学びをつくる会世話人リレーブログ -16ページ目

沖縄の地図を

沖縄の25000分の1の地図を全て貼り合わせた。結構デカイ。しかもおもしろい。

この世には楽しいことがいっぱいある

この間のこまが回せなかった不器用な大学生からのメール。「授業やお茶をして感じたことがあります。私達が楽しいと思うことは子どもも楽しい。楽しいことを子ども達とたくさんして、「この世の中には楽しいことがたくさんある。死ぬなんてもったいない!」そう子ども達に思わせたいと思いました。」なんてまっとうな。東洋史専攻の学生でした。

沖縄

何度も何度も誘われたり依頼されたりしたけど、ついぞいっていない。これから沖縄の学習をする。

0)「わした」しょっぷでこんにちは 沖縄の想像

1)昆布と沖縄と琉球王国

2)昆布とパトリオット

3)沖縄戦で死んだ人 第7師団山部隊が行く そこからの支配

4)岩村通俊が行く

5)沖縄の文化を知ろう

ということぐらいかなあ。

*何かアドバイスがほしい!


沖縄補足

補足。学校の隣の校区に「わした」がなぜかある。教室にさんしんがおいてある。昆布と沖縄県具志川市天願桟橋とパトリオットのことが重なる。沖縄戦では、沖縄出身者の次に北海道出身者が死んでいる。その数1万を超える。6.23には「英霊」慰霊祭が札幌ではある。北海道「開拓」に名を残した岩村は、佐賀、沖縄に知事としていっている。

0)「わした」しょっぷでこんにちは 沖縄の想像

1)昆布と沖縄と琉球王国

2)昆布とパトリオット

3)沖縄戦で死んだ人 第7師団山部隊が行く そこからの支配

4)岩村通俊が行く

5)沖縄の文化を知ろう

ということぐらいかなあ。

*何かアドバイスがほしい!


いじめは犯罪だから

いじめは犯罪だからね、罰を与える。ふーん。そうか、それでいいなら全員刑務所送りだ。パワハラも含めて。この国の形を権力的にいうことを聞かせられる場所は学校で、それができないなら警察送りだ。ということか。先日の討論番組で言っていた人がいる。確かにまっとうに見える。ほんとうに我慢していることはいっぱいある。子どもからの無視だとかもめごととか自分の学年だけでなくやられる側に回るともうその意見にのりたくなる。でも私は教師である。エヂュケートするんだ。それもできないなら、確かに学校は人がみな追いだされて刑務所にいっちゃうだろう。そこまで極端なことはいってないと思うだろう。違う、極端なのはその原理。その原理が極端なシステムを生むのだ。ほんとにいじめるヤツは憎たらしい。「うざい」「きもい」など言葉は1秒以内。「無視」は証拠が残らない。ねがわくばこうした人達が偏差値で教育大学に入って何も考えずに教職にはついてほしくない。大学もちゃんといじめとたたかいたい。世界の格差社会は自分が高い方にいるような幻想で持ってきたはずなのに今どうなんだろう。

本音

本音を実名で書くのは厳しい。

昨日は生番組。北海道の教育をどうするか。でも、教育不信がすたーとなのでどうしようもない。防戦。教育改革特区委員と話したかったけど時間切れ。残ねん!!


ワーキングプア

教育基本法の廃止が決まりかけている。たいした法律ではなかったのに今憎しみを込めて、新しい法律を作ろうとしている。これでいいのかという声がマスコミはとりあげない。これではだめだ。みんなで声をあげよう。せめて、教育基本法に書いてあることぐらい実現しようって。さて、ワーキングプアなどという英語ですませるが、もう一度考えてみる。長いこと「デカセギ」について問題提起をしてきたのだが反応があまりない。札幌では出稼ぎということはないように見える。しかしだかつて霧多布の昆布取りは昆布だけで年収100万ぐらいかなといわれて、探偵した子どもたちはその額の大きさと小ささにとまどったものだ。年収まあ、この場合利益としてもこれでは一家はなりたたないということは実は理解できない。昆布だけでは暮らしていけないから、本州への出稼ぎとなるわけだ。jrの線路直しに両親ででかけた家もあった。出稼ぎがサイクルになっている。この部分へのメスを入れた実践が見られない。これは純然たるワーキングプア状態の恒常化ではなかったか。地域の崩壊と格差社会の拡大ははっきり札幌以外では見て取れるけれど。地域再生の課題と教育という視点で改めて考え直したい。

 出稼ぎは問題だ。課題だ。夕張の財政破綻は学校統廃合という明確な方針で来ている。地域と教育という視点が今こそ求められている。ワーキングプアは新しい視点を提示したが、すでに日本は出稼ぎ時代から始まっていたわけだ。それが都市へ拡大し不安定な雇用を生み出すんでないのかい。よくわからんけど。

今泉さん 避難勧告状況はどうでしたか

先ほどの津波警告状況で釧路がずっと出てきていた。大きな都市だから当然だ。
今泉さんの家は、高台だとは承知しながらも、まだ低いところにいるかもしれないとも思った。それでどうしたのか、それをしきに知りたい。野次馬と思われれても仕方がない。
ニュースが出たとたんから、実は、これはどうってことないなと思っていた。この勘が外れていれば、えらい不謹慎なことになるのだが、結果オーライとしてください。
それで、現地はどうでしたか。
ブログのメンバーではないけど、たぶん読んでいてくれると思ってですが、載せるのは渡辺さんに送ればいいことだから、現地状況を、知りたいものです。

津波情報を聞きながら

 津波警報を聞きながら

 ボンヤリ聞いていたラジオに時ならぬ音が入って、何だと思ったら、津波警報で、それも到達までにまだ30分もある。
 ひとりでは心細いと思って、たぶん史上初めてのこういう予報体制下の情報と事実のありようを注意してみておいてくれるように友人に電話した。
 そろそろ予報での到達時になる。
 なぜこれに注目したかと言えば、瞬時に閃いたのが、非難を受けるかもしれないが、国会審議にどう影響するかということを思ったからでもあったのだった。災害が起こった後で対策が練られるのは当然として、警報が出たということは危機管理・危機対応を、対朝鮮以外にでどうなのかの検証できるチャンスでもあると思ったのだった。
 ここで予報時刻になった。何も起こらないだろう。となってどうなるか。
 神風は吹かないものだ、というのは不謹慎か。ぼくは神頼みとは縁がないのだが。さっき、強行採決のことを知ったばかりだから。

事実・真実 その2

 夏の初めに教科書シンポジュームで、韓国・中国の教科書事情を勉強した。教科書ネット21の通信にその感想を載せたが、両国が急速に変化して民主的な教科書作りへ進んでいることを知って驚いたのだった。日本の教科書作りが急速に民主度を落としているのに比べると、雲泥の差がある。
 これは事実なのだが、日本では真実になっていない。なんといっても知られていない。日本がアジアで誇るべき民主主義国だというのも、事実ではない。が、故なく真実と多くの人が思っている。
 9月21日ベネズエラのチャベス大統領が国連総会演説でアメリカ大統領を非難した、というニュースが車でつけっぱなしのNHKラジオから何度も流れた。帰ってから読んだA紙夕刊2面に記事があった。名指しで8回も悪魔と呼んだとかフルシチョフ以来の珍事とか、ありえない無礼な振る舞いといった調子だった。これはNHKとほぼ同じだった。だが、記事の中に、大幅に時間を超過した演説に長い拍手が送られたことと、アメリカの国連大使と国連本部のコメントでこの拍手が問題だというがあった。どうもおかしいと思って、翌日のA紙朝刊を隅まで見たが何の記事もない。朝刊だけのB紙で見ると、7面に4段で米の他国への介入批判という見出しで、8つほどの内容を伝えていた。なるほど拍手が沸くわけだと納得した。
 NHKはわからないが、AB両紙は現地NYの記者名での記事であることも気になった。通信社から買った記事ではないだけに、公共を名乗る放送機関と良識を代表するような気位の新聞が、同じ精神状態にあるらしいことはなおさら恐ろしいことだ。そして、国連総会で一国の大統領がした演説が、それも超大国に刃向かう事柄が、揶揄的に報道されることも、恐ろしい。驥尾に付すということばを久しぶりに思い出した。言い換えると、お髭の塵を払うというやつだ。
 NHKラジオやA紙だけだと、伝えられた事実はかなりゆがんだ真実を作ってしまう。調べ直さなくてもB紙が内容としてすぐれていることは明らかだ。ありとあらゆるところでの情報操作が多い中でも、はっきり姿が現れた例は珍しい。B紙を読んだとたんに、今現職なら、今日これで臨時の授業をやれたのになと思ってしまった。
 拍手をしたのがどれほどの割合であるか、どういう国の代表が拍手したのか、日本代表はどうコメントしたか、様々に知りたいことが出てきた。現地にいる記者が伝えるべきなのは、そういうことだろう。
 新聞名を挙げなかったのは、定評にのりたくなかったことのほかに、紙面をここに載せられないからだ。どうも著作権で、許可を得ないといけないらしいということを聞いたので実際の文を提示できないならいっそのこと紙名もとなった。また、他の新聞をあたっていないということもあった。
 ここまで9月に書いてきて暇がなくなって中断していたら、文科省によるやらせ問題が顕わされ、受験対策のカリキュラム偽装が顕わされた。続けるには主題が変わってしまうが、今は偽装に触れていく。
 前者はやらせ、後者は未履修と呼ばれるが、建築での問題と同じくどちらも偽装だ。ぼく自身には記憶がないが、35年生まれの人がこれはやらなくていいと高校で言われて受験科目に集中していたそうだ。学習内容偽装は、新制高校卒業一桁台で既に始まっていたのだ。文科省の役人にも、追及したりされたりの人の中にも、その偽装経歴の人が大勢いるわけだ。というより、そのほうが国中の多数派であるのだろう。調べれば、たぶん証明できるだろうと思うが、その事実からどんな真実が生まれるか見当がつかない。
 偽装問題は教育行政、主として統制の非理を示す事実だが、学校教育全体への不安感、教師への不信感が増すという状況を招いている。これは問題の取り上げ方と伝え方によっている。取り上げなければならないのは、なぜ、いつから、という誰でも考えることから始まって、そこから関連問題はどういう範囲に及ぶか、といったことにもなっていくだろう。そしてそこからは、受験・受験教育・カリキュラム、そしてその基の指導要領といった問題が問われ、教育の目標へつながっていくはずだ。伝えるのは、そう進んでいるか、阻害しているのは何か、ということのはずだ。どちらもがそういっていないということは、つまり操作されているのだという真実がはっきりさせられなければならないと思う。