さて、お風呂の見積をあちらこちらに依頼した我が家なのですが。

実は見積もりを依頼した工務店の内、ラジオCMも流している結構大きな会社がありまして。車で30~40分ほどかかるショールーム兼営業所まで、夫婦で足を運んだ工務店なのですが。
ショールームのお留守番をしていたお嬢さんはとても好感が持てる対応で、担当者からの連絡もスムーズでした。指定した日には担当者が、給湯器や浴室を見たり計測したりしにも来ました。

が。

見積もりが、出てこないのですよ。
担当者が我が家に来てから、もうかれこれ2ヶ月は経つでしょうか。
ええ、きっと忘れられているのだと思います。思いますが、我が家に来た記録はどこかに残っているだろうと思うのです。それさえも忘却の彼方なのでしょうか。
客商売としてそれはどうかと思い、こちらから連絡をしないまま2ヶ月。
専門は一戸建てなどの外壁塗装や外壁の強化剤のようですが、ショールームにはユニットバスもちゃんと展示されていたのですけれどねえ。
ねえ、中山(実際はカタカナ)さん。


あ。そう言えばもう一軒。
浴室の入れ替えをやめた事を説明した、上記とはまた別の工務店。ホームセンターの見積もりを見せて欲しいと粘っていたのですが、そこも再見積もりが出てきません。

「もし無理な場合でも、必ず連絡はさせていただきます」

と言って帰った担当者から、連絡が来ません。まあ無理だったのだと思うのですが、なんでしょうか。この業界は、お客の事を忘れるのがお得意なのでしょうか。それとも放置?
でももう今さら連絡して来ない事を祈ります、難解(当て字)プランニングさん。

私はなんだかいやんな気分なので、この2社だけは今後も絶対に使わないと心に決めました。
なのにオットは、実際に見積に立ち会ったわけでもない(ほとんどが平日だった)からなのか、平然としています。

がう。



給湯器の寿命10年をとっくに超えている我が家。ご近所さんからちらほらと故障や入れ替えの話を耳にしています。
O阪ガスの給湯器なのですが、このマンションに使われている形状が特殊で、他の一般メーカーの物を代替として使う事はできません。そのため故障した場合、取り寄せに1週間以上かかるのは必至。
それならば壊れる前に取り替えちゃおうと言う事になり、音の大きさが気になっていた浴室乾燥機も同時に交換。ついでに浴室もまるっと入れ替えようかと検討していたのですが。

まずはO阪ガスのサービスショップ主催の展示会に参加。その時の主目的はキッチンのビルトインコンロの交換だったのですが、ついでにお風呂の話もしてみました。
で、見積もりが出たのですが、予想よりもかなり高額。どうやら現状の物よりもユニットバスのランクが上の物で出してくれたらしく、再見積。
その間に服複数の工務店や、大手家電量販店のリフォーム部門や、大手ホームセンターのリフォーム部門にも声をかけてみました。もちろん相見積を取っている事は説明済みです。フェアでなければいけませんからね。

基本は給湯器・浴室乾燥機・浴室の入れ替えだったのですが、その中で大手ホームセンターだけ、

「まだ綺麗だし、勿体ないですよ」

と言われました。
そのホームセンターで扱っているプロのお掃除で出来る限り綺麗にしてコーキングの張り替えをすれば、まだまだ使えますよと。浴槽の汚れや傷が気になるのなら、浴槽だけ入れ替えればいいとの提案を受け、その方向で見積もり依頼。
しかし問題は、特殊型の給湯器。これだけはホームセンターではどうする事も出来ず、取引のあるO阪ガスの認可を受けているガス工事業者を紹介してくれる事に。ここでも下請けではなくあくまで紹介なので、ホームセンターへの中間マージンは一切なし。
結果、他社が出した見積もりの半分以下のお値段になりました。

最初に依頼したO阪ガスのサービスショップさんがホームセンターと同じ条件で粘ってくれましたが、給湯器の値段で太刀打ちできないと、引き下がって行かれました。

でまあ、夫婦協議の結果、ホームセンターにお願いする事になりまして。ガス工事会社にも連絡を取り、あとは最終の値段交渉のみの段階です。
年内にと思っていたのですが、浴槽が受注生産(天下のパナ製)だとかで、入荷に2~3週間かかるとの事。まあ年明けでも仕方が無い、綺麗になるならそれで。と言う事になりました。

ちなみに、工事の途中で掃除も入るので、ホームセンターの担当者と工事業者の担当者さんで日程の摺り合わせをするのだそうです。
まあそこのところは、お任せという事で。

来年が色々楽しみです。



次回の地鰤(当て字)作品は、「コクリコ(ココリコに非ず)坂から」だとか。

うん、懐かしいです。
当時なか良しで連載されていたのを、リアルタイムで読んでいましたよ。
歳がばれますね。

海・空・陸(並べると自衛隊みたい)の姉弟の事も覚えているし、生徒会長の事も覚えています。
が。

新聞部?の何とか君だけがどうしても思い出せません。

生徒会長が、制服廃止?だか何かで、私服登校を推奨していました。主人公の弟の陸が、この生徒会長の大ファンで、かなり傾倒していましたよね。
制服派の主人公に私服登校をさせるために、主人公の制服を洗面器の水に浸してしまったり。その弟を叱りつけるために追いかけて学校に着いた主人公が、エプロンをつけたままだっとか。
その辺りのエピソードを思い出したのですが。

新聞部?の何とか君だけがどうしても思い出せません。

宮崎氏のご子息が監督をされるそうですが、ご子息って確か、下渡(当て字)の方ですよね。

えーっと。

まあ。

うん。


私にとっての地鰤は、猫のバスが走り回る映画だとか、豚が空を飛ぶ映画だとか、虫の世界のお姫様の映画だとか、その辺りなのですが。
ポーニョのDVDが手元にありますが、未だ見ていませんし。
物の怪のお姫様のお話とよし○と新喜劇の由美姉さんのネタで出てくる婆様の映画も、以下同文。これは当時ムスメ達が怖がって見るのを嫌がり、未だ見たくないと言い張っていたりします。

羽売る(当て字)は原作派なので、キャラ設定だとかその他諸々の変更点や矛盾点が気になるものの、DVDは2回見ました。原作とは別物だと思って見ると、楽しめました。

黒猫と魔女のお話・猫が恩返しするお話・女の子が空から落ちてくるお話その他諸々には、なかなか触手が伸びません。
黒猫と女の子が落ちてくるお話と狸のお話はテレビで途中まで見たのですが、それきりになりましたし。


ちなみにオットにとっての地鰤作品はと言いますと。

大熊猫子大熊猫。

これ実は地鰤以前(と言うよりもオットが子供の頃)の作品なのですが、上のムスメが幼稚園に入るか入らないかの頃にケーブルテレビで放送されていたものをビデオに録画しました。
家族旅行に行く予定の日にオットが熱を出しキャンセルになり、ムスメ達を宥めるためにこのビデオを見せたのですが、これが大当たり。
1ヶ月近くの間、見終わっては巻き戻し見終わっては巻き戻しのヘビーローテーション。
お陰でテープはすっかり伸びきり、今ではもう見る事が出来なくなりました。
いつも利用しているレンタルの店でVHSがあったのですが、いつも貸し出し中。そしていつの間にか店頭から消えてしまいました。あああああ。



さて今日は下のムスメの個人懇談でした。

しかし昨日と今日は大型の低気圧の影響で、真冬並みの寒さ。
仕方なく、今年初めてダウンを着て出かけました。

が。

学校までの道程は、8割が上り坂。
特に学校手前の20メートルほどは、自転車を降りて押すしかないくらいの傾斜。
ひいこらひいこら学校に辿り着いた時には、ダウンの中はほっかほか。
暑くて暑くて、すぐにダウンを脱ぎました。

それでも懇談の間は、マスクをしている事もあって眼鏡が曇りっぱなし。
背後で炎を吐いているストーブも、暑くて仕方ありませんでした。

担任の先生(昨年から持ち上がり)と少し話をして、15分間の予定が5分で終了しました。
早っ!
まあ、長い人は20分や25分話し込んだりもするそうなので、ここで巻いておけば先生も楽なのかなあと思いますが。

大まかなところ、全体的に褒められました。
下のムスメにしては快挙!

3学期からは算数の授業を、じっくりクラスとぐんぐんクラスに分けるのだそうで。
2学期のムスメのテスト結果を見ていると、ぐんぐんで良いと思うのですが、ムスメ自身はじっくりを希望。
一応本人の希望を尊重するそうなので、恐らくじっくりクラスになるのでしょうけれど、なんだかなあ。

まあ、そんなこんなな懇談会でした。


さあ来週月曜日は、上のムスメの三者面談。
2学期のテスト結果が1学期よりも下がっているので、どうなる事やら。
1学期の三者面談では、褒められまくって来たのですけれどね。



今日のムスメ達との会話で、へえーと思う事がありました。

下のムスメは今、学校の音楽の授業で「銀○鉄道9-9-9」TV版の主題歌を習っているそうで。
思わずムスメと一緒に歌ってしまいました。5回くらい。
映画版の方は昨年だったかな、E○ILEがカバーを歌っていましたが、TV版はあまり耳にしないので新鮮でした。
てか、学校の授業で使われるんですね、アニメの主題歌。

そして上のムスメの音楽の教科書には「太○がくれた季節」が。
言わずと知れた、青い△定規が歌っていた「飛び○せ!青春」の主題歌です。
私は何度目かの再放送しか知りませんが、オットがリアルタイムで見ていたそうです。
ここでもまたジェネレーションギャップが・笑。

そう言えば私の中学時代にも、音楽の教科書にフォークソングが載っていたなあと思い出しました。
はしだ○りひこ氏の「風」。
あとは、サ○モン&ガーファ○クルの「コン○ルは飛んで行く」をリコーダーで吹きました。
高校時代にはトワ・○・モワの「誰もいない海」が載っていたように記憶しています。

学校唱歌というと古くさい昭和初期のイメージがありますが、時代が変われば教育も変わるものなんだなあと、しみじみ。


そう言えば、明日は下のムスメの個人懇談です。
何を言われるのか、戦々恐々。