(4)一気に書く ①小論文に求められる「表現力」とは
さあ、残すは、考えた構成に従って実際に文章を書き上げる段階だ。
考え考え書くのではダメ。
書く内容も順番もあらかじめ決めておき、途中で迷ったりせずに一気に書き上げることが大切だ。
とはいえ、材料がそろい、構成まで決まっていても、そこから字数制限に合わせ、文章として完成させるというのはひと仕事だ。
盛り込むべきキーワードは決まっているのに、文章としてうまくつながらなかったり、自分ではわかっているつもりでも、他人にわかるように説明できなかったり。
さらに、具体例の説明などに思ったよりも字数を費やしてしまい、結論の段落に割ける字数がわずかしか残っていないという字数配分の失敗や、考え考え、のんびり書いていたら、あっという間に時間が足りなくなるという時間配分の失敗もよくある。
材料集めや構成決めの練習がある程度進んだら、このように時間配分を考え、その通りに書けるのかどうかを確かめる練習にも入ろう。
最初のうちは時間が足りないと感じていても、慣れるに従って、よく使うフレーズが頭の中に蓄積されてくるので、材料を膨らませるスピードも上がってくる。
字数と時間の設定は大学によってさまざまだが、100字5分ほどのペースで書けるようになるのを一応の目標にしておこう。
箇条書きで作られた構想を文章にふくらませていくこの段階では、芸術的な表現力とは違う、他人にわかりやすくものごとを説明する力が問われることになる。
そもそも、文章のうまさには、さまざまな要素がある。
読み手に合わせた言葉選びに始まり、リズムの整え方、効果的な比喩の使い方など、古今東西の名文と呼ばれる文章には、読み手の心を打つためのテクニックが駆使されている。
小説や詩では、そのような表現力がその価値を左右するが、実は小論文ではそのようなテクニックはほとんど要求されていない。
不特定の読者に向けて作品を発表する作家と違って、受験生の書いた答案は、読み手を引きつけるための工夫を凝らさなくても、確実に最後まで採点者に読んでもらえるのだから、安心して普通の表現で語っていこう。
採点基準に「表現力」という項目があっても、そこで求められているのは、小説家のような芸術性ではなく、問題にされるのは、主語と述語が対応していないとか、誤字脱字だらけだとか、慣用句が間違って使われているとか、そういうレベルのミスがあるかどうかだけだ。
技巧を凝らした表現のうまさを評価する場ではなく、心に残るような印象的な言い回しを使ったからといって得点に結びつくことはないので、気取らず、わかりやすい表現を心がければそれでいい。
文章力をつけるために新聞の社説を読ませたり要約させたりする学校もあるけれど、新聞の社説や教科書に載っている評論文には、上から目線の言い回しが使われていることも多く、受験生が使うと生意気な印象を与えかねないので、あまり真似しないほうがよい。
そんなふうに背伸びして難解な熟語や大げさな比喩を使うより、ごく普通の高校生が理解できる程度の平易な言葉で簡潔な表現を心がけるほうが好感を持たれやすい。
たとえば、ひねりの効いた、インパクトのある書き出しにしようと、頭を悩ませなくても、「課題文では、……が指摘されているが」といった、定番のフレーズをそのまま使って構わない。
自分の意見を述べるときも、「……べきである」、「……が大切である」、「……が求められている」といった、お決まりの表現で充分だ。
大切なのは、わかりやすさだ。