(3)自分の立場や主張が明確になっていない。


このタイプの失敗を防ぐには、次の3点を意識して見直すことが大切だ。


賛否を明らかにする


自分と異なる側の主張を想定する


今の自分の立場をわきまえる



それでは、詳しく見ていこう。



賛否を明らかにする


課題文の主張を押さえた上で、いよいよ自分の主張を展開する段になったら、まずは、問われていることに対する賛否など、自分の立場を明確にしておこう。


設問に、「自分の立場を明らかにして」とわざわざ書いていなくても、自分の立場を明らかにするのは当たり前。
それができていなければ、主張の中心が定まっていないということになり、意見文として成立しなくなる。


まず、設問で、「○○に対する賛否」を明らかにすることが求められている場合、賛成か反対かを最初に明言しておこう。
どちらの立場の気持ちもわかるからと、どっちつかずになってはいけない。


書き方としては、先に主張の根拠を並べてから、結びで賛否を明らかにするというのもあるけれど、読み手にとっては、最初から賛否がはっきりしている主張のほうがわかりやすいので、先に立場を明らかにしておこう。



自分と異なる側の主張を想定する


小論文とは、自分の意見を押し付けることではない

自分とは異なる立場をとる人が、どのような意見を持っているか考えてみることも大切だ。


小論文入試で賛否が問われるということは、どちらか一方が100%正しく、他方が100%間違っているはずはないので、自分がどちらの側につこうと、もう一方の側につく人にもそれなりの言い分があることを理解しよう。

そのうえで、そうした人にも自分の主張を理解してもらうために、どのような論拠を示すべきかを考えることが大事なんだ。


このため、自分はこう思う、というだけでなく、自分とは異なる側からの意見を想定して、そこに反論を加えると、自分の主張に説得力を持たせやすい。


たとえば、「賛成か反対か」を明らかにし、「その理由の中心になるもの」を示した上で、「異なる側が言いそうな意見」を考えて、「それに対する反論」を述べ、「自分が何を一番重視しているか」を説明する。設問で特に賛否を明らかにするよう求められていない場合でも、賛否両論のある問題が取り上げられている場合は、自分の立場を明らかにし、同じような構成で主張を展開するといいよ。


ただし、むやみに異論を否定して、自分の意見を一方的に押し付けるだけでは、独善的な印象を与えてしまう。

自分と異なる立場に対しては、徹底的に批判して全否定するより、批判はするが、その言い分にも理解を示し、多少の譲歩を見せるくらいにしておいたほうがよい。


たとえば、相手が何らかの悪影響や弊害を心配して反対しているのなら、「そんなことは気にしなくていい」と突っぱねるのではなく、「その心配ももっともなことだ」と一定の理解を示した上で、その害を防ぐための方策を示すなど、反対派への配慮を盛り込んでみると、建設的な議論を心がけている姿勢もアピールできる。


逆に、相手がやろうとしていることに、こちらが反対している場合なら、やみくもに反対するのではなく、相手が求めているものを、ほかのやり方で得られないか考え、代案を示してみよう。
 
また、世論を二分する話題であれば、その問題をめぐってどのような対立があり、どのような立場や考え方の違いで、どのような主張がぶつかっているのかをあらかじめ知っておくことも必要だ。


たとえば原子力発電や代理出産については、単に賛成派と反対派がいるということではなく、どういうことを重視する人がどのような主張をしているのかを理解することで、自分ならばどちらの側に立って主張するほうが論拠を示しやすいかを考えることができる。


この「小論文のキソ」でも、そうした問題の焦点になっていることを取り上げていくので、頭に入れておこう。


そうした準備のできない、初めて見聞きする問題の場合は、想像に頼らなければいけないが、その想像が間違っていると、想像した意見に反論を加えてもまったく意味がなくなってしまうので、要注意。


たとえば自分が賛成派で、反対派の意見を想像して反論を試みたものの、反対している理由が実は違っていたというのでは、反論も空振りに終わってしまう。
自分の想像に自信がなければ、無理にこのパターンで書かないほうがいいよ。


なお、自分とは違う人間のことも考えられる、というのは、学部を問わずに必要とされる能力なので、ふだんから、「自分はこう思う。でもほかの人はどうだろうか」と、想像力を働かせるくせをつけておこう。


自分の視点や自分の意見をしっかりと持つというのも大事だけれど、そこにとどまっているうちは、まだまだ子供だ。
自分をしっかり持った上で、他者も理解できる大人になれるよう、小論文対策を通じて、複数の視点でものごとを見ることに慣れていこう。


 

今の自分の立場をわきまえる


ここでいう「立場」とは、意見の賛否ではなく、社会的地位のこと。
つまり、高校生または浪人生という立場のことだ。
 
はっきりいって、採点する側から見れば、受験生というのは、どんなに優秀だろうと、所詮ただの一高校生あるいは一浪人生でしかない。
実際に社会問題の解決に取り組んできたわけでもなければ、世の中を動かしているわけでもない。


そんな若造(失礼!)が、課題文の内容に対して、ろくな根拠も示さずに噛み付いたり、説得力のない独善的な主張を振りかざしたりすれば、単に生意気で短絡的な内容だと思われて、採点者の心証を悪くするだけだ。


問題によっては、設問において最初から課題文に対する反論を展開するように求められることもあるし、明らかに反論を期待しているとしか思えない極論・暴論が課題文に選ばれている入試問題もある。
しかし、そうした場合を除けば、課題文に選ばれている文章は、出題者がそれなりの価値を認めている内容であり、その内容をしっかり受け止めた上で、自分の主張を展開することが期待されているので、頭から否定するようなやり方は好まれない。


ほかの受験生との差別化のために、あえて課題文にNO!を突きつける手法を紹介している参考書もあるけれど、それで成功するのは、もともと小論文対策なんか必要ないくらい、相当に弁の立つ人だけだ。
小論文対策が必要だと感じているような普通の受験生が下手に真似したら、目も当てられないような結果が待っているので、自分の力量に見合わないやり方は避けよう。


課題文の内容を批判する場合でも、「くだらない」、「ばかばかしい」、「ナンセンス」といった主観的な全否定はやめ、具体的にどのような問題が見落とされていて、どういう理由でそれではダメだと言えるのか、論拠を明確にすることが必要だ。


課題文の主張が、自分の考えとはかけ離れていて、とても認めることができないような内容だったとしても、課題文に対して、「間違っている」、「おかしい」、「ありえない」といった強い言葉をぶつけないほうがよい。
気のおけない仲間内での軽口や、匿名でのネット書き込みに慣れてしまっていると、こうした言葉を軽い気持ちで使いがちだが、知識も経験も不足している受験生が使ってよい表現ではない。


たとえ出題者が受験生からの反論を期待しているのだとしても、少なくとも課題文の筆者は、自分の考えが正しいと信じて主張を展開しているはずであり、出題者がその文章を目にするまでに、誰かがその文章を評価して発表の場を与えているということは、その主張に理解を示す人が少なからず存在している証でもある。
したがって、自分が理解できないからといって、頭から否定するのではなく、その主張のどこに論理的な破綻や矛盾があるのか、あるいは、筆者が何を見落としてしまっているのかなど、ツッコミどころを絞り込んで、批判のポイントを具体的に指摘するようにしよう。


(2)課題文の内容をなぞっただけで、独自の内容が含まれていない。


おかしな内容は含まれていないし、文章としてはまとまっているけれど、読み終えたあと、「これって、課題文の内容をなぞっただけだろ」と言いたくなるような答案。
これも結構ある。


課題文の内容が読み取れているだけ、(1)の読解ミスよりはましだが、独自の思考のあとが見えないと、ただの要約か言い換えになってしまう。


たとえ、課題文の主張に全面的に賛成だったとしても、「はい、その通り」で済ませてはいけない。


筆者に賛同した上で、課題文が触れていない問題を探してみよう。


まずは課題文の主張のうち、自分も納得できる部分について、支持・賛同を表明し、そのうえで、「さらに、……にも目を向けると」、「注意しなければならない点としては」のように、課題文に書かれていない内容を補足するか、予想される異論に対する反論をあらかじめ示しておくとよい。


たとえば、
「筆者はAという理由から主張しているが、別のBという面からも、同じことが言えるのではないか」、
「課題文では触れられていないが、Cのような場合には、Dという配慮が必要になるのではないか」、
「Eのような異論もあるかもしれないが、Fのように考えると、やはり筆者の主張のほうが正しいのではないか」
などと、課題文に反論するのではなく、賛同した上で、新たな意見をそこに付け加えることもできる。


このように、課題文をなぞっただけと言われないように、独自の考察や主張を加えることを忘れないようにしよう。



なお、模試などの採点基準や得点の内訳には、「読解力」、「表現力」、「構成力」のほかに、「独創性」という項目もあるにはある。


けれど、ここでいう「独創性」とは、今述べたように、課題文の内容をなぞっただけで終わってはいない、すなわち、課題文に書かれていない、自分なりの意見や具体例が盛り込まれているということであって、読んだ人が「うわっ、独創的だなあ」と感心させられる、ほかの人が思いつかないような目新しい発想のことではないんだ。


はっきり言って、受験生に斬新なアイデアなんて期待されていない。
正直、答案にそれほどの独創性が発揮されていることなんてまずないからね。
書いている本人は独創的な意見や具体例を盛り込んでいるつもりでも、実際はこれまでにほかの受験生や評論家がさんざん書いてきた内容とかぶっているのがほとんど。
採点する側は、そうした文章を山のように読んできているのだから、それらを越えるような新発想を要求するなんて無茶は言わないよ。


だから、書く側としては、ことさら独創的な内容にしようと意識せず、ありきたりでもかまわないから、課題文にはない主張や提言を示すことだけ考えよう。
合格するにはそれで充分。



ちなみに模試などの採点では、「読解力+表現力+構成力+独創性」といった項目ごとの点数を出してから合計しているわけではないよ。
全体的な出来を見て、総得点を決めてから、特に足を引っ張っている部分の点数を少なめにするなどして、各項目に点数を割り振っているだけだ。


なので、「読解力10+表現力20+構成力10+独創性20」の答案を書いた生徒Aの独創性が、「15+15+15+15」の生徒Bよりも優れているというわけではない。
Aの答案は読解と構成の面でのミスが目立っていて、Bの答案は全体的に物足りない印象を与えてしまった、というくらいの意味しかない。
Aのように、項目ごとの点数にばらつきがあるときは、どこが足を引っ張ったのかがわかりやすいので、その反省を次に活かそう。

 

 


(1)論点や具体例が、問われていることからずれている。


これはいわゆる「読解ミス」というやつ。

課題文の内容や設問の意図を読み誤って、論点がずれてしまう、最も致命的な失敗だ。


この失敗の原因は、主にこの3つ。


設問の要求を守っていない


知識不足による誤解や思い込み


取り上げる範囲の広げすぎと狭めすぎ


 

では、詳しく見ていこう。



設問の要求を守っていない


議論というものは、問いと答えが噛み合っていなければ、意味をなさない。


設問において、あるものごとのAという面についての意見を求められているのに、別のBという面についての意見を述べたのでは、それがどんなに立派な意見だったとしても、問いに対する答えとしては0点だ。


たとえば、少子高齢化の対策を求められているのに、少子高齢化の原因や影響の説明で終わってしまったら、たとえどんなに知識が豊富だとしても、評価は得られない。


自分の知っている話題が取り上げられているのを見て安心してしまい、設問が何を要求しているのかをよく確かめもせずに書き出してしまうと、この手の失敗に陥りやすい。


まずは、その設問が何を要求しているのかをきちんと理解することだ。


また、設問では筆者の考え方に従って論じることが求められているのに、単に自分の意見を書けばいいのだと勘違いして、筆者の考え方に反論するところから始めてしまったら、もう合格ラインには絶対に届かない。


設問に、「○○の観点から論じ」、「□□を明らかにした上で」などの条件がついていることも多いので、そこを見落として、別の観点から論じたり、□□を明らかにし忘れたりしないように、設問は丁寧に読もう。


こうした不注意は、そのまま不合格につながるので、答案を書く前に設問に書かれた条件をきちんと確認するのを忘れないように!


もちろん、課題文が与えられている場合は、その内容を正しく理解していなければ話にならない。


筆者がそのものごとを批判していることはわかっていても、その理由が何なのか、具体的にどういう部分を問題視しているのかを正確に理解していなければ、賛同も反論も意味をなさない。


論説文の読解が苦手な人は、キーワードの拾い方をもう一度確認して、初見で要点を押さえられるように、論説文の読解練習をする必要がある。

キーワードを見つけるための手がかりについては、改めて詳しく説明するよ。



知識不足による誤解や思い込み


課題文が取り上げている問題に関する基礎知識がなく、勝手な思い込みで主張を展開するのも危険だ。


たとえば、「脳死」についての議論の際、「植物状態」と混同して、「いつか意識を取り戻すかもしれないのに」などと書いてしまうと、その時点で答案全体が説得力を失ってしまう。

(ちなみに、間違いなく「脳死」であれば、意識が戻る可能性はない)

こうした失敗を避けるためには、「脳死」とはどういう状態か、「植物状態」とは何が違うのかといった、その問題を論じる上での基礎知識を押さえておく必要がある。


また、論じようとしている問題はよいのに、知識不足のせいで、自分で挙げた具体例や提言がおかしくなっている答案も多い。


たとえば、節電の必要を説くのに、夜間のコンビニの閉店や自販機の停止を訴えるようでは、電力需要の変化や夜間の余剰電力について知らずに語っているのがバレてしまう。

こういうときは、ピーク時の電力消費を抑えるために見直すべき無駄を探さないといけない。

しかも夏と冬では需要のピークとなる時間帯が違うことも踏まえないと説得力を欠く。


この「小論文のキソ」でも、さまざまなテーマ別に基礎知識を整理していくつもりなので、がんばって頭に入れていこう。



取り上げる範囲の広げすぎと狭めすぎ


課題文の内容がきちんと読み取れていても、肝心の解答で何を取り上げるかという部分で失敗してしまうこともある。


たとえば、テーマが「学校教育」なのに、その一部に過ぎない受験勉強の話だけで終わってしまうと、学校教育全体を見ていないことになり、視野が狭いと思われてしまう。

逆に、話を広げすぎ、学校以外も含めた、広い意味での教育について語るのに夢中になってしまうと、学校教育についての掘り下げが足りなくなる。


このように、取り上げる範囲が広すぎても狭すぎても、求められている内容とは違ってしまうため、あらかじめテーマに沿って、取り上げる範囲を決めて構成を練っておき、思いつきで筆を走らせないように気をつける必要がある。


試しに、「省エネルギー」というテーマの場合に、取り上げる範囲をどうすべきか考えてみよう。


自分が思い浮かべたもので充分なのか、もっと広げるべきか、逆にもっと絞り込むべきか、すぐにわかるかな?


「省エネといえば節電だ!」という短絡的な発想で、電気の使用量を減らすことを訴えるだけでは、合格は難しいよ。

テーマが電力に限定されていないということは、自動車のガソリンや工場の燃料(石油・ガスなど)をはじめ、社会のあらゆる場面で使われるエネルギー全般に目を向ける必要がある。

エネルギー効率の高い公共交通機関の利用促進に、ごみの減量やリサイクル、工場やごみ処理場での熱回収など、節電以外の省エネもいろいろあるからね。

節電しか考えていなかったのなら、もっと視野を広げて考えないと。

省エネ全体に触れた上で、特に重要なものとして節電について掘り下げるのならOKだよ。


逆に、エネルギーからの連想で、原子力発電の安全性に対する批判や、太陽や風力などの再生可能エネルギーへの期待など、省エネというよりエネルギー問題全体に話を広げすぎるのも危険だ。

省エネが求められる背景や、化石燃料の節約のためにできることとして、軽く触れるくらいならかまわないけれど、メインはあくまで「省エネルギー」。

あれこれ盛り込みすぎずに、論点を絞り込むことも必要だ。


こんなふうに、与えられた語句をよく見て、解答に盛り込む材料を選ぶようにしよう。

模試や学校の授業で、自分の書いた小論文に点数をつけられた経験はあるかな?


ほかの教科と違い、自分なりに頑張って書いた内容のどこがよくて、どこが悪かったのかがわかりにくく、つけられた点数に納得がいかないこともあるかもしれない。


思ったほどの評価が得られなかったときに、「どうせ採点者の好みだろ」なんて毒づく人もいるけれど、小論文にも採点基準はあり、採点者との相性だけで決まるわけではない。


多少の主観が入る余地はあるにせよ、優れた小論文は、誰が見ても高得点がつくし、ダメなものは誰が見てもダメだ。


そして、ダメな答案というのは、必ずといっていいほど、こんな失敗をしている。


(1)論点や具体例が、問われていることからずれている


(2)課題文の内容をなぞっただけで、独自の内容が含まれていない


(3)自分の立場や主張が明確になっていない


(4)主張の論拠が乏しく、説得力に欠ける


(5)全体の構成や説明の仕方が悪く、言いたいことがわかりにくい




これらの失敗は、原稿用紙の使い方の誤りや誤字脱字などの些細なミスと違い、点数に大きく響く。


やってはいけない失敗がどういうものなのか、きちんと知って、避けられるようにしよう。

(5)本音をそのまま書けばよいのか


小論文の設問には、こう書かれていることがある。

「自分の考えを述べなさい」。


時には、ご丁寧に、「自分の考えを自由に述べなさい」とまで書いてくれていることも。


けれど、自分の考えであればなんでも自由に書いてよいのかというと、決してそんなことはない。


書くのは自由だけれど、その結果、減点されてしまったり、まったく評価されなかったりすることだってある。


そうしたこともあって、小論文に関して、こんな質問がよく寄せられる。

「本音をそのまま書いていいんですか?」


この質問には、こう答えておこう。「それは本音の内容による」と。

さらに言うなら、「採点者は、それが本音かどうかなんて興味ないよ」とも。



小論文入試は、受験生一人一人の本音を知るために行われているわけではなく、大学側が「入学してほしい生徒」を選ぶために、受験生に序列をつける手段だ。


そこでは、本音だからといって高得点がもらえるわけではない。


正直な気持ちを書けばそれで合格させてくれるというような入試があるはずもない。


受験生をふるいにかける入試である以上、そこには採点基準がある。

採点基準に照らして、「よい解答」かそうでないかを判断するのが、採点者の仕事だ。

そこに書いてあるのが本音か建前かなんて、採点者にわかるはずのないことで点をつけるわけにはいかない。


したがって、自分自身の本音が、「よい解答」を作り上げるために効果的だと思えるなら、盛り込めばいいし、逆効果だと思えるなら、盛り込まなければいい。ただそれだけ。


たとえば、英語の早期教育の是非について、課題文に対する賛否を明らかにして自分の主張を述べなければいけないとしよう。


そのとき、自分が早期教育を受けたかったかどうか、あるいは我が子に早期教育を受けさせたいかどうかなど、ここでは問題ではない。


大事なのは、自分がどちらの側に立って主張を展開するほうが、論拠や提言をまとめやすいかだ。


たとえ自分が早期教育に乗り気でなくても、早期教育を支持する側の主張を想定し、それに対する反論を充分に用意できないのなら、不支持の側に立つのは諦めよう。

早期教育に否定的な人々の主張を想定し、それを論破するほうが書きやすければ、躊躇せずに賛成派につけばいいんだ。


これは、嘘やごまかしとは違う。



小論文入試は、いわば、より論理的で説得力のある答案を書く競技だ。


そこでは、自分の知識と技術を駆使して、より高得点を望める解答を書き上げるのは当然のことだ。


自分の本音を書くことにこだわる必要などどこにもない。



そもそも、ただ本音を自由に書かせるものならば、それを点数化して優劣をつけることが許されるはずもない。


異なる二つの立場がある場合、自分の好みで選ぶのではなく、どちらの側に立ったほうが、より説得力のある主張を書き上げられるかで決める、これが受験小論文の鉄則だ。



考えてみれば、日常生活でも同じことが言えるはずだ。


自分に正直であることと、場をわきまえずに思ったまま口にすることは違う。


自分の中に湧き上がるさまざまな思いにまっすぐに向き合うのはよいが、だからといって、何でもかんでも口に出せばいいというものではない。


時と場合に応じて、今ここで言うべきことなのかどうか判断するというのも、人として大事なことだからね。

(4)小論文入試の意義


そもそも、大学側はなぜ小論文を書かせるんだろう?



大学入試の目的が、入学希望者の選別であるなら、当然、小論文試験も、それによって受験者の学力を測り、より優秀な人間に入学してもらうためということになる。


では、小論文試験で、いったいどんな学力が測れるのか?


小論文試験では、問題文の読解力に、論理的な思考力独創的な発想力文章の表現力など、他科目の筆記試験では測ることのできないさまざまな能力を総合的に見ることができる、

・・・・・・なんていうとかっこいいけど、まあ、こんなのは建前だ。


実際のところ、一枚の答案に、その受験生の読解力、思考力、発想力、表現力のすべてがいかんなく発揮できていることなど、まずないからね。


たった一回の小論文試験で、その大学で学ぶのにふさわしい学力を身につけているかどうかを見極めるなんて、ちょっと無理がある。



ゆえに、小論文だけで入学者を決めるような大学・学部はほとんどなく、他の科目と組み合わせて行うか、定員の一部のみを小論文試験で選抜するような形になっている。



では小論文試験には意味がないのかというと、そういうわけでもない。



大学側としては、小論文試験を課すことで、受験生に小論文対策に取り組ませることができる。

ここが大事なポイントだ。


過去問を調べ、その出題傾向に合わせて、試験で問われるテーマについて勉強し、述べるべき意見を考えさせることで、その学部・学科で扱う分野に対する関心を喚起し、学習意欲のある生徒の受験を促すことにもなる。



ほかの学部に比べ、医学部では小論文試験を実施する率が高いのも、別にそれだけで医師としての資質を見抜けると思っているわけではなく、主要科目の受験勉強だけでは得られない、医療分野への関心を高める効果が期待されるからだ。




また、どうせ大学に入ればレポートやゼミ発表が山ほど待っているのだから、基本的な学力に差がないのなら、自分の意見を書くのをいやがるような受験生より、面倒くさい小論文対策も要領よくこなせるような受験生を受け入れるほうがいいという考えもあるだろう。



それほど優秀な学生を集めることはできなくても、「小論文試験があるんじゃ、自分なんか絶対無理だ~」なんてすぐに弱音を吐いて逃げ出すようなヘタレを追っ払うくらいの効果はあるしね。



この「小論文のキソ」を見ている受験生がそんなヘタレにならないように、これからしっかり攻略法を伝授していくよ。

(3)学術論文との違い


大学の卒業論文や研究者の論文は、自分の研究結果をまとめたものであり、受験小論文とは、根拠の示し方がまったく違う。


理系であれば、実験や観測のデータや、そこから導かれた仮説の検証が中心になり、文系であれば、参考文献からの引用や資料の比較が中心になることが多い。


たとえば環境問題に関して、どのような観測データから、どのような環境破壊の実態が確認でき、どのような因果関係が証明できるのか、あるいはどのような環境保護技術が、どのような原理に基づいていて、どのような効果を上げられるのか、といった内容をまとめるのが、理系の論文。


一方、文系は、世論調査やアンケートなどから、環境問題に対する人々の意識を探り、そこにどのような問題があるのかを指摘したり、実際にどのような施策がどのような効果を上げているのかを検証したりして、環境問題と個人や社会との関わりを論じようとする。


このように、扱う側面や手法には違いがあるけれど、いずれにせよ、学術論文では、集めたデータとその分析が、主張の根拠となるわけだ。



しかし、入試会場で書き上げる受験小論文では、そのような調査や検証が行えるはずもなく、課題文の内容と、自分の頭の中にある知識と思考力をもとに、自分の意見の根拠を示さなければいけない。


したがって、自分の主張に説得力を持たせるために必要な情報は、頭の中に入れておく必要がある。


細かい数字が必要というわけではないので、大雑把で構わないし、「膨大」、「極めて少ない」などの表現を使うこともできるけれど、せめて、多いのか少ないのか、増えているのか減っているのかなどの最低限の情報は正しく記憶しておこう。


うろおぼえの記憶に頼ると、「事実誤認に基づく的外れな主張」との扱いを受ける羽目になりかねないからね。


(2)生活作文との違い


論文模試などの答案を見ると、「これは小論文じゃないだろ」と、添削するほうも頭が痛くなるような答案がかなりある。


特に多いのは、与えられたテーマから連想した自分の体験と感想を書いて、それで終わりにしてしまっている、小学生の生活作文のような文章だ。



小論文入試の中には、志望動機や将来の夢など、個人的な内容を書かせるものもあるけれど、ほとんどは、社会が抱える問題について考えさせるものだ。


こうしたテーマのときに、自分の個人的な体験やそのときの感想を長々と語ってしまうと、小論文というより生活作文かエッセイのような雰囲気になってしまう。



自分の意見に影響を与えた体験について言及するのはかまわないけれど、その場合でも、自分の体験の説明にはあまり字数を割かないようにしよう。


私的な体験のみを根拠に意見を述べるのではなく、私的な体験を簡潔に述べた上で、そこから一般論に持っていき、自分に限らず多くの人がその問題に直面していることを踏まえて、自分の意見の根拠を示すことが大切だよ。



また、弁論大会のように、聴衆に向かって熱く語りかけるものとは異なり、個人的な決意や抱負で点がもらえるわけでもない。


これから自分はこうしていきたい、といった個人的な決意表明で結ぼうとする答案もよくあるけれど、求められているのは、社会としてその問題にどう取り組んでいくべきかということであって、受験生個人の抱負ではない。



個人的な体験や抱負を語るのではなく、社会的な意味や対策を論じるのが小論文なんだよ。



(1)小論文の定義


すでに小論文の対策を始めている人も、これから始めようという人も、「小論文って、どんな文章?」と訊かれて、きちんと答えられるかな?


小論文とは、どのような内容を、どのような形式でまとめたものなのか


自分がこれからどんな文章を書けるようになろうとしているのか、目標をはっきりさせるためにも、まずはここから確認しておこう。



小論文は、「小」の字がついているけれど、研究者が書く学術論文とはまったく違うものだし、小学校で書かせるような、遠足や運動会など学校行事の体験をつづった生活作文や、雑誌に載っているエッセイともまた違う。


学術論文や生活作文との決定的な違いがどこにあるかは、次に詳しく説明するとして、実をいうと、小論文には、はっきりした定義はないんだ。 



一応、最も多いのは、ある問題についての意見をまとめた、「意見文」と呼ばれるタイプ。

ただし、入試問題によっては、そこに課題文の要約が含まれたり、統計資料などの読み取りが加わったり、あるいは「小論文」とは名ばかりで、実際は理科の論述試験だったりと、求められる内容にかなり差がある。


当然、その内容によって、必要な対策も違ってくるから、小論文が志望校の入試科目にある場合は、市販の問題集で過去問を確認したり、公開されていない問題についてネット情報を集めたりして、どのような問題なのかをきちんと調べることから始めよう。


とりあえずここでは、最も一般的な、「与えられた課題に関する自分の意見を論理的にまとめたもの」を中心に扱っていくよ。

さて、まずは小論文がどのような文章なのかを確認しておこう。



詳しい説明は後回しにして、結論からいうと、


(1)小論文の定義・・・・・・明確な定義はなく、試験によって求められるものが違うが、意見文が多い。


(2)生活作文との違い・・・・・・個人的な体験や抱負を語るのではなく、社会的な意味や対策を語れ。


(3)学術論文との違い・・・・・・文献やデータの代わりに、頭の中にある知識と思考力で勝負しろ。


(4)小論文入試の意義・・・・・・学力は測れなくても、小論文対策に取り組ませることに意義がある。


(5)本音をそのまま書けばよいのか・・・・・・本音かどうかより、説得力があるかどうかが問題だ。


ということになる。


では、一つ一つ詳しく説明していこう。