(3)自分の立場や主張が明確になっていない。
このタイプの失敗を防ぐには、次の3点を意識して見直すことが大切だ。
①賛否を明らかにする。
②自分と異なる側の主張を想定する。
③今の自分の立場をわきまえる。
それでは、詳しく見ていこう。
①賛否を明らかにする。
課題文の主張を押さえた上で、いよいよ自分の主張を展開する段になったら、まずは、問われていることに対する賛否など、自分の立場を明確にしておこう。
設問に、「自分の立場を明らかにして」とわざわざ書いていなくても、自分の立場を明らかにするのは当たり前。
それができていなければ、主張の中心が定まっていないということになり、意見文として成立しなくなる。
まず、設問で、「○○に対する賛否」を明らかにすることが求められている場合、賛成か反対かを最初に明言しておこう。
どちらの立場の気持ちもわかるからと、どっちつかずになってはいけない。
書き方としては、先に主張の根拠を並べてから、結びで賛否を明らかにするというのもあるけれど、読み手にとっては、最初から賛否がはっきりしている主張のほうがわかりやすいので、先に立場を明らかにしておこう。
②自分と異なる側の主張を想定する。
小論文とは、自分の意見を押し付けることではない。
自分とは異なる立場をとる人が、どのような意見を持っているか考えてみることも大切だ。
小論文入試で賛否が問われるということは、どちらか一方が100%正しく、他方が100%間違っているはずはないので、自分がどちらの側につこうと、もう一方の側につく人にもそれなりの言い分があることを理解しよう。
そのうえで、そうした人にも自分の主張を理解してもらうために、どのような論拠を示すべきかを考えることが大事なんだ。
このため、自分はこう思う、というだけでなく、自分とは異なる側からの意見を想定して、そこに反論を加えると、自分の主張に説得力を持たせやすい。
たとえば、「賛成か反対か」を明らかにし、「その理由の中心になるもの」を示した上で、「異なる側が言いそうな意見」を考えて、「それに対する反論」を述べ、「自分が何を一番重視しているか」を説明する。設問で特に賛否を明らかにするよう求められていない場合でも、賛否両論のある問題が取り上げられている場合は、自分の立場を明らかにし、同じような構成で主張を展開するといいよ。
ただし、むやみに異論を否定して、自分の意見を一方的に押し付けるだけでは、独善的な印象を与えてしまう。
自分と異なる立場に対しては、徹底的に批判して全否定するより、批判はするが、その言い分にも理解を示し、多少の譲歩を見せるくらいにしておいたほうがよい。
たとえば、相手が何らかの悪影響や弊害を心配して反対しているのなら、「そんなことは気にしなくていい」と突っぱねるのではなく、「その心配ももっともなことだ」と一定の理解を示した上で、その害を防ぐための方策を示すなど、反対派への配慮を盛り込んでみると、建設的な議論を心がけている姿勢もアピールできる。
逆に、相手がやろうとしていることに、こちらが反対している場合なら、やみくもに反対するのではなく、相手が求めているものを、ほかのやり方で得られないか考え、代案を示してみよう。
また、世論を二分する話題であれば、その問題をめぐってどのような対立があり、どのような立場や考え方の違いで、どのような主張がぶつかっているのかをあらかじめ知っておくことも必要だ。
たとえば原子力発電や代理出産については、単に賛成派と反対派がいるということではなく、どういうことを重視する人がどのような主張をしているのかを理解することで、自分ならばどちらの側に立って主張するほうが論拠を示しやすいかを考えることができる。
この「小論文のキソ」でも、そうした問題の焦点になっていることを取り上げていくので、頭に入れておこう。
そうした準備のできない、初めて見聞きする問題の場合は、想像に頼らなければいけないが、その想像が間違っていると、想像した意見に反論を加えてもまったく意味がなくなってしまうので、要注意。
たとえば自分が賛成派で、反対派の意見を想像して反論を試みたものの、反対している理由が実は違っていたというのでは、反論も空振りに終わってしまう。
自分の想像に自信がなければ、無理にこのパターンで書かないほうがいいよ。
なお、自分とは違う人間のことも考えられる、というのは、学部を問わずに必要とされる能力なので、ふだんから、「自分はこう思う。でもほかの人はどうだろうか」と、想像力を働かせるくせをつけておこう。
自分の視点や自分の意見をしっかりと持つというのも大事だけれど、そこにとどまっているうちは、まだまだ子供だ。
自分をしっかり持った上で、他者も理解できる大人になれるよう、小論文対策を通じて、複数の視点でものごとを見ることに慣れていこう。
③今の自分の立場をわきまえる。
ここでいう「立場」とは、意見の賛否ではなく、社会的地位のこと。
つまり、高校生または浪人生という立場のことだ。
はっきりいって、採点する側から見れば、受験生というのは、どんなに優秀だろうと、所詮ただの一高校生あるいは一浪人生でしかない。
実際に社会問題の解決に取り組んできたわけでもなければ、世の中を動かしているわけでもない。
そんな若造(失礼!)が、課題文の内容に対して、ろくな根拠も示さずに噛み付いたり、説得力のない独善的な主張を振りかざしたりすれば、単に生意気で短絡的な内容だと思われて、採点者の心証を悪くするだけだ。
問題によっては、設問において最初から課題文に対する反論を展開するように求められることもあるし、明らかに反論を期待しているとしか思えない極論・暴論が課題文に選ばれている入試問題もある。
しかし、そうした場合を除けば、課題文に選ばれている文章は、出題者がそれなりの価値を認めている内容であり、その内容をしっかり受け止めた上で、自分の主張を展開することが期待されているので、頭から否定するようなやり方は好まれない。
ほかの受験生との差別化のために、あえて課題文にNO!を突きつける手法を紹介している参考書もあるけれど、それで成功するのは、もともと小論文対策なんか必要ないくらい、相当に弁の立つ人だけだ。
小論文対策が必要だと感じているような普通の受験生が下手に真似したら、目も当てられないような結果が待っているので、自分の力量に見合わないやり方は避けよう。
課題文の内容を批判する場合でも、「くだらない」、「ばかばかしい」、「ナンセンス」といった主観的な全否定はやめ、具体的にどのような問題が見落とされていて、どういう理由でそれではダメだと言えるのか、論拠を明確にすることが必要だ。
課題文の主張が、自分の考えとはかけ離れていて、とても認めることができないような内容だったとしても、課題文に対して、「間違っている」、「おかしい」、「ありえない」といった強い言葉をぶつけないほうがよい。
気のおけない仲間内での軽口や、匿名でのネット書き込みに慣れてしまっていると、こうした言葉を軽い気持ちで使いがちだが、知識も経験も不足している受験生が使ってよい表現ではない。
たとえ出題者が受験生からの反論を期待しているのだとしても、少なくとも課題文の筆者は、自分の考えが正しいと信じて主張を展開しているはずであり、出題者がその文章を目にするまでに、誰かがその文章を評価して発表の場を与えているということは、その主張に理解を示す人が少なからず存在している証でもある。
したがって、自分が理解できないからといって、頭から否定するのではなく、その主張のどこに論理的な破綻や矛盾があるのか、あるいは、筆者が何を見落としてしまっているのかなど、ツッコミどころを絞り込んで、批判のポイントを具体的に指摘するようにしよう。