿棒が十分に染みるまで奥をぐりぐりやっていませんでした。


かなり高いお金を払って買ったのに、恐らく無駄になってしまいました。



検査結果は、コロナもインフルも陰性でした。しかし、説明書には、検体(鼻汁?)が十分に浸っていないと偽陰性になることが多いと書いてありました。

これだけ2日以上も高熱が続いているのに、どちらも陰性というのは、むしろこれが本当なら、別の原因だということになるので、とてもよろしくないです。私は基礎疾患の塊のような人なので、原因がはっきりとしない発熱があった場合には、心臓の方の主治医に相談した方がいいのかな、ということになります。

まあ、タミフル飲んでインフル菌が消えたというのならそれでいいのですが、熱が続いているのにそんなことがあるわけないと考えてしまいます。

体温計の画像も一緒に掲載します。最初に簡易計測(予測して短時間で測ること)したときには38.8度でしたが、8分間しっかりと測ったら、38.7度でした。

明日も高熱が続いていたら、もう一度検査キットを買って、再検査をします。

いろいろと体調が悪いので、今夜はそろそろ寝落ちします。早く寝すぎると、夜中に目覚めてしまうんですが、仕方ないのです。どちらにしろ頻尿で何度も起きていますが🥲

昨夜なんて、朝かと思って目覚めたら、夜の11時でした笑


さっき体温を測ったら、38.4度。今日はコンスタントに38度代をマークしている。

最も高いのは、38.9度だった。何だか喉も痛くなってきた。胸も首の後ろも痛い。明らかに体調は悪くなってきている。

処方された薬も飲んでいるのに、安静にもしているのに、症状は悪化する一方である。何だか、呼吸も苦しくなってきた。

それにしても、3連休中にちょうど体調が悪くなるとは、職業人の鏡?である。仕事を休む日が最低限で済むからだ。むしろ、不運なのかな?仕事を堂々と休めないからね。しかし、解熱してから2日間は自宅で静養する取り決めになっているから、今日には何とか熱が下がってほしいのに、困ったものだ。

かかりつけ医は、インフルだった場合はタミフルを飲めば2日目には改善してくるのではないかと言っていたが、むしろ悪化してきている。これでは、今日のライブ出演など100%無理だった。行っていたら、多大なるご迷惑をかけていたことだろう。

横になっていてスマホを手に持ち作業をして、これまでに溜まっていた下書きの記事をやっとアップすることができた。実は、過去に下書き記事でまだ本投稿にできていない文も数多くある。ちなみに、今後のお楽しみとしてタイトルだけお知らせしておこう。

10月24日「残像に追い打ちの出来事が」

10月9日「新しい仕事の前半戦が終了」「表示の仕方で印象が変わることもある」

10月5日「社会情勢を斬る」

8月13日「ハッピーセットの喧騒」

これ以前の、ブログ移行前の記事においても、下書きのまま移行されて塩漬けになっている記事も多い。あまりにも檄文すぎて、思い切って公開できないという事情もあるのかもしれない。いつかはその内容をマイルドにして、改めて公開したいと考えている。

自分が安静にしているスタジオまんぼうbaseで、さっき、今日演奏するはずだった曲を本番の予定時間に合わせて演奏してみたが、指も痛いし、全くダメだった。最近は今回演奏するはずだった曲を集中練習をしていたので、とてもいい感じで仕上がっているのに参加できなくて残念だ、と思っていたが、こうして自分一人で演奏してみると不調すぎたので、体調不良のときに無理に演奏しなくてよかったと感じた。演奏面でもご迷惑をかけずに済んだ。今日の私が演奏参加していたら、ひどいことになっていたはずだ。

つい2日前までは、何度も個人練習をして、我ながら完璧だ~と思っていたのに、突然演奏ができなくなってしまうのだから、不思議なものである。

ただ、周囲の反応を気にしないで、一人で好き勝手に演奏していたので、よい気晴らしにはなった。15分も弾いたら疲れ果ててしまったので、再び横になることにした。虚しい日曜日になってしまったなあ…

 

 

 

以前にコロナ感染した際にも、同じようなこと(タイトルのこと)を感じていたような気がする。よく考えたら、私はかなりの長期間、インフルに罹患したことがなかった。はっきりとは思い出せないが、40歳代前半にかかったことがあったかもしれない。44歳で管理側の立場になってからは、1度もなっていない。というか、忙しかったから、なろうがなるまいが、熱があろうがなかろうが、仕事を休まなかった。今考えたら、恐ろしいことだ。

インフルならそれもできたのかもしれないが、さすがにコロナに関してはその感染力を鑑みると、そんなことをしていたら周囲の顰蹙を買ってしまう。今回、自分の発熱に関して、自分で勝手に「コロナじゃないか疑惑」を抱いているので、そういう意味でも今日は演奏に行かなくてよかったかもしれない。知人とのメールのやりとりで、ドラッグストアで検査キットを購入して調べたらどうかとの意見があったので、夕方まで解熱しなかったらそうしてみるつもりだ。夕方に、ちらっと実家に行くので、その帰り道に薬局に寄ってみる。

土曜日のかかりつけ医による検査で、インフルとはっきりわかっていれば、発熱したことも言わずに演奏に参加していたかもしれない。「みなし陽性」だったので、不安が増長しているということもある。

そういえば大昔にも、熱があるのに「内部からアルコール消毒?すれば大丈夫」とか何とか意味不明なことを言って、自分主催のライブイベントを休まなかったことがあったなあ…ね、やぶくん!

ちょっとした買い物や所用のためにも家を出ようという気にならないので、ずっとぼーっとしている。

 

私が大好きだったテレビ番組「男子ごはん」が、先週から復活したというネットニュースを見ていたので、せっかく自宅に籠っているのだから久しぶりに視聴しようかなという気になった。どうせソファに横になっているだけだし。

しんぺいちゃんという料理人がゲストをもてなすという番組になったとネットで読んだが、イメージとは全く違っていた。番組名もガラッと変わっていたが、今は謎の新タイトルが思い出せない。不測の事態を受けての新番組だからやむを得ないことだとは思うが、とても残念な気持ちになった。

 

これじゃ「男子ごはん」の独特の雰囲気がなくて、単なる料理番組だ。アシ(アシスタント)がいること時点で、興味半減。

 

学校じゃあるまいし、もぐもぐタイムはないだろう?

 

番組は始まったばかりだし、しばらくは機会があれば視聴してみて、内容の変化も確認していこうと思う。ゲストによって雰囲気も変わるだろうし、今回のゲストは物言いが鼻について嫌だった。

 

昼メシは、カップ麺をやめて日本蕎麦を茹でて食べた。蕎麦湯が急に飲みたくなったので茹で汁を残しておいたが、薄すぎて不味かったのでそのままもう一束茹でた。濃い蕎麦湯はできたが、蕎麦を食いすぎてしまった。まあ、市販の蕎麦なんて、実は小麦麺だろうから、蕎麦湯も変な感じ。何というか、よく小麦を溶かしてどろどろになっている液体ってあるでしょう?そんな感じだった。蕎麦の味があまりしない。五分五分どころか、蕎麦の割合はかなり低いんじゃないかな。蕎麦っぽくなる程度に蕎麦粉を加えていき、よしここだっというところで配合を止めているのではないか。二八蕎麦どころか、実は八二蕎麦なのではないか笑。

ちなみに、パッケージ袋を何度も何度もチェックしたが、蕎麦と小麦の配合比率は書いていなかった。我が日本は、すっかりと詐欺食品大国になってしまったよ。

 

これが、蕎麦湯には見えない蕎麦湯?

これじゃあ、確かに小麦粉のとろみ汁?だよね。2玉分の茹で汁なんだが、少々ガッカリ。

こんなことをされることはメーカーも想定していないだろうから、いい迷惑だろうな。袋に書いてあるレシピには「お湯ごとざるにあけてよく水洗いをし…」と書いてあり、蕎麦湯として茹で汁が使われることなど全く想定していないことがわかる。

 

今日になっても、熱は下がりませんでした。38.2度です。5時半、6時半、7時半、全て同じです。タミフルが効果ないということは、もしかしたらインフルエンザではないのかなぁ。

検査キットでインフル陽性だったら、鼻から噴射するタイプの特効薬があると医師が言ってましたが、みなし陽性だから使えないようでした。これを使えば一発で治りますよ〜と言ってたんですが、仕方ないです。

たらればはいけませんが、もしインフルエンザだったとして、予防接種を受けていれば症状も軽く、私は病院にも行かずに市販の風邪薬だけを飲んで、しれっと今日の演奏に向かっていたかもしれません。しかし、ワクチンを接種したりタミフルを飲んだりして自身の症状が軽めで済んでも、自分に症状が出ないというだけでキャリアであることは変わらないのですよね。

つまり、今回の私のように、予防接種を受けてない人が結局は貧乏くじを引くのですね。30日の、独居老人の皆様に向けての演奏会でも、ご年配の方はみんな予防接種を受けていたのかもしれません。受けていなかった私だけが、感染して症状が悪化したというパターンなのでしょう。まさに貧乏くじ、不運…

私は、毎年予防接種を職場で受けていましたが(もちろん代金は自分もち)、今年は2つの職場に通っているにもかかわらず、そのどちらからも声がかかりませんでした。昨年までは、自分が管理職だという立場もあって、感染して休んだら多くの人に迷惑をかけるのだから、予防接種を受けてくださいねと言って、私も率先して受けていました。

今回は、2つの職場のどちらからも声がかかりませんでした。いつの間にか終わっていたという感じ。

というか、私みたいにトップから末端に転がり落ちた人物など、誰も気に留めてないということでしょう。


今朝は、いろいろと気持ちが腐っているので、大好物のグリーンカレーを食べることにしました。以前に、新製品として店頭に突然置かれていたこのカレー、見つけたときに嬉しくなってしまい、2つ買いました。人気だったようで、その日は最後の2つでした。

噂の名店シリーズでグリーンカレーが出るといいなあと思っていたので、嬉しかったです。


絶妙なとろみもあって、とても美味しかったです。旨みもよく感じるし、これはいいですね。グリーンカレーって、一般的にはサラッとしていてスープカレー的な感覚です。このカレーのように、若干のとろみをつけるというのは、とてもいいことだと思います。きっと、ミャオミャオという実際のお店でもそうなんでしょう。行ってみたくなりました。


タミフルその他、ここから1週間は毎朝10錠の薬を飲みます。結構、グッときます。頑張ります。

せっかくロッキーさんからヘルプの演奏依頼があったのに、私がインフルになってしまい申し訳ありません。

どんなに気をつけていても、うつしてしまうかもしれないし、そうしたら多くの人にご迷惑をおかけしてしまいます。

前にも記事に書きましたが(もしかしたらまだ下書きのままかも…)、私に演奏でサポートしてほしいと声をかけてくださるのはロッキーさんだけなのです。何としてもご期待にお応えしたいところでしたが、誠に残念です。

明日にギリギリの判断をするとなると、急なお休みとなった場合、演奏構成などの判断にご迷惑をおかけしてしまいます。私がいるときといないときの、2通りのパターンを考えておくということも、苦労の伴うことでしょう。私が素早く撤退を決めることが、皆さんの安心にも繋がるのかなと考えました。前日のキャンセルだって、十分に迷惑ですよね。すみません。

私は、明日は自宅のスタジオまんぼうbaseにこもっていますので、今回演奏するはずだった曲をピアノやキーボードで一人で演奏して気を紛らせたいと考えています。あ、こもっているという言葉には間違いがあります。私の両親の世話と部屋の片づけ等を妻にやってもらうので、その送り迎えはするつもりです。本来は、私が半日だけでも担当出来たらよいのですが。厳重に、マスクを何重にもして、両親のところに菌を持っていかないようにします。症状があるないに関わらず、私から妻に菌が行って、それが両親に届いてしまうことが最も心配なことです。

理恵さんと別件の用事で話していて気が付いたのですが、理恵さんにも軽くインフルの症状が出ているとのことでした。彼女は予防接収をしたからでしょうか、私ほどは酷くはないようです。30日に行った、独居老人のための演奏会でご一緒した際に(この文も、もしかしたら下書きのままかも…)、インフルエンザに罹患した可能性が高くなりました。潜伏期間が1~2日と考えると、可能性は高いのかな。私が前日の29日に職場で感染し、30日に理恵さんにうつした可能性もあります。とにかく、不運です。

ここで、感染の連鎖を断ち切らなければなりません。

今現在の私は、38.9度まで熱が上がりました。さすがにきついです。さっきは、1日2錠までと決まっているタミフルの2錠目を飲みました。今夜はもう休みたいと思います。反省の意味も込めて、今回の文は敬体にしてみました。

それではみなさん、おやすみなさい。

 

病院の待合室で、この文を入力し始めている、そして、やっと投稿したのは、午後になってからであったことも伝えておく。

病院は恐ろしく混んでいた。10時からの発熱外来?のために外に並んで待っていたが、何人か私を抜かして入って行った。まさか発熱した人ではないだろうな、と思いつつも、今日は怒らないようにしないと。体調悪いんだから、プンスコを控えないと。

10時ピッタリに受付に診察券を出し、今やっと席に座ることができたところ。きっと、正直者が損をしたというパターンだったのだろうな。でも、私はそれでもいい。私自身は、姑息な手を使ってまでフライングするつもりはない。

受付の馴染みの?おばさん?に、「発熱の受付は10時からでいいんですよね」と声を出して確認したら、受付おばさん?も「そうです」と答えた。待合室でバツの悪そうな顔をしていた方も何人かいたので、少しはスッキリした。

それにしても、ウチの横にある単なる町医者なのに、激しく混んでいる。それほど、インフルエンザやコロナが流行しているということなのだろう。病院の入り口の辺りには、まだ受付を済ましていない多数の人が待機している。

耳を傾けてみると、予防接種を受けに来た人も多いようである。おばあちゃんぽい人が、今受け付けると何時頃に注射してくれるのかと受付に質問していたが、早くても11時半という声が聞こえたので、私もしばらくは呼ばれないんだろうなと覚悟を決めた。

この待合室での時間は、溜まっている記事の文面を仕上げる(進める?)時間ということにしよう。

仕事でも終わっていないことが多いし、本来は今日は私が実家に行く日だったのに、自分が発熱して行けなくなってしまったことも心配だ。妻は、土曜日だけれども今日は出勤日で終日不可、妹は第1土曜の午後はどうしても外せない用事があるとのことで、いつもなら私が世話や片付け等を担当していたのに、発熱してしまったためそれもできず、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

妹も一昨日の夜から今日の朝まで2泊して両親の様子を見て、世話をしてくれた。毎月第1土曜日の午前中は、両親を病院に連れて行く日で、毎回私が車を出している。当然、私の発熱&インフルによって今日はそれもできなくなったので、妹がタクシーで送迎をしてくれた。

元々の予定では、今日は1日中、病院への送迎も含めて私が実家にいるはずだったのだが、このままでは、誰もいない状態で午後から夜にかけての長時間、両親を放置することになってしまうということだ。何度か電話して様子は確認するが、それでも電話に出てもらえなかったらどうしたらいいのだ、ということになってしまう。連絡が取れなかったら、二重三重にマスクをして、ふらふらになりながらでも実家に行くしかない。妹によると、昨日も起き上がれなくなってしまうという場面があったらしい。

さて、私の検査結果は「インフルエンザ、みなし陽性」だった。発症して日が浅いから、まだ検査結果に出ないのではないかとのこと。検査結果は、インフルもコロナも陰性だった。

みなし、ではあるが、タミフルが処方された。これから悪化してくるかもしれないから、自己責任でタミフル薬の量を調整してほしいとのこと。

解熱剤と咳止め、そして、いつもの痰を切る薬?も処方された。この病院で処方される薬の定番は「コムダイン」というのだが、今度どんな薬なのか研究しておこう。薬漬けの生活は、まだまだ続く。

とりあえず、今日はゆっくりと家で過ごすことにする。しかし、仕事とプライベートの両面で気になることが多すぎて、何もしないでいることが恐ろしくもなってくる。今現在も頭も喉も痛いし、悪寒もする。関節痛もある。発熱もしている。処方されたロキソニンは、最後の伝家の宝刀としてとっておく。

音楽活動においても、毎月第1土曜日は、早めの夕方に実家の様子を見に行った後で「土夜セッション」に繰り出すのが月例の習慣となっているが、今日はさすがに無理だ。残念すぎるが、仕方がない。

私が行かない日に限って、きっと客が多くて盛り上がるんだよね。こんなことばかり言っているひねくれ小僧で、申し訳ない笑

 

疲れたので、昼飯はカップ麺。11月の最初ではあるが、これもラーメンにカウントされるのかな?日本蕎麦なので、違うかな?

これ、90円だったので飛びついて買ったものだが、内容量がすごく少ないのである。最初からそのつもりで買ったわけではないので、少々の戸惑いもある。レギュラーサイズのどん兵衛と比べてみようかな。乾燥お揚げも、レギュラーサイズの3分の1とか4分の1のような気がする。麺の量は、パッケージに書いてあるgを比較すればすぐにわかるだろう。

最近、安いと思ってありがたく購入すると、中身がスカスカということが多くなっているので、悲しい気持ちになることもある。
 

 

3連休の初日が始まった。もう11月か…時間が経つのは早いものだ。

下書きは、7本溜まっている。いや、昨夜もメモ代わりに入力したから、8本かな。昨夜いただいたメール(気づいたのは今朝)で、ピアノライブはどうでしたか、というような問いかけもあり、投稿が遅くなっていてもいつかはアップされるだろうと気にかけてくださっているのだとわかり、嬉しくなった。

セルフレビューの下書きは、ライブ後すぐにほぼ書き終えているのに、塩漬けにしてしまっているので、申し訳ないやらありがたいやら…今日は訳あって、実家に行くこともやめて家で静養するので、溜まっている記事を順次本投稿にしていきたい。

私は2箇所の職場を兼務しているが、昨日兼務先の職場に出勤したら、職員も2人がインフルエンザお休み、その職場に通うお客様?も40人以上がお休みだった。その全員がインフルエンザとは限らないが(立場が最下端の私には情報が届かない)、一昨日に来た時よりもお休みしている人数が増えていたことは間違いない。部署が1つ閉鎖になったことにも驚いた。

私も、ずっとマスクはしていたが、昼くらいから何だか体調が悪くなってきた。昼食もあったし、仕事のパソコンを使おうとすれば顔認証だし、ずっとマスクを着けっぱなしというわけにはいかないから、インフルエンザに感染したのかもしれない。。

1週間前にバスの中で自分の後ろにすごい風邪症状がある男が座って、ゲホゲホゴホゴホジュルジュルやっていたから、そこでうつされたのではないかと疑ったが、潜伏期間についてネットで調べてみたら意外なことがわかった。インフルエンザの潜伏期間は、1日〜3日と短かったのだ。つまり水曜日や金曜日の朝に職場で感染したとすれば、昨日10月31日の夜に発症、ということも十分あり得る。

ここからは、ネットで検索した文をコピペしたものである。

インフルエンザの潜伏期間は、一般的に1~3日で、平均すると約2日間です。感染後、症状が出ないまま体内でウイルスが増殖します。潜伏期間中であっても、発症前日から他人に感染させる可能性があります。
インフルエンザの潜伏期間
  • 平均的な潜伏期間:1~3日、平均約2日。
  • 個人差:ウイルスが体内に侵入しても、必ず発症するとは限らず、発症のタイミングには個人差があります

ここからは、昨夜から今までの私自身の状況の記録である。これから病院に行ってくるので、説明を求められたらこちらを見ながら説明をするつもりだ。

<10月31日>

帰宅後すぐに体温を測ったら、36.8度。少し高めだったが、高熱というほどでもなかった。

しかし、その後すぐにふらふらとして来て、頭痛もして、熱っぽくなってきた。

午後7時15分頃確認したら、発熱37.7度。

急に体温が上がってきた❗️

午後8時50分測定、37.6度

午後9時10分頃、血痰が2度。そのまま寝てしまった。歯は磨いた。

<11月1日>

5時50分:38度。ここで、軽く朝食(なんてことのないレトルトカレー)をとり、市販の風邪薬といつもの薬を飲んだ。

6時25分:38.2度。熱が上がってきたが、毎朝行っているテレビ体操をできる範囲でやった。

6時50分:37.9度。7時30分:37.3度。少しだけ薬が効いた?気のせいだろう。歯を磨いたが、血痰の確認を忘れた。

7時50分:37.9度。再び体温上昇。ここで病院に向かう。

発熱している場合は、10時からが受付だそうなので、すごすごと引き下がる。そういえば、前もそうだった気がする。

8時50分:37.4度。9時40分:37.4度。頭痛と悪寒あり。咳も出て、喉痛もある。

9時50分:再び病院に向かう予定。

ここまでのこの記事は、昨夜に体温などを記録しておいたものに、今朝になって順次書き足したものである。病院の診察の結果などは、別の記事として新しくアップするつもり。

 

 

その後私と直接会う機会があった方もいたし、用件メールのついでにやり取りした方もいたりして、私の実家で起こった大事件とはどんなことだったのかを何人かには説明した。ただ、こちらにも心の余裕がなく、詳細までうまく伝えられたかどうかはわからない。何があったのか知りたいが、わざわざ訊くのも何だかなあ…と、もやっとしている方もいることだろう。私が逆の立場なら、確かにそう思うかもしれない。

どちらにしろ今回の件を記録しておかなければ、私も忘れてしまうのだから、改めて書いて残しておくことにする。この記事に書くのは、このブログに急いで書いておいた超要約文と小見出し的なメモを読んで、詳細を思い出しながら内容を膨らませた文章である。脈略が無く、思い出すままに書いた文であることは、何卒ご容赦いただきたい。

実は、29日の夜、私が急いで駆けつけた際に、父は実家の郵便受けの近く(敷地内)で、滑って転んで立てなくなっていた。前にも室内で何度か同様のことがあったが、彼は一度転ぶと自力では立ち上がることができないのだ。恐らく私が到着するまでの2時間近く、そのまま放置されていたということになるのだろう。その正確な時間もわかっていないのだが、電話が全くつながらなくなったという時間から推測してのことである。
しかも、驚いたことに、私が到着したときには要介護3の母が必死に父を起き上がらせようとしていたのである。もちろん、母は誰かの支えを受ければ動くこともできるし、すごくゆっくりならば彼女は自分で移動して動くこともできる。しかし、基本的には介添え無しで動くことには危険と困難が付きまとう。それなのに、自分の夫が外からなかなか戻って来ないことに気が付いた母は外に出て、恐るべき力を発揮して、父を何とか支えようとしていたのだ。しかし、要介護3の母が、要介護1の父を起き上がらせて部屋に戻すことなどできるわけもない。きっと、無為な時間がひたひたと流れ続けていたことだろう。
秋を通り越して冬が突然訪れたかのような冷え込みの中、このまま気付かずにいればどうなっていたかわからなかった。あと1時間放置したままだったらと思うと、ぞっとする。仕事の都合で到着が遅くなったという妹が夜遅くに実家に着いたときに、門扉の裏の郵便受け近くで冷たくなって倒れている両親を発見するという恐ろしい結末になっていたに違いない。
私は、まず母だけを室内に入れ、次に意識はとりあえずしっかりとしている父を支え、ゆっくりと室内へと運んだ。まっすぐ立てずに、後方にのけぞって倒れそうになることと、足が弱っているのでずっと立っていられないことなどが障害となり、なかなか前に進まない。頭や足腰を打っている様子がないことと、外傷が無いこと等を見た目と会話から判断をして、とりあえず救急搬送は要請しないことにした。
父は、息子の私に支えられていることが気にいらないらしく「自分でできる、どけ」と言ってきたが、そういう訳にもいかないので、さり気なく支えて倒れないようにそろりそろりとリビングに連れていった。その時に何度か足腰が抜けたように倒れそうになるので、それを支える動作によって、私の腰に何度か激痛が走った。
すごい時間を費やして、母に続いて父もやっとソファに座ることができた。父は「寒い」と言ってブルブルと震えていたので、毛布2枚を用意してかけた。母にも毛布をかけた。母は目を大きく見開いて、私を見つめた。私は母の手をとり、握りしめた。「よくがんばったね」と声をかけた。2人とも寒かっただろうに。
少しだけうつらうつらしていた父は、突然私の顔を見て「おい、何でお前がここにいるんだ」と訊いてきた。私が、妹や自分がいつものように電話で連絡を取り合おうとしたら何度かけてもつながらなかったので、様子を見にきたことを伝えると、怪訝そうに首を捻った。そして、ドロドロになっている自分の服装を見つめて不思議そうな顔をしている。私は、玄関の外、郵便受けの近くにあなたは倒れていたのですと伝えると「そうなの?」と言ってきた。

父は「何でお前はウチに来たんだ、たまたまか?」と言うので、〇時に電話をかけて連絡が取れなかったら、一番近くにいる自分がすぐに様子を見に来ることになっていること、それは家族みんなで話し合って決めたことであることも伝えたが、理解できないようで再び首を捻っている。そのうちに再び、うとうとと眠り始めたようだった。

そして少ししたら、再び私に気付いて「何でお前がここにいるんだ」と言ってくるのである。

父がブルブル震えながら、うとうとしているときにも、母は終始落ち着かない様子で、何か言いたそうではあったが、うまく言葉にならない。

突然「5時30分」とだけ言ってきたので、きっと父が外に出て倒れた時間を伝えたいのかなと推測した。父宛に来る郵便物が届いていないか、見にいったのだろう。私は常に母の手を握り、さすり続けた。やがて少し彼女も落ち着いてきたようだ。そこで私はひらめいた。母が好きだという「浜辺の歌」を、傍で何度も歌ったのだ。2年前には、私のキーボード演奏で一緒に歌うこともできたが、今はもう歌詞が彼女の口からでることもない。でも、聞き入っていて、何かを感じて更に落ち着いたようには見えた。

少し経ったら、父が目覚めたようなので、私の方で着替えを用意してドロドロの服を着替えさせようとしたが、激しく拒絶されたので、とりあえず女性陣の到着を待つことにした。このままベッドに入ると大変なことになるということだけは伝え、リビングに引き留めておかなくてはならなかった。

息子が男親の世話をするというのは難しいのだと改めて実感をし、少なからずも私の心もダメージを受けたようである。結局は、妻が来てからも父は着替えようとはせず、私と妻で介助をして彼を自分の部屋に連れて行ってから、彼は自分の力で時間をかけて着替えた。もちろん、妻は補助をしたが、自分でやったという思いが大切なのだということはわかった。私はすぐ隣の部屋で控えていたが、紙パンツも換えて!と妻が何度も言っていたのも聞こえてきた。汚物でまみれた紙パンツをそのままにされては、確かに大変なことになる。
その後にはご飯も食べさせたし、片付けもして、両親をそれぞれ寝せてから我々夫婦は帰宅した。妹はまだ来ていなかったが、後で聞いたところによると、遅れてきた妹が玄関を開けて入ろうとしたら、母がそこにいて驚いたそうだ。外に出ていたら、行方不明になってしまうところだった。きっと大きな事件があったので、玄関が気になってしまったのかもしれない。

以上が、大まかな事の顛末である。記録という意味もあり、また、こういった記事が誰かの参考になることもあるかもしれないと考えて、我が家の恥を忍んで書かせていただいた。他にも日々様々な出来事があるが、その全てを書いていく気力はない。