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映画「靖国YASUKUNI」を観た

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こんなに緊張して映画を観たのは初めてだった。映画館の前には警備車両が、入り口付近には数人の制服警官や私服警官?が、スクリーン横には制服警備員と私服警官?が、スクリーン最前列には私服警官?ら数人が座った中での上映。私の右隣には迷彩服を着た恰幅のいいお兄さんがドカっと座っていた。左斜め前にはスキンヘッドのコワモテの方が警備員をにらんでいる。なんとも緊張感の張り詰める空気の中での上映。誰かがナイフかなんかでスクリーンを切りつけるんじゃないか、そうなったらなったでオモシロイのに…などと不届きな想像を巡らしつつ上映時間が来るのを固唾を呑みながら待った。

 

警備車両ご存知の通りこの映画は上映が1ヶ月遅れ、右翼団体などからの嫌がらせや妨害をおそれ5館が中止を決めた。一部の週刊誌などが「反日的だ」と取り上げ、文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の助成金を出していたことが問題視された。

 

観た感想をひとことだけ。いったいこの映画の何が問題なんだろう。まったく分からない。憲法記念日にこのような映画を観られたことは意義があったし、映画「靖国YASUKUNI」が、戦争を知らない私たち世代に、学校で教えてもらわなかったからという言い訳ではなく、積極的に過去の日本の歴史を学び戦争とは何か、平和とは何かを考えるきっかけになればいいと思う。特に我々世代以下の若い人たちにぜひ観てもらいたい。観て考えてもらいたい。素直にそう思わせてくれた秀逸な映画でした。

 

映画『靖国』特設サイト

 

 

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採用コンサルタント 田中謙二

大迷惑な落し物~不発弾

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18日に東京・調布で不発弾処理大作戦…1万6千人退去命令

東京都調布市で戦時中の大型不発弾が見つかり、市は18日に撤去作業を行うのに伴い、半径500メートルの住民約1万6000人に対し、退去命令を出すことを決めた。調布市によると、不発弾が見つかったのは、同市国領町1の線路沿い。京王線地中化工事の現場で、地主から「戦時中、空から何かが落ちて、畑に穴ができたことがある」と聞いた京王電鉄が3月27日、金属探知機で調べたところ、3・25メートルの地中から見つかった。

不発弾は長さ約1・8メートル、直径60センチの米国製1トン爆弾。B29が搭載し、調布近辺の軍需施設を爆撃に来た際、落としたとみられる。すぐに自衛隊が防護措置をとり、今は警備会社が24時間監視しているが、地上で爆発した場合には、破片などが半径2キロに飛び散ると推定されている。

このため、長友貴樹市長は住民避難が欠かせないと判断。18日午前9時半から作業終了までの間、半径500メートルの約8000世帯・1万6000人に退去命令を出す。パチンコ店やスーパーにはその時間帯に営業しないよう求める。不発弾は信管が抜かれた後、トラックで運び出されるが、数時間を要するとみられている。現場周辺には住宅やマンションがひしめくほか、病院もあり、入院患者は一時近隣の病院に移される。手助けがないと外出できない要介護者も多数いるとみられ、調布市は1日から調査のため対象世帯の戸別訪問を始めた。「どういう手助けが必要かは人それぞれ。人海戦術が頼り」(市福祉健康部)という。

作業の間は、現場近くの国道20号(甲州街道)が約2キロにわたって封鎖される。当日は市職員や消防団員が各所に立ち、車を迂回(うかい)路に誘導する。また、調布署は機動隊などの応援を頼む方針で、交通規制や空き巣警戒にあたる。(2008年5月2日 読売新聞より抜粋)

いつも通っているスポーツクラブもこの騒動で営業時間が変更になりました。なにせ発見場所から100メートルくらいの距離ですから仕方ないですね。不発弾にもビックリしましたが、半径500メートルに1万6千人も住んでいるんですね。電車が混むわけです。辛うじて我が家は非難区域外だったため難を逃れました。当日はツタヤでビデオでも借りますか?ってそのツタヤは非難区域内にある。早めに借りに行かねば…

調布市の発表によると、この不発弾は昭和20年4月7日のB29の空中爆発の際落下したものだそうです。さらに、発見の経緯は近隣の方の証言や文献を元に京王線立体化事業の事前調査における磁気探査で発見された、とあります。ずいぶん前から分かっていたのですね。

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昭和の日

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きのうは「昭和の日」で祝日でしたが、昭和?なんかピンときません。祝日法改正で昨年から誕生した新しい祝日なのでまだなじみがないからでしょう。平成も20年経ち、昭和がどんどん過去になっていきます。昭和よカムバックということで、自分なりに頭に浮かんだ順番に昭和を振り返ってみることにします。

 

初めて新幹線に乗ったのは大阪万博のときだから昭和45年。デッキで冷水が出るのに小学2年の少年はびっくり仰天。初めて外国人を見たのも大阪万博のとき。アメリカ館だったか松下館だったか記憶は定かでないが、入館待ちの行列で外国人のお尻が遥か頭の上にあったのを鮮明に記憶。確かジーパンだったような。

 

初めて買ってもらったレコードは白雪姫こと天地真理の「ひとりじゃないの」。初めて行ったコンサートはキャンディーズの解散コンサート(当時中学だった私は、確か生徒手帳に担任の許可印をもらって見に行ったような…。何せ喫茶店に入るのは不良だといわれた世代ですから。ちなみにランちゃんのファンでした)。中学で思い出した。アグネス・ラム(初代クラリオンガールでハワイ出身のグラビアアイドル)の下敷き(ふにゃふにゃのやつ)先生に没収されたまま確か返してもらっていなかったような。

 

室内ゲームの王道はやぱり野球盤でしょう。それも消える魔球のできるやつ。本塁手前で地面がパカっと開いてボールが地下に消える。そんなアホな、って思わず突っ込みたくなるがあったんですね。他には、さわやか律子さんの愛称で知られたプロボーラー中山律子を中心とするボーリングブームに乗って登場したエポック社のボーリングゲーム、正月に家族揃ってやった人生ゲームあたりが定番でしょう。いやー、どれをとってもアナログでしたね。

デジタルを実感したのはやはりあのインベーダーゲームでしょう。当時中学だった私は、限りある小遣いをすべて100円玉に両替し、隣町まで自転車こいでやりに行っていました。田舎の学校だったので当然ヘルメット着用です。いまから思えば都会のほうがあきらかに自動車も多く危険度は高いはずなのにおかしいですね。このころやっと喫茶店デビューを果たし、インベーダーゲームやブロック崩しをやっていました。冷コー(アイスコーヒーの略です、ちなみに)を注文しサテン(喫茶店)に入り浸る。大人になった感を実感したのはこのころでしょうか。初めて映画館デートしたのもこのころだったような。うーん、記憶が泉のごとくよみがえってきました。尽きないのでこのあたりで。

 

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