学びをつくる会世話人リレーブログ -13ページ目

「退職して1ヶ月」

退職して一ヶ月、この4月は海外旅行を2回もしてしまいました。

その①、台湾に行きました。以前に戦後補償にとりくむ市民団体のアジアフォーラムのでお呼びした元「慰安婦」のおばあさんから「遊びにおいで」といわれていて実現できないでいました。台湾の「慰安婦」支援の市民団体である台北婦女社会福利援助基金会に相談し、行くことにしました。おばあさんたちは自分たちで「遊ぶ」などということはない、そこで台湾南方の山あいの少数民族の村で観光地になっている内湾横山地区にいっしょに行きました。おばあさんたちと屋台をひやかしたり、飴を買って食べたりしながらひとときをすごしました。帰りにおばあさんの家で「ビーフンパーティー」もしました。おみやげまでもらって帰ってきました。このおばあさんたちが日本政府に謝罪と賠償を求めて提訴した裁判は最高裁で「棄却」が決まっています。このことも次の世代に伝えたいと思います。

 その②、中国杭州への旅です。和光小学校が杭州の緑城育華小学校と姉妹校になるセレモニーに参加することとこの学校を参観することが目的でした。和光の行田校長の誘いで行きました。岩辺さんもいっしょでした。私自身は物見遊山で学校にとっては迷惑だったかもしれませんが、豊かな時間をすごすことができました。杭州の小学校の見学は今の中国の教育の一端をみる思いもしました。この学校は緑城グループという不動産企業グループが出資して作った私立学校です。社会主義国でも私立学校の設立が認められています。まだ開設4年目ということでしたが、立派な施設には驚くばかりです。日本の公立学校にはないようなハイテクの設備が整っていました。授業料も年間4万元(約60万円)と安くありません。これだけの費用を出せる層が広がっているということでしょうか。この学校は量も完備していて、週末に親が向かえに来るが月から金までは寮生活です。小学校1年生が寮生活というのはちょっとたいへんだと思いました。授業もくふうされていて、3年生の詩の授業をみました。杭州の名所・西湖の風景を詠った詩の暗唱で、四季の移り変わりを「漢詩」(日本でいうところの)の対を探したり、と子どもたちはいきいきと学習していました。最後に「この授業の名前を付けよう」と先生のよびかけで、黒板に色々な名前を書き込むという授業でした。なかなか工夫されていて、アニマシオンぽかったです。和光とこの学校の橋渡しをしたのは、韓国ソウル郊外のトゥレ学校のチョン先生です。彼が杭州の学校と和光を結びあわせました。今回はチョン先生も韓国小学生を連れてきていました。中国、韓国の子どもたちの交流もありました。

 公立中の教師をやめて、だれに「届け」も出さずに海外旅行にいけるのはいいものです。

「ぶな=木+貴」!!

先日、「心に一本の樹を植えよう」という話を書きました。その時、たしか、私は「ぶな」の樹が好きだが、その文字は木ヘンに「無」と書く、「杉」のように早く育って建築材として売れるということがない=「役に立たない木」だという説明を聞いたことがあると添えました。自分なら木ヘンに「豊」と書きたいと。
 そうしたら、なんと、『朝日新聞』416日号で「漢字に方言=地域文字」があるとして早稲田大学笹原教授が紹介している中に、北海道の黒松内町地方では、ぶなを木ヘンに「貴」と書くとありました!!とってもうれしい発見でした。
 それだけです。でも、ちょっと教室で付けませんか?

中学教師を退職してしまいました

 ついに中学教師を退職してしまいました。最後の1ヶ月はなかなか中身の濃い「時」を過ごしました。卒業式は三月二十日でしたが、都立高校の一次試験の合否発表のあと卒業式までのとりくみの期間が少しあります。卒業式にむけて子どもたちととりくむことがたくさんできればいいのですが、卒業式自体は「形式的」なものしか許されません。自主的なとりくみが旺盛にできていたころは卒業生の言葉をみんなでつくったり、歌のとりくみをしたり、卒業制作をしたりとさまざまなとりくみができました。しかし、今は自主的なとりくみをいれる余地が多くありません。それでも「答辞(別れの言葉)は卒業生の声を出し合う機会をつくりました。大地讃領と旅立ちの日にを歌いました。練習の成果も出ていました。感動的な歌声を披露しました。

 この卒業期のとりくみをゆたかなものにしようと合唱コンクールもこの時期にやっています。三年生の男子の声が落ち着いてきてとても良いです。いろいろなことにとりくもうということで「朗読セラピー」というプロのアナウンサーの集団を招請し「朗読コンサート」を行いました。「ダイヤモンドより平和がほしい」というアフリカ・シュラレオネの少年兵のお話の本を朗読していただきました。ただきいているだけですがしっとりときました。また川田龍平さんの講演会もしました。薬害エイズについて事前学習して川田龍平さんに1時間たっぷり話していただきました。「人間楽し生きることの意味」をしっかり考えました。十数年前、川田さんがカミングアウトするきっかけになった「ジョナサン君とともにエイズを学ぶ子ども実行委員会」の委員長をつとめたのは、岩辺泰吏さんの娘、岩辺みどりさんですが、彼女は委員長をやっていた時は東島根中の生徒でした。今の生徒には「君たちの先輩にはすばらしい人がいる」と話しました。川田龍平さんとも縁があるのです。子どもたちは川田龍平さんへ手紙を書きました。中学卒業直前の時期にこういうことを考えました。

 二十日の卒業式以後も進路先を確定できない子がいて、都立定時制高校の二次試験が二十八日試験で翌日発表という日程でした。ほとんどの学校が定数内なので、試験して答案用紙に名前さえ書けば「合格」の可能性が高いというところでした。三十日にこの合格者に書類をわたして「すべて」終わりました。

 4月に入り、ようやく「終わった」という実感がじわりとわいてきています。

ささやかな実践②


 

東京でも桜が咲き始め、花見の時期となりました。学校は春休みですが、何かと学校へ行く機会が多いことでしょう.

この1年を振り返ってみるといろいろなことが思い出されます。学級でも1年間をまとめようと先日の3月16日(金)に「3年1組まとめの会」を行いました。学年では、12月に保護者や地域の方々を招待して「3年冬祭り」を行ってきましたが、今回は学級ごとでした。それでも中身は、担任同士相談してほぼ同じ内容にしていきました。

 三部形式で、一部は構成詩「三年一組物語」です。日刊で学級通信を出していましたので、主な出来事を順番に書いてせりふを作りました。また毎月の詩を表現したり学級・学校行事の様子を入れたりして台本を完成させました。9月では運動会の「よさこいソーラン」を、11月には学芸会「孫悟空」の一場面を再現しました。

 二部は、班の出し物です。4つ班がテーマを決めて出演する内容ですが、1班「二人読み詩」、2班「朗読劇」、3班「3班コール」、4班「合奏」でした。班の出し物の前に、どの班も一人ひとりが自己紹介をして、この1年で伸びたところを発表していきました。どの子も勇気を出して自分の名前を言い、伸びたところを発表できました。感動的な場面でした。

 三部は、グループに分かれて特技や得意なことを披露していきました。マジック・空手・剣道・ヨーヨー・チアダンス・オルガン演奏・リフティングなど様々です。子どもたちは、真剣かつ楽しそうに演じていました。学級での顔、班での顔、個人の顔と、それぞれの場面での姿を見てもらいました。クライマックスは、保護者の出し物です。12月の「3年冬祭り」のときに、学級の役員さんにまとめの会と保護者の出し物についての話をしておき、1月の保護者会で正式に提案しました。快く引き受けていただき、2月の学校公開の時にはやりたい楽器の希望を取っていました。当日は、保護者の方々の寸劇と坂本九さんの「明日があるさ」の合奏でした。「明日があるさ」は、歌声係で替え歌を作り子どもたちが歌いました。

 子どもと保護者が一体となって楽しいひと時を過ごすことができました。家庭・学校・地域が共同して子どもを育てていくのが難しいときですが、できる限り学級・学年の様子を公開して「一緒に育てていきましょう」というメッセージを送り続けることが大事だなあと思っています。


三十年ぶりの真実

高校の放送部の顧問が退職した。昨日はその集まりで京王プラザだった。他の送別や激励の会ともブッキングしていたので、ちょっとだけ顔を出すことにした。今あるのはこの恩師のおかげであるからだ。モンタ先生は、フランス人のような顔立ちで背が高い。尺八の師範である。シャンソンを歌い、今年は二十年ぶりにシャンソンの大会で東京に行くという。ホテルでお会いしたモンタ先生は、開口一番、「君に会いたかったんだよ!」と握った手を離さない。そして次々と思い出を語ったのだ。この会ではどうやら私が一番古い人間で出席していた。その前後の人間で私の知る人が誰もいないというのも不思議なことではあったが。突然、「あのときは残念だったよねえ。」そうですね。NHKの全国コンクールですか。そう七分のラジオ番組に懸命だったわれわれ。公立高校受験に落ちて、まさか行くまいと思った私立男子校へ入学した。劣等感の固まりであった。地区大会では公立進学校の北高校に優勝をさらわれたのだが、道大会では逆転。福岡での大会の切符を手にした。番組名は「生きる」であった。同じ高校生で聾唖の子が授業を受ける。友だちのノートを借り、唇を読む。そして病魔。星の光になってしまった。そこまでしてなぜ彼は学ぼうとしたのか。霊前に福岡みやげを供えに行った。そして三十年後、先生が用意された思い出を書いた冊子には、冒頭から紛れもなくこの私が登場していた。あまたの教え子の中からなぜ・・・一つは、演劇部の顧問であったときに、放送部を兼務。やがて放送部だけにされてしまう彼に、ラジオドラマの脚本を見てほしいと頼んだのだった。「誰か故郷を思はざる」という傷痍軍人をテーマにした26分もの。これは知事賞と脚本賞などをとり、実際にラジオ放送になった。そして・・・「三十年前、初めて全国大会の切符を手にした時実は大変なことがあった」と書いてある。待てど暮らせど審査結果が届かない。そこで電話をしてみたら何と、北海道大会の事務局からのオープンリールのテープが届いていない。遅れて届いたので審査されていない、というオマケであったという。善処を申し入れたが、一応再審査で「選外」ということになったという。そんなバカな!三十年前には一度もそんなことを聴いてなかったぞ!何と彼は尺八の師匠。童山の名を持つ。その名は「兎の眼」からとったというのだ。おまえのために尺八を吹く。そういって吹いてくれたのが「二十四の瞳」の中で使われた「瞳」という曲であった。乾杯の音頭を頼まれた。この会はモンタ先生のためにあったはずだが、「私」のためにあったのだった。こうしたちょびっとした出会いが人生を支える。そんな教師でありたい。


心に一本の樹を植えよう

夜、高校時代の後輩から電話があった。今はある地方の町の教育委員長をしている。私の本に取り上げているジャン・コクトーの詩「君たちに」について紹介しようと思うが、ちょっと問題がある。植木屋さんに相談したら、「木に傷を付けたら木が傷みます。それに、幹に彫っても、木の成長とともに名前はゆがんで読めなくなってしまいます」と言われたと。それで、私はあらためて読み返しながら、こう考えて手紙を書いた。

 

「 君たちに    ジャン・コクトー

 いつかは天までとどくほど / 大きくなるような木の幹に

 君の名前を彫りたまえ / 大理石に彫るよりも

 そのほうがずっといいのだよ / 名前もいっしょに のびるのだ 」(那須辰造・訳)


 木に名前を彫るというのは、行為を言っているのではなく、思想を語っているのだと思う。イマジネーションと言ってもいい。心に一本の樹を植えようと。その樹は君たちとともに育っていく。君たちそのものものというのではなく、「ともに育っていく樹」だ。つらいとき、悲しいとき、君たちの傍らにあって葉を鳴らすだろう。うれしいとき、喜びのときにも傍らにいるだろう。『ゲド戦記』でも、名前というのは自分という存在の本質を表すものである。名前を刻むという行為は、自分という存在を確認していくことである。

 私たちは高校時代に「ぶなの会」というサークルを作って活動した。それ以来、私はブナの木が好きだ。ブナという木は、個性の強いので、建築材料としては役に立たないので、「無駄な木」ということで「橅」と書くと聞いたことがある。これは、当時、複数高校間の高校生交流禁止通達に応えるために高校の教師が話したことかもしれない。

 しかし、ブナは大地にしっかりと根を張って豊かな葉と実を茂らせるので、山を守り、昆虫や動物たちを育てる。保水力が高いので、ふもとの田畑の水が常に潤い、おいしい米を作る。30年ほど前、岩手の漁村で海が汚れ、魚や牡蠣が死滅するような状況が続いた。そこで、漁師の有志はが荒れてきたから海が荒れるのだと考え、植林の運動を広げた。今ではおいしい牡蠣の産地として蘇ったという話が、国語教科書に紹介された。(「山は海のふるさと」であってと思う) 白神山地のブナの森も、今では世界自然遺産である。

 卒業期のいま、私はジャン・コクトーの詩とともに、「心に一本の樹を植えよう」と呼びかけたい。

 


 

ネルソンさんの風

(未発表) 続編 子どもの権利条約と日本国憲法のアニマシオン
人間であることへの共感を土台にして考える戦争と平和
ネルソンさんあなたは人を殺し続けていますか
5年生のあなた、ネルソンの年、18才まであと・・・
    さとうひろや
1 マンガを読む
「ネルソンさんあなたは人を殺しましたか」(アレンネルソン原作 三枝義浩マンガ)を2回に分けて読む。原作本は図書室にある。マンガは出た時にすぐに手に入れた。コミックスになって買った。今回はコミックス版を印刷した。ネルソンがアメージンググレースを歌っている高校での授業風景を見せた。
 「彫刻の重さは命の重さ」での本郷新の「無辜の民」の原点の一つがベトナム戦争であったことを伝えた。ベトナムはどこでいつからいつまでが戦争か、ということは極簡単におさえた。アメリカ対「北ベトナム」の対決と最後にベトナムからアメリカが出て行くこと、こやま峰子さんの「夢につばさを」は、この戦争後のベトナムと枯れ葉剤のことがテーマであったことも押さえた。37人中4人が風邪とインフルエンザで欠席の3月初旬のことである。この人達はどちらかというと自己中心な子どもたち。無神経に人を傷つけるが傷つけられることには過剰に反応し、復讐に燃える。1学年1学級のままずっとすごす。毎年担任が替わり、とうとう4,5年は私が持ち上がるという変則的な学級。教師としての無力感や敗北感に苛まされることはしょっちゅうだが、それでもまだ「めんこい」と思えるのは、その前に持った子どもたちとの闘いでの疲れの反映かも知れない。
 「自由」(ポールエリュアール)を読み、群読し、「地雷のあしあと」をアニマシオンし、歌い、両方の作家こやま峰子さんには2度も学校に来ていただいた。憲法と子どもの権利条約のアニマシオンもやった。だからなんなのだ。そう思う。いくつ平和とか戦争とかやっても教室の紛争は絶えず、ワーキングプアならぬラーニングプアだもの。それでも彼らに問い続けてゆくのだ。それは彼らが人であるからなのだ。

珍しく静かにマンガを読み終えた
無記名でよいので、
読んで思ったこと。
このあとネルソンは5ヶ月あると最後に書いてあったがうなるんだろう。予想して書く。
ということをしたのだった。

2 2つの問いに 「上巻」の感想
1)現実ではこうなってしまうのかと思った。人を虫のようにころしていたのがおそろしかった。
2)このマンガは現実の話というけどざんこくすぎてしんじられない。でもこの人は他の人とちがってふつうの人間の考えにもどってよかった。
3)この戦争で死んでいった人がかわいそう。
4)すごくかわいそうだったけどいがいとすごくおもしろかったです。次のがどうなったか楽しみです。
5)写真を見たらざんこくだった。
6)ちょっとざんこく。原爆の写真よりまし。
7)人を殺しちゃいけないと思ったしざんこくな話だと思った。
8)戦争はざんこくで人を殺してはいけないと思った。
9)戦争はこわいものだと思っていたけどもっとこわくなったしざんこくなものだと思った。
10)ざんこくだったけど最後の方が少し良かったと思う。
11)とてもざんこくです。なぜころさなくてはならないのか。とてもこわい。
12)ざんこくだった
13)ざんこくでこわかったけどネルソンさんは戦争でたいへんな思いをしたということがわかった。
14)少しおもしろかった。さうがにせんそうだな~と感じた。下の方が見たくなった。
15)けっこうこわい。ひどいお話だと思いました。これが現実だったらものすごいことだと思います。
16)戦争はこわいし人間の大切さがわかった。
17)こんな時に生まれた人も生んだ人もとても気の毒だと思う。それに罪もないのに殺された人や、その家族などの気持ちなど考えた方がいいと思う。
18)やっぱり戦争はざんこくだなと思いました。戦争は絶対にやりたくないと思いました。
19)このマンガは人をころしたりするのでこわいと思いました。          20)はくのはとうぜん。ころされてざんこく。
21)ざんこくでいやだ
22)ざんこく。めいわくなはなし。
23)ちょっとこわかったけどやだった。
24)せんそうはやっぱりいやなものだとおもう。こわかったです。
25)こわいけど最後の方が良い話。                       26)こわい
27)ネルソンさんはちゃんときずいたのですごいと思います。
28)すごくざんこくでこわかった。      
29)ざんこくでかわいそういだった。                      30)人を殺す所がよかったです。少女が赤ちゃんをうむシーンがよかったです。けっこ   うおもしろかったです。 
2)戦争のひどさがまじまじわかった。                     32)戦争がむごいと思った。殺した人の耳や金歯をもってもそんなにいいことはないと   思った。後半で出てきた女性がなぜ穴に入って赤ん坊を産んだのか。どうしてどう   やってここから逃げたのか。                        33)戦争系はけっこうすきでじゅうとかを持ってみたりしたいし使ってみたいけどこれ   を見るとくんしょうに耳などをもちかえってみたりしてぐろい。よく自分で産んで   へそのおを切るのも歯でそのあとすぐに動けるんだろうと思った。                                            
耳切はまるで、秀吉の朝鮮侵略と耳塚ではないか!と思いながら感想を読んでいった。
3 あと5ヶ月間のネルソンは 「下」のストーリーの予想
「上」の最後は「だが・・・・ベトナムでの任務はまだ5ヶ月残っていたのである」
その直前、「もう一度人間であることを思い出した瞬間であった」なのだ。そこで止まれば、ああ人間に戻ったね、よかったね、だ。人間に戻っていては戦争は戦えない、といわれるだろう。
1)ネルソンはこわくなってにげだした。
2)この人は自分の国ににげてみんなにひはんされてつらい思いをする。
3)ネルソンはこの後五ヶ月間戦争をした。
4)まだ殺すと思います。
5)まだたたかう
6)
7)
8)人はたくさん死んだけど最後は平和になった。
9)五ヶ月間人を殺し続けた。
10)この後、ネルソンさんは人をあまり殺さなかったと思う。
11)
12)
13)
14)ネルソンは敵をまだ殺し続けた。
15)自分はどうすればいいのか。なやんだと思う。5ヶ月間ずっと?
16)
17)この人は殺した人や殺された人の家族などにうらまれて精神的にもやばい。
18)このマンガのあとの五ヶ月はやっぱり人を殺してるのかなと思います。
19)これから五ヶ月間せんそうがのこっているのでネルソンさんはいやだと思う。
20)まだ人を殺し続ける。
21)もう海兵隊をやめて家に帰った。
22)
23)あの女の人は死んでしまった。
24)
25)ビンボーからぬけだせたのか気になる。
26)人を殺したふりをして殺さない。
27)だつごく。りゆうはじぶんのしたことにきづいたから人をころさないようにざつご   くしたと思う。
28)海兵隊をやめた。
29)たくさん人をころしてった。それからなにもしないでにげつづけた。
30)
31)いっぱい人を殺して自分にこうかいしていくと思う。
32)ネルソンさんはこの後戦争で母親を亡くして(殺されて)戦争を反対するかもしれ   ない。
33)
4 「間」の日本国憲法前文の歌と「あたらしい憲法のはなし」で探す

 幕間に、「あたらしい憲法のはなし」をもういちど渡した。そして、きたがわてつの「日本国憲法前文」「憲法第9条」を聞かせてみた。日本国憲法前文はタイトルを教えなかった。かけた。するとみななぜか大笑いしたのだった。そして、「気にいったわ!」との声。、「憲法だ!」と言い出した子がいて、「それじゃどこにあるか探偵せよ!」というと、必死にみな「あたらしい憲法のはなし」を探したのだった。そして、「あった!あった!」の中で、次に「憲法第9条」を探したのだった。前の週には、「憲法なんか知らないよ」(池澤夏樹)の「憲法口語訳」を渡して、「憲法第3章からお気に入りを探せ」というアニマシオンをやった。お気に入りの憲法条文を第3章から探し、そのお気に入りの条文を選んだ者でチームを編制するのだ。そのチームが、チームで工夫してその条文を読み上げ、一人一人がお気に入りの理由を語る、そしてそれをビデオに撮るというものであった。
そのあとの「前文」である。きたがわてつの音読から入って、エレキの音が心地よく響く。私は長崎といくつかの場所でこのエレキが聞きたくてコンサートに行ったものだ。憲法は今子どもの手に渡るのである。憲法のゆりかごにいることを私達が気づけばよい。このゆりかごに入ることを決意した時に、殺さない、殺されない道を日本という国は選択したのである。

30を突破!

誰か読んでるのかなあと思いつつこんな時間に書く。おめでとう!30本突破!と自画自賛。

さて、赤紙の授業について。来た、開いた。気持ちはどうだの授業でよいか。「来た!」時期が肝心ではないか。「臨時」でないほうはどう扱うか。またその年は、というところで思いも複雑。兵士がみな同じ固まりで認識されてはいないか。甲乙と年齢、在郷軍人会まで教えたいんだけど。ヒントない?

悪者は誰だ?

アニマシオン あなたが作る子どものための法律 キーワードを解け!

さて、新聞記事にある労働基準法では、子どもを働かせることについてなんて書いて

あるでしょう?あなたなら、どんな法律にしたいですか?

よい・わるい、その他、年齢制限、国籍は? 

実際の労働基準法は、「国籍」「15才になった3月31日」が手がかりなのである。

その結果、 子どものための子どもの労働基準法の条文ができてきた。

労働基準法 子どもは働かせても働いてもだめ

18才になっていない子どもは、アルバイトはちょっといいけど、中学まではちゃん

 と勉強するので働いても働かせてもだめ。

・子どもは勉強が仕事なのでゆっくりさせること。日本にいる子どもはみんな同じ。違

 反したら。おやはたいほされる。

・知っていて働かせた会社は社長をやめさせる。

子どもがこき使われピンハネされ、学校に行けない、字も覚えないで大人になったら?

即、反応。「だまされるべや。」「許せねえ!」「夢がかなわない!」と。「でもお年玉やお小遣い以外にも買いたい物はっぱいあるんだ。だからアルバイトの権利はないとね。」という声も多かった。<アニマシオン>は世界をわくわくして読み解くだけではない。世界の主人公として物語を作っていく主体なのである。労働基準法の実際はここではまだ扱わない。

6 悪者はだれだ?

アニマシオン 悪者はだれ?なぜわるいのか?

新聞記事をよく読んで悪者に線を引きなさい。わけも考えなさい。

グループで相談して、カードに悪者の名前を書いてください。

これは実にたくさんのことがわかった。一つは、悪者の名前がはっきり書いていない

ということである。それ自体が謎に満ちた記事である。岐阜・愛知での自動車部品工場では日系ブラジル人を抜きに考えられないという状態であり、日系ブラジル人の雇用については特別になっているのだ。ちなみに、北海道の最低賃金は644円である。この15才未満の子どもたちの850円というのを読んだ瞬間、「うちのかあちゃんより高い!」と言う声も返ってきた。さて、悪者はだれか。記事を読むので、「悪者」の部分で「悪者!」と叫んでください、として始めると・・・

「派遣会社!」「派遣会社社長!」と言う声。「派遣会社は人じゃないよ!だから社長が悪いんだよ。どちらも悪いはずだ。更に「複数の工場」という時点で同様のことが。「親」というのも、法律違反であることを知っていてやっているという悪質さをついていた。ようするに子どもは保護されているのかいないのか、という所では決して子どもの状況にはよいことはないというのがこの記事であったということである。「子どもも悪い」という意見もあった。だがこれも、そのことで大人の責任は免れないのだった。改めて権利条約へ戻る。こういうのを取り締まるのはだれか?そして不就学、不登校を放置している責任ということで「国が」責任があるのではないかと自然に話は進んだのであった。

そして・・・

子どもの権利条約 レッドカード? イエローカード?

1条レッド 18才になっていないのに違法労働をさせられていた。

1条イエロー 働かせたのはわるいけどむりやりではないので黄色。

2条レッド 日本語がわからないからって労働をさせているから。

3条レッド 子どもはしごとをしやくてやっているわけではないから。

18条イエロー 親が責任をとっていないから。

26条レッド お金がないならちゃんともらえばいいのにもらわないでいるから。

       国がはらわないではたらかせているから。

28条レッド 学校にいっていないから。

       国は全ての子どもが学校に行かせてあげないといけないのにはたらいて

  いて学校に行かせていないから。

   イエロー 5才は中学3年で高校にすすむけんりをもっているのに工場ではたら

        いているので。

32条レッド 働かされているから。学校にも行けない状態になっているから。

36条レッド 子どもを働かせて大人が利益を得ているから。

       子どもの幸せをうばってはたらかせるのはいはん。 

さて、子どもたちの書き残したものや討論を紹介していく。

憲法11条レッド 平等ではない。

憲法25条レッド 健康でないことをされている。

憲法26条イエロー教育を受けていないから。

憲法28条イエロー 労働者が団結できていない。

憲法38条イエロー 利益をえるために強制的に働かされている。

これぐらいは、小学5年生でも考えようとすればできるのである。

実はここにはまだ秘密がある。それはいったい「誰が違反しているのか」「誰が違反と判定するのか」「違反したらどうなるのか」ということである。ここは条文の主語が何であるのかを考えながら、ただプログラムとして書いてあるわけではないことを明らかにしていくのである。子どもの権利条約と日本国憲法で、まずずっと遠くにあると感じる事件を見ながら、やがて等身大の自分に引き寄せていくのだ。どの答えもなるほどと納得させられる。こうした判定をめぐってグループ発表しながらより多く、条約違反と憲法違反を見つけられたチームがポイントアップとなっていく。さてこの記事でできた、労働基準法には一体なんて書いてあるのか。予想してみた。