還暦になってとワーキングプア
風になりたい
学習発表会終わる
次のような呼びかけが短くはいりながら、美空ひばり、ブーム、ビゼーの器楽に、地雷のあしあとの2曲というラインナップでした。疲れたあ。
音だし・声だし
アナウンス
プログラム 番
5年生による音楽。
1学年36人の全校1大きな学級ですが、学年では1クラスだけなので歌も器楽も大変です。川と風そして平和な地球をテーマに美空ひばりの曲を入れながらちょびっと世界の中で生きている私達を考えてみます。お楽しみ下さい。
壇上
1美しい日本、美しい世界、美しい地球
2川と風、そして平和な地球
3そこで生きている喜びを歌いたい
*はじめに先生 べる ちろりろ
( 川の流れのように )
*隊形に組み替えて
4地球にはたくさんの地雷がうまっている。
5美しいという大地のそこに
6美しいという地上にも
7人々の心にも
8遠いヨーロッパのボスニアヘルツエゴビナ
9サッカー日本代表、オシム監督の出身地
10 オリンピックがあった
11 憎しみが頂点に達したとき戦争がやってきた
12 女優本郷慶子さんはユニセフの応援をしている。5年1組のために、ボスニアの子 どもたちの作文を読んでくれた。
13 児童文学者こやま峰子さんは、国際赤十字委員会といっしょにボスニアヘルツエゴ ビナの友だちの書いた絵に詩をつけた。
14 歌にもなった。
cd合図
(どうしてですか)
(安全地帯)
15 世界遺産にもなった美しいボスニアヘルツエゴビナに一度旅をしてみたい。
16 風になって飛んでいきたい。
(かぜになりたい)
*隊形移動
明るく元気に助け合って生きる!
それが美しいということ。
(カルメン) 礼 着席
ブザー
物語『お手紙』の研究授業
二年生の子どもたちと国語の研究授業をした。アーノルド・ローベル作『お手紙』。10月18日の水曜日。「今日の昼休みはね、君たちだけが校庭を使えて30分も遊べるよ」と言ったら、みんな歓声をあげた。わたしも子どもたちと一緒に遊ぶ。
5分前、教室に戻ってきた子どもたちは驚いて声をあげた。「わあ、こんなに先生たちがいるんだ!」大きな学校だから30人を越す。講師は児言研の朝比奈先生。初めておめにかかる。
子どもたちの席は『コの字』型。わたしは、その真ん中に椅子をおいて座った。それで授業開始。
授業は楽しかった。子どもたちが自由に語りながら次第につながりあっていく。一学期、攻撃的でおしゃべりとけんかが絶えず、わたしが国語の授業を成立させるのに悪戦苦闘した子どもたちだ。四月の頃は、「今日は1分間子どもたちが集中した。よし、明日は2分間集中させるぞ」――そうやって自分を励まし取り組んできた。そこで、語り合い学びあった事実を学級通信に載せて、子どもたちに返していった。まるでうそのような現実だった。
一人の子どもの発言を徹底して丁寧に聴き取り、「いま、潤也君が話してるでしょ。みんな聞いてあげようね」と、おしゃべりや無関心の子どもたちに語りかける。こんな日々が何日も何日も続いた。それが、どうだろう。学びの土台がやっとできて語り合う内容が豊かで楽しい。
後の授業研究会で若い教師が言った。「どうしてあんなふうに叱る声ひとつせず一時間静かに、しっとりと話し合いができるのですか」と。一学期、私の教室の子どもたちを間近で見ていた先生がそれに答えてくれた。
「一学期、このクラスはとても大変でどうなるかと思っていました。山崎先生もくたくた、へとへとだったと思います。でも、教室で歌い、休み時間は子どもたちと遊んだり帰りには握手をしたり、それはそれは、子どもとかかわりあう努力をしていらっしゃいました。学級経営に支えられて今日があると思います。」また、ある先生は「授業を大切にすることで子どもたちをしっとりと育ててきましたね」と語ってくださった。困難はもちろんまだ続く。でも、全校の先生方に見ていただいた子どもたちは自分たちの学びに誇りを持ってくれたのではないかと思う。
還暦になって
ついに60歳になってしまいました。還暦です。教師は60歳の誕生日の次の3月まで勤められます。残り半年というところです。
誕生日には、クラスの子どもたちからの祝福をうけました。色紙のプレゼントには「はげまし」の言葉がいくつもありました。
「先生の最後の生徒になれたことをうれしく思います」
「目指せ100歳」
「健康で無理をせずに」
「私たちが60歳になったら会いましょう」
などという言葉がならんでいました。
今、中学3年を担任しているので。この子たちといっしょに「卒業」です。彼らもみんな進路のことで悩んでいます。「私もまだ、来年からの進路は決まっていません。君らといっしょ進路先を決めて卒業しよう」と話しました。
でも区切りにはなりません。バタバタと毎日がすぎていきます。周りの先生たちも「大谷先生はいいですねェ。あと半年だから」といいます。これは「こんなたいへんな状況からあと半年で解放される。自分たちは長いトンネルの中でずっとすごさなければならない」と言っているのと同じです。教育行政からつまらない、そしてわけのわからない報告を求める文書書き、がんじがらめの教育課程、今年はじめは二学期制の学期末で、観点別評価と評定と通知票に「痛めつけられ」ました。自由な教育実践を求めて教師になったのに、それができない、という状況です。
それで、少しでも子どもに被害がいかないようにとりくみをすすめる努力をしている教師がいっぱいいます。今、私の学校は文化祭に向けて学校中でもりあがっています。学年劇にとりくんでいます。佐藤博さんからシナリオをもらった「キング牧師」のことを描いた劇にとりくんでいます。三年生の子どもの気持ちにぴったりで、いきいき練習を続けています。シナリオのタイトルは「I have a dream」
ワーキングプアについて考える
9月の全国進路指導研究会拡大学習会で、2006年7月23日に放映されたNHKスペシャル「ワーキングプア」を見ました。
働いても働いても豊かになれない。どんなに頑張っても報われない・・・。
過疎の農村。働き場を見つけようと都会にやってきても、日銭を稼ぐ仕事すら手にすることが出来ない。働く意欲はあるのに・・・。
農業大好きなのに、農業では食べていくことが出来ない・・・。それでも農業をやりたい。
会社が倒産して、働く場が無くなった子育て真っ最中の40代、正社員の仕事はない。アルバイトを掛け持ちしてやっと生活を支えている。子供の教育費を考えると、もう一つ仕事先を見つけなきゃ・・・・。
どこの地方都市だったか?仕立屋さんを営んでいた男性。今はサイズ直しの仕事がたまにあるだけ。地域全体に景気が悪く、収入はほんのわずかしかない。年金は、入院している妻の介護にすべて出ていってしまう。
どうして人間らしく生きることが出来ない社会なんだろう。東京のような都会の若者達の姿、農村や、地方都市の抱えている状況を丁寧に追っていて、とても見応えのある番組でした。
なぜ、こんな風になってるの?どこからどうしたらいいの?・・・・・11月18日(土)三鷹の文化学習共同センターで18:00から後藤道夫さんにお話を伺い、討論をします。一緒に考えてみようと思う方、是非、足を運んでください。
「事実と真実」
真実・事実
真実・事実
平和教育をめぐって、今大事なのは、情報に対しての力、メディアリテラシー・情報解釈だ。ということから、その授業案をつくり始めている。そこで突き当たっているのが、真実・事実の問題だ。なにが真実かがないと、真実を前提にしないと、立てられない。
具体的には、一つは太平洋戦争開戦時の日本と米英との関係だ。
俗にABCD包囲陣と呼ばれる経済封鎖というのがある。今、イランの核問題で経済封鎖が言われ、北朝鮮には核問題を中心として日本もアメリカも経済封鎖に入っている。世界の平和を脅かすという理由を挙げているのだが、締め付けていうことをきかせるという態度であることは明らかだ。かつて、日本の進出に対しても同じだった。だから、今も日本の開戦は追い詰められた当然の反撃だったという論が出てくる。その論は、開戦が正しかったのだから、戦いである以上悲惨が生まれてもしかたがないという展開をしていく。
一方の、日本の進出・侵略がそもそも悪かったのだとする論では、悪かったことへの制裁を跳ね返して開戦するのは悪に悪を重ねることだとなる。だが、この論では、その悪の出発点についてがはっきりしないようだ。進出・侵略が、仏印進駐段階ではなく、10年にわたる中国侵入や満州はもちろん朝鮮併合や台湾併合の植民地化を含むことになるが、一次世戦参戦やシベリア出兵や、日露戦争や日清戦争を同じ中に含めるのかといった点はどうもはっきりしない。明治初期の征韓論をどう見るか、といったことも関わるようだ。
つまり、悪いというとき、どこから間違っていたのか、いわば理論上どこまで戻ってどこへ向かってやり直すのが正しいのか、といったことがはっきりしないと、子どもたちにはすっきりわからない。じつは大人もわからない。それでなのか、何十年経っても開戦の善悪さえ国民の合意にならない。全員一致は無理としても、絶対多数の合意ぐらいはありうるはずだと思う。
日露戦役大勝時点からやり直したいらしい勢力が、そのために教育勅語体制へ持ち込もうとしている、とぼくは今を見ている。今の教育変更の陰に、どうも旧学制がちらつくのはそのためだろう。日露戦役100年のお祭り騒ぎも、維新なる単語がしばしば登場するのも、そういう心理のためだろう。理論・理屈というのは、感情・心理の正当化のために後付されることが多い。理論が、閃き・思いつきから出発することが多いのは、その辺と関わるのではないだろうか。
善悪でなく、事実をはっきりさせればいいのだという言い方もある。が、中国・朝鮮、あるいは他のアジア諸国に対して、非を認め謝罪するかどうかという形で問題は出ている。
で、ABCD包囲陣だが、もちろん主としてアメリカが問題だ。アメリカの日本に対する姿勢はどうだったのだろうと思う。今、これを気にせざるを得ないのは、アメリカの一極支配の欲が、いつからあったのかを考えるからだ。今のアメリカの傍若無人な姿勢を悪とするからには、いつどこまで戻ればいいのかを明らかにしなければならない。アメリカが世界の主人面をし始めたのは二次世戦からだから、どうしてもABCD包囲陣の裏に何があるのか考えてしまう。大戦の結果アメリカが発展したなどという能天気なことではなく、そうなるにはそうなるように考えて仕向けた人間がいたはずだ。
このABCD包囲陣をどう見るのかということを、国語と平和教育サークルの第3集出版の詰めの合宿で持ち出したあと、朝日の書評欄で、面白そうな本が出ていることを知った。ベトナム戦争を非白人種族攻略の汚さの構図として植民地時代にさかのぼって問い、イラク戦争までの400年のアメリカ戦争史を分析しているという。(白井洋子『ベトナム戦争のアメリカ』06・9・10付)先住民族征服と世界戦略とを一つの気質や精神性で見ていいかどうかは別として、これまで問われなかった視点でアメリカも太平洋戦争も問い直すことを、もっとやらなくてはならないと思う。
事実は一つだが真実は人間の数だけある、ということがあるが、事実も掘り起こされていないものも多く、常に修正されていくものだろう。ある視点から見直された事実が、また次の真実を形作っていく。
総合的な学習の時間 「命」活動構成案
総合的な学習の時間 「命」活動構成案
授業者 石山南小学校5の1担任 佐藤広也
産婦人科医師
保護者
児童 36人
設定の理由
この学級は36人1学級で、最大時には40人で1クラスのまま、1年生から今まで来ている。5年生ともなると身体的にも精神的にも変化が見られる。最近「生命」を奪う事件が続発している。また命を自ら絶つという悲惨な状況も生まれている。そんな情報が毎日ありふれて存在している中にあって、自分も他人も命を大事にすることの意味を共に考えるきっかけとしたい。
特に本ユニットの構成は、札幌市教育委員会の事業である産婦人科医との授業ということで、命の現場に立つ専門家との共同の授業・活動を構成できることで大きな意義がある。
また保護者との共同の授業作りという観点を持って、子どもと保護者をつなぐ命の尊さに気づくきっかけとしたい。
本ユニットについて
・保護者と共に創る授業である。
・産婦人科医と共に創る授業である。
という2点を子どもとどうつなげていくのかが鍵。「いのち」というものの有り様をどう考えていくのか。自律した個人というものとして生きていくのかという生き方を考えるときに、自分の命は重たいし人の命も重たいのだということを倫理としても体としてもわきまえていくことをどのように創り出すのかということ。
関わりを創る・共同化・共有化する
これまでの5の1の子どもたち
9月の地域公開参観日は、道徳の授業を行った。これは男女ペアになって、友だちへのインタビューをし、取材して短い文にまとめていく。それぞれが互いの意外な一面を知るきっかけとした。それを教師が「クイズ問題」として読み上げて、誰のことを取材したインタビューなのか当てる、という構成的エンカウンターの授業をした。十分に楽しんだ後で、さらに、8月に亡くなった香川県の中学1年生の遺書を、新聞記事を元に読み上げた。
子どもたちの反応は当然に、「ひどい!」というものであり、かつて話した「粗大ごみ!」と振り返りざまに言ういじめの話を思い出してつぶやく子どもがいた。しかしながら、この遺書での「貧乏」「泥棒」というわずか1,2秒の言葉がいじめになる状況はこの学級にも確実に存在している。「ウザイ」「キモイ」という単語で友人を責める子どもたちがいる。理由もはっきりはしない。
瞬間的ないじめはされた者の中に、積み上がっていくのだということを話した。繰り返し繰り返し何度でも伝えていくことが必要だろう。「ほしのおじいさま」の授業もこれまでにやった。スエーデンの人権絵本「わたしのせいじゃない」も取りあげている。
この学級はこれまで札幌生まれの彫刻家本郷新の作品と多く関わってきた。ウインタースポーツミュージアムや芸術の森、彫刻美術館など、あちこちで展覧会もやった。
彫刻美術館では劇も披露した。お年寄りや地域の人びとと関わりその100年の歴史や受け継ぐ祖先の思いも考えてきた。それでもなお、「いじめ」に繋がる何かがあるのだ。 今回は彫刻家艾沢祥子氏の「本郷新無辜の民のオマージュ」から学び、同様の手法で作品をロウで作って「戦争」での命の奪われる状況も重ねていく。また理科では「人の誕生」の単元を平行して行っていく。
関連した活動と教科
1)等身大の自分を創って貼っておく。 理科
2)無辜の民を作って飾る 図工
3)改めて「太陽の母子」の紙に書き入れたデータを置く。 保健
4)「わたしのせいじゃない」「子どもの権利条約」「もし世界が100人の村だったら」
道徳
保護者の協力で 母親と子どもを結ぶ
母親に取材して、生まれるまでの10ヶ月近くの苦労を聞き取っていく。
母子手帳・父子手帳を読みながら、望まれてきた命が今そこにあり、母親の大変さを背負って生きているということをくみ取っていく。
総合的な学習の時間活動構成案
「いのち」を考える
私の生まれるまで 赤ちゃんの時代探偵団
本時の活動構成
1)取材した文をみんなの前で読んでいく
全員ではないが取材した文を自分で読んでゆく。
2)ここまでで、どんな感想を持ったかを発表し合う。
3)命の重さ はじめの命とはどこまでをいうのかを少し子どもたちと討議する。
│ 産婦人科医の立場で命のはじめについてお話ししていただきます。 │
│ │
・子どもたちが語った母親の体験というのはどれほど「危ない」ことなのか
・途中で死んでしまう「命」について
・赤ちゃんについて知っているようで知らないことをいくつか問題提起してもらう
・赤ちゃんの人形を使いながら赤ちゃんの不思議を考えます。
│ あらためて「妊婦体験ジャケット」を交代で着てみます。 │
│ 歩き方や普段の生活でだんだんと大変になっていくことを保護者に話してもらいます│
喜びと不安な気持ちなどを、我が子のことを交えて語ってもらいます。
│そこにいる「自分」(赤ちゃん人形)をだっこしておむつを替えてみる │
│ 男女の協力や命の尊厳を子どもの権利条約と教育基本法と憲法から引いて「みんなル│
│ール」として存在しているわけを少しだけ考えるきっかけとします │
│ 産婦人科医のお医者さんから子どもたちに知っておいてほしいこと大事にしてほしい│
│ ことをお話してもらいます。 │
生きて行くには人が必要だということ。その人にお互いがなるということ。命は蘇らないし生き返ることもない、という事実をちゃんと見つめさせたい。
先日5年の男の子がクワガタムシが死んだことで学校を休みました。
母親から相談されました。「今日一日喪に服しましょう、」といいました。他の子どもたちにも家での「死」というものへの向き合い方について考えました。
一方で「朝起きられないので休ませます」、という電話を今日受けました。だれがどう生きたってよいですが、なんとなくとか、軽いつらさから逃げることだけをおとなが認め奨励していれば本当の困難を乗り越えていけません。仲間と共に今ある自分を乗り越えることこそが必要なのではないでしょうか。
偉そうなことは言えませんが、そんなことを思っています。
今日から「風になりたい」「川の流れのように」を器楽を始めました。「地雷のあしあと」の合唱はボスニアヘルツエゴビナの子どもが書いた絵を元に作られたもの。世界の友だちの命と自分の命を考えていきたいと思います。
│活動名 「命」を考える探偵団 全5時間 │
│1時間目 世界の命 「子ども」ってなんだろう │
│2時間目 子どもの権利条約ゲームとレッドカード、イエローカードで考える命 │
│3、4時間目 私の生まれるまで 赤ちゃんの時代探偵団 │
│5時間目 まとめ │
私の生まれるまで 赤ちゃんの時代探偵団
│わたしの赤ちゃんの時の絵 │
私が母のおなかにいたときにあった「事件」のこと
ひやっとしたこと、心配したこと、こまったこと、楽しみだったこと
母子手帳を見せてもらいましょう。
どんなことが書いてあるのかをインタビューしてください。
生まれたときのお母さんの気持ちはどうでしたか?
赤ちゃんの時の子育てで苦労したことは何ですか?
インタビューしてあなたが思ったことはなんですか
総合的な学習の時間 「私の生まれるまで 赤ちゃんの時代探偵団」ご協力のお願い
5の1 担任 佐藤広也
10月5日(木)の5,6時間目は総合的な学習の時間で「私の生まれるまで 赤ちゃんの時代探偵団」を行います。
この授業は札幌市教育委員会の事業で、今年から産婦人科医の先生を学校にお呼びして総合的な学習の時間で命を考えることができるようになりました。今年度は石山南小学校5年1組が行います。
是非、当日は保護者のみなさんにも参観とご参加をお願いいたします。昨年度は、思春期ヘルスケア事業で、南区保健センターの助産師さんと保護者のみなさんで、授業を行いました。今回は、5年生の理科での学習でも命の誕生について扱います。そこで、ぜひ、お母様方にいくつかご協力をいただきたいと思います。
子どもたちがお母様方にインタビューをします。妊娠していたころに、どんな「事件」や不安なできごとがあったかなどをお聞きします。また差し支えなければ母子手帳などについて取材もします。ぜひ、ご協力をお願いします。当日は、取材したものを時間の許し限り発表していく予定です。
かけがえのない命が失われていく悲しい事件が後を絶ちません。いろいろな機会を捉えて「命を大切にする」ことを伝え、考えていくきっかけとしたいと思いますので、是非、皆様のご協力をお願いいたします。
取材期間は、9月24日までをめどとしたいと思います。よろしくお願いいたします。
さよならの後で
チビッコたちの近況報告。二学期が始まりました。「おやっ」と思いました。教室がしっとりしているのです。魔法をかけられたみたいに…。意地悪やちょっかいは相変わらず続くのですが、チビッコたちの顔も雰囲気も、子どもらしく愛くるしくて輝いてきました。能面のように仮面をかぶって子どもらしい思いや願い、弾む心を隠していた子どもたちが、仮面の下のやさしい顔をそっとみせてくれるようになりました。攻撃的言辞や行動に怯えていて、教室に仲間に心を閉ざし、傷つきそうになると悲鳴を上げたり、先手必勝みたく自ら攻撃的行動に出ていた子どもたちが、深く閉じていた心の扉を開いて、素直な自分を見せてくれるようになったのです。教室がやっと信頼できる場所になり、友達や教師であるわたしを、自分の快さとつながるものとして受け入れ始めてくれたのだと思います。授業を始めとして聴き合う関係も少しずつ出来てきました。
今日は算数の授業。102-65の初めての筆算。次々と不思議を語る子どもたちの声が楽しかったです。この引き算に名前をみんなでつけました。十の位のゼロの上に『9』が立つという子の意味を発見していったのですが、『9』が生まれてくるから『誕生引き算』などという子や、繰り下がりが二回もあって『くりさがりくりさがり引き算』とか、『トリプル3段筆算』とか…、みんなで楽しく名付けました。
二学期になって、一学期ほとんど人前で口を聞いたことのなかった歩君と笑顔を見せず心を閉ざしていた佳織さんが、さよならの後で机の後ろに隠れながらけらけら笑ってお話してくれるようになりました。教卓で仕事を始めると後ろに回って肩を叩いてくれたりもんでくれたり…。それから、言うのです。「先生、肩もんであげたよ。お返ししてくれるんでしょ」「…?!」。わたしが何してあげたらいいのか困っていると「先生、さよならの握手とかさ、くすぐりっことかしてくれないの」と言うのです。それで、二人と遊びます。「先生の愛のプレゼントをあげるね」というと「ギャッ」と言って逃げ回ります。やれやれ。それから、いろいろ話します。「先生って、どうして先生になったの」「それはね、歩君に会いたかったからだよ」「俺がこの学校にいるの知ってたの」「勿論さ」…。「先生、こわい話ししてくれる」「ごめんね、それはまた給食の時間にね」「先生、この間の話して絶対ウソだよね」「そうかな…」。こんなぐあいです。大変な子どもたちに変わりはありませんが、教室にいくと元気をもらえるようになりました。
10月9日(月)題15回全国教育研究交流集会の分科会『子どもたちは今』で今の子どもたちについて考えていることをレポートします(明治大学駿河台校舎)。よかったらご参加ください。子どものこと話しましょう。
学びの“チャンス到来”
4月に東北の方に引っ越して、心障学級に入級したひろ美ちゃんのお母さんから久々にメールが来た。
先学期、見学に訪れたとき担任していらした先生は転勤され、違う先生が担任になっていたとのこと。この3ヶ月余でひろ美ちゃんがすっかり変わってしまったとのことだった。
しばらくよくなっていた吃音がまた出始め、人形遊びをするときには「やるの!やらないの?早くなさい!」「やらないなら、やめますよ」と盛んに言っている。しかも、友だちやお母さんにまでその口調。いっしょのクラスのお母さんは、「担任の先生にそっくりよね。マネしているのね」「わたしたちは先生のマネしてるってわかるけど知らない人がきいたら、変に思うんじゃない?」と。
こんな事もあったそうだ。低学年の男の子が給食中にトレイをひっくり返した時に、担任の先生にひどくおこられ、一人で片づけさせられたとのことだった。先生は「子どものためですから、厳しくしないと子供が将来困ります」と。ほかの先生に聞いてみたら「あの先生は子どものことを思ういい先生ですよ。はじめは厳しいからとお母さん方から不満も出ますが、大きくなってみんな感謝していますよ」と。
私もいく度となくそのような場面に出会っている。本当はそんな時こそ“チャンス到来”、子どもも私たちも学ぶ時なのだ。
大のくいしんぼうの洋ちゃんが真先にきて一緒に片づけてくれ、自分の給食を半分わけてくれた。
片づけてるのか、ちらかしてるのかわからないけど、ゆかちゃんもせっせとお手伝い。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とあっちゃん。
みんなが温かくつながり、きっとその男の子も「これから気をつけるよ、ありがとう」と思ったことでしょう。給食のトレイをしっかり持つことを学ぶだけでなく、そのときのクラスのみんなの気持ちのつながりは創ろうとしてもできない貴重なもの。
先生が独りでしつけしようなんてありえない。こんなとき、みんなが温かくつながってこそ、クラスの子どもたちの力を集めてこそ、学校で学ぶ意味があるのだ。
「給食の場面はとてもよい学びの機会だったのにもったいないですよね、間違っていますよね、でもどうしたらいいのでしょう。まずクラスのお母さんとしっかり話し合うことでしょうか。
担任の先生の対応から、まだまだ心障学級に残る『厳しいしつけ論』を改めて感じました」と返信した。
「みんなでいっしょにかしこくなっていこうね」とメッセージをいつも発せられる人でありたい。